水槽の中でどんなに美しいと持て囃されようとも、大海原に放流されれば金魚はたちまち死んでしまう。
大海原で生きていけないくせに、場違いな舞台に足を踏み入れたことを後悔している。大学のミスコンにエントリーしたときの私は頭がおかしかった。
ミスコンファイナリストの事前インタビューも数回目になるが、予選の時からずっと他の候補者に嫌われている。理由は単純で、私一人だけ異質だったからだ。初対面の時から浮いていて、だんだん露骨に嫌われるようになって、ついには嫌がらせを受けるようになった。
「拓海君に色目使ってんじゃねえよ、ブス」
頭からリンゴジュースをかけられて、胸元の名札に書かれた「エントリーNo.3 泉野雪穂」の文字がにじんだ。彼女の名札は綺麗にデコレーションされていて、「エントリーNo.1 美好麻妃」と書かれている。彼女の後ろでは、他の最終候補者たちがクスクスと嘲笑っていた。
「色目なんて使ってません。拓海君はただの友達で……」
「へえ、友達が主催してるコンテストなら、そうやっていやらしい服着て誘惑すれば優勝できるかなあって思ったんだあ。ミスコンも拓海君もバカにしてるよね。最低。他の参加者とか拓海君のこと好きな人に申し訳ないって思わないわけ?」
リンゴジュースが入っていた缶を顔に投げつけられた。こんな幼稚な嫌がらせをしている麻妃も、そんな麻妃にロクに言い返せない弱い私も三年生だ。二十代にもなって何をしているのだろう。
「痛っ……」
私が顔を押さえると麻妃は愉悦に浸りながら、後輩からコーラを受け取る。大人たちの華やかな世界の舞台裏なんて、少し荒れた小学校と大差ない光景だ。
「麻妃先輩の言う通りですよねぇ。実行委員長たぶらかすのって反則だと思うんですよぉ」
「去年から真面目に頑張ってる麻妃先輩が可哀想。しかも好きな人まで奪うなんてひどすぎですよね」
麻妃が私を嫌う理由は、実行委員長の拓海君が私の友達だから。同じ高校出身の縁で仲良くさせてもらっている。
麻妃は去年の準ミスで今年はリベンジマッチになる。そして、どうやら麻妃は拓海君のことが好きらしい。
実行委員長のコネで勝ち上がり麻妃の優勝を脅かそうとしている、好きな人をたぶらかして篭絡した、そのどちらの理由で嫉妬され恨まれているのかは知らない。おそらく両方だと思うが、どちらも濡れ衣だ。
「私、拓海君とは付き合ってないです。それに彼氏だっていたことないです」
「うっわあ、純情アピール? 典型的な地雷女じゃん。死ねよ」
麻妃が私にコーラをかける。勝ったばかりの新しい白い服が黒く染まった。麻妃に服装を下品だと言われたが、麻妃の方が服装の露出度が高い。でも、口答えをすればもっとひどい目に合う。だから、これ以上の弁解はしない。
「あはは、汚い格好。鏡見なよ、なんでそれでミスコン出ようなんて思えたのか謎すぎるわ。拓海君に迷惑だから、ちゃんと片付けておきなよ。あと、チクったら殺すから」
麻妃たちがぞろぞろと控室を後にする。1人残された私は掃除用具を探すことにした。
「雑巾、どこだっけ」
古典的で稚拙な嫌がらせでも、何回も繰り返されれば心労はたまる。こんな機会にでもなければ華やかな人達とかかわる機会もなかったので、人の悪意にはあまり曝されたことがないので免疫がないことも大きい。
「本当に拓海君はただの友達なんだよね、残念だけど」
誰もいない部屋で一人呟く。お腹が痛い。激痛に思わずしゃがみ込んだ。最近ストレスで胃がキリキリすることが増えた。でも、今日は今までの比じゃなく痛い。
ミスコン、辞退しようかな。拓海君に嫌われちゃうかな。もし、麻妃たちが言うように私が本当に拓海君の彼女だったら耐えられたのかな。負けなかったのかな。
「拓海君、助けて……」
