それは夜半まで続いた。
「なぁあ、アリス。考えなおしてぇな」
控えめなノックの音と共に届く、扉の向こうからの女の細い声。
「ウチも調子乗ってた部分ある。それは認める。一文無しで困ってるアンタに借金借金てせっついたんは意地悪やった。あと着服しようとしたのもアカンかった、ほんまごめんて。せやから、お別れとか言わんといてぇや。一緒に仲良ぉしていこうや、な？ 気に入らんところあったら直すから、なぁ。ウチを捨てんといてぇ……」
（彼氏から別れを切り出されたメンヘラ彼女か！？）
「アリス」
「いいよ、レオポルド。放っておこう」
私は布団を頭まで被る。
「明日からは、自分たちでやらなきゃいけないこといっぱいあるんだから。寝よう」
「分かった」
「アリス、おやすみなの」
「おやすみ、コリン」
パティと部屋を分けた私たちは、眠りに就くことにした。
「なぁ、アリスて。聞こえとんのやろ？」
「うるせぇ！ 眠れねぇじゃねぇか！！ 痴話げんかは外でやれ！！」
どこかの部屋からの怒鳴り声で、扉を叩く音が止まる。
（痴話げんかじゃないって！）
やがて階段を上がってくる足音に続き、『金の穂亭』マスターのぼそぼそぼとした声が聞こえて来た。
「パティ、他の客から苦情が来ている。もう部屋に戻ってくれんか」
扉の前から人の立ち去る気配、そして遠くで扉の閉まる音。ようやく宿は静けさを取り戻した。
（はぁ……。夜が明けたら別の宿を探そう）
大金に替えられる、無傷の魔石を手に入れる術を持った私たちなら、お金のことを心配せず、どこでだって連泊できるだろう。
「えぇと、今日の依頼は」
私は、『金の穂亭』を出る前に掲示板から引っぺがしてきた依頼書を確認する。
『猫型魔獣退治 イハバの森 ５０００カヘ』
『兎型魔獣退治 ウルホ湖 ８０００カヘ』
『鼬型魔獣退治 アサシ川 ９０００カヘ』
（魔石ハンターのランクが上がったら、単価の高い魔獣の討伐を任せられるようになったの嬉しい！）
「ここから近いのは。猫型魔獣のいるイハバの森。そこから鼬型魔獣、兎型魔獣の順番にぐるっと回って行こうか」
「了解した」
「わかったなの」
（あっ）
言って、コリンの様子を慌ててうかがう。兎型魔獣の討伐と聞いて、気を悪くしたのではと思ったのだ。
だが、コリン私に無邪気な笑顔を返す。
「ねぇ、コリン？ もしかして、兎型魔獣を討伐するの、嫌だったりしない？」
「ボクが？ どうして？」
「だって、コリンは元々兎型魔獣だったでしょ？」
コリンは屈託のない笑顔を浮かべる。
「ううん、気にならないなの！ だってあれは兎型魔獣であって、ボクじゃないの」
「じゃあ、問題ない？」
「はいなの！ 見て見て、姿が違うなの！」
そう言うとコリンは両手を大きく広げ、体を見せつけるように私の前でくるくると舞った。
「本当だ、全然違うね」
コリンの愛らしいステップにほっこりしながら、私はうなずいた。
（すごい……！）
イハバの森の中。
猫型魔獣の群れを駆逐する二人の姿に、私はただ見とれる。
レオポルドの戦う姿は、いつもながら感動を覚えるほど美しい。
緑の間を黒い影が駆け巡り、移動するたび砕かれた魔石の破片が、木漏れ日を反射しながらキラキラと落ちる。
一方、コリンはと言えば見事な足技を見せつけてくる。
素早さが特徴の兎型魔獣が元の姿であることを、つい思い出さずにはいられない。
だだだっと力強い足音の後の跳躍、そして猫型魔獣の頭部の魔石に決まるかかと落とし。
この時のコリンの表情は、いつものあどけなくも愛らしいものとは違う。戦う獣の顔をしていた。
「魔石はこれで拾い終えたな」
猫型魔獣に続いて鼬型魔獣の討伐も難なく終え、私たちは次の目的地に向かって歩き出す。
「討伐対象が前より強い魔獣になったのに、二人とも余裕だね」
「当然だ。あの程度、自分の敵ではない」
「いっぱい遊べて、とっても楽しいなの！」
「あはは、頼もしいなぁ」
そう言えば、今回討伐対象だった猫型魔獣と鼬型魔獣共に、光となってコリンに吸収される様子はなかった。
（コリンに魔獣を吸収する能力があるのかと考えたけど）
コリンに吸収された魔獣は、完全な形の魔石を残す。そしてその完全な形の魔石は、裏通りの換金所で大金に変わる。これで、金銭問題は完全に解決だと期待していたのだ。
（今日手に入れられたのは、数千カヘに変わる砕けた魔石のみ。まぁ、討伐の証拠として提出するものだから、これでいいんだけど……）
あの、完全な形の魔石を手に入れたい。その条件は何なのだろう。
そんなことを思いながら、私たちはウルホ湖のほとりへと向かった。
