無敵感も無鉄砲さも全部失って空っぽになったのはいつからだろう。中学受験に失敗したときだろうか。それとも旅立つ幼馴染の見送りに行かなかったときだろうか。
 停学が明けて一か月になるが、今更高校に戻る気にはなれない。幼稚園の頃に手作りした“何でもお願いを聞く券”を引っ張り出してきて「昔の陸に戻って」と母が泣いても心は動かなかった。
 我が子を信じなかったくせに。停学の理由となった傷害事件は完全に正当防衛だった。髪を派手な赤色に染めたら、先輩に目をつけられた。階段の前で六人に囲まれ、無我夢中で振り払ったら一人が転落した。先輩たちは「いきなり突き落とされた」と噓をついた。僕の言い分は信じてもらえなかった。相手は軽傷で済んだが、僕は停学処分を受けた。
 この事件は僕の諦めに拍車をかけた。世の中は理不尽で不平等だ。抗っても努力しても無駄だ。

 最近、近所でよく“元 ”幼馴染の湯川椿を見かける。椿とは幼稚園の頃から毎日一緒に遊んでいた。彼女は中学受験で九州の全寮制の名門中高一貫校に合格した。僕は不合格だった。椿と離れる寂しさと、情けなさと、涙を見られたくないというちっぽけなプライドが邪魔をして僕は見送りにいかなかった。椿とはそれっきりになっていた。
 どうして平日の昼間に東京にいるんだよ、なんて聞けない。僕も学校に行っていないから。学校で何かあったの、なんて聞けるわけがない。何もないならここにいるはずがない。
 僕は椿に何もできない。だから、僕は椿に会う資格なんてないのだ。