護衛の皆さんに対する装備も行き渡り、いざフロレンシオから出発です。
フロレンシオから最初の宿場町まで、この時間に出発すると日没ぎりぎりの時間になりそうだということなんですが……甘いでしょうね、その見積もり。
神樹の里のドワーフが本気で作った装備にマインやウィンディが魔法を込めていった装備です。
そんなのんびりとした旅になるはずもない。
「……おや?」
「どうしましたか?」
公女様のふたりの乗る馬車と併走していた護衛の方が不思議そうな声をあげ、それにイネス公女様が反応いたしました。
「ああ、いえ、イネス公女様。おかしいですな。今日泊まるはずの宿場町が右手の草原越しに見えてきて……」
「……あの町ですか?」
「は、はい。あの町だと……道を間違えていなければ……」
「先導の騎士は先触れとして出ているのですよね?」
「既に出ているはずです。おかしい、行きの道はイネス様を慎重にお連れせねばなかったとはいえ、この時間で着くはずが……」
「先触れに出たはずの騎士が戻り次第確認を」
「承知いたしました」
うーん、そんなにおかしな話ですかね?
この速度なら当然だと感じるのですが。
先ほどの護衛の方も戻ってきましたし、先触れの方も戻ってきているのでしょう。
「……先触れに出ていた騎士が戻って参りました。やはり当初泊まる予定通りの町で間違いないと。ただ、さすがにこの時間に着くとは考えてもおらず、部屋の準備がまだ整いきっていないそうです」
「……ですよね。本来の到着予定は夕暮れ時。いまの時刻は太陽が中程まで傾いた頃です。余りにも早すぎます。申し訳ありませんが、先触れの方にはもう一度行っていただき宿の準備は余り急がなくともよいと伝えてもらうよう。私たちは……こちらの草原の外れでしばらく馬を休めます」
「了解です。了解ですが……」
「なにか問題が?」
「その……馬が疲れた様子をまったく見せておりません。その、どうしたものか」
「それも困りましたが、私たちが早く到着しすぎても問題です。休憩とします」
「はっ!」
護衛の方はまた指示を出しにいき、馭者の方も後ろの方へと合図を送り始めました。
あれが〝止まれ〟という合図なのでしょう。
馬車の一団は道の脇に逸れ、一部の見張りのみを残しそれ以外は草原へ出たイネス公女様とプリメーラ公女様の護衛に。
馬車馬の様子を見ていた馭者の方々も不思議そうな顔をしていますし、もっと重装備の騎馬を走らせていた護衛の方々はもっと不思議そうです。
もちろん、種も仕掛けもありますよ?
「シント様、リン様。あの馬鎧は一体……?」
「馬たちが疲れていないのはあの鎧のせいですよね? 一体どのような魔法が込められているのです?」
イネス公女様とプリメーラ公女様がやってきて説明を求められました。
1週間の旅ですし不安は取り除いておきたいのでしょう。
隠すことでもないですし話してしまいましょうか。
「まず馬鎧の方ですが、〝体力回復〟と〝速度上昇〟の魔法がかかっているそうです。なので、いままでより早く走っていてもまったく疲れを感じていない。むしろ、この程度の速度では体力が減らないわけです」
「馬車馬に着せている方はそれに加えて〝地盤整備〟も加えているんだって。馬が歩いて行く先の石ころとかが勝手に吹き飛ばされ、地面のでこぼこもなくなるんだとか」
「それらはドワーフの皆様だけでお作りになったのでしょうか?」
「いえ、土の五大精霊ノームと風の五大精霊ウィンディも手を貸しています」
「そのような恐れ多いものをくださっていたのですね……」
「みんなの総意です。遠慮せずに使ってください」
「わかりました。覚悟を決めます」
「それにこれで旅程を変更できるかもしれません。ご助力感謝いたします」
「旅程の変更?」
「4日目から5日目の間、野宿を行うと予定していたのはご存じですよね?」
「もちろん。それがどうかしたの、イネス公女様?」
「この速度で走って息が続くようでしたらもっと速く走ることができそうです。なので、4日目の日の出頃に宿場町を出立、可能な限りの最高速度で馬車を進ませ距離を稼げればと」
「なるほど。うまくいけば4日目の夜には公都に到着できる可能性もありますか」
「はい。いかがでしょう?」
「悪くはないんじゃないかな?」
「ええ、試してみる価値はあると考えます。ただ、休憩の回数も減りますよ?」
