宴が始まった。

 勇者撃退の祝賀でもあり、スケルトン追悼の会でもある。

 追悼と言うとしめやかに行われそうなものだが、スケルトンはこの俺を守って散り、英雄となった日でもあると言うことで、スケルトンの為にも辛気臭いムードは無しと言うことになった。

 もしも俺じゃなく魔王がこの場に居たら、どうなっているのだろう。
 やはり部下が死んだことを悲しむのか、はたまた魔王らしく命軽視の態度をとるのか。
 俺は魔王の入れ物に入った魔王ではない存在。かといって人間とも言えない。
 しかし皆が思い思いに場を盛り上げる為に踊ったり歌ったりしているのを、ぶち壊すわけにもいかず、何とはなしに笑ってみたりしていた。

 目の前に豪華な料理が振舞われる。
 お腹が減っていなかった。
 鳥の丸焼き。
 とても美味しそうだ。
 だが食べる気が起きない。

 そんな様子が気になったのか、配膳をしていたゴブリンが俺の顔色を窺ってきた。

「いかがされましたかぁ?」

 彼に向き直り平気そうに振舞った。

「何でもない。ただ……」
「ただぁ……?」
「食欲が湧かないんだ」

 これを聞いたゴブリンは目を丸くした。

 一拍間をおいてからお腹を抱えて笑い出す。彼のだみ声が響く。

「これはまいりましたぁ。はははぁっ! 魔王様ぁ、魔界ジョークが過ぎますよぉ! わっはっはぁ!」

 何かおかしなことを言っただろうか。
 ゴブリンの笑い声に他の魔物も集まってくる。

「どうかしたのか? ゴブリン」

 頭の無い、鎧だけの魔物が話し掛ける。どこから言葉を発しているのだろう。と言うか、どうやって立っているのだろう。ふわふわと鎧だけが空中に浮いているそれはまるで鎧そのものが生きているようだ。リビングアーマーと言う名がふさわしかろう。

「いやいやぁ、魔王様のジョークが面白くてぇ」
「どんなどんな?」
「さも具合が悪そうに鳥の丸焼きを見ていらっしゃるのでどうされたのかと尋ねたらぁ、しょくぅ、あはははぁ! ぶふふぅ!」
「笑ってないで続きを話せ!」
「食欲が湧かないってぇ!」

 それを聞くとリビングアーマーをはじめとした周りの面々は顔を見合わせ、間を置いてからゲラゲラと笑い出す。

 え。
 何これ。
 ツボがよく分からないんだが。

「食べなくても死なないんだから、食欲なんて湧くわけがないのにぃ! ぶははははぁ!」

 ああ。
 あー、なんだ、そういうことか。
 と、納得していると、周りから笑い声が消え、気付けば皆が俺の顔をまじまじと見ている。

「え。もしかして、ジョークじゃあ、ない……?」

 全員の表情が凍る。
 不味い。
 魔王じゃないのがばれる。いや、ばれた所で魔王だけど。

「は、ははははっ! 冗談に決まっているだろう!」

 その言葉に安心したのか、ホッと一息ついた後、また笑い始める。

「魔王様は演技派だなぁ」
「そうそう、体調悪くなったのかと思ってビビった」
「俺もだよ」

 仲の良い魔物たちだな。
 部下を見ると、ある程度その組織の上司像と言うのも浮かんでくる。
 これだけ一体感のある組織を作れるのだから、魔王は相当なカリスマを持っていたのだろうな。

 鳥の丸焼きを見る。
 食欲が湧かないのを知っていて、なぜ料理を並べたのだろう。
 簡単だ。
 魔王に食べてもらいたいからだ。
 魔王からしてみれば、酒や煙草の類なのだろう。
 嗜好品だ。
 生物の生死をどうとでもできることの確認。
 生命の蹂躙。
 食べなくても生きていける魔王の為に作られた料理。
 それによって意味もなく殺された命。
 スケルトンだって本当は俺じゃあなく、本当の魔王の為に命を張りたかっただろうな。

 俺は席を立ちあがった。

「あ、魔王様ぁ、どちらへぇ?」
「ちょっと夜風に当たってくる。その鳥の丸焼き、食べておいてくれないか?」

 ゴブリンは嬉しそうに頷いた。