約束通り2週間後、僕たちは再びフロレンシオを訪れました。

 そこで一度フロレンシオ行政庁の孤児院運営部に立ち寄り、本当に部長となったしまったシェーンさんへと少しの間ベニャトが孤児院への食料配布を行うことを伝えておきます。

 次は公王邸別館へと行ってイネス公女様とプリメーラ公女様のふたりと合流し、騎士の装備や馬に与える馬鎧を渡しましょうか。

 シルキーやニンフたちとともに公王邸別館に着くとそこでは出発の準備が進められており、かなりの荷物が詰め込まれていました。

 テイラーメイド、やり過ぎていませんか?

 マジックバッグに加工した旅行カバンも与えてあったはずですが……。

「あ、シント様、リン様!」

「テイラーメイド……」

「ねえ、テイラーメイド。あなた、この2週間で何着のドレスを作ったの?」

「え? おふたりに100着ずつくらいですよ? 形もこの国伝統のものから私たちが編みだしたものまで多種多様なものをお渡しいたしました!」

「そうですか……」

「やり過ぎだよ? テイラーメイド」

「そうですか? おふたりとも喜んでいましたよ? お腹を引き絞っていたコルセットから解放されるって」

「〝コルセット〟?」

「ああ、シント様もリン様も知りませんよね。腰を細くみせるために固い革などで作った帯でお腹を引き絞る道具です。少しでも細くみせるために限界まで引き絞りますから、結構きついらしいですね」

「それは大変ですね」

「私、そんなの無理」

「大丈夫です! そんな古い常識、私が全部覆してみせますから!」

 テイラーメイドがすごくやる気ですが……あなた、神樹の里の住民ですよね?

 移住するならそれでも構いませんけど……どうするつもりなんでしょう?

 ともかく、出発の準備をしているイネス公女様とプリメーラ公女様のもとへ案内していただきました。

 おふたりの服装は本当に変わりましたね。

 テイラーメイドがものすごく頑張った結果でしょう。

「お待たせいたしました。イネス公女様、プリメーラ公女様」

「遅くなりました」

「いえ、大丈夫です。それより