僕とリンは宮廷にある客間へと通されました。

 かなり広い部屋なのですが……となりにリンがいないというのは落ち着きませんね。

 鎧だけ脱いで保管庫にしまうと計っていたかのように、リンが遊びにやってきてそのまま話をすることに。

 さすがにサニという女の話はできませんでしたが……今後の計画についてでした。

「それで、シントは今後どうするの?」

「今後ですか。里長より与えられた期限は1カ月。それまでに問題がすべて片付けばいいのですが、そこまでいくかどうか」

「だよねえ。もう1週間経っちゃうし、どうしたものだろう?」

「あちらから仕掛けてくれれば話は早いのですが。僕たちには解呪の方法もありますから」

「あ、そっか。殺される前に生かすことができるんだ!」

「ええ。ただ、その証言を握りつぶすでしょうね〝権力者〟という者たちのようですから」

「なるほど……面倒くさいね、人里のルールって」

「影の軍勢の一部にも動いてもらっていますが意味はないでしょう。今回はスキルを使った犯行です。証拠が残るはずがない」

「うー。どうにかしたいけどどうにもできない。方法ってなにかない?」

「ないですよ。あちらが焦って下手な動きを見せてくれない限りは」

「私たちに呪いを使った結果、呪眼もかなり弱体化したはずだからね。里長に聞いた話だと対象をしっかり肉眼で見続けないと効果が出ないそうだし」

「僕たちは神眼で無効化しましたが、鎧などに付いていた呪い反射が強烈な結果をもたらしましたからね。ほぼ失明に近い状態までいったでしょう。つまり、僕たちを呪い殺そうとしていた訳です」

