サニがいなくなったあとは平和な日常が過ぎていきました。

 イネスちゃんの兄姉もそれぞれの活動を始め、プリメーラさんはイネスちゃんが呪いで寝込んでいたために教えられなかった知識をひとつひとつ教えていっています。

 イネスちゃんもそれを必死に学びつつ各貴族との面会を始め、虚偽の報告を行った貴族家には容赦なく査察のための部隊を派遣しているようでした。

 立太子の儀式でイネスちゃんを狙おうとしていた一派は公王様にまとめて捕縛され、査察に入るとサニと結託して不正を行っていた証拠が次々出てきたそうです。

 中にはほかの国と結託して食糧を長年密輸する内容のものもあり、そういったものが発覚した貴族は一族全員が斬首刑となりました。

 子供たちまで処刑する必要があるのかは疑問ですが、これも貴族の掟なのでしょう。

 僕やリンのような田舎者で外国にある神域の関係者が口を挟む問題ではありません。

 そのように公王様とイネスちゃんによる国の清浄化が進んでいく中、ある日突然メイヤがやってきました。

 ディーヴァとミンストレルを連れて。

『シント、リン。そろそろ1カ月よ』

「え、もう1カ月なのですか?」

「早いね。もうそんなに経っちゃったんだ」

『この国でもいろいろとあったもの、早いと感じるのも仕方がないわ』

「わかりました。それで、ディーヴァとミンストレルが一緒に来た理由は?」

『シントとリンが気に入ったという女の子に会ってみたいそうよ。それくらいの時間はもらえるかしら?』

「いまはプリメーラさんと国政についての勉強中ですね。話す時間がもらえるか聞きに行きましょう」

 僕たち5人は宮殿の中を進みイネスちゃんとプリメーラさんが勉強をしている部屋の前へ。

 護衛騎士の方に事情を話し、時間をもらえるか確認してもらったところ休憩も兼ねてある程度ならと言うことでお許しが出たようです。

 そして部屋に入ってみると、たくさんの書類を確認していたであろうイネスちゃんとプリメーラさんがいました。

「ようこそ、メイヤ様、シント様、リン様。後ろのおふたりは?」

『私の里で暮らしているエレメンタルエルフのディーヴァとミンストレルよ。人には……エンシェントエルフと言った方が馴染み深いのだったかしら』

「エンシェントエルフ……メイヤ様の里にはそのような方々まで暮らしているんですね」

『リンの縁で来てくれた子たちなのだけれどね? 今日はシントとリンが1カ月もお世話になった……いえ、友人たちを1カ月も手放してくれなかったあなたたちとお話があるそうよ?』

「メイヤ様、そういうわけでは……」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんに会えなかったのは寂しかったけど……」

『似たようなものでしょう? さあ、ごあいさつなさいな』

「はい。申し遅れました、神樹の里に住むエレメンタルエルフ、ディーヴァです。精霊契約はシント様と行っております。リンとは友人ですね」

「私はミンストレル! リンお姉ちゃんと契約しているの!」

 ディーヴァとミンストレルの自己紹介で〝契約〟と言う言葉が出てきたためでしょう。

 イネスちゃんもプリメーラさんも困惑していますね。

 補足説明をしなければ。

「イネスちゃん、プリメーラさん。エンシェントエルフ、つまり、エレメンタルエルフとは、精霊としての性質を持って生まれてきたエルフ族らしいです。そのため、条件さえ満たせば不死の存在。条件は精霊としての歪みを発生させないことだとメイヤから教わりました」

「シント様、精霊としての歪みですか?」

「はい。お酒などの毒になるものを摂取しないとか苦手なものを無理矢理食べ続けないとかいろいろあるそうです。普通の精霊との違いはなにかを食べ続けないと餓死することらしいですね」

「お酒が毒……それではディーヴァ様、ワインなどは?」

「申し訳ありません。エルフの森にいた頃より飲まされ続けていましたが口に合いませんでした」

「そうでしたか。そう言えば、シント様とリン様もお酒には一切口をつけませんでしたね。シント様はまだお若いようなので希望がなかったためにお出ししていませんでしたが、リン様はよろしかったのでしょうか?」

「う……それは…」

『リンはお酒の飲み過ぎで恥ずかしい失敗をしているのよ。それに懲りて二度とお酒は飲まないと誓ったわ』

 それを聞いて意外そうな声をあげたのはプリメーラさんでした。

「あら、そうだったんですか。リン様、淑女たるものお酒はほどほどにしないといけませんよ?」

「お酒の飲み方がわからなくて……」

「リン様っていろいろ子供ですよね。シント様のいないところでは〝子供を授かる方法を教えてほしい〟と何度もせがまれましたし」

「……シントとの子供、ほしい」

「そう言っている間は子供を授かるべきではないですよ? イネスもお酒の飲み方は相応の年齢になったら教えます。メイヤ様からいただいたアクセサリーがあれば薬が含まれていようと大丈夫でしょうがあなたは公太女、最後は自分で身を守らなければなりませんからね?」

「はい、プリメーラお姉様」

『リン。私たちが子供のことを教えないからってここでも聞いていたのね?』

「ごめんなさい」

『まったく。時が来たらあなたにもシントにも教えると言っているのに。ともかく、この寂しがりな娘とお酒のことは終わりにしましょう。本題はディーヴァとミンストレルがあなた方と話をしたいということだから』

