〝公太子選〟とは、次の公王を公王家の子供同士による指名で決めるものだそうです。

 クエスタ公国ではいつの時代から始まったのか知られていないそうですが、子供が5人以上になった場合はまずこれによって次代の公王を指名するのだとか。

 同数になった場合、そのあといろいろな方法で争うのだそうですが……詳しい話は聞いていません。

 結果がどうであれ、僕たちの里に深く関わるかどうかは未知数ですから。

 よくない結果であれば最低限の援助しかしなくなるだけです。

「これより、〝公太子選〟を始める」

 公王陛下の宣言によって会場内は静まりかえりました。

 この会場は普段滅多に使用されないらしい、宮殿内の大ホール。

 そこにある貴賓席には大量の貴族たちがあふれかえり、そのほかの席には市街地から来たという庶民たちがいるそうです。

 この〝公太子選〟はすべての貴族に開催状を送って開催されるものらしいですが、一般庶民にも見る権利があるらしく多数の人々が詰めかけています。

 僕たちが控えているのはイネス公女様の横の席、つまりイネス公女様の護衛という立場で臨席していました。

〝公太子選〟の結果が割れた場合、決闘などの役目を担うこともあるそうですが……その程度の力添えはしましょう。

大ホール中央の円卓に座っているのは5人。

 第一公女サニ。

 第二公女プリメーラ。

 第一公子ディートマー。

 第二公子ルーファス。

 第三公女イネス。

 彼らを見下ろす位置に公王オリヴァー陛下がいらっしゃいます。

「まずは宣誓を。お前たちはこの〝公太子選〟の結果を受け入れるか?」

「受け入れますとも」

「受け入れましょう」

「受け入れる」

「受け入れるぜ」

「受け入れます」

「よろしい。では、公王となったあとの施策を発表せよ。まずは第一公女サニから」

「はい。私が公王となった暁には……」

 サニがいかにもよき政治であるかのような詭弁を並べ立てますが、僕とリン、それからイネス公女様にもそれらがすべて嘘であると見抜けているでしょう。

 神眼持ちに嘘など意味を成しませんから。

 それにしてもサニは最初に会ったときとはまったく顔立ちが違いますね。

 髪の色も真っ白になっており、目の焦点も定まっておらず、立っているいまも姿勢がふらつくことがあります。

 これでは放っておいても長く生きられないでしょう。

「……以上です」

「よろしい。次、第二公女プリメーラ」

「はい。私からはなにもありません。公太子の座は別の者に譲ることを決めております。私がすることはその者の補佐のみ。残りの生涯、次の公王のために捧げましょう」

 プリメーラ公女様の発言に会場がざわつきます。

 当然でしょう、自分から公王の座を降りると宣言されたのですから。

「静粛に。次、第一公子ディートマー」

「はい。私もなにもありませんね。公太子の座は別の者に譲ります。私は……作物の研究でもいたしましょうか。先日からいらしてくれているお客様のお陰で野菜や果樹のおいしさにもあらためて気付かされました。農業国としての地位を高めるため、そちらの研究も疎かにしてはいけない」

「次、第二公子ルーファス」

「ああ。私からもなにもない。公太子の座は降りる。私は……そうだな、国防力の強化に努めよう。他の国々や地理的優位に守られているからと言って国防を疎かにしてはいけない。それに、今後は公国騎士団を大量増員する政策も出てくる。私はそちらの舵取りをしよう」

 会場内のざわめきは更に大きくなりました。

 これで5人中3人が棄権を表明、つまり別の誰かを推薦すると宣言しているのです。

 そして、その3人は今後の国のために尽くすと言う。

 前代未聞の〝公太子選〟なのでしょう。

「静粛に。最後、第三公女イネス」

「はい。まず、この場にお集まりいただいた皆様に陳謝を。私はこれまで〝神眼〟を授かりながらそれを恐れる余り〝呪眼〟に負け、呪いで死の淵に立っていました。そのため、公の場に立つことすらいままでなく、いきなり〝公太子選〟での顔見せとなってしまい申し訳ありません」