薄れゆく意識の中、ドアが開く音が聞こえた気がした。
大海原で生きていけないくせに、場違いな舞台に足を踏み入れたことを後悔している。大学のミスコンにエントリーしたときの私は頭がおかしかった。
ミスコンファイナリストの事前インタビューも数回目になるが、予選の時からずっと他の候補者に嫌われている。理由は単純で、私一人だけ異質だったからだ。初対面の時から浮いていて、だんだん露骨に嫌われるようになって、ついには嫌がらせを受けるようになった。
「拓海君に色目使ってんじゃねえよ、ブス」
頭からリンゴジュースをかけられて、胸元の名札に書かれた「エントリーNo.3 泉野雪穂」の文字がにじんだ。彼女の名札は綺麗にデコレーションされていて、「エントリーNo.1 美好麻妃」と書かれている。彼女の後ろでは、他の最終候補者たちがクスクスと嘲笑っていた。
「色目なんて使ってません。拓海君はただの友達で……」
「へえ、友達が主催してるコンテストなら、そうやっていやらしい服着て誘惑すれば優勝できるかなあって思ったんだあ。ミスコンも拓海君もバカにしてるよね。最低。他の参加者とか拓海君のこと好きな人に申し訳ないって思わないわけ?」
リンゴジュースが入っていた缶を顔に投げつけられた。こんな幼稚な嫌がらせをしている麻妃も、そんな麻妃にロクに言い返せない弱い私も三年生だ。二十代にもなって何をしているのだろう。
「痛っ……」
私が顔を押さえると麻妃は愉悦に浸りながら、後輩からコーラを受け取る。大人たちの華やかな世界の舞台裏なんて、少し荒れた小学校と大差ない光景だ。
「麻妃先輩の言う通りですよねぇ。実行委員長たぶらかすのって反則だと思うんですよぉ」
「去年から真面目に頑張ってる麻妃先輩が可哀想。しかも好きな人まで奪うなんてひどすぎですよね」
麻妃が私を嫌う理由は、実行委員長の拓海君が私の友達だから。同じ高校出身の縁で仲良くさせてもらっている。
麻妃は去年の準ミスで今年はリベンジマッチになる。そして、どうやら麻妃は拓海君のことが好きらしい。
実行委員長のコネで勝ち上がり麻妃の優勝を脅かそうとしている、好きな人をたぶらかして篭絡した、そのどちらの理由で嫉妬され恨まれているのかは知らない。おそらく両方だと思うが、どちらも濡れ衣だ。
「私、拓海君とは付き合ってないです。それに彼氏だっていたことないです」
「うっわあ、純情アピール? 典型的な地雷女じゃん。死ねよ」
麻妃が私にコーラをかける。勝ったばかりの新しい白い服が黒く染まった。麻妃に服装を下品だと言われたが、麻妃の方が服装の露出度が高い。でも、口答えをすればもっとひどい目に合う。だから、これ以上の弁解はしない。
「あはは、汚い格好。鏡見なよ、なんでそれでミスコン出ようなんて思えたのか謎すぎるわ。拓海君に迷惑だから、ちゃんと片付けておきなよ。あと、チクったら殺すから」
麻妃たちがぞろぞろと控室を後にする。1人残された私は掃除用具を探すことにした。
「雑巾、どこだっけ」
古典的で稚拙な嫌がらせでも、何回も繰り返されれば心労はたまる。こんな機会にでもなければ華やかな人達とかかわる機会もなかったので、人の悪意にはあまり曝されたことがないので免疫がないことも大きい。
「本当に拓海君はただの友達なんだよね、残念だけど」
誰もいない部屋で一人呟く。お腹が痛い。激痛に思わずしゃがみ込んだ。最近ストレスで胃がキリキリすることが増えた。でも、今日は今までの比じゃなく痛い。
ミスコン、辞退しようかな。拓海君に嫌われちゃうかな。もし、麻妃たちが言うように私が本当に拓海君の彼女だったら耐えられたのかな。負けなかったのかな。
「拓海君、助けて……」
薄れゆく意識の中、ドアが開く音が聞こえた気がした。