村人にもてなされ、疲れを癒した俺達は早朝に村を発った。
歩きながらヨールーの性格や戦闘スタイルなどを聞いた。発言はほとんどレアーのものだったが、参考にはならなかった。どれもこれもいかに戦闘に参加していないか、と言うことばかりなので。
「ってか、あんたも戦ったなら解ってると思うんだけど、あいつマジで動かないからね!」
「確かに。皆の支援に対してよくやったとか言っていただけだったな」
「そーそー。だからあいつよりアミュの方を考えた方が良いわよ」
「そのことなんだが、何とかアミュをこちらの味方にできないだろうか」
「うーん。ぱっと見冷めてるように見えるからあっさり裏切りそうだけど、実際はものすっごく素直で真面目な子だから、ヨールーを裏切ることはないと思うわ」
「だが、彼女の目的はヨールーと共に魔王を倒して、部族同士での諍いを無くすことなんだろう? 魔王に成った勇者はもう敵なのではないか?」
「そこがねー、難しい所なのよ」
レアーは、腕を組んで肩を落として溜め息を吐いた。
「アミュ……ヨールーのこと、疑わない……」
「そうか。素直とは、そう言うことなんだな」
「……うん」
ロアネハイネが少し残念そうに耳を垂らす。
「私たちが説得しても、無理でしょうか」
ネイアがレアーの前に回り込む。
「無理ね」
「即答だな」
「うん。あの子、真面目だから。敵性因子の排除にも真面目なの。ヨールーが、あいつらは狂って敵になってしまったとかって言い出したら、多分言うことを聞いちゃうわ。たとえ昔一緒に旅をした仲間とは言っても、その辺は冷酷なのよね。ま、背負ってるものが竜人族全体の未来なんだから、殺伐ともなるわよねえ」
「何とか解り合いたいものですね」
「そりゃあたしだってできれば戦いたくないわよ。でも、魔王に成ったヨールーの言うことさえも愚直に聞いてるってなると、パーティアウトしたあたしたちの言うことには聞く耳持たなさそうってのは、何となく想像できるでしょ?」
俺は空を仰いだ。
今日は少しだけ、空気がカサついているように感じる。この世界のことは分からないが、何となく今は秋のような気がした。
「レアーの読みは多分当たっているんだろう。こちらに寝返ってくれる想定は一切しない方が良さそうだな。それに、ヨールーのことだ。アミュをそそのかして、本当の魔王を倒す為にお前も力を手に入れろとか言って、魔界の力に触れさせているかも知れない……いやそれはさすがに無いか。ゴブリンも言っていたが、器がないといけな……どうした?」
三人が口を開けて、俺のことを指さしている。その指がプルプルと震えている。
後ろに何か居るわけでもない。居ないよな? うん、居ない。
しばらく口をパクパクさせていた三人だが、ネイアが口火を切った。
「それは大いにあり得ます!」
「あいつならそそのかしそうだし!」
「アミュ、魔力の器……大きい……!」
大変なことが起きそうな雰囲気だ。
「確か、アミュは元々強いんだよな」
「ぶっちぎりでね!」
「しかしレアーも相当な魔術師だろう?」
「あたしとあの子の魔力とを比較したら池と海くらい差がつくわよ!」
そんなにか。
「いや、いくら何でもそれはないだろう。作戦会議の時に謙虚さは要らないぞ。作戦に誤算が生まれるからな」
「謙遜なんかじゃあないわよ!」
こういうことは本人に聞いても仕方ないな。と思って、ネイアとロアネハイネを見るが、二人とも視線が真下を向いており、全く目線が合う気がしない。
マジなんだな。
「解った。信じよう。しかし仮に魔界の力を手に入れているとしても、それは想像できないものだ。憶測で作戦を立てても仕方ないから、取り敢えずみんなが知っている情報だけを教えてくれ」
みんなから得た情報をまとめると、まず彼女は竜人である為に身体能力が高いが、俺の平常時の力よりは随分下回る。ロアネハイネと比べても低い。だが特筆すべきはそこではない。
彼女は召喚術を使う。それが強力らしい。
現世に居る精霊と契約を交わしていつでもその精霊を召喚できると言うのが、その召喚術の特性だ。
しかも、彼女はただの召喚術師ではない。竜人の巫女なのだ。竜でも人間でもない彼女だが、人間よりも竜と心を通わせることが出来る。その特性を活かし、彼女は何匹もの竜と召喚契約を結んでいるらしい。
