「……リュウセイが来ても寝るときのことは変わらず、いえ、悪化しましたか」

 リュウセイが仲間に加わってから半月ほどが経過しました。

 リンも昼間はリュウセイとよく遊んだり近接戦闘の訓練をしたりいろいろしているのですが、夜は相変わらず僕と一緒。

 約束通り一緒に水浴びをして体を洗い合い、一緒のベッドで寝る。

 最近は僕に一団としがみつくようになって暑くなったためか、肌着と下着姿でがっちりホールドして眠っているんですよ……。

 おかげで僕の腕は大抵彼女の太ももの間に挟まれてしまい、動かすと彼女の切なそうな声が聞こえてきて……夜は手が動かせません。

 それ以上に、なぜか興奮してくるのはなぜでしょうか?

 最初の数日間は悶々として眠れない日々だったのですが、数日あれば慣れて眠ることができるようになりました。

 相変わらず、目覚めたときのリンの顔がなまめかしいのは置いておいて。

「……シント? 今日も早いね。昔は私が早く起きていたのに」

「リンががっちり抱きついてくるから早く起きるようになってきたんです」

「そっかぁ。悪いことしている?」

「ああ、いや。悪いことと言うほどでは……」

「ああ、でも、永久の時間をシントと過ごせるとは言ってもシントの温もりは常に感じていたいし……寝るときくらいいいよね?」

「わかりました。お好きにどうぞ」

「やった! それじゃあ私は着替えるね!」

「わかりました、僕も着替えます」

「今日はどんな修行をしようかなー」

「無理はしないでくださいね? 見ていて気持ちのいいものではないんですから」

「うん!」

 返事はいいんですけど、またリュウセイと一緒に泥だらけになるまで近接戦闘訓練でしょうね。

 まったく、きりがない。

 でも、彼女が笑顔でいてくれること、それが一番です。

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『実はね。この神域に移住を希望している妖精たちがいるの』

 朝食を食べ終わるといきなりメイヤの口からそんなことを言われました。

 どういう意味でしょうか?

「メイヤ様、事情をお聞かせ願えますか?」

『もちろん。その子たちは森の奥で静かに暮らしていたのだけど、最近人間の妖精狩りにあってね。命からがら逃げ出せたのはいいのだけど行き場がなくて困っているのよ。それで、この神域までたどり着いたのだけど……受け入れてもらえる?』

 僕たちは顔を見合わせてしまいました。

〝人間による妖精狩り〟と言う言葉も初めて聞きますし、どのような妖精かもわかりません。

 暮らしていく上で毒にならないような妖精でよければ受け入れてあげたいのですが……。

「メイヤ、その妖精とはどんな種族なのですか?」

『ああ、そうだったわね。種族は『アルラウネ』、花の妖精よ。能力は様々な花を咲かせること。それこそ、薬草からいい香りのする花、毒を持った花までね』

「物騒な妖精様ですね」

『もちろん、この神域にいる限り毒草なんて作らせはしないわ。あとは……アルラウネに従っていたシャニービーがそれなりの数ね』

「シャニービー?」

『わかりやすく言えばミツバチよ。巣を作ってアルラウネの作った花の蜜を集めるの。どう? 受け入れてもらえない?』

 メイヤがここまで話を急がせてくるということは、なにか切迫した事情があるのでしょう。

 もう一度リンやリュウセイと顔を見合わせ頷くと、僕は言葉を発します。

「わかりました。事情もあるようですし、受け入れましょう」

『よかったわ。それで、急ぎで悪いんだけど、ふたりのどちらかが契約してもらいたいの。事前にアルラウネの許可は取ってあるから拒まれる心配もないわ』

「そこまで切羽詰まっているんですか? メイヤ様」

『はっきり言って、死ぬ間際ね。急いでもらえるかしら』

「では私が契約を引き受けます。シントにそんな危ない契約を任せられません」

『わかった。とりあえず、こちらに来て』

 メイヤに導かれて向かった先は、神域の境界付近。

 そこには大量のミツバチに守られた1本の花が咲いていました。

 ただし、いまにもしおれて枯れてしまいそうですが。

『その花がアルラウネよ。シャニービー、契約者を連れてきたわ。道を譲ってもらえる』

 メイヤの言葉で大量のミツバチは道を開けてくれました。

 そして、リンは契約術の魔力の塊を出すと花に向かって押し出します。

 すると、花に契約の光が吸い込まれて、いまにも枯れそうだった花が元気になっていきました。

 ……でもそれだけですね?

 アルラウネとはこういう妖精なのでしょうか?