「そこは皆も私たちも我慢いたします。それでは、そのように話を護衛隊の騎士団長とまとめてきますので失礼いたします」
イネス公女様が護衛の皆さんの元に歩いて行き、それを感慨深げに眺めているのはプリメーラ公女様でした。
「……イネスがあんなに立派になるなんて夢のよう」
「きちんと補佐をよろしくお願いします、プリメーラ公女様」
「うん。まだまだ頼りないところがありそうだから」
「もちろん。では、私も失礼いたします」
プリメーラ公女様もあの輪の中に加わり、正式に4日目の移動内容が変わったようです。
1日目の宿も時間を空けてから町に入ることで問題なく泊まることができましたし、2日目、3日目も出発時間と移動速度を遅くすることで対応しました。
3日目の時点では念のため馬車の車軸も交換したようですが、こっそり僕の強化魔法を車すべての軸と車輪、馬車においたので問題はないでしょう。
となると、問題になるのが明日、4日目ですね。
イネス公女様とプリメーラ公女様は一行全員を集め、説明を始めました。
「皆さん。予定より早まりましたが、明日の天気に恵まれれば一気に公都を目指します。到着予定時刻は夜までかかりますが今回いただいた装備があればいけるでしょう。問題は……」
「サニお姉様による妨害。わかりやすく言えば私たちの暗殺です。今回ばかりは守護騎士団に頼るしかありません。公都に先触れなど出せば確実に始末されるでしょうから」
全員の間に緊張が走りましたが……それを破ったのはひとりの護衛の方です。
「お気になさらないでください。イネス公女様、プリメーラ公女様。我らイネス公女守護騎士団およびプリメーラ公女守護騎士団は覚悟を決めてここに来ています」
「例え最後のひとりとなろうともおふたりに手出しなどさせません」
「ああ、それにプリメーラ公女様とイネス公女様には俺たちよりも強いリュウセイが付いているんだ。安心して不届き者の始末に取りかかれます」
「どこから刺客が来ようとすべて守り、うち倒してみせます。プリメーラ公女様とイネス公女様は馬車の中で守られていてください」
護衛の皆さん……守護騎士団の熱意を受けて場は一層熱を帯びました。
さて、僕たちも微力ながらお力添えをしましょうか。
「今回は僕とリンもおふたりの護衛です。僕とリンはおふたりの馬車から離れず最後の護衛として動かせていただきますが問題ありませんよね?」
「ああ、問題ない。むしろ、普段連携訓練を受けていない者に加わられてしまうと動きが鈍ることがあるんだ。申し訳ないが公女様たちを守っていてほしい」
「わかりました。では、微力ですが僕は魔法を……敵の後衛を狙った魔法で援護させていただきます。具体的には《アイシクルスコール》で攻撃させていただきましょう」
「そこまで高レベルの魔法が使える魔法使いだったのか……では、すまないが私たちの本体と敵の本体、それがぶつかる前に敵の本体にも《アイシクルスコール》をお願いできるか? そうすれば一気に攻めやすくなる」
「その程度であれば。リンは?」
「私は弓で援護かな? 私の弓なら距離なんて関係ないし」
「距離の関係ない弓……『魔剣使い』!?」
「そうよ? 大変失礼な言い方かもしれないけれど、プリメーラ公女様とイネス公女様はお友達だと思っているの。お友達を守るためだったら手札なんていくらでも使ってみせるわ」
「リン様、私のことをお友達と感じてくれていたんですね……」
「はい。失礼だったかしら?」
「いえ! むしろ光栄です!」
「私としても光栄ですね。リン様のように純真で誇り高く優しい方にお友達と感じてくださるなんて。シント様は?」
「大変失礼ですが、僕も同じ気分です。僕もリンも人の汚れた面しか見てこなかった。その中にあっておふたりの気高さと仲の良さは見ていてとても心地いいんです」
「ありがとうございます、シント様」
「本当に。公の場ではお友達などと発言できません。ですが、プライベートな場ではイネスともども友人として接してくださいませ」
「よろしくお願いします、シント様、リン様」
僕とリンは一瞬顔を見合わせますが、答えは一緒ですよね。
「はい。僕でよければ喜んで」
「隠れ里に引っ込んでいる田舎者だけれどよろしくね?」
僕たちの〝友達宣言〟で場は多いに盛り上がりました。
特に相手を選ぶイネス公女様が〝お友達〟として受け入れたことが嬉しいようです。
皆さんの喜びを無駄にしないためにも、明日は必ず守りきってみせますよ!