精霊召喚なら、強力な魔術が飛んでくると思っておけばいいが、竜召喚となるとそう言う訳にもいかない。まずもって個体の質量や体積が重くてでかい。召喚した瞬間に潰される可能性もある。そういう一発で戦況を変えるものを持っているのだ。
しかし弱点もある。
召喚に際する魔力の消費はレアーが使う魔術とは比較にならないので、一つの召喚術を使っている時に同時並行で他の召喚術を発動することはできないのだ。
また、前回俺を倒しに来た時、彼女は一切召喚術を使っていない。
これは、レアーの魔術の様に前もって詠唱をしておいて発動したりすることができないと言う特性を持っているかららしい。その場から動かず、集中する必要がある。
と言うことは、不意打ちに弱い。更にもしも強襲を掛けられなかったとしても、連続で接近戦を挑んでいけば、召喚も容易くはないはずだ。
まして隣に居るのはヨールー。
アミュを守るためにヨールーが前に出るとは考えにくい。であれば、アミュが召喚術を使う前に叩きに行けば、勝機は十分あると言える。
ただこれは、今までのアミュであればと言う話。
まあ、闇落ちしていたらその時だ。
そうこうしている間に魔王城が近づいて来た。
いったい何の石を使えばここまで黒くなるのかと言うマットブラックを基調にした西洋風の作りの城。この世界には西洋などと言う文化も場所もないだろうが、そう言わざるを得ない姿形をしている。
門に続く石畳を歩いていると見覚えのある魔物が歩いてきた。
先日のゴブリンである。
「お待ちしておりましたぁ」
「ヨールーとアミュのところへ案内してくれ。出来れば不意を打ちたい。正面は避けてくれ」
「かしこまりましたぁ。こちらへぇ」
ゴブリンはそう言って俺達を案内した。
正面を裂けてぐるりと城の横に回った位置まで来た。
いわゆる横門のような場所。
ゴブリンが扉を開けて中に入った瞬間だった。
「ふぇあぁ?」
まずは声が聞こえた。
叫びとも何ともとれぬ間の抜けた声。
それが死に際の悲鳴と気付いたのは、彼の頭が上下に分かれた時だった。
何が起こったのか分からない。だが体は自然に後退していた。
ロアネハイネが俺の挙動に気付いてレアーを抱えてさがった。
遅れてゴブリンの頭がずり落ち、地面に落ちて音を立てる。
「ゴブリンさん!」
ネイアが悲痛な声を上げる。
鮮血が噴水の様に飛び散り、四方を汚す。
血に汚れた扉の向こうから人影が現れた。
そいつはゴブリンの体を足で蹴りのけ、刀剣に付着した血をひゅんっと払った。
「お前は……、ガンジマルか?」
いでたちは侍。体つきも武器もガンジマルのそれで違いない。
それでも俺が疑問符を打ったのは、彼の顔が以前とは違う顔立ちをしていたからだ。
左の目を中心に、花が開いた様な形で皮膚がただれており、髪の毛も半分無い。ただれた皮膚の中心にはまるでエメラルドをはめ込んだかのような、無機質で鮮やかな緑色の眼球がある。瞳孔、角膜、結膜の区別もないそれを辛うじて眼球と呼べたのは、逆側の眼が動く時に同時にゴロッと動くからである。
そう、逆側の眼は普通の人間と変わらない眼だった。
「いかにも、某はガンジマルでござる」
「なぜお前がここに?」
「なぜ? 某はヨールー殿のパーティに戻ったに過ぎぬ。ヨールー殿が魔王城に住まうと言うなら、某も準ずるまで」
「ならゴブリンも味方だったんじゃあないのか? なぜ殺す」
「裏切り者は排除せねばならぬでござる」
「お前の位置からは俺達は見えなかったはずだ。裏切ったなんてこと、分かるわけもなかったはずだが」
「ふ、ふははははは」
ガンジマルは自分の顔を掌で覆い、高らかに笑った。
そして指の間から緑色の瞳を覗かせた。
「見えていたでござるよ。貴様らが門の前でゴブリンと合流するところから、わざわざ横に回ってこの扉に入ってくるところまで」
ガンジマルが口角を吊り上げただけで、背筋に冷たいものが奔った。
「某は貴様から炎の魔術を受けて、皮膚がただれて片眼を失ったでござる。しかしそれをヨールー殿が治した……いや、新しい眼をくれたのでござる!」
「新しい、眼」
「その名も飛燕眼。すべてを見通す眼。壁の向こう、遠く離れた場所をも把握する。これで貴様らの動きを見ていたのでござる」
——ヒュッ。
と、音だけがした。
ガンジマルは刀でその音の正体を叩き落としていた。
矢だ。ロアネハイネが撃ったらしい。