 この宣言にまた大きなざわめきが起こります。

 イネス公女様は神眼を持っていることを宣言された。

 その上で呪眼持ちによって呪われいままで公の場に出られなかった。

 つまりは、イネス公女様を呪える立場にいる誰かが呪眼を持っている宣言なのですから。

「公女だろうとデタラメを言うな! 誰が神眼持ちなどと言う言葉に惑わされるとお考えか!」

 上にある貴賓席のどこか……つまりは貴族の誰かから大声が飛んできました。

 本心なのかサニの一派なのかは知りませんが、公王陛下が黙って見逃すはずもないでしょう?

「黙れ! イネスの言葉は真実だ! 私も含め公王家全員が承知していること! どこの誰かは知らぬが口を挟むな!」

 公王陛下の一喝によって場内はまた静けさを取り戻しました。

 そこを見計らうかのようにイネス公女様が言葉を続けます。

「私が神眼持ちのことは一度おいておきましょう。その上で私が進める政策、最初はいま現在進めていますが孤児たちへ食料を支援することです。先日、とある縁から野菜のみとなりますが毎月6000人分の食料を供給いただくことを約束していただけました。それらはお父様の兵により各地の孤児院へと配送されております。一部は暴虐な貴族の手によって奪われたと聞きましたが……その者たちには天罰が下ったそうですのでいまは触れないでおきましょう」

 この言葉の意味はまた同じようなことをすれば再び天罰が下るだろうという示唆。

 イネス公女様も抜け目がありません。

「6000人分の食料は孤児を優先して配ることを条件に譲っていただいております。ですが、この国で把握している人数では6000人もの孤児はいません。フロレンシオが極めて多いですが、そこは私が受けている支援とは別に食料を配布していただいております」

 フロレンシオではもう既に当たり前のように実施されている政策だという宣言。

 これの真偽はフロレンシオに行かねばわかりませんが、インパクトはあるでしょう。

「その上で申し上げましょう。私が公太女となった暁には各地の孤児院へ食料を配る際、公国騎士団の力をお借りします。ですが、それとて3000人分の食料があれば足りるはず。残り3000人分の食料は〝私が〟預かることとなりますが遊ばせておくつもりもありません。不作などで困窮している地域に対し、支援として配布いたしましょう。この国が悪しき方向に向かない限りは支援を続けてくださると約束もいただいております。皆様が働き怠慢を起こさない限り、食料は困りませんよ」

 ここまでの言葉は真偽不明。

 ですが、民衆にはインパクトがあったでしょうね。

 飢饉への備えがイネス公女様にはできていると宣言されたのですから。

「また、多いとはいえ食料は3000人分。この国の人口からすれば足りません。そのため、優先順位をつけさせていただきます。孤児院に配布された食料を守るための兵力をお貸しいただける貴族様の領地を優先いたしましょう。私は神眼持ち、嘘は通じませんのでその点も御覚悟を」

 さて、食料の配布についてはここまでで終了です。

 そろそろ次の施策の発表でしょうか?

「第二にすべての貴族と顔合わせを行い、不正を行っていないか調べます。繰り返しますが私は神眼持ち、私の前で虚言は通じません。少しでも嘘があれば厳しく査察を入れます。不適格と判断した貴族家には相応の処分を下すことをお約束しましょう。もちろん、処刑も含めてです」

 この言葉に静まりかえったのは貴族席の一部ですね。

 なにかやましいことに心当たりがあるのでしょう。

 イネス公女様も大変になるでしょうが頑張ってもらわねば。

「いま発表できる最後の施策ですが、現在行われている各公子による公務の査察です。公務として政策に使われるお金は国の税金。それをごまかして扱うような真似は公王家だからこそ許されないもの。私が行っている公務はまだ孤児たちへの食料配布のみです。ですが、それも含めてすべての公務に不正がないか査察を入れましょう。程度によっては公王家であろうと極刑に処す覚悟の査察を」