『とりあえず死の淵からは脱したようね。次、シントの作ったポーションの中に植物用の栄養剤ってない?』

「ええと……ありますね。使うかどうかわかりませんが、練習用に作ったものでよければ」

『それをありったけぶちまいて。そうすれば回復するはずだから』

「ありったけですか? そんなに弱っていると?」

『契約してなお、この状況だからね。過剰回復しても仕方がないわ』

 メイヤのお許しも出ましたし、栄養剤系のポーションを周囲一帯にばらまきます。

 すると、花がどんどん生長して人が乗っても大丈夫な大きさまでなり、そこから全裸の少女が飛び出してきました。

 と同時に、リンから目を塞がれてしまいます。

 リン……。

「リン、そんなに僕が裸の少女を見るのは嫌なんですか?」

「嫌! 私以外の裸の女の子は見ちゃだめなの! よくわかんないけど!!」

『あらら、女の嫉妬は大変ね。アルラウネ、服を着なさい。話が進まないわ』

『はーい。私は裸で過ごすのが普通なんだけどなぁ……』

『これからは人も暮らす神樹の里で暮らすのよ。人のルールに従いなさい』

『わかったー』

 女の子は服を着てくれたようで、リンもようやく目から手を離してくれました。

 女の子の服は花でできたドレスになっていますね。

『あらためまして。死にかけていたアルラウネだよー。助けてくれてありがとうねー』

「いえいえ。ところで〝人間たちによる妖精狩り〟とは?」

『あれ? 神樹の里の契約者さんは人間なのに知らないの?』

「申し訳ありません。僕は辺境の村で隔離されて育ったもので」

『そっか、なら仕方がないよね。守護者さんは?』

「私も人の暮らしとは縁遠いです。森を追放されたあとは人から逃げながらの野宿暮らしを5年間ほど続けていたので……」

『うわぁ……想像以上に壮絶な人生……聞いてよかったのかなぁ?』

「いまは幸せですから」

『そっかぁ。話を戻すけど〝人間による妖精狩り〟ってね、人間たちが定期的に行っているらしいことなの。対象は妖精だけだけど……多分、幻獣とかも狙われているんじゃないかなぁ』

「幻獣まで……」

『そう怒らないの、契約者さん。あなたが悪いことじゃないんだし。ともかく、〝妖精狩り〟はそんなところ。私たちは必死に逃げてきて、この神樹の里までたどり着いたんだけど……そこで死にそうになっちゃって。本当に助かったよ』

「そういうことでしたらお役に立ててなによりです」

「うん。私はサードエルフだけど人間の身勝手なんて許せないから」

 本当に許せませんね。

〝人間による妖精狩り〟とは。

 連れ去られた妖精たちはどこに行ってしまったのでしょう。

『はいはい。シントはそう怒らないの。いまのあなたじゃ力不足だし情報も足りないわ。許せないのはわかるけど、いまは力を貯めることに集中なさい』

「……はい、メイヤ。焦っていました」

『よろしい。それで、リン。この子の名前は?』

「名前……ああ! 契約したんだから名前を与えないと!!」

『単純に〝アルラウネ〟でもいいよ? 救命のために大急ぎで契約してもらったんだし』

「そんなわけには……そうだ。私が知っている範囲のお花になりますが〝ローズマリー〟と言うのはどう?」

『〝ローズマリー〟か……悪くないね! 私は今からローズマリー! よろしく、契約者さん!』

「ええ、よろしくね。でも、シントの前で裸になったら燃やすからね」

『はーい。それで、どこにお花畑を作っていいの?』

「お花畑?」

『シャニービーもみんな連れてくることができたし、せっかくだからシャニービーの蜜もごちそうしなくちゃね。どこにお花畑を作っていい? 普段は私もそこで生活するけど!』

「メイヤ様……」

『アルラウネが言い出したら聞かないわ。とりあえず家の近くにでも花畑を作ってもらいなさいな。景観がよくなるわよ? シャニービーの蜜箱はシントの創造魔法ね』

「わかりました。行きましょうか、リン」

「うー……本当の本当にシントの前で裸になったら燃やすからね!」

『わかったって。それじゃあ、お花畑を作りにレッツゴー!』

 ローズマリーを案内して花畑予定地に案内すると、早速といわんばかりに大量の花が咲き誇りました。

 そして僕も創造魔法でシャニービーの巣兼蜜を貯めておくための蜜箱を作らされると、シャニービーたちも早速その中へ入っていき生活環境を整えているのだとか。

 一週間ほどで最初の蜜が取れるようになったということで蜜箱を見に行くと、蜜箱の下に設置してあった瓶の中にはたくさんの蜜がたまっていました。

 ゴミさえ取り除けばそのまま食べられるし、保存も利くと言うことなのでリンとリュウセイとともに一舐めしましたが……とっても甘くて花のいい香りがしました。

 シャニービーたちはそれぞれ別の花の蜜を集めているそうなので、いろいろな味と香りが楽しめるんだとか。

 メイヤも「たまに木の実にかけるといいのじゃないかしら?」と言ってましたし、食事お楽しみが増えましたね。

 リンとリュウセイがたくさん欲しがるのが難点ですが……。