(さてと)
「金の穂亭」を出ると、私は二人の魔獣人を伴い裏通りのケントル換金所へ向かった。
(1枚2万カヘ! 6枚で12万カヘ!)
 うきうきしながら、私は昨日パティと共に進んだ薄暗い細い道へと足を踏み入れる。
 しかし。
「……あれ?」
 記憶通りに進んだにもかかわらず、なぜか一向に辿りつけない。
「おかしいな。確か昨日は、ここをこう行って……、ここを先に進んだと思ったんだけど……」
 目の前には壁が立ちふさがっている。何やらキラキラしている部分があるが、ひょっとしたら魔石(ケントル)の破片だろうか。私たちが回収してきた石は、このように装飾に使われているのかもしれない。軽く叩いてみると、全く反響しない重い音が返ってきた。
「確かに壁の向こうに、昨日の店の気配があるな」
「本当、レオポルド?」
「あぁ。ここを破れば行ける。壊すか」
「じゃあ、ボクがキックするなの!」
 私の願いを叶えるためなら手段を選ばない二人を、私は慌てて止める。
「ストーップ! 壊しちゃだめ! 昨日は普通に辿り着いたんだもの。壁の向こうにあるのが分かっているなら、そこへ向かう道に進めばいいだけだよ」
 辺りに目を凝らしつつ、道なりに進んでいく。だがすぐに人気の多い大通りへと出てきてしまった。
「なにこれ、狐に化かされてるとかそう言うやつ?」
「? 狐型魔獣(ゾフ)が人を騙す? 聞いたことないが」
「いや、そうじゃなくて。……ゾフって狐型? いるんだ、狐型の魔獣も」
 試しにもう一度、昨日入って行った細道へと侵入してみる。だが、何度挑戦してもあの換金所には辿り着けず、大通りにはじき出されてしまった。
「なんで!? 結界でも張られてるの!?」
 しかし、この国の人間は魔法を使えないはずだ。
 陽は傾き、辺りは徐々に暗くなっていく。
(このままここにいたら、夜、休む場所がなくなっちゃう)
 ひとまず手元にはまとまったお金がある。
 今日のところは換金所を探すのを諦め、黄昏の街マドカで宿泊するため、この街を出ることにした。

 普通の人間が街道を進めば、「金の穂亭」マスターの言う通り、マドカに着くのは夜中を過ぎるだろう。
 だが、私の仲間は「普通の人間」じゃない。
「アリス、来い」
 ユール平原に到着し、辺りに人気(ひとけ)が無いのを確認すると、レオポルドは私に背を向けてかがんだ。私はためらわず、その背に身を預ける。レオポルドは私を背負うと、重さを全く感じていない様子でスッと立ち上がった。
(はぁあ、強い! 逞しい!)
 初めて出会った日もそうだったが、レオポルドにとって私の体重は重さのうちに入らないようだ。これがどれほど乙女心を満たしてくれるかおわかりだろうか。
「あぁあ、ずるいなの! ボクだって、アリスをおんぶしたいなの!」
 コリンがむくれて、レオポルドの足を軽く蹴る。
「やめろ、コリン」
「だって、レオポルドだけくっつくのは不公平なの! アリス、ボクだっておんぶできるなの!」
(えぇっと……)
 わかってる。
 コリンの身体能力の高さは、戦闘時の様子から推測できる。彼の言う通り、私を背負って走ることなど、レオポルド同様造作もないことだろう。
 だが彼の身長は私より低く、肩幅の華奢さも全力で「少年」をアピールしている。安定感という意味でどうしてもレオポルドに軍配が上がるのだ。
「コリン、それはまたの機会にしてくれ。今日はもう時間が惜しい。このまま行くぞ」
 言い終わると同時に、レオポルドは森に向かって駆け出した。
「あっ! 不意打ちは卑怯なの!」
 言いながらコリンも追いついてくる。素早さに定評のある兎型魔獣(ラティブ)であったコリンにとって、スタートダッシュの遅れは問題にならないようだ。
「アリス、このまま森を突っ切りイツガル草原へ出ればいいのだな」
「そう。そうすればマドカは目の前だから」
「分かった」
 レオポルドがぐんと加速したのが、体にかかる圧力で分かった。
「ぎゃ!?」
 私は慌てて、彼の首にしがみつく。
(やばいやばい、何この速さ!?)
 ジェットコースターに乗った時の、あの脳がふわっとする感覚が襲い掛かっている。
 当然、周囲の景色など楽しんでいる余裕はない。
 魂を置き去りにしてしまいそうなスピードに、私の手からじりじりと力が抜ける。
 レオポルドの大きな手が、すかさず私の両手首を掴み引きとどめてくれた。
「しっかり掴まってろ、アリス」
「ご、ごめん……」
 意識が飛びそうなのを、ギリギリで踏みとどまっている感じだ。
「アリス、やっぱりボクがおんぶした方が良かったなの」
 凄まじいスピードで森を進むレオポルドに、余裕で並走しながらコリンが笑う。
「だって、ボクの方が速いのなの!」
 そう言うと、コリンは一段階スピードを上げた。
 小柄な体格を生かし、枝の下も姿勢を低くして俊敏に潜り抜けていく。
 あっという間にその背中が小さくなった。
「はや……」
 思わず口から洩れてしまう。その瞬間、レオポルドが低く唸った。
「自分にも、あれくらいの速さなら出せる」
「え?」