「無駄でござる。この飛燕眼に死角無し。今ならハエの羽ばたく回数すら数えられるでござる」
最悪の誤算だ。まずガンジマルと戦う想定はない。そのうえ更に魔王の力で新しい能力まで体得している。しかもここで戦う事でアミュへの不意打ちもできなくなるだろう。
ほんの一瞬だけ目を切り、ネイアを見る。意志の強い蒼が、一度だけコクッと頷いた。
俺は魔剣を召喚した。
手にした瞬間、重みと剣の長さの所為でエッジが地に着いた。
三階層の剣ではない。
「九階層!? いつの間に!?」
レアーが驚きの声を上げる。
「この前、力が暴走した時だろうな。レアー、具合悪くなってないか?」
十三階層の魔剣は魔術師の魔力を吸い取るらしいことを思い出していた。
「ううん、大丈夫」
剣を持ち直す。
「爆力剛筋」
魔力を内側に注ぎ、筋肉を一時的に強化する。
魔王化を助長しそうな魔術だが、魔剣を使う為には仕方ない。
ガンジマルも刀を構えた。平突きの姿勢である。
「本当に素晴らしい世になったでござる。ヨールー殿が魔王なら何も恐れることはない。貴様を殺して美女三人は某が頂くでござる」
「あんたなんかにウーはやられないし、だいたい負けても言うことなんか聞くわけないでしょ! このエロ侍!」
「レアー殿。言うことを聞く聞かないではないのでござるよ」
「はあ!? 何それ? 洗脳でもする気? そんなの魔術で」
「四肢を切り落とせば、抵抗できぬでござろう?」
歯茎を見せてニタニタと笑う。
レアーの戦慄が背中越しに伝わった。
「安心しろ。剣先一本届かせない。だから魔法に集中しろ……あと、《《火炎系と地面系は使うなよ》》? 《《解っている》》とは思うが」
しばらくの間を置いて、レアーがいつもの調子で声を張り上げた。
「……解ってるわよ! あんたこそ言ったからには《《ガンジマルをこっちにやらないでよね》》!」
その声を合図に俺は走り出した。
ガンジマルと間合いを詰めると言うことは、すなわち死に近づくと言うことだ。
今まで距離を取る方法でしか戦っていない。
走りながら魔術を展開。
「風塵重斬」
ガンジマルは刀を振りぬき、不可視の刃を撃ち落とした。
やはりわずかな風の動きすら目で追えるか。
だがそれは飛燕眼の力を以ってすれば容易なことだろう。想像は出来ていた。それよりも不可解なのは、魔術を物理的な方法であっさり撃ち落とせたことだ。
相手の間合いに入った瞬間、ガンジマルの刀が怪しく閃いた。
一歩退けば避けられるが、敢えて前進をして、魔剣を地面に突き刺し体全体を使って防御姿勢を取る。
——ガキィッ。
鈍い金属音が響く。
「やはり折れないな」
魔剣に力を込めて刀を押し返す。
「貴様、某の刀を折る気だったのでござるか? これしきのことで折れるわけがないでござろう」
「いや折れる。お前の剛力があれば、な」
ガンジマルは眉をひそめた。
「本来刀なんてものは、何度も打ち合うようにできていない。間合いの外からいかに斬るかってことを考えるのが剣術だ。それを力任せに、それこそ俺の手が痺れるくらいの剛力で叩き付けておいて折れないってことは、そいつは普通の刀じゃあないってことだ」
ガンジマルは鼻で笑った。
「そうでござるな。貴様の言う通りでござる。隠し立てする必要も、わざわざ言う必要もなかったでござるが、これは妖刀。魔界の力を手にした刀でござる」
「だから魔術も撃ち落とせたってことか」
「いかにも」
——ヒュッ。
横から音が聞こえたと同時に、ガンジマルは刀を翻して矢を打ち落としていた。
ロアネハイネは後方からやや斜め前に移動して、常に俺と連携を取れる位置に居た。
「小賢しい」
ロアネハイネを睨み付けた刹那、魔剣を振りかざす。
隙ができたと思った。
しかし逆手に持ち変えられた妖刀が、俺の脇腹を裂いた。深々と刺さる刀からは血が滴った。
「飛燕眼に死角はないでござる! 何度言わせるつもりか!」
「……ウー君!」
「構うな!」
俺は手を伸ばし妖刀を鍔ごとがっちりと掴んだ。ずぶずぶと腹に入っていくが構うものか。痛いとか言う泣き言は、あとで言えばいい。
ロアネハイネは矢をつがえて、放った。
取り乱した中でも咄嗟に行うべき判断を下せる。君はやはり優秀だぞ、ロアネハイネ。
矢が飛んでくる。
ガンジマルは一度刀から手を放して矢を捕まえる。