「失明じゃなくて反動で倒れちゃえばよかったのに」

「あちらがかけてきた力がそこまで強くなかった。つまり、里の基準だと反射能力が足りなかったとなります」

「残念。イネス公女様とプリメーラ公女様には早く安全な場所で暮らしてもらいたいのに」

「同感ですがこればかりは。僕たちが人里に口を挟みすぎるのもよくないです」

「はあい」

 その後も話を続けているとメイドの方が呼びにきてくださいました。

 イネス公女様とプリメーラ公女様が一緒に食事をしたいと言うことです。

 断るのも悪いのでご一緒いたしましょう。

 そして、食堂へと向かったのですが……そこにはあと3人の人影が。

 オリヴァー公王陛下にディートマー公子、ルーファス公子も一緒です。

 ……ふたりにはめられました。

「申し訳ありません。お兄様たちもおふたりと話がしたいと……」

「止めたのですが……押し切られてしまって」

「すまないな。できる範囲の話だけでいいから聞かせてやってはもらえないだろうか?」

「承知いたしました、公王陛下。初めましてディートマー公子、ルーファス公子。シントと申します」

「リンです。よろしくお願いします」

「ディートマーだ。そう肩肘張らないでほしい。君たちには恩がある」

「ルーファスだ。妹たちを襲った暗殺者どもだけじゃなく、イネスの呪いを治療したのもふたりなんだろう? 教えてもらえる範囲で構わないから教えてくれよ」

「それでは。ただ、田舎者で普段は肉料理を食べないのでテーブルマナーに疎いですがご容赦を」

「うん? 肉料理を用意できないほど貧しい村に住んでいるのか?」

「いいえ。里の中でそもそも肉料理の元になる家畜を飼っていないの。里では木の実と野菜が主食で誰も困らない。家畜を欲しがっているのは一部の住民だけなのよ」

「へえ。そいつらは肉を食いたいんだ」

「いえ、肉ではなく乳が欲しいそうです。食事のレパートリーを増やすために」

「……そんなに貧しい里なのか? 先ほど謁見で見た装備は間違いなく一級品だったが」

「遠くからでも本物だってわかる代物だもんな。どうしてだ?」

「いえ、誰も肉を食べたがらないからです」

「私たちの里では果物や野菜だけでも十分みんなが満足しているから。今更、肉を食べたいなんて誰も思わないし想像もしないの」

「……質素で慎ましいのだな、君たちの里は」

「そうなると肉料理基本のテーブルマナーも難しいか。教えながら食べるとしよう」

「申し訳ありません。田舎者で」

「ごめんなさいね」

「いいって、いいって」

 そうして食事が始まったのですが……やっぱり肉料理ですね。

 味が濃いというか、重たいというか。

 ちょっと大変です。

 僕もリンも教えられるマナー通り残さず食べましたが……これが毎日。

「……その様子だと肉料理は本当にだめな様子だな」

「申し訳ありません。歓待を受けている身で」

「いや、気にするんじゃない。むしろ、お前たちの里の野菜や果物っていうのが興味あるな。なにか持ち歩いていないか?」

 僕たちの持ち歩いている里の野菜や果物ですか……。

 メイヤ、つまり神樹の木の実は間違いなくまずいですし、普通の野菜……ああ、手軽に食べられるあれなら。

「少しお待ちください。……これです」

「それ? 生野菜が棒状に切られているだけにしか見えないのだが?」

「実際そうよ? 私たちが果物以外でおやつ代わりに食べろって渡されているものなの。1本食べてみて?」

「そこまで言うなら食べるが……毒味役、念のため確認を」

「は、はあ……時空魔法の保管庫から取り出しただけあって大変みずみずしいですね。……ッ!? これは!?」

「どうした!?」

「い、いえ。これが本当に生野菜?」

「はい。生野菜です」

「少しだけゆでて食べやすくしたものもあるけれど、いる?」

「できればそちらも……」

「じゃあ……はい、これ」

「では……これも普通の野菜?」

「普通の野菜よ。私たちの里では」

「どうかしたのか?」

「なにかあったのかよ?」

「い、いえ。おふたりとも是非お試しを。価値観がまるで変わります」

「価値観が変わる? ……なんだこれは?」

「生野菜なのに甘い! それに硬さもほどよい感じで収まってる! これがお前たちの里では普通なんだな?」

「そうね。普通よ?」

「はい。普通ですね」

「父上、これは……」

「国が負けた、なんてレベルじゃないぞ?」

「わかっている。私はふたりの詳しい素性も教えてもらっているからな。勝てぬことは承知だ。だが、私たちの国でも生で野菜を食べても甘みを感じる、その水準まで持っていかなければ勝負にならない」

「そうですね。確かに、これほど美味しい野菜があるのでしたら肉など不要でしょう」

「肉も食べられるようにするにはいろいろと手間がかかるからな。果物の方はどうなんだ?」

「果物は……これですね」

「リンゴか……切り分けさせてもらうがいいか?」

「どうぞ。できれば僕たちも一口ほしいです。まだ口の中が……」

「うん。ちょっと臭みが残ってる……」

「確かに。あの野菜を食べさせられたあとでは肉料理の臭みと脂っこさが口に残るな。誰か、これを切り分けてくれ」

 切り分けられたリンゴはひとかけらを毒味役の方が食べ、残りを僕たちでいただきました。

 うん、神樹の里の果物は甘くてみずみずしくて美味しい。

「……これになれてしまうと肉料理が本当に食べられなくなるな」

「本当だ。果物も野菜も甘みが凝縮していて食べやすい。これだけの野菜や果実が作れるようになれば我らの国もますます豊かになるだろう」

「肉料理が添え物になりそうだけどな。……ん? ひょっとして、イネスが始めたって言う孤児院支援の野菜配布。出所はお前たちの里か?」

「はい。僕たちの里です。作り方や出所を明かさないと言う条件の上、イネス公女様名義で配ってもらっています。一部は奪われたようですが、そちらも片が付いていますし」

「……孤児院から食料を奪った貴族が一家まるごと変死したのは君たちの里の仕業か」

「愚か者には罰を。それが里長の意向ですから」

「その噂を聞いてからは孤児院の食料を狙う貴族どもはいなくなった。孤児たちも野菜だけとはいえ毎日粗食ではなく十分な量の食事が取れるようになって喜んでいるらしい。存分な成果だぞ、イネス」

「ありがとうございます、ディートマーお兄様。ですが、それだけでは不十分です」

「わかっている。そのための〝場〟も準備中だ。2週間後、そちらも執り行う」

「……本当によろしいのですか? ディートマーお兄様、ルーファスお兄様、プリメーラお姉様」

「構わないとも。お前が神眼に目覚めた6年前からの変わらぬ決意。早々揺るがない」

「まったくだ。最後の不安はお前が乗り気になってくれるかどうかだが、これだけの大事業を始めたんだから退く気はないよな?」

「あなたは胸を張って前へ進みなさい。サニお姉様という不届き者からは今度こそ私たちが守り通して見せるから」

「はい! お父様」

「ディートマーも言ったが2週間後、〝公太子選〟を行う。シント、リン。それまでイネスの護衛をしっかりと頼む」

「もちろんですよ」

「そのために1カ月もの間、里を留守にしてもいいって許可をもらってきているんだから!」

「これはまことに頼もしいな。それで、シントとリンに呪いをかけようとしたサニだが……」

「ああ、呪いは全部彼女に反射されているのでお気になさらず」

「多分、呪眼もほとんど使えなくなっているわ。安心してちょうだい」

「呪いを反射? 呪眼が使えない?」

「僕たちの着ていた鎧などはかけられそうになっている呪いを数倍に増幅して本人に跳ね返す効果を持っていたんですよ」

「私たちをあの場で呪い殺すつもりだったんでしょうけど、それが徒になったわね。その呪いが増幅されて跳ね返された結果、眼はほとんど失明に近い状態までなったらしいし髪の毛も一部真っ白になっていたわ。呪いの反動だから解呪もできやしないし、どうにもならないわね」

「……サニ姉上は客人にまでそのような無礼な真似を!」

「父上! これでもサニ姉さんを生かし続けるのですか!?」

「う、うむ。だが、サニによって呪いをかけられていることを立証できなければ……」

 相変わらず公王陛下はこの件だけは弱腰です。

 僕たちはイネス公女様とプリメーラ公女様に危害が加わらないように守ることに集中いたしましょう。