メイヤによる〝慈恵の雨〟で王宮にかかっていた呪いが解けたあとはプリメーラ公女様とイネス公女様を護衛しながらわりと自由に時間を過ごせました。

 雨で呪いを解呪され、反動を受けたサニは本当に自分では動けなくなったらしく、食事の場に顔を出すこともなく自分の離宮でのみ過ごしているのだとか。

 普段、基本的にリンがプリメーラ公女様の側で護衛をすることになっているのですが、プリメーラ公女様は長い間フロレンシオに滞在していたため仕事がたまっていたらしく机に向かっているばかりだそうです。

 それに伴いリンもあまり部屋から出ないことになるので、かなり退屈なようですね。

 対してイネス公女様は僕の担当ですが、こちらは特に仕事がありません。

 フロレンシオにいる間に決めた孤児院への支援について決裁を出しそれに伴った不正の報告とその顛末を聞いてしまえば終了です。

 つまり、1日目の半分もかからずに毎日終わってしまうことになり……イネス公女様は最近厨房に出入りするようになってきました。

「料理長、今日の調子はどうですか?」

「おお、イネス公女様。それにシント様も。今日も順調ですよ。シント様が連れてきてくださった料理人、彼女たちの教えてくれた料理も素晴らしい。鶏の骨からあんなにすんだスープを作れるとは思いもしませんでした。それも短時間で。あと、野菜クズだけでもスープが作れるとは。いままでスープは一晩以上かけてじっくり煮込むものだとばかり考えていましたが、これなら短時間でしつこくない味のスープが作れます。入れる野菜は研究をしなければなりませんが、我が国は農業国。素材には困りませんからね」

「それ、一口ずつだけでも試食させていただけますか?」

「本当に一口だけですよ? 私たちだって研究中の料理を公王家の方々に出すのは恐れ多い。それに、イネス公女様は最近厨房によく来すぎです。野菜中心のさっぱりとした料理ばかりで満足感が足りませんか?」

「いいえ、逆です。いままで苦しくても食べなければならなかったものが、すんなり喉を通りようになると嬉しくて……」

「お褒めいただき光栄です。スープは一口ずつですがご用意してきますので少々お待ちを」

 料理長さんは僕の分まで味見用のスープを持って来てくださいました。

 あと、シルキーもひとり一緒についてきて。

「……本当に飲みやすい味です。しっかりと味があるのにくどくない」

「僕も里でスープを飲んでいますが、こうやって作っていたんですね。あと、一緒に来たのは今度フロレンシオに行ったときは鶏の骨も買って帰ってきてほしいという催促ですか?」

「はい!」

「どの程度手に入るかはわかりませんが肉屋を回ってみましょう。ほしいのは干し肉と鶏の骨だけですか?」

「牛や豚の骨はいりません。折って煮込めばスープの素になりますが独特の臭みが出てしまいます。シント様やリン様のお口には合わないでしょう」

「牛や豚の骨のスープ……それはこの国に作り方だけでも残して行ってもらえませんか?」

「構いませんよ、料理長様。実際に綺麗に洗われた骨があれば作ってみせましょう」

「わかりました。明日、肉屋に頼んで牛や豚の骨も購入させましょう。骨程度でしたらたいした金額には……むしろ無料でもらえるかもしれませんね」

「ですが独特の臭みがスープの段階から広がりますよ? 大丈夫ですか?」

「こことは別の厨房で作りましょう。その上で研究しがいがあるスープになるのであれば、見習いたちの練習としてスープを作らせ、どんな料理に合うのか研究ですね」

「お願いいたします。あと、この季節ですと白菜はありますか?」

「新鮮なものがありますが……それでもなにか料理が?」

「はい。簡単な料理方法で美味しいお料理が作れます! あ、シント様。こういうお鍋と道具は持っていませんか?」

 僕はシルキーから説明を受け……るフリをしてイメージを送ってもらいます。

 ……はて、作れますがこんな調理器具を用意してもらおうと?

「持っています。渡されたものの中に入っていましたから。ですがこれってなにに使うんですか?」

 マジックバッグから取り出すフリをして創造魔法で新しく鍋などを作ってしまいます。

 本当にこれをどう使うのでしょうか?

「それはシント様といえどもお昼までお楽しみに。必要な調理器具もいただけましたのでお野菜をお願いいたします、料理長様」

「え、ええ」

 シルキーは料理長さんと行ってしまい、イネス公女様と僕は厨房をあとにします。

 そのあとは昼食の時間までイネス公女様がリュウセイと遊ぶのを見学しながら護衛していました。

 そして、昼食の時間になるとメインディッシュとして出されたのは……スープで煮込まれた白菜?

「なんだ、これは?」

 公王陛下も困惑気味ですね。

 いえ、全員が困惑しているのですが。

「白菜のミルフィーユ仕立てというそうでございます。厨房でも味見として同じものを食べましたが大変美味しかったですよ」

「それならば食べてみるが……ナイフを入れただけでスープがあふれ出す?」

「はい。白菜と白菜の間に薄く切った豚肉を挟み〝蒸し器〟と言う調理器具で加熱調理をしたあと、更にスープで煮込んだものとなります。どうぞそのままお召し上がりください」

「う、うむ。……なるほど、白菜の歯ごたえと豚肉の味、それにこのスープのさっぱりとした味がたまらないな」

「本当ですね。シント様やリン様も里にいた頃はこれを食べたことが?」

 プリメーラ公女様に聞かれますが……いや、これは。

「いいえ、僕たちの里では豚肉が手に入りませんから」

「でも、白菜をスープで煮込んだものは食べたわね。それの発展系かしら? これなら私でも肉の臭みがあまり気にならないかも」

「なるほど。肉料理が苦手なおふたりでも大丈夫と言うことは十分に研究する価値のある料理ですね」

「そうなるな。料理長、これを元に研究を進め更に発展させよ。これは農業国である我が国の代名詞にもなりえるぞ」

「はい。それについて……」

 ああ、僕たちの許可ですか。

 シルキーやニンフたちでは判断できませんよね。

「構いませんよ、料理長さん。僕たちの里では肉料理を食べませんから」

「そうね。私たちには美味しい白菜のスープとして楽しめれば十分だもの。この国の料理として研究してみて」

「寛容なお言葉感謝いたします。シント様が連れてきてくださった料理人の皆様からはほかにも様々なスープの素や料理のアイディアをいただきました。それらを参考に必ずやクエスタ公国発祥と呼ぶに相応しい料理を作ってみせましょう」

「よろしく頼む」

 彼女たち、肉料理もできるんですね。

 そのうち肉も買ってきてほしいとせがまれそうですがそれは断りましょう。

 そんな和やかな日々も過ぎ去っていき、いよいよ運命の日、〝公太子選〟の日となりました。

 4人の公子は誰も退く覚悟をしていませんし、僕とリンは万が一に備えて見守るだけ。

 この結果が国の命運を分けます。

 イネス公女様には頑張っていただきましょう。