9.若者の言葉の乱れ
「わあ、美味しそうですね、兄上! 僕、おせんべいはいくつでも食べれますよ!」
 僕は兄上がお寺に差し入れてくれたおせんべいにすかさず手を伸ばした。
「喝!」
「いてえっ!」
 おせんべいを求めて伸ばした僕の手は、兄上にしたたか叩かれた。僕が瞬時に一番大きいと思われるおせんべいを見つけて、それに手を伸ばしたから、阻止したかったに違いない。
 兄上は僕を諭すような目で見つめた。
「食べれる?」
 はっと僕は気づいた。
「食べられる、です!」
 兄上はら抜き言葉警察だ。兄上のもとを離れてお寺に来てからは気を抜いてしまっていた。
 兄上はふーっとため息をついた。
「嘆かわしい! 実に嘆かわしい! 昔は『車をもたげよ(持ち上げよ)』と言っていたものを最近の若者は『もてあげよ』と言う。嘆かわしいにもほどがある! 他にも色々あるぞ。例えばだな……」
 僕は早くおせんべいが食べたくてそれどころではなかった。が、口を挟むと余計に講義が長くなってしまうのが兄上。だから僕はこの苦しみに耐えた。
「また、『主殿寮人数立て(とのもりょうにんじゅたて)(主殿寮の官人たちよ、座を立って会場を明るくせよ)』」と言うべきところを『たちあかししろくせよ(松明を明るくせよ)』と言う。誠に嘆かわしい!」
「どうしてダメなのですか?」
 僕は言ってから「しまった!」と思った。おせんべいまでの距離がさらに遠のいた。
 しかし。
「ーーと、ある古老がおっしゃっていた!」
 兄上の講義は何故か続かなかった。天は僕に味方した。
「そうなんですね!」
 そうして、僕と兄上はおいしくおせんべいを食べれた。