新しくやってきた住人『花の妖精アルラウネ』のローズマリー。

 彼女がやってきたことで神樹の里にも彩りができました。

 僕たちの家の側以外にもいろいろなところで花畑を作っているようで、そちらも遠目で見ることができますからね。

 ときどき近くに行ってみることもありますが本当に綺麗です。

「ねえねえ、ローズマリー、あなたってどんなお花を咲かせられるの?」

『うーん。どんな花でもかなぁ。でも、本来ない色の花を無理矢理咲かせた場合、ときどき毒草になっちゃうから気をつけないといけないね』

「そっか。ちょっと残念かな。同じ花でいろいろな色のお花畑とか見てみたかったんだけど」

『元の品種がいろいろな色の花ならできるよ。人の手で品種改良されたものだけど』

「品種改良?」

『別の色のお花とお花を受粉させたりして違った特性のお花を作るの。そういったお花は私の配下にもなるから再現できるんだ』

「例えば?」

『これ。チューリップ』

「うわぁ! かわいい!!」

『それじゃあ、あなた方の家の庭にいろいろな色のチューリップを咲かせておくね』

「ありがとう! お手入れの方法は!?」

『花の妖精が直接管理する花だもの。そんなの必要ないよ』

「そうなんだ。ありがとうね、ローズマリー!」

『どういたしまして』

 最初は僕に裸をみせたことからけんか腰だったリンもローズマリーとすっかり仲良くなり、訓練以外でおしゃべりをする時間などがあります。

 リンと仲のいい友達が増えて嬉しいような……。

『どうしたのかしら、シント?』

「ああ、メイヤ。ちょっと考えごとを」

『考えごと?』

「ええと……神樹の里ってもうすぐ夏なのにちっとも暑くならないじゃないですか。それに雨だって一度も降ったことがないなって」

『……話を逸らしたわね。まあ、答えてあげるけれど。神樹の里の環境は私がすべて調整しているわ。だから必要なとき以外は雨も降らせないし暑くもしない。寒くもならなければ雪だって降らないわ。それとも、周囲の自然環境に合わせてほしい?』

「ああ、いえ。そんなことはないです。リンが過ごしやすそうならそれで十分。ただ、気になっただけで」

『……なるほど、悩みの種はリンね。リン! シントが一緒にいたいって!』

『あらあら。リンの恋人さんは意外と嫉妬深いのね』

「恋人?」

『あら? 違うの?』

「シントは一緒に寝て、一緒に着替えて、一緒に水浴びをして、一緒に食事をして、一緒に訓練をする友達だよ?」

『普通そこまでするなら恋人か夫婦だよ?』

「そうなのかなぁ?」

『リンも初心ねぇ。まあ、お姉さんからはこれ以上なにも言わないわ。早く、シントの元に戻ってあげなさい』

「うん!」

 メイヤに呼ばれてリンが戻ってきてしまいました。

 ローズマリーと話をしていたのに邪魔をしてしまったような……。

「シント、なにかお話でもあった?」

「え、ああ、いや……」

「シント?」

『シントはあなたをローズマリーにとられたようで面白くなかったのよ。ただそれだけ。ちょっとした嫉妬心よ』

「嫉妬心……」

『あなたもローズマリーが最初に姿を見せたとき裸だったのを見てすぐにシントの目を塞いだじゃない。あれと一緒よ。あなただって、シントがリュウセイとばっかり遊んでいたら嫌でしょう?』

「それは嫌だね! ごめんね、シント」

「謝られるほどでも……こちらこそ話を邪魔してすみません」

『うふふ。お互い意識し始めているようで結構結構。それで、今日来た理由なのだけど、ちょっと紹介したい子がいるのよ』

「紹介したい子、ですか?」

「また誰かが困って頼って来たのでしょうか」

『いいえ、違うわ。と言うかあなた方もよくお世話になっている子よ』

 僕たちもお世話になっている……。

 ああ、ひょっとして!