フロレンシオから最初の宿場町まで、この時間に出発すると日没ぎりぎりの時間になりそうだということなんですが……甘いでしょうね、その見積もり。
神樹の里のドワーフが本気で作った装備にマインやウィンディが魔法を込めていった装備です。
そんなのんびりとした旅になるはずもない。
「……おや?」
「どうしましたか?」
公女様のふたりの乗る馬車と併走していた護衛の方が不思議そうな声をあげ、それにイネス公女様が反応いたしました。
「ああ、いえ、イネス公女様。おかしいですな。今日泊まるはずの宿場町が右手の草原越しに見えてきて……」
「……あの町ですか?」
「は、はい。あの町だと……道を間違えていなければ……」
「先導の騎士は先触れとして出ているのですよね?」
「既に出ているはずです。おかしい、行きの道はイネス様を慎重にお連れせねばなかったとはいえ、この時間で着くはずが……」
「先触れに出たはずの騎士が戻り次第確認を」
「承知いたしました」
うーん、そんなにおかしな話ですかね?
この速度なら当然だと感じるのですが。
先ほどの護衛の方も戻ってきましたし、先触れの方も戻ってきているのでしょう。
「……先触れに出ていた騎士が戻って参りました。やはり当初泊まる予定通りの町で間違いないと。ただ、さすがにこの時間に着くとは考えてもおらず、部屋の準備がまだ整いきっていないそうです」
「……ですよね。本来の到着予定は夕暮れ時。いまの時刻は太陽が中程まで傾いた頃です。余りにも早すぎます。申し訳ありませんが、先触れの方にはもう一度行っていただき宿の準備は余り急がなくともよいと伝えてもらうよう。私たちは……こちらの草原の外れでしばらく馬を休めます」
「了解です。了解ですが……」
「なにか問題が?」
「その……馬が疲れた様子をまったく見せておりません。その、どうしたものか」
「それも困りましたが、私たちが早く到着しすぎても問題です。休憩とします」
「はっ!」
護衛の方はまた指示を出しにいき、馭者の方も後ろの方へと合図を送り始めました。
あれが〝止まれ〟という合図なのでしょう。
馬車の一団は道の脇に逸れ、一部の見張りのみを残しそれ以外は草原へ出たイネス公女様とプリメーラ公女様の護衛に。
馬車馬の様子を見ていた馭者の方々も不思議そうな顔をしていますし、もっと重装備の騎馬を走らせていた護衛の方々はもっと不思議そうです。
もちろん、種も仕掛けもありますよ?
「シント様、リン様。あの馬鎧は一体……?」
「馬たちが疲れていないのはあの鎧のせいですよね? 一体どのような魔法が込められているのです?」
イネス公女様とプリメーラ公女様がやってきて説明を求められました。
1週間の旅ですし不安は取り除いておきたいのでしょう。
隠すことでもないですし話してしまいましょうか。
「まず馬鎧の方ですが、〝体力回復〟と〝速度上昇〟の魔法がかかっているそうです。なので、いままでより早く走っていてもまったく疲れを感じていない。むしろ、この程度の速度では体力が減らないわけです」
「馬車馬に着せている方はそれに加えて〝地盤整備〟も加えているんだって。馬が歩いて行く先の石ころとかが勝手に吹き飛ばされ、地面のでこぼこもなくなるんだとか」
「それらはドワーフの皆様だけでお作りになったのでしょうか?」
「いえ、土の五大精霊ノームと風の五大精霊ウィンディも手を貸しています」
「そのような恐れ多いものをくださっていたのですね……」
「みんなの総意です。遠慮せずに使ってください」
「わかりました。覚悟を決めます」
「それにこれで旅程を変更できるかもしれません。ご助力感謝いたします」
「旅程の変更?」
「4日目から5日目の間、野宿を行うと予定していたのはご存じですよね?」
「もちろん。それがどうかしたの、イネス公女様?」
「この速度で走って息が続くようでしたらもっと速く走ることができそうです。なので、4日目の日の出頃に宿場町を出立、可能な限りの最高速度で馬車を進ませ距離を稼げればと」
「なるほど。うまくいけば4日目の夜には公都に到着できる可能性もありますか」
「はい。いかがでしょう?」
「悪くはないんじゃないかな?」
「ええ、試してみる価値はあると考えます。ただ、休憩の回数も減りますよ?」
「そこは皆も私たちも我慢いたします。それでは、そのように話を護衛隊の騎士団長とまとめてきますので失礼いたします」
