ええと、〝海王の里〟でしたか。

 ここは海の底にあってなお幻想的な空間でした。

「……不思議ですね。海底なのにこれほど明るいとは」

「神域にヒト族の常識など通じないのが常識だろう、シントよ」

「それもそうでした。申し訳ありません、アーリーさん。僕は神域の契約者になってまだ1年半しか経っていないもので」

「そこまで若かったか。私は……何百年生きてきた、コロマ?」

「私に聞かないで。私だって100年までは数えてきたけど、それを過ぎた頃から数えるのも馬鹿らしくなってやめたんだから。千年は経っていないんじゃない?」

「……まあ、そうらしい。それにしても、お前たちの装備。かなりの魔力が含まれているな?」

「ああ、土の五大精霊ノームがほかの五大精霊たちの力を結集させて作った鎧なんです。去年、ノームが作った純オリハルコンの鎧でも死にかけたことがあったので五大精霊たちが総力を結集して更新するようになりました」

「五大精霊……〝神樹の里〟は五大精霊がそろい踏みか。〝海王の里〟にはウンディーネとシルフィード、ノームしかいない。やはり海中である以上、火や雷は相性が悪いようだ。シルフィードに定住してもらうのにも苦労したからな」

「あはは……それで、公王様たちをどこにご案内する予定だったのですか?」

「ん? ああ。この先の広場だ。今日は起きていらっしゃるといいのだが……」

 アーリーさんに導かれて歩いて行くとそこかしこに水関係の幻獣や精霊、妖精を中心とした住民たちがたくさんいました。

 滅多に訪れないヒト族の訪問者に興味津々なのかこちらをじっと見ていますね。

 イネスちゃんも普段は見ることができない生き物ばかりであっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロと忙しく目を動かしていました。

 そして、大きな広場にある珊瑚の元までいくと……大きなクジラが眠っていました。

 感覚から言ってこの方が聖霊様のようですが……。

「コロマ、銛でつついて起こせ」

「そうね」

 アーリーさんの指示でコロマさんがクジラを槍のようなもので突き刺し、その痛みでクジラが跳ね起きました。

『なんだ!? アーリー、コロマ! 敵襲か!?』

「イサナ様。今日は次代のクエスタ王があいさつに来ると伝えていましたよね?」

『ああ、うむ、それは……』

「それ以外にもお客様です。別の神域の契約者と守護者が来ています。聖霊として威厳を見せてください」

『もう既に威厳もなにもないじゃろ。儂がこの神域の管理者、イサナじゃ。オリヴァーとプリメーラは会ったことがあるし、後ろの少年少女は神域の関係者じゃろ? そちらの小さい少女が次のクエスタ王か?』