同時に刀を蹴りつけられ、俺はそのまま仰向けに倒れる。
奴は倒れた俺から刀を引き抜こうとするが、そうはさせない。
俺はまだ鍔を掴んでいる。
ガンジマルは先ほど掴んだ矢で俺の眼球を狙った。反射的に手が出てしまう。矢を払うことはできたが、そこで刀を取られ、乱暴に振り抜かれた。
ぶちぶちと音を立てながら腹部が横に避けて、血が飛び散る。
「停留止時」
腹部の死への進行を止めた。
立ち上がり魔剣を構えるより先にガンジマルの足底が俺の胸を押し、よろけてしまう。
だが追撃を阻む様に矢が飛んでくる。
ガンジマルは、今度は刀を持っていながらに、手で掴んだ。
更にそれを投げた。
詠唱中のレアーに向かって。
「……レアー!」
「二人はガンジマルさんに集中してください!」
ロアネハイネの叫びに、ネイアの透き通った声が被さった。
ネイアはレアーを抱いて横っ飛び。
すれすれを矢が通過する。
地面に倒れ込み、彼女はレアーを庇って下になった。
レアーは紫の水晶が付いた杖を構えたまま目を瞑っている。
どうやら開戦前の短いやり取りで俺の意図は伝わったようだ。それを今俺は《《肌で感じている》》。もうそろそろのはずだ。
立ち上がってガンジマルに肉薄する。
間合いの内側だが、振り切る手前の刀身に速度が乗せられない間合いなら、剛力で薙ぐように斬ることはできない。ゆえに負傷しても浅くて済む。
思い切り斬られたら、たとえこちらが完璧にガードしても腕が痺れるのだ。毎回そんな攻撃は受けられない。
ここから無傷で戦う事は無理だ。
相手には隙が無い。飛燕眼があるから。
こちらには有効性のある攻撃手段がない。妖刀があるから。
こっちの魔剣だって折れないし、魔術を打ち払うこともできるだろうが、単純な斬り合いに置いて、それは意味の無いことに近い。
援護射撃もあてにはできない。矢を取られてレアーを狙われたらいけない。
「ロアネハイネさん、戻ってきてください!」
ロアネハイネは言われるままにさがって、レアーとガンジマルの一直線上に位置を取った。
これならガンジマルから直接レアーを狙えない。上手い位置取りである。
ここで更に戦局を有利にする為には、ロアネハイネの攻撃の選択肢を増やす必要がある。そして彼女の攻撃手段を増やすには、俺がガンジマルの側面に回った方がいい。真正面で戦っている限り、矢で射ることはできないからだ。しかしそれはできない。
奴の敏捷性を考えれば当たり前だ。
俺が側面を取った瞬間に、ロアネハイネに迫る可能性がある。
そのうえ今奴をここから動かしては、レアーの頑張りが無駄になる。レアーは言っていた。《《ガンジマルをこっちにやらないでよね》》。と。
ロアネハイネの射撃を殺してでも、俺が前衛で受け止める必要性がある。
それは彼女も解っているだろう。だからあくまでも俺が体勢を崩した時の為にずっと弓を構えている。
しかしこのままではじり貧だ。それは確かだ。何か戦況を一変させるような一撃が必要だ。レアーが唱えている魔術がそうかと言えば、違う。どんなに高速で飛んでいく魔術を放っても飛燕眼に見切られ、どんなに強力な魔術を放っても妖刀に撃ち落とされてしまうからだ。
だから、《《どれだけ目を凝らしても見えるはずの無い》》、《《本当の不可視の攻撃》》を加えなくてはいけない。
なら、剣での打ち合いのさなかに、俺がそれをできるのかと言えばそれもできない。
だから俺は先ほどから、相手のジャストの間合いから詰めるか退くかして剣で受けると言う、防衛特化を一貫している。
だが、そろそろのようだ。
「爆力剛筋」
俺は動きづらくなった体に魔力を注ぎ込んだ。
そして一歩、二歩、今までは取らなかった三歩目まで距離を置く。
奴は怪訝な顔つきだが、しかし変わらぬ優位性がある以上、手も変えない。みだりに手を変えたら、俺の思惑の通りになってしまうと踏んだのだろう。
しかし、《《それこそが思惑通りだ》》。
今までは全力で助走をつけ、全力で振り抜くことができなかった。いなされてカウンターをくらう可能性が大いにあったからだ。
だが、《《今ならいける》》。
俺は地面を踏み抜く勢いで間合いを詰め、両の手でしっかりと掴んだ魔剣を思い切り振り抜いた。
ガンジマルは一歩後退。受け流してカウンターの構え。だが、それでは俺の斬撃を《《受け流し切れないはずだ》》!
——ガキィッ!
