僕たち4人は公王陛下に呼ばれて王の執務室へ集まりました。

 そして、お茶を出されたあとは人払いをなされて5人だけとなります。

「……プリメーラ、イネス。お前たちの決意は変わらぬか?」

「もちろんです、お父様。あれは用済みになった時点で始末するべきですわ」

「私も同じ意見です。〝公太子選〟が終わった次の日は立太子の儀式。その翌日には私は公太女としての責務と権限を使えるようになります。それを使い第一公女サニの公務をすべて精査、不正な支出がないかすべて調べ上げる所存です」

 プリメーラ公女様もイネス公女様も決心はお堅い。

 これには公王陛下も困っている様子です。

「シント様、リン様。サニを助ける方法は……」

「残念ながらありません。聖霊の守る里の契約者として意見を言わせてもらえば、国の膿は早々に出し切って切り捨てるべきです」

「守護者としても同意見。こんなにいい国があるんだから腐らせるなんてもったいない」

「そう、ですか……」

 公王陛下は肩を落としましたが……国を治める為政者というのはこれでよろしいのでしょうか?

 影の軍勢の代表であるトライやオニキスは神樹の里に入れなかった仲間たちをあっさり切り捨てたのに。

 ……ですが、これは僕にも当てはまりますね。

 将来同じようなことがあったとき、僕はどう対処すべきでしょうか。

 特にリンを追い出すような状況になったときは……。

「シント、なにか変なこと考えてる」

「リン?」

「私は絶対にシントを裏切らないよ? 里のみんなだって絶対に」

「……ありがとう、リン」

 そうですよね、聖霊の契約者である僕が里のみんなを信用しなくてどうするのでしょう。

 もっとみんなを信じてあげて、のびのび暮らせる場所を提供してあげないと。

「シント様とリン様は仲がよろしいのですな」

「公王陛下」

「うん。私が里に流れ着いて慣れたらずっと一緒にいるもん」

「……私はどこで子育てを間違ってしまったのか。妻が選んだ教育係だからといって放置したのがまずかった? それとも呪眼というスキルを授かった時点で公王家として抹殺すべきだったのか」

 これは苦しい悩みでしょう。

 リンも苦い顔をしています。

 彼女もメイヤの手で魔力暴走封印をかけられているので平然と過ごせていますが、本来ならばいつ魔力暴走で魔法を無差別に放ってもおかしくはない状況なのですから。

『大変そうね。オリヴァー』

 僕たちの背後からメイヤの声が聞こえてきました。

 対面に座っているプリメーラ公女様とイネス公女様は少しだけ驚いた顔をしています。

 きっとなにか前兆のようなものがあったのでしょう。

 僕とリンは……慣れました。

「聖霊様……」

『サニといったかしら。困ったものね。シントとリンの装備を奪おうとしたあげく呪い殺そうだなんて。私たちが呪い反射の力を込めてあったからきついお仕置きを受けたみたいだけど、これで懲りてくれるかしら?』

「それは……」

『ああ、懲りそうもないのね。呪いの反射によってほぼ失明状態に近くなっているけれど、至近距離ならば呪いをかけられるわ。あれでも懲りないとはよほどの愚か者ということかしら』

「その……申し訳ありません」

『まあ、いいわ。里の者たちに手出しをしようとすれば今度こそ反射で自滅するし、私にとってはたいした問題でもない。でも、あなた方にとっては面倒な問題のようね?』

「はい、メイヤ様。サニには2週間後まで生きていてもらわねばならないのです」

「私を公太女に指名していただくための〝公太子選〟がその日行われます。その日までは生きていてもらわねば」

 これだけのことをしでかしてもまだ生きていてもらわねばならない。

 人の国って大変です。

『ふうん。私も神域の聖霊としては幼いのだけれど……人の世界って本当に面倒ね?』

「申し訳ありません、メイヤ様。それでなくとも食料の支援とシント様やリン様、ほかにも里の皆様のご助力をいただいているのに」

『気にしないで。私はともかく、シントやリン、里の者たちが動いているのは自分たちの意思であって私の命令じゃないもの。私が命令したことがあるとすれば……』

「なにか命令されていたのですか?」

『……この国のほかの孤児院を回りたいと言っていたシルキーやニンフたちを説得して少し待たせている程度よ』

「そこまで私たちの国を気に入ってくださっていたのですね」

『純粋で輝いている子供たちを助ける喜びにはまったみたい。この里に住んでいたシルキーやニンフだけじゃなくてその国に元々住んでいるシルキーやニンフにも声をかけて回ったらしいわ』

 妖精たちも……なんと気ままな。

『みんな親を亡くした子供たちのことは心配していたけれど人のことに手を出すのはよくないことは理解していたから、お料理を教えるだけということなら問題ないと判断してくれたみたいね』

「それは本当にありがたいことですわ。そうなってくると、問題は……」

 これにはプリメーラ公女様も感激したようです。

 となると、残された問題は……。

『強欲な貴族とサニという娘ね。それらを排除しない限り孤児たちも安泰とは言えないでしょう』

「私が公太女になれば各孤児院に公国騎士団を配置いたします。それだけではだめでしょうか?」

『逆に聞くけれど公国騎士団ってそんなに人数がいるの? 名前を聞くだけでも国の守りを固めるための要に聞こえるのだけれど』

「そ、それは……」

『考えていなかったわけではないし嘘を言っているわけでもないようね。そこは褒めてあげる。でも、その公国騎士団の増員だってすぐにはできないでしょう? それにあなたが偉くなれば、あなたを守るための人も増やさなければいけないはずよ。リュウセイだっていつまでも貸しておくわけにはいかないし』