 イサナ様が目をつけたのはイネスちゃんですね。

 僕たちはわかりやすいでしょうし仕方がありませんか。

「は、はい! イネスと申します!」

『気にするな。儂にできることなど、この地に雨を降らせて水の恵みを与え続けることぐらい。人が川や海を汚さない限り儂らはクエスタに味方する』

「ありがとうございます、イサナ様」

『味方する。味方するのじゃが……どうにも困った問題があってな』

「困った問題、でございますか?」

『サニと言ったか。あれが呪って歩いた大地の汚染が解けん。恵みの雨は降らせてやるが、あれが呪った大地は徐々に腐り果て使えない土地になるじゃろう』

 ここに来てもサニという女の問題ですか。

 本当に余計なことしかしない。

『あら、お困りのようね。イサナ様』

 僕たちの背後から聞こえてきたのはまたメイヤの声。

 本当に自由になってきました。

『お主……別の神域の管理者か?』

『ええ。この子たちの神域、〝神樹の里〟の管理者、メイヤです。よろしく、イサナ様』

『管理者同士の間で上下関係はない。まだかなり若いようだが覚えておけ』

『あら、そうなの? それでご相談なのだけどイサナは広範囲に雨を降らせることはできるのよね?』

『ああ。クエスタはそうやって実りのある大地に変えてきた』

『それなら話は早いわ。私が浄化の雫を差し上げる。それを、雨に染みこませてばらまいて。そうすれば呪いの浄化もできるはずよ』

『なるほど、〝神樹の里〟とはそう言う意味か。可能だぞ。だが、大量に作ってもらい密度を上げてもらわなければならないな』

『その程度ならお安いご用よ。シント、お願いできる?』

「わかりました。素材を」

『はい。これ』

「樽一杯は多くありません?」

『この際だから呪いだけじゃなく不浄なものはすべて浄化してもらいましょう?』

「了解です。……できました。イサナ様、これで大丈夫ですか?」

『……なるほど。そちらの少年は創造魔法使いか。いい契約者を得たな』

『でしょう? 守護者のリンともども自慢の子たちよ』

『そうかそうか。よろしい、これなら、クエスタ全土に破邪と浄化の雨を降らせるのに十分な量と質だ。明日から数日は雨が続くが許せ』

「いえ、私の甘さが招いたことです。浄化していただけるだけでもありがたいこと」

『それがわかっているならば二度と失態は犯すな。イネスも気は抜かぬようにな』

「はい、承知しております。メイヤ様とも誓いましたので」

『〝神樹の里〟の管理者と? 詳しく話せ』

 そのあとイネスちゃんはメイヤからの食料の供給ついてと渡されたアクセサリー類についてイサナ様に説明しました。

 イサナ様もこれには負けられないと感じたようですが、自分の権能では食糧支援は無理、料理の仕方を教えて回る精霊や妖精だけを貸し出すことにしたようです。

 また、〝神樹の里〟のアクセサリーだけを身につけているというのも負けた気がするそうで大急ぎでノームたちを呼んで〝海王の里〟からの贈り物としてなにか作るようにと命じていました。

 ただ、それも一日ではできないものなので後日送り届けるという形に収まったようです。

 聖霊たちも人っぽいところが多いですよね。


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 その後、宮殿に帰った次の日から3日間はずっと雨が降り止みませんでした。

 その雨すべてに豊穣をもたらす効果と破邪の効果が含まれていることがわかり、メイヤの雫を使ったイサナ様による雨だとよくわかります。

 そして、雨が降り止んだ翌日、イネスちゃんと一緒に過ごしていた僕たちの元にある報せが届きました。

「サニお姉様が死んだ?」

「はい。雨が降り始めてからもがき苦しむようになったのですが、今朝様子を見に行くと既に事切れていました」

「お父様はなんと?」

「死体はとりあえず安置所に留め置けとのご指示です。不正の容疑が固まり次第、相応しい罰を与えてから罪人用の墓地に埋葬すると」

「つまり、公金横領の証拠や立太子の儀式妨害の証拠が固まり次第遺体を切断、その上で闇の炎で焼き払い罪人用墓地に骨を砕き誰かわからなくしてから埋葬ですか。いいのではないでしょうか?」

「本当によろしいのですか?」

「私怨から言っているのではありません。国の税金を横領し、立太子も妨げ国を混乱させようとした大罪人。死してなおその存在も抹消されるのが当然です」

「わかりました。ではそのように」

 報告にきた兵士の方が出ていくとイネスちゃんは溜息をつき、つぶやきました。

「……サニお姉様も道を誤らなければ、死してなお侮辱を受けるなどということにならずにすんだのに」

「イネスちゃんはああなってはだめですよ?」

「そうそう。イネスちゃんはまっすぐ育ってね」

「政治というのは綺麗なことばかりではないそうなので大変みたいです。でもプリメーラお姉様もいてくれますし頑張ります!」

 3日間降り続いた雨が止んでからの空は澄み切った青空。

 この国もイネスちゃんもこの青空のように澄み渡ったまま成長していってもらいたいですね。