その日は久々に新規のお客様が大勢来店した。
「いらっしゃいませ、初めてのお客様なの? こちらのお席へどうぞなの!」
 この世界の良いところは、客がかなり流動的であるところだ。
 あちこちから旅人が訪れるので、ザカリアとの揉め事を知らない人も多い。
「注文を伺おう。強い酒が好きならこれ、軽いのが好みならこちらだ」
 レオポルドがお酒のリストを客に示す。
「お待たせいたしました。こちら鶏肉(ニキーチェ)のけもめん風となります」
「この空っぽの皿、もう下げていいよな? 追加注文があるならとっとと言えよ?」
(あぁ……)
 久々に活気のあるフロアを見つめ、自然とにやけてくる口元を私は両手で抑え込む。
(ウチのスタッフ、最高過ぎる……)
 ザカリアとのトラブルは面倒くさいが、今日も営業を終えればスタッフ揃っての夕食が待っている。
(それこそが私にとっての至福のひととき……)
「アリス、なにボケッとしとんねん!」
 私の背中に衝撃が走る。
「料理、手ぇ止まってんで! ここの店の料理はアンタにしか作られへんのや。とっとと作りぃ!」

「ん? なんか表が騒がしくない?」
「せやな。ウチ見て来るわ」
 オレンジ色のポニーテールを揺らしながらパティは店を出ていく。
「何だろ」
 レオポルドがペリドットの目を細め、そっと私の耳元へ囁く。
「……〝あいつ”だ」

 レオポルドの言った通り、店内へどかどかと入ってきたのは腹をだぶつかせた、脂ギッシュな中年男。
 背後には不穏な空気を纏った男たちを引き連れている。
(ザカリア……!)
 「あーっ、アカンて! 今は営業時間や、お引き取りくださ……ぷぎゃ!」
 止めようとするパティを、人相の悪い男たちは容赦なく壁へと弾き飛ばす。
「パティ!」
「駄目だ、アリス!」
 カウンターから飛び出そうとした私を、レオポルドが押しとどめる。
 なごやかだった店内は静まり返り、一転して剣呑な雰囲気へと変わった。
「アリスさん。この間の話、考えておいてくれましたかねぇ?」
 ザカリアを私に近づけさせまいと、レオポルドが前に出る。
 ザカリアは忌々し気に舌打ちし、再びこちらに目を向け薄気味悪い猫なで声を出した。
「今日こそ色よい返事をいただけると嬉しいのですが」
「例の件はお断りしたはずです。お帰り下さい」
「まぁ、そうおっしゃらずに」
 レオポルドの腕越しに、中年男はテカテカと光る顔を近づけてくる。
「わたくしはこやつらのような姿のメスが欲しいだけなのですよ。新しい店を立ち上げるために。コレらはどこの国から買って来たモノなんですか? ルートを教えたくないと言うなら、あなたが仲介人になってくれても構いません。その際の手数料はたっぷりとお支払いしましょう」
「教えませんし、仲介人にもなりません」
 彼らをモノ扱いする人間に、愛しいケモを預けたくはない。
 そもそも、外部から手に入れるルートなど存在しないのだ。
「お引き取りを、さようなら」

「小娘ぇ……」
 ザカリアは、分厚いくちびるを歪ませる。
「わたくしが下手に出ているうちに、この話を受け入れた方が身のためですよ?」
 店の空気がビリッと震えた。ザカリアの背後に控えていた男たちが、威圧するように前に出てくる。見せつけるように指の関節を鳴らしたり、わざとらしく椅子を蹴ったりしながら。何が下手に出てる、だ。
「アリス」
 レオポルドが喉の奥で低く唸りながら額に鉢金を巻き、戦闘態勢に入る。
「カウンターの奥に隠れてろ」
「うん。怪我しないでね」
「心配要らない」
(だよね)
「おいおい、ケンカかぁ? オレも混ぜてくれよ!」
 嬉しそうな声を上げながら、男たちの頭上を飛び越えディーンが降り立つ。。
 その瞳は喜びに爛々と輝き、尻尾は嬉しそうに勢いよく揺れている。
 すでにその額には鉢金が巻かれていた。

 ふと店内(フロア)に目をやれば、客は全員姿を消していた。
 セスとコリンがそっと店の扉を閉める。
 どうやら客を誘導し、退避させてくれたようだ。
 客を完全に締め出すと、二人も鉢金を装着し、闖入者(ちんにゅうしゃ)たちをキッと睨みつける。
「全く、迷惑な方々ですね」
「アリスを傷つけたら、許さないなの!」
(きゃーっ! 私のために戦おうとするケモたち、最高!! 絶景かな!)
 彼らが守ってくれるなら、何も怖くない。
 私はザカリアに人差し指を突きつけた。
「何と言われようと、私の大事なケモ達を『コレ』とか『買う』なんて言う輩に渡す気はありません!」

「生意気な小娘がぁ! おい、お前らっ!」
 ザカリアが手を振ると、人相の悪い男たちが戦闘態勢に入る。
「立場を教えてやれ!」
「へいっ!」
「ねぇ、みんな!」
 私はカウンター越しに、魔獣人たちに最も重要なことを伝える。
「手加減だよ、手加減! 絶対に生かしたままだよ!!」
 私の言葉に、ザカリアは顔を赤黒く染め、口角に泡が浮かべた