「わかりました。でも、なにをお話しましょう?」

「そうね。私たちも国の公女である以上、話せないことはたくさんあります」

「では、シント様と出会ったあとのことを話していただけませんか? 私たちはどんなことをしていたのか伺ったことがないので」

「うん、気になる」

「そうですね、それを話しましょう。今日は天気もいいですし庭園でお茶をしながらお話しましょうか。いいですよね、プリメーラお姉様?」

「そうね、ちょうどいい息抜きでしょう」

 イネスちゃんとプリメーラさんに案内されて庭にあるテーブルでお茶です

 そこでプリメーラさんと初めて会った時からイネスちゃんたちの護衛を始めたこの1カ月のことまで楽しく話をして全員がうち解けていきました。

 それからディーヴァとミンストレルも何曲か歌を披露しイネスちゃんとプリメーラさんもそれに聴き入ってましたね。

 そんな楽しい時間も過ぎていき、料理を教えに来ていたシルキーとニンフたちもこちらにやってきました。

 そろそろ帰る時間ですか。

 本当に早いものです。

「……やはり、今日お戻りになるのですね」

「メイヤが迎えに来ましたからね。帰らないわけにもいきません」

「ごめんね。元々1カ月って約束だから」

「いえ、単なるわがままです。でも、また顔を見に来ていただけませんか? 成長した姿を見てほしいんです」

「それくらいでしたら。いつにしましょうか?」

「……では、来年の春に。皆様から教えていただいたお料理ももっと美味しくしてお待ちしております」

「うん、わかったよ。じゃあ、名残惜しいけれどそろそろ帰るね。おいで、リュウセイ」

「ウォフ」

「リュウセイ、どうしたの?」

『リュウセイはイネスの元にもうしばらく残りたいそうよ。まだ不安なのですって』

「そうですか……わかりました。リュウセイ、僕たちがいない間イネスちゃんの警護を頼みます」

「頑張ってね、リュウセイ。春にはまた遊びに来るから」

「ウォン!」

『それでは帰りましょう。リュウセイ、里の名を汚さぬようにしっかり頑張りなさい』

「それでは、また春に」

「イネスちゃんもプリメーラさんも元気でね」

『シエロとシエルはどうしているの?』

「ペガサスだということがわかってからは花などを荒らさない位置で寝そべっていましたね」

『そう。……ああ、いたわ。彼らは自分で飛んで帰るって』

「では、一緒に帰るのはこの場にいる者だけですね。《ディメンション・ゲート》を開きます」

「うん。ばいばい、ふたりとも」

「はい。私の命だけではなく国までお救いくださりありがとうございました」

「イネスの教育はお任せを。必ず立派な女王にしてみせます」

「楽しみにしています。それでは、また」

 僕は《ディメンション・ゲート》を開き、久しぶりの神樹の里前までたどり着きました。

 要望、たまってないといいんですが。


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「……行ってしまいましたね、プリメーラお姉様」

「そうね。この1カ月は本当にいろいろなことがあったわ」

「部屋に戻りましょう。国政のお勉強を続けなければ」

「ええ。護衛としてリュウセイも残ってくれたんだもの。次に会うときにはもっとしっかりした顔を見せないとね」

「はい!」


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 神樹の里へと1カ月ぶりの帰還、帰還なのですが……。

「メイヤ、見間違いでなければ妖精や精霊が増えていませんか?」

『増えているわ。ジニがいよいよ国として破滅に近づいていった結果、行き場を失いつつあった子たちを受け入れているもの』

「メイヤ様、それって破滅を更に加速させませんか?」

『加速するわね。すべて自業自得なのだから仕方がないでしょう?』

「……それもそうですね」

「ジニの人たちには悪いけれど幻獣や精霊、妖精たちを怒らせた結果を思い知ってもらわないと」

『よかったわ。クエスタ公国を救いに行った結果、ジニまで救おうと言い出すんじゃないかと思って心配していたのよ、みんなね』

「そこまで優しいわけじゃないですよ」

「イネスちゃんたちは善人だから助けました。でも、私たちはクエスタ公国でも悪人は殺してきています。ただそれだけです」

『ジニの民にも善人はいるわよ?』

「それはそうでしょう。ですが、国があそこまで愚かだったのだから救うわけにいきません」

「うん。ひもじい思いをして凍えていくのはかわいそうだけど、自分たちの国が犯してきた罪はきっちり認識してもらわないと」

『結構。ジニが完全に滅びて新しい国ができたらそこと交流するか考えましょう』

「クエスタ公国のように善良な国になってくれるといいんですが」

「そうだね。でも、私たちが干渉することでもないし」

「そうですね。とりあえず、家に帰りましょうか」

「うん。久しぶりに温泉に入ろう! シントと一緒にいる時間が少なくてすっごく寂しかったんだから!」

「はいはい。リンは本当に甘えたがりですね」

『いいことじゃない。少しくらいは甘えさせてあげなさいな』

「そうします。じゃあ、夕食の時にまた」

「失礼いたします、メイヤ様」

『ええ。またね』

 クエスタ公国に行っている間に更に住民も増えていましたか。

 神樹の里も段々賑やかになっていきますね。

 僕とリンもその契約者と守護者として頑張って行かないと!

 まずはリンの要望通り温泉ですが……思いっきり甘えられそうです、数日間は。