その瞬間今まででは有り得なかったことが起きた。
ガンジマルの手から刀が抜けたのだ。俺の一撃をいなし切れずに。
刀を取りこぼしたガンジマルは一瞬固まった。
地面に刺さった刀を慌てて抜き去ろうとするが、その手首を魔剣が切り裂いた。そうなることを、俺は予期していた。
力んでいた為か、断面からプシャッと血が噴いた。そのあとはぼたぼたぼたぼたと滴るようになる。
手首から先を失ったガンジマル。
刀を握りしめたまま主人を無くした左手。
奴はその状況を一気に飲み込めず、瞬間放心していた。その隙を逃さない。
下段から魔剣を振り上げある。
首を刎ねるつもりで振り抜いたが、ガンジマルはほぼ条件反射の領域で俺の斬撃を躱し、大きく後退した。
現実に戻ってきたガンジマルの息が急激に荒くなる。
「いったい、なぜ……」
歩きながらヨールーの性格や戦闘スタイルなどを聞いた。発言はほとんどレアーのものだったが、参考にはならなかった。どれもこれもいかに戦闘に参加していないか、と言うことばかりなので。
「ってか、あんたも戦ったなら解ってると思うんだけど、あいつマジで動かないからね!」
「確かに。皆の支援に対してよくやったとか言っていただけだったな」
「そーそー。だからあいつよりアミュの方を考えた方が良いわよ」
「そのことなんだが、何とかアミュをこちらの味方にできないだろうか」
「うーん。ぱっと見冷めてるように見えるからあっさり裏切りそうだけど、実際はものすっごく素直で真面目な子だから、ヨールーを裏切ることはないと思うわ」
「だが、彼女の目的はヨールーと共に魔王を倒して、部族同士での諍いを無くすことなんだろう? 魔王に成った勇者はもう敵なのではないか?」
「そこがねー、難しい所なのよ」
レアーは、腕を組んで肩を落として溜め息を吐いた。
「アミュ……ヨールーのこと、疑わない……」
「そうか。素直とは、そう言うことなんだな」
「……うん」
ロアネハイネが少し残念そうに耳を垂らす。
「私たちが説得しても、無理でしょうか」
ネイアがレアーの前に回り込む。
「無理ね」
「即答だな」
「うん。あの子、真面目だから。敵性因子の排除にも真面目なの。ヨールーが、あいつらは狂って敵になってしまったとかって言い出したら、多分言うことを聞いちゃうわ。たとえ昔一緒に旅をした仲間とは言っても、その辺は冷酷なのよね。ま、背負ってるものが竜人族全体の未来なんだから、殺伐ともなるわよねえ」
「何とか解り合いたいものですね」
「そりゃあたしだってできれば戦いたくないわよ。でも、魔王に成ったヨールーの言うことさえも愚直に聞いてるってなると、パーティアウトしたあたしたちの言うことには聞く耳持たなさそうってのは、何となく想像できるでしょ?」
俺は空を仰いだ。
今日は少しだけ、空気がカサついているように感じる。この世界のことは分からないが、何となく今は秋のような気がした。
「レアーの読みは多分当たっているんだろう。こちらに寝返ってくれる想定は一切しない方が良さそうだな。それに、ヨールーのことだ。アミュをそそのかして、本当の魔王を倒す為にお前も力を手に入れろとか言って、魔界の力に触れさせているかも知れない……いやそれはさすがに無いか。ゴブリンも言っていたが、器がないといけな……どうした?」
三人が口を開けて、俺のことを指さしている。その指がプルプルと震えている。
後ろに何か居るわけでもない。居ないよな? うん、居ない。
しばらく口をパクパクさせていた三人だが、ネイアが口火を切った。
「それは大いにあり得ます!」
「あいつならそそのかしそうだし!」
「アミュ、魔力の器……大きい……!」
大変なことが起きそうな雰囲気だ。
「確か、アミュは元々強いんだよな」
「ぶっちぎりでね!」
「しかしレアーも相当な魔術師だろう?」
「あたしとあの子の魔力とを比較したら池と海くらい差がつくわよ!」
そんなにか。
「いや、いくら何でもそれはないだろう。作戦会議の時に謙虚さは要らないぞ。作戦に誤算が生まれるからな」
「謙遜なんかじゃあないわよ!」
こういうことは本人に聞いても仕方ないな。と思って、ネイアとロアネハイネを見るが、二人とも視線が真下を向いており、全く目線が合う気がしない。
マジなんだな。
「解った。信じよう。しかし仮に魔界の力を手に入れているとしても、それは想像できないものだ。憶測で作戦を立てても仕方ないから、取り敢えずみんなが知っている情報だけを教えてくれ」
みんなから得た情報をまとめると、まず彼女は竜人である為に身体能力が高いが、俺の平常時の力よりは随分下回る。ロアネハイネと比べても低い。だが特筆すべきはそこではない。
彼女は召喚術を使う。それが強力らしい。