「この服を作ってくれている」

『正解。ずっとこの神域の回りでウロチョロ様子を見るだけで入ってきてくれなかったんだけど、ようやく入ってくる気になってくれたのよね』

「それならもっと早く来てくれてもよかったのに……」

『そう言わないであげて、リン。あの子、服作りとかは好きなんだけど恥ずかしがり屋なのよ』

「でも、やってきてくれる気になってくれたんですよね?」

「その子に早く会ってみたいです。いままでのお礼もしなくちゃいけません」

『そうね。シルクアラクネ、さっさと出ていらっしゃい。いつまで隠れているつもり?』

 メイヤが森に向かって呼びかけます。

 呼びかけますが……誰も出てきませんね。

『シルクアラクネ! さっさと出てきなさい! いい加減、隠れるのはやめるって言い出したのはそっちでしょうが!?』

 今度はメイヤが怒鳴りつけました。

 そうすると木の上からなにかが勢いよく振り回されながら飛んできて……メイヤの影にすっぽりと収まりましたね。

 メイヤの体の方がはるかに小さいので隠れられてませんけど。

『シルクアラクネ……』

『はい! 申し訳ありません……』

「その方が僕たちの服を作ってくれていた?」

『そうよ。幻獣シルクアラクネ。自分で作ったクモの糸で布を織り、それから服を作ることのできる幻獣。この地にあなた方がやってきたのが相当嬉しかったんでしょうね。はりきって服をデザインしていたわよ?』

「そうでしたか。ありがとうございます、シルクアラクネ様」

『私なんて様付けされるほどじゃないです! でも、服の着心地はどうですか?』

「とても気持ちいいですよ?」

「はい! 下着も肌着もまったく引っかかりませんしサラサラです!」

『よかった……人の服を作るのは初めてだったので……』

 ん?

 人の服?

『普段は竜様などが擬態して人の街に入り込む時用の服とかしか作ってなかったんですよ。感想を聞いても『着やすいな』しか言ってもらえないので心配で心配で……』

 竜の服……。

 なんて壮大な……。

『それで、靴はどうです? そっちは竜様からいただいた脱皮したときの皮の余り物を使わせていただいているんですが』

「……これ、竜の皮だったんですね」

「履き心地もいいし柔らかくて滑らないから大丈夫だよ。ちょっと素材に驚いたけど……」

『よかったです。いただいた竜様にはちゃんと許可をいただいているのでご心配なく』

 なんだか僕たちの服や靴って壮大だったんですね。

 幻獣のアラクネが自分の糸で織った布から作った服に、竜の皮から作った靴だなんて。

 着心地も履き心地も別物でしたが……素材も別格でした。

『シルクアラクネ、なんで今更になって出てこようとしたのかも説明なさい』

『はい! あの、いまはこの神樹の里にアルラウネさんもいるじゃないですか。それならいろいろな花が採れますよね? それを使った染め物をしたいんです。おふたりの服ってやっぱり、草や木の葉からしか染めてませんから……』

「ああ、それで、緑色」

「てっきり私たちの髪や目の色に合わせてくれていたんだと思ってたよ」

『あの、それで、まったくもって厚かましいお願いなんですが、私をここに置いてもらえないでしょうか! できれば服飾工房なども準備していただけると助かります!』

『ですって。どうする、シント?』

 僕ですよね、僕しかいませんよね。

 答えは決まっていますけど。

「構いませんよ。一緒に暮らしましょう」

『ありがとうございます、ありがとうございます!』

『シント、ついでだから契約もしてあげなさい。悪影響はないから』

「そうですか? リン、あなたはどうします?」

「幻獣様はシントに譲るよ。妖精は私が引き受けるから。精霊様は……相談で」

「わかりました。シルクアラクネさん、準備はよろしいですか?」

『はい! いつでもどうぞ!』

 僕から発せられた契約の魔力はシルクアラクネに吸い込まれて光り輝きました。

 契約成立ですね。

「さて、お名前ですが……なにか候補はありますか?」

『私が決めていいんですか!? では〝テイラーメイド〟がいいです!』

「わかりました。今日からあなたは〝テイラーメイド〟です」

『ありがとうございます! それで、服飾工房は……』

「すぐに用意してあげます。場所はどの辺りがいいでしょう?」

『そうですね……草木染めもしたいから……』

『ああ。その心配はしなくてもいいわ、テイラーメイド』

『メイヤ様?』

『私のお友達をもうひとり呼んでいるから草木はそちらに任せましょう。あなたは好きな場所を選びなさいな』

『では。おふたりの住まいやアルラウネさんの養蜂畑から離れたところにお願いします。やっぱり、染め物って匂いも出ちゃうことがあるので』

「わかりました。土地はいいだけ余っていますから好きな場所に案内してください」

『はい!』

 テイラーメイドが選んだ場所は本当に僕たちの家からも神樹からも離れた場所でした。

 ローズマリーも協力して染め物用の花畑を作るととても感激していましたね。

 あとは創造魔法で服飾工房となる建物を作るだけだったのですが、結構難しかったです。

 風通しがよくないといけないとかで、何回も作り直しました。

 布を織るための道具や資材などは後日搬入するそうですし、今日はここまででいいそうです。

 道具や資材などの運び込みが終わったら早速新しい服を作ってくれるそうですが……無理はしないでほしいですね。