クエスタ公国でイネスちゃんたちと出会ってから20年が経ちました。

 その間、様々な国を訪れいろいろな神域に行ってきましたが、やはり文化も住んでいる住民たちも多種多様です。

 僕の神樹の里と同じように様々な種族が住んでいる里もあれば特定の属性の者たちだけが住む神域、妖精たちだけが住む神域などもありました。

 ですが、どの神域にも共通していたのは穏やかな時間が流れていたということ。

 それから、できた当初はなかなか激動の時代だったということです。

 神域とは救いを求める者の前にしか現れないのでしょうか?

 僕の前にメイヤが現れたときもこのままでは死ぬしかなかったときなのでその可能性があります。

 やはり、神域とは特別な場所のようです。

「シント、どうしたの?」

「ああ、リン。ちょっとばかり昔を思い出して考えごとを」

「昔。私たち、あまり年寄りじゃないよ?」

「それでもこの里ができたばかりの頃はいろいろありましたよね」

「ああ、そうだったね。幻獣たちを襲っていたジニを滅ぼし、この里に来たみんなの要望を聞いて回り、その年の秋にクエスタ公国でイネスちゃんに会ったんだっけ?」

「はい。クエスタ公国とも長い付き合いです」

「あの国も頑張っているよね。本当に私たちの里の野菜に負けないくらいおいしい作物を作り始めたんだもの」

 クエスタ公国では第一公子だったディートマーさん主導のもと野菜や穀物、果物の品種改良を続けてきました。

 ディートマーさんはそれに相応しいスキル持ちを積極的に雇用していたようですが、それとは別に働き口に困っていた方々も積極的に雇用し、国として国民の生活を向上させたようです。

 その結果、様々な作物で味や生産性がよくなり始め、最初は貴族たちだけで消費していたそれらの食材もいまでは一般市民にまで流通するようになりました。

 ディートマーさんはまだまだ満足していないようで、もっと品質のいい作物を作るつもりのようです。

 最初の頃は僕たちの里も手を貸していましたが、いまでは手を貸さずとも自力で目標に向かい邁進し続けているのですから本当にすごいことだと思います。

 クエスタ公国の立ち位置もさらに重要性が増してきたそうですし、頑張っていただきたいですね。

「それにしても元ジニの連中ってどうにかならないものかしら。国が完全に崩壊したあとも、相変わらず戦を続けてばかりじゃない。妖精すらいなくなってるからどんどん土地は荒廃していっているのによくやるよね」

「リン、それは知ったことじゃないですよ。元ジニ国のことは考えるだけ無駄と割り切って捨て置きましょう」

 ええ、神樹の里の周囲にあったジニ国は完全崩壊し、有力貴族たちがそれぞれジニの正統な後継国家を名乗り、多数の国を立ち上げました。

 結果としてそれらの国々で戦争になっているのは言うまでもありません。

 それが20年も続いているのですから手に負えない。

 各国の国民たちは常に飢え、病に苦しんでいるそうですが、国を治めている者たちはそれを無視して戦争を続けているようです。

 そのような国々を僕たちが支援するはずもなく、いっそ完全に滅びてもらおうというのが神樹の里としての結論となりました。

 残酷なようですが、身の程をわきまえない連中には仕方がないでしょう。

「それにしても、ディーヴァとミンストレルは有名になりすぎていますよね」

「本当だよね。いまじゃ音楽堂でのコンサートを毎週2回開いているのに順番待ちだもの。ほかの神域からもかなりやってきているんでしょう?」

「そこはメイヤ管轄なのでよくわかりませんがそうらしいです。テイラーメイドもすっかり気を良くして毎回違ったドレスを作るものですから、ふたりのドレスなどを保管している家も既に手狭になり始めているとか」

「……やり過ぎだよね」

「やり過ぎです」

 ディーヴァとミンストレルの名前は僕たちよりも有名となりました。

 いまでは僕たちが出向いていないような遠くの国々にある神域からもやってくる方々がいます。

 代わりとして僕たちも招待されているのですが、なかなか行けないんですよね。

 ペガサスのシエロとシエルで半月も飛び続けなければたどり着けない国にある神域とか、ちょっと……。

「神樹の里もさらに賑やかになったし、どうなっていくのかな、私たち」

「さあ? なるようにしかなりませんよ。僕もいろいろとやることが山積みになってしまいましたし、それに伴ってリンだってやることが山積みでしょう?」

「……そうだね。せっかく10年くらい前に子供の産み方を教えてもらったのに一度も実践できていないんだもの。私たち忙しすぎない?」

「そもそも、ほかの神域と積極的に交流を持つ神域というのが極めて稀らしいです。ディーヴァとミンストレルの件もあって僕たちと親交を持ちたがっている神域は多いらしいですし、場合によってはドラゴンたちに頼んでお出かけだってしているんですよ? やることをもう少し減らしてもらいたいです、本当に」

「だよね。ほんと、減らしてほしい!」

『ごめんなさいね、スケジュールが厳しくて』

 愚痴をこぼしていたところにやってきたのはメイヤ。

 このあとコンサートがあるので合流する予定だったのですが、なにかあったのでしょうか?

『シント、リン。忙しいところ本当に悪いけど割り込みの依頼よ。契約者を失い弱っている聖霊がいるらしいの。ドラゴンとは話をつけてあるから、コンサートが終わったら至急その子の元に向かって』

「わかりました。創造魔法で回復させればいいんですね?」

 最近はこの手の依頼も増えてきました。

 僕が創造魔法の使い手であることが広く知れ渡った結果、本来は消えゆく定めにあった聖霊たちを救ってほしいというお願いが増えてきたのです。

 メイヤも同族をみすみす失いたくないようで基本的には請け負うため、僕もそれに従い出歩くことが多くなり……。

 機嫌が悪くなっているのはリンです。

「メイヤ様?」

『……ごめんなさい、リン。わかってはいるのよ? でも、同族を救う機会を失うのは』

「まったく。あまり無茶な頻度で請け負うようでしたら本当に断りますからね」

『そこまで受けることはないはずよ。契約者を失う神域って少ないもの』

「本当ですか? 結構な数を救って歩いていますけど?」

『……それだけ神域って多いらしいのよ。普段は交流を持たないからお互いに知らないのが普通なだけで』

「私たちがきっかけで交流を持つようになった結果、神域同士のネットワークもできたと」

『そうなるわ。いいことなのかどうかはわからないけど、私は嬉しいわね』

「らしいですよ、リン。とりあえず、無理のない範囲では受け入れましょう」

「仕方がありません。本当に無理のない範囲ですからね」

『わかっているわ。さて、そろそろ音楽堂に行かないとコンサートに遅れるわね』

「はい。行きましょうか」

「うん。行こう!」

 この20年で変わったこと、変わらなかったこといろいろあります。

 ただ、僕たちがきっかけでほかの神域にも影響が出ているのも事実、そこの責任はとりましょう。

 僕は創造魔法使いなのですから。

 もちろん、無理のない範囲でね。