現世に居る精霊と契約を交わしていつでもその精霊を召喚できると言うのが、その召喚術の特性だ。
しかも、彼女はただの召喚術師ではない。竜人の巫女なのだ。竜でも人間でもない彼女だが、人間よりも竜と心を通わせることが出来る。その特性を活かし、彼女は何匹もの竜と召喚契約を結んでいるらしい。
精霊召喚なら、強力な魔術が飛んでくると思っておけばいいが、竜召喚となるとそう言う訳にもいかない。まずもって個体の質量や体積が重くてでかい。召喚した瞬間に潰される可能性もある。そういう一発で戦況を変えるものを持っているのだ。
しかし弱点もある。
召喚に際する魔力の消費はレアーが使う魔術とは比較にならないので、一つの召喚術を使っている時に同時並行で他の召喚術を発動することはできないのだ。
また、前回俺を倒しに来た時、彼女は一切召喚術を使っていない。
これは、レアーの魔術の様に前もって詠唱をしておいて発動したりすることができないと言う特性を持っているかららしい。その場から動かず、集中する必要がある。
と言うことは、不意打ちに弱い。更にもしも強襲を掛けられなかったとしても、連続で接近戦を挑んでいけば、召喚も容易くはないはずだ。
まして隣に居るのはヨールー。
アミュを守るためにヨールーが前に出るとは考えにくい。であれば、アミュが召喚術を使う前に叩きに行けば、勝機は十分あると言える。
ただこれは、今までのアミュであればと言う話。
まあ、闇落ちしていたらその時だ。
そうこうしている間に魔王城が近づいて来た。
いったい何の石を使えばここまで黒くなるのかと言うマットブラックを基調にした西洋風の作りの城。この世界には西洋などと言う文化も場所もないだろうが、そう言わざるを得ない姿形をしている。
門に続く石畳を歩いていると見覚えのある魔物が歩いてきた。
先日のゴブリンである。
「お待ちしておりましたぁ」
「ヨールーとアミュのところへ案内してくれ。出来れば不意を打ちたい。正面は避けてくれ」
「かしこまりましたぁ。こちらへぇ」
ゴブリンはそう言って俺達を案内した。
正面を裂けてぐるりと城の横に回った位置まで来た。
いわゆる横門のような場所。
ゴブリンが扉を開けて中に入った瞬間だった。
「ふぇあぁ?」
まずは声が聞こえた。
叫びとも何ともとれぬ間の抜けた声。
それが死に際の悲鳴と気付いたのは、彼の頭が上下に分かれた時だった。
何が起こったのか分からない。だが体は自然に後退していた。
ロアネハイネが俺の挙動に気付いてレアーを抱えてさがった。
遅れてゴブリンの頭がずり落ち、地面に落ちて音を立てる。
「ゴブリンさん!」
ネイアが悲痛な声を上げる。
鮮血が噴水の様に飛び散り、四方を汚す。
血に汚れた扉の向こうから人影が現れた。
そいつはゴブリンの体を足で蹴りのけ、刀剣に付着した血をひゅんっと払った。
「お前は……、ガンジマルか?」
いでたちは侍。体つきも武器もガンジマルのそれで違いない。
それでも俺が疑問符を打ったのは、彼の顔が以前とは違う顔立ちをしていたからだ。
左の目を中心に、花が開いた様な形で皮膚がただれており、髪の毛も半分無い。ただれた皮膚の中心にはまるでエメラルドをはめ込んだかのような、無機質で鮮やかな緑色の眼球がある。瞳孔、角膜、結膜の区別もないそれを辛うじて眼球と呼べたのは、逆側の眼が動く時に同時にゴロッと動くからである。
そう、逆側の眼は普通の人間と変わらない眼だった。
「いかにも、某はガンジマルでござる」
「なぜお前がここに?」
「なぜ? 某はヨールー殿のパーティに戻ったに過ぎぬ。ヨールー殿が魔王城に住まうと言うなら、某も準ずるまで」
「ならゴブリンも味方だったんじゃあないのか? なぜ殺す」
「裏切り者は排除せねばならぬでござる」
「お前の位置からは俺達は見えなかったはずだ。裏切ったなんてこと、分かるわけもなかったはずだが」
「ふ、ふははははは」
ガンジマルは自分の顔を掌で覆い、高らかに笑った。
そして指の間から緑色の瞳を覗かせた。
「見えていたでござるよ。貴様らが門の前でゴブリンと合流するところから、わざわざ横に回ってこの扉に入ってくるところまで」
ガンジマルが口角を吊り上げただけで、背筋に冷たいものが奔った。
「某は貴様から炎の魔術を受けて、皮膚がただれて片眼を失ったでござる。しかしそれをヨールー殿が治した……いや、新しい眼をくれたのでござる!」
「新しい、眼」
「その名も飛燕眼。すべてを見通す眼。壁の向こう、遠く離れた場所をも把握する。これで貴様らの動きを見ていたのでござる」
——ヒュッ。
と、音だけがした。
ガンジマルは刀でその音の正体を叩き落としていた。
矢だ。ロアネハイネが撃ったらしい。