「なぁあ、アリス。考えなおしてぇな」
控えめなノックの音と共に届く、扉の向こうからの女の細い声。
「ウチも調子乗ってた部分ある。それは認める。一文無しで困ってるアンタに借金借金てせっついたんは意地悪やった。あと着服しようとしたのもアカンかった、ほんまごめんて。せやから、お別れとか言わんといてぇや。一緒に仲良ぉしていこうや、な？ 気に入らんところあったら直すから、なぁ。ウチを捨てんといてぇ……」
（彼氏から別れを切り出されたメンヘラ彼女か！？）
「アリス」
「いいよ、レオポルド。放っておこう」
私は布団を頭まで被る。
「明日からは、自分たちでやらなきゃいけないこといっぱいあるんだから。寝よう」
「分かった」
「アリス、おやすみなの」
「おやすみ、コリン」
パティと部屋を分けた私たちは、眠りに就くことにした。
「なぁ、アリスて。聞こえとんのやろ？」
「うるせぇ！ 眠れねぇじゃねぇか！！ 痴話げんかは外でやれ！！」
どこかの部屋からの怒鳴り声で、扉を叩く音が止まる。
（痴話げんかじゃないって！）
やがて階段を上がってくる足音に続き、『金の穂亭』マスターのぼそぼそぼとした声が聞こえて来た。
「パティ、他の客から苦情が来ている。もう部屋に戻ってくれんか」
扉の前から人の立ち去る気配、そして遠くで扉の閉まる音。ようやく宿は静けさを取り戻した。
（はぁ……。夜が明けたら別の宿を探そう）
大金に替えられる、無傷の魔石を手に入れる術を持った私たちなら、お金のことを心配せず、どこでだって連泊できるだろう。
「えぇと、今日の依頼は」
私は、『金の穂亭』を出る前に掲示板から引っぺがしてきた依頼書を確認する。
『猫型魔獣退治 イハバの森 ５０００カヘ』
『兎型魔獣退治 ウルホ湖 ８０００カヘ』
『鼬型魔獣退治 アサシ川 ９０００カヘ』
（魔石ハンターのランクが上がったら、単価の高い魔獣の討伐を任せられるようになったの嬉しい！）
「ここから近いのは。猫型魔獣のいるイハバの森。そこから鼬型魔獣、兎型魔獣の順番にぐるっと回って行こうか」
「了解した」
「わかったなの」
（あっ）
言って、コリンの様子を慌ててうかがう。兎型魔獣の討伐と聞いて、気を悪くしたのではと思ったのだ。
だが、コリン私に無邪気な笑顔を返す。
「ねぇ、コリン？ もしかして、兎型魔獣を討伐するの、嫌だったりしない？」
「ボクが？ どうして？」
「だって、コリンは元々兎型魔獣だったでしょ？」
コリンは屈託のない笑顔を浮かべる。
「ううん、気にならないなの！ だってあれは兎型魔獣であって、ボクじゃないの」
「じゃあ、問題ない？」
「はいなの！ 見て見て、姿が違うなの！」
そう言うとコリンは両手を大きく広げ、体を見せつけるように私の前でくるくると舞った。
「本当だ、全然違うね」
コリンの愛らしいステップにほっこりしながら、私はうなずいた。
（すごい……！）
イハバの森の中。
猫型魔獣の群れを駆逐する二人の姿に、私はただ見とれる。
レオポルドの戦う姿は、いつもながら感動を覚えるほど美しい。
緑の間を黒い影が駆け巡り、移動するたび砕かれた魔石の破片が、木漏れ日を反射しながらキラキラと落ちる。
一方、コリンはと言えば見事な足技を見せつけてくる。
素早さが特徴の兎型魔獣が元の姿であることを、つい思い出さずにはいられない。
だだだっと力強い足音の後の跳躍、そして猫型魔獣の頭部の魔石に決まるかかと落とし。
この時のコリンの表情は、いつものあどけなくも愛らしいものとは違う。戦う獣の顔をしていた。
「魔石はこれで拾い終えたな」
猫型魔獣に続いて鼬型魔獣の討伐も難なく終え、私たちは次の目的地に向かって歩き出す。
「討伐対象が前より強い魔獣になったのに、二人とも余裕だね」
「当然だ。あの程度、自分の敵ではない」
「いっぱい遊べて、とっても楽しいなの！」
「あはは、頼もしいなぁ」
そう言えば、今回討伐対象だった猫型魔獣と鼬型魔獣共に、光となってコリンに吸収される様子はなかった。
（コリンに魔獣を吸収する能力があるのかと考えたけど）
コリンに吸収された魔獣は、完全な形の魔石を残す。そしてその完全な形の魔石は、裏通りの換金所で大金に変わる。これで、金銭問題は完全に解決だと期待していたのだ。
（今日手に入れられたのは、数千カヘに変わる砕けた魔石のみ。まぁ、討伐の証拠として提出するものだから、これでいいんだけど……）
あの、完全な形の魔石を手に入れたい。その条件は何なのだろう。
そんなことを思いながら、私たちはウルホ湖のほとりへと向かった。