イネス公女様が護衛の皆さんの元に歩いて行き、それを感慨深げに眺めているのはプリメーラ公女様でした。
「……イネスがあんなに立派になるなんて夢のよう」
「きちんと補佐をよろしくお願いします、プリメーラ公女様」
「うん。まだまだ頼りないところがありそうだから」
「もちろん。では、私も失礼いたします」
プリメーラ公女様もあの輪の中に加わり、正式に4日目の移動内容が変わったようです。
1日目の宿も時間を空けてから町に入ることで問題なく泊まることができましたし、2日目、3日目も出発時間と移動速度を遅くすることで対応しました。
3日目の時点では念のため馬車の車軸も交換したようですが、こっそり僕の強化魔法を車すべての軸と車輪、馬車においたので問題はないでしょう。
となると、問題になるのが明日、4日目ですね。
イネス公女様とプリメーラ公女様は一行全員を集め、説明を始めました。
「皆さん。予定より早まりましたが、明日の天気に恵まれれば一気に公都を目指します。到着予定時刻は夜までかかりますが今回いただいた装備があればいけるでしょう。問題は……」
「サニお姉様による妨害。わかりやすく言えば私たちの暗殺です。今回ばかりは守護騎士団に頼るしかありません。公都に先触れなど出せば確実に始末されるでしょうから」
全員の間に緊張が走りましたが……それを破ったのはひとりの護衛の方です。
「お気になさらないでください。イネス公女様、プリメーラ公女様。我らイネス公女守護騎士団およびプリメーラ公女守護騎士団は覚悟を決めてここに来ています」
「例え最後のひとりとなろうともおふたりに手出しなどさせません」
「ああ、それにプリメーラ公女様とイネス公女様には俺たちよりも強いリュウセイが付いているんだ。安心して不届き者の始末に取りかかれます」
「どこから刺客が来ようとすべて守り、うち倒してみせます。プリメーラ公女様とイネス公女様は馬車の中で守られていてください」
護衛の皆さん……守護騎士団の熱意を受けて場は一層熱を帯びました。
さて、僕たちも微力ながらお力添えをしましょうか。
「今回は僕とリンもおふたりの護衛です。僕とリンはおふたりの馬車から離れず最後の護衛として動かせていただきますが問題ありませんよね?」
「ああ、問題ない。むしろ、普段連携訓練を受けていない者に加わられてしまうと動きが鈍ることがあるんだ。申し訳ないが公女様たちを守っていてほしい」
「わかりました。では、微力ですが僕は魔法を……敵の後衛を狙った魔法で援護させていただきます。具体的には《アイシクルスコール》で攻撃させていただきましょう」
「そこまで高レベルの魔法が使える魔法使いだったのか……では、すまないが私たちの本体と敵の本体、それがぶつかる前に敵の本体にも《アイシクルスコール》をお願いできるか? そうすれば一気に攻めやすくなる」
「その程度であれば。リンは?」
「私は弓で援護かな? 私の弓なら距離なんて関係ないし」
「距離の関係ない弓……『魔剣使い』!?」
「そうよ? 大変失礼な言い方かもしれないけれど、プリメーラ公女様とイネス公女様はお友達だと思っているの。お友達を守るためだったら手札なんていくらでも使ってみせるわ」
「リン様、私のことをお友達と感じてくれていたんですね……」
「はい。失礼だったかしら?」
「いえ! むしろ光栄です!」
「私としても光栄ですね。リン様のように純真で誇り高く優しい方にお友達と感じてくださるなんて。シント様は?」
「大変失礼ですが、僕も同じ気分です。僕もリンも人の汚れた面しか見てこなかった。その中にあっておふたりの気高さと仲の良さは見ていてとても心地いいんです」
「ありがとうございます、シント様」
「本当に。公の場ではお友達などと発言できません。ですが、プライベートな場ではイネスともども友人として接してくださいませ」
「よろしくお願いします、シント様、リン様」
僕とリンは一瞬顔を見合わせますが、答えは一緒ですよね。
「はい。僕でよければ喜んで」
「隠れ里に引っ込んでいる田舎者だけれどよろしくね?」
僕たちの〝友達宣言〟で場は多いに盛り上がりました。
特に相手を選ぶイネス公女様が〝お友達〟として受け入れたことが嬉しいようです。
皆さんの喜びを無駄にしないためにも、明日は必ず守りきってみせますよ!