「……はい。公太女になれば親衛騎士団を整備して守りを固めていただく必要があります」

『では、即効性はないわね。でも、孤児院支援はすぐにでも行う必要がある。この差をどう解消しましょうか?』

「……望ましいのは領軍の配備です。各街に配備されている領主の軍に守らせることがベストです。ベストですが」

『それでは信用できない。そうでしょう?』

「はい。残念なことにそうなります。すべての領主が清廉潔白なわけではありません。それに、孤児だけではなく不作だった領地では街や村の民も食べるものに困っていると聞きます。……食べるものに困らないのは公王家の人間くらいです」

『私も人の国の知識は幻獣や精霊、妖精たちからの伝聞でしか聞かないけれど、王族って言うのは見栄も必要なのでしょう? 王族がやつれていたら国が侮られるわよ?』

「それはそうですが、私たちの王宮にある食料備蓄を少しでも民に回せれば……」

『ふぅ。あなたは公太女になったあと、もっと広い視野を持つように教育してもらわないといけないわね。私は毎月どれくらいの食料を供給することを約束しているとお考え?』

「それは……6000人分!」

『孤児院を優先してもらうのは当然のことよ。そのための食料だもの。それ以外の食料はあなたの好きに配分なさい。そうすれば、孤児院の食料を奪い取ってまで食料を確保しようという愚か者は減るはずよ。孤児院の食料を奪い取れば罰を与えると脅せばいいのだから』

「それは……そうですよね。私は公太女になるんですから、それくらいはしてみせないと!」

『イネスは覚悟が決まったようでなにより。それで、オリヴァー。あなたはまだ覚悟が決まらないのかしら?』

「……申し訳ありません、聖霊様。やはり、サニを殺す決断ができません。あれは大切な前王妃との間に生まれたただひとりの子供。それを我が手で殺すなど」

『あなたが決断しなければイネスが手を下すだけよ? それでいいの?』

「それは……」

『あなたは指導力があっても家族に情を持ちすぎているわね。悪いこととは言わないけれど、害悪にしかならない存在になったら切り捨てるべきなのでは? それも一国の主ならなおさら』

「……申し訳ありません」

『……いまのあなたと話をしても時間の無駄のようね。まずはシント、あなたから話をしましょう』

「僕から、ですか?」

 なんでしょうか、一体?

 やはりさっきの話に繋がってくるのですかね?

『シントは余計な心配をしなくていいわ。私の里の支配者は私。さすがに契約者のあなたと守護者のリンは追い出せないけれど、それ以外のものなら追い出すことができるわ。実際、夏のアクエリアはほかの五大精霊と一致した意見でこれ以上要求を増やすなら里を追放すると宣言してあるし』

 ……想像以上の大事でした。

 五大精霊すら追放しようとするとは、メイヤも強気すぎます。

『私の里にはヴォルケーノボムが声をかけて集めてくれたおかげで五大精霊が勢揃いしている。だからと言ってそれだけでしかないのよ。五大精霊だろうと幻獣だろうと精霊だろうと妖精だろうと扱いは一緒。里のルールに従えないなら出て行ってもらうわ』

「メイヤ……」

「あの、メイヤ様。お言葉ながら、音楽堂造りの時ももう少し融通を利かせてほしかったです」

『……ごめんなさいね。まさかドラゴンたちが毎日シントを酷使しているなんて知らなくて』

「……食事の時、段々元気がなくなっていっていたのに気がつかなかったんですか?」

『……本当にごめんなさい』

「今回は許します。次はメイヤ様だからといって許しません」

『……私も気をつけるわ』

 リン、あなたも強すぎます。

 メイヤを謝らせるだなんて。

『さて、私の里のことで恥ずかしいところを見せてしまったけれど……そちらの代表は誰と話すべきかしら? オリヴァーを除いてね』

「それでしたらイネスに。彼女が時期公女王ですから」

『ありがとう、プリメーラ。では、イネス。明日の朝、この王宮……だったかしら? ここにかかっている呪いを解くための小雨を降らせても構わない?』

「王宮にかかっている呪い?」

『サニという女が呪いをばらまきすぎたせいかしら。建物全体が呪われているのよ。これを取り除けばこの王宮とかいう建物で暮らしている者たちの呪いも自然と解けるわ。もちろん、愚か者には相応の罰が下るけれど』

「……サニは死にませんよね?」

『死なない程度に調節してあげる。ひとりではまともな生活もできないような体になるかもしれないけれど』

「それならば構いません。少なくともあと2週間は生きていてもらわねばなりませんから」

『初めて会ったときよりずっと強くたくましくなったわ。それでは慈恵の雨を降らせましょう。時間は……1時間程度の小雨だから心配しないでね』

「よろしくお願いします、メイヤ様」

『さて、今日の用事も済んだし帰るわ。……そうそう、立太子の儀式の時はまた顔を見せるからよろしくね?』

「は、はい」

 謎の言葉を言い残してメイヤは消えていきました。

 彼女も自由ですね。


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 翌朝、夜明け頃に目を覚ましてみると本当に小雨が降っていました。

 神眼持ちの僕だからわかるのかもしれませんが、雨が王宮に当たるたびに黒い汚れが流れ落ち、煙を上げて消えていきます。

 そのあと僕の部屋へと朝食の準備ができたと迎えに来てくださったメイドの方に話を聞いても朝から体の調子がいいそうですし、本当に王宮自体が呪われていたんですね。