「無駄でござる。この飛燕眼に死角無し。今ならハエの羽ばたく回数すら数えられるでござる」
最悪の誤算だ。まずガンジマルと戦う想定はない。そのうえ更に魔王の力で新しい能力まで体得している。しかもここで戦う事でアミュへの不意打ちもできなくなるだろう。
ほんの一瞬だけ目を切り、ネイアを見る。意志の強い蒼が、一度だけコクッと頷いた。
俺は魔剣を召喚した。
手にした瞬間、重みと剣の長さの所為でエッジが地に着いた。
三階層の剣ではない。
「九階層!? いつの間に!?」
レアーが驚きの声を上げる。
「この前、力が暴走した時だろうな。レアー、具合悪くなってないか?」
十三階層の魔剣は魔術師の魔力を吸い取るらしいことを思い出していた。
「ううん、大丈夫」
剣を持ち直す。
「爆力剛筋」
魔力を内側に注ぎ、筋肉を一時的に強化する。
魔王化を助長しそうな魔術だが、魔剣を使う為には仕方ない。
ガンジマルも刀を構えた。平突きの姿勢である。
「本当に素晴らしい世になったでござる。ヨールー殿が魔王なら何も恐れることはない。貴様を殺して美女三人は某が頂くでござる」
「あんたなんかにウーはやられないし、だいたい負けても言うことなんか聞くわけないでしょ! このエロ侍!」
「レアー殿。言うことを聞く聞かないではないのでござるよ」
「はあ!? 何それ? 洗脳でもする気? そんなの魔術で」
「四肢を切り落とせば、抵抗できぬでござろう?」
歯茎を見せてニタニタと笑う。
レアーの戦慄が背中越しに伝わった。
「安心しろ。剣先一本届かせない。だから魔法に集中しろ……あと、《《火炎系と地面系は使うなよ》》? 《《解っている》》とは思うが」
しばらくの間を置いて、レアーがいつもの調子で声を張り上げた。
「……解ってるわよ! あんたこそ言ったからには《《ガンジマルをこっちにやらないでよね》》!」
その声を合図に俺は走り出した。
ガンジマルと間合いを詰めると言うことは、すなわち死に近づくと言うことだ。
今まで距離を取る方法でしか戦っていない。
走りながら魔術を展開。
「風塵重斬」
ガンジマルは刀を振りぬき、不可視の刃を撃ち落とした。
やはりわずかな風の動きすら目で追えるか。
だがそれは飛燕眼の力を以ってすれば容易なことだろう。想像は出来ていた。それよりも不可解なのは、魔術を物理的な方法であっさり撃ち落とせたことだ。
相手の間合いに入った瞬間、ガンジマルの刀が怪しく閃いた。
一歩退けば避けられるが、敢えて前進をして、魔剣を地面に突き刺し体全体を使って防御姿勢を取る。
——ガキィッ。
鈍い金属音が響く。
「やはり折れないな」
魔剣に力を込めて刀を押し返す。
「貴様、某の刀を折る気だったのでござるか? これしきのことで折れるわけがないでござろう」
「いや折れる。お前の剛力があれば、な」
ガンジマルは眉をひそめた。
「本来刀なんてものは、何度も打ち合うようにできていない。間合いの外からいかに斬るかってことを考えるのが剣術だ。それを力任せに、それこそ俺の手が痺れるくらいの剛力で叩き付けておいて折れないってことは、そいつは普通の刀じゃあないってことだ」
ガンジマルは鼻で笑った。
「そうでござるな。貴様の言う通りでござる。隠し立てする必要も、わざわざ言う必要もなかったでござるが、これは妖刀。魔界の力を手にした刀でござる」
「だから魔術も撃ち落とせたってことか」
「いかにも」
——ヒュッ。
横から音が聞こえたと同時に、ガンジマルは刀を翻して矢を打ち落としていた。
ロアネハイネは後方からやや斜め前に移動して、常に俺と連携を取れる位置に居た。
「小賢しい」
ロアネハイネを睨み付けた刹那、魔剣を振りかざす。
隙ができたと思った。
しかし逆手に持ち変えられた妖刀が、俺の脇腹を裂いた。深々と刺さる刀からは血が滴った。
「飛燕眼に死角はないでござる! 何度言わせるつもりか!」
「……ウー君!」
「構うな!」
俺は手を伸ばし妖刀を鍔ごとがっちりと掴んだ。ずぶずぶと腹に入っていくが構うものか。痛いとか言う泣き言は、あとで言えばいい。
ロアネハイネは矢をつがえて、放った。
取り乱した中でも咄嗟に行うべき判断を下せる。君はやはり優秀だぞ、ロアネハイネ。
矢が飛んでくる。
ガンジマルは一度刀から手を放して矢を捕まえる。
同時に刀を蹴りつけられ、俺はそのまま仰向けに倒れる。
奴は倒れた俺から刀を引き抜こうとするが、そうはさせない。
俺はまだ鍔を掴んでいる。
ガンジマルは先ほど掴んだ矢で俺の眼球を狙った。反射的に手が出てしまう。矢を払うことはできたが、そこで刀を取られ、乱暴に振り抜かれた。
ぶちぶちと音を立てながら腹部が横に避けて、血が飛び散る。
「停留止時」
腹部の死への進行を止めた。