 この宣言に場内は更に静まりかえります。

 一番年下のイネス公女様から発せられた家族であろうと処刑するという内容の施策。

 その内容の重さに一同が静まりかえりました。

 4人の兄姉のうち3人は平然としていますが、ひとりだけ怒りを露わにしています。

 言うまでもなくサニですね。

「イネス! お前は私たちが公金を横領しているとでも言うのですか!?」

「横領していなければそれだけの話でしょう、サニお姉様。今の段階では私たち兄妹の公務のみが査察対象ですが、それが済み次第査察対象は広げていきます。それともサニお姉様は後ろ暗いところがおありで?」

「ぐっ……そんなものがあるはずないわ!」

「では、よろしいではないですか。査察は今後も定期的に行いましょう。私たち公王家が民の規範とならなければなんの意味もありません」

「この……」

「以上か? イネス?」

「はい。私からは以上となります」

 サニはまだ恨みがましくイネス公女様を……いえ、呪眼を使ってイネス公女様をにらみつけていますが効果を発揮していません。

 神眼を使い続けているイネス公女様に呪眼は効きませんし、それ以前に呪眼の魔力がここまで届いていませんからね。

 もし届いていれば僕とリンの鎧による呪い反射で更に深刻なダメージが入っているでしょう。

「全員の演説を終えたな。では、推薦だ。まず、次代の公王はサニが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 この言葉に反応して立ち上がったのはサニのみ。

 ほかの4人は誰ひとりとして動きません。

「お前たち! なにを考えているの! 私は公王家の長子なのよ! 道を譲るのが道理でしょう!」

「サニ、見苦しい、騒ぐな。席に座れ。次、プリメーラが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 公王陛下の宣言に立ち上がるものはなし。

 ディートマー公子、ルーファス公子とそれに続き最後はイネス公女様のみとなりました。

「最後だ。イネスが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 この言葉にイネス公女様、プリメーラ公女様、ディートマー公子、ルーファス公子の4人が立ち上がります。

 つまりこの時点で〝公太子選〟の結果が出ました。

「〝公太子選〟の結果は出た。第三公女イネスを公太女として立太子する」

 その言葉で全員が席に着き、これですべてが終わり……かと思いきや、イネス公女様に向けてナイフが飛んできました。

 そんなもの、リンが弾き飛ばして終わりですが。

 この暴挙に会場が騒然としますね。

 僕もお仕事をしましょうか。

「よっと」

「がっ!?」

 僕は物陰に隠れていたナイフを投げた男を捕まえ、両腕をねじり上げた上で円卓側へと引きずり込みます。

 丁度、サニの真後ろの位置に。

「ふむ。暗殺者が紛れ込んでいたか。貴様は誰に指示されてやってきた? サニか?」

「ち、違う!」

「イネス?」

「結論は後ほど。この場で騒ぎ立てるほどのことではないでしょう」

「狙われたお前がそう言うのであれば。そうそう、お前が言っていた最後の施策だが既に私の方で進めている。公金の横領があれば私の責任で厳罰に処することにしよう」

「ありがとうございます、お父様」

「よろしい。では、〝公太子選〟を……」

「お待ちください、お父様! こんな茶番が許されるのですか!?」

 諦め悪く騒ぎ立てるのはサニですか……。

 まったく、懲りない女だ。

「この結果、不服か?」

「もちろんでしょう!? なぜいままで寝込んでいただけのイネスになど……」

「ならばお前は公王家から除名、その後で斬首刑だ」

「な、なにを……」

「お前は最初に〝公太子選〟の結果を受け入れると宣誓したな? その宣誓を破れば公王家から除名の上で斬首刑。〝公太子選〟規定に定められていることだ。知らずに来たではすまされぬ」

「そ、それは……」

「もう一度だけ問おう。この結果、不服か?」

「……受け入れます」

「では今度こそ〝公太子選〟終了だ。明日には宮殿にて立太子の儀式を行う。以上」

 これで本当に終わりですね。

 あとは査察とやらの結果が早いかサニという女の悪あがきが早いか、どちらでしょう?