立ち上がり魔剣を構えるより先にガンジマルの足底が俺の胸を押し、よろけてしまう。
だが追撃を阻む様に矢が飛んでくる。
ガンジマルは、今度は刀を持っていながらに、手で掴んだ。
更にそれを投げた。
詠唱中のレアーに向かって。
「……レアー!」
「二人はガンジマルさんに集中してください!」
ロアネハイネの叫びに、ネイアの透き通った声が被さった。
ネイアはレアーを抱いて横っ飛び。
すれすれを矢が通過する。
地面に倒れ込み、彼女はレアーを庇って下になった。
レアーは紫の水晶が付いた杖を構えたまま目を瞑っている。
どうやら開戦前の短いやり取りで俺の意図は伝わったようだ。それを今俺は《《肌で感じている》》。もうそろそろのはずだ。
立ち上がってガンジマルに肉薄する。
間合いの内側だが、振り切る手前の刀身に速度が乗せられない間合いなら、剛力で薙ぐように斬ることはできない。ゆえに負傷しても浅くて済む。
思い切り斬られたら、たとえこちらが完璧にガードしても腕が痺れるのだ。毎回そんな攻撃は受けられない。
ここから無傷で戦う事は無理だ。
相手には隙が無い。飛燕眼があるから。
こちらには有効性のある攻撃手段がない。妖刀があるから。
こっちの魔剣だって折れないし、魔術を打ち払うこともできるだろうが、単純な斬り合いに置いて、それは意味の無いことに近い。
援護射撃もあてにはできない。矢を取られてレアーを狙われたらいけない。
「ロアネハイネさん、戻ってきてください!」
ロアネハイネは言われるままにさがって、レアーとガンジマルの一直線上に位置を取った。
これならガンジマルから直接レアーを狙えない。上手い位置取りである。
ここで更に戦局を有利にする為には、ロアネハイネの攻撃の選択肢を増やす必要がある。そして彼女の攻撃手段を増やすには、俺がガンジマルの側面に回った方がいい。真正面で戦っている限り、矢で射ることはできないからだ。しかしそれはできない。
奴の敏捷性を考えれば当たり前だ。
俺が側面を取った瞬間に、ロアネハイネに迫る可能性がある。
そのうえ今奴をここから動かしては、レアーの頑張りが無駄になる。レアーは言っていた。《《ガンジマルをこっちにやらないでよね》》。と。
ロアネハイネの射撃を殺してでも、俺が前衛で受け止める必要性がある。
それは彼女も解っているだろう。だからあくまでも俺が体勢を崩した時の為にずっと弓を構えている。
しかしこのままではじり貧だ。それは確かだ。何か戦況を一変させるような一撃が必要だ。レアーが唱えている魔術がそうかと言えば、違う。どんなに高速で飛んでいく魔術を放っても飛燕眼に見切られ、どんなに強力な魔術を放っても妖刀に撃ち落とされてしまうからだ。
だから、《《どれだけ目を凝らしても見えるはずの無い》》、《《本当の不可視の攻撃》》を加えなくてはいけない。
なら、剣での打ち合いのさなかに、俺がそれをできるのかと言えばそれもできない。
だから俺は先ほどから、相手のジャストの間合いから詰めるか退くかして剣で受けると言う、防衛特化を一貫している。
だが、そろそろのようだ。
「爆力剛筋」
俺は動きづらくなった体に魔力を注ぎ込んだ。
そして一歩、二歩、今までは取らなかった三歩目まで距離を置く。
奴は怪訝な顔つきだが、しかし変わらぬ優位性がある以上、手も変えない。みだりに手を変えたら、俺の思惑の通りになってしまうと踏んだのだろう。
しかし、《《それこそが思惑通りだ》》。
今までは全力で助走をつけ、全力で振り抜くことができなかった。いなされてカウンターをくらう可能性が大いにあったからだ。
だが、《《今ならいける》》。
俺は地面を踏み抜く勢いで間合いを詰め、両の手でしっかりと掴んだ魔剣を思い切り振り抜いた。
ガンジマルは一歩後退。受け流してカウンターの構え。だが、それでは俺の斬撃を《《受け流し切れないはずだ》》!
——ガキィッ!
その瞬間今まででは有り得なかったことが起きた。
ガンジマルの手から刀が抜けたのだ。俺の一撃をいなし切れずに。
刀を取りこぼしたガンジマルは一瞬固まった。
地面に刺さった刀を慌てて抜き去ろうとするが、その手首を魔剣が切り裂いた。そうなることを、俺は予期していた。
力んでいた為か、断面からプシャッと血が噴いた。そのあとはぼたぼたぼたぼたと滴るようになる。
手首から先を失ったガンジマル。
刀を握りしめたまま主人を無くした左手。
奴はその状況を一気に飲み込めず、瞬間放心していた。その隙を逃さない。
下段から魔剣を振り上げある。
首を刎ねるつもりで振り抜いたが、ガンジマルはほぼ条件反射の領域で俺の斬撃を躱し、大きく後退した。
現実に戻ってきたガンジマルの息が急激に荒くなる。
「いったい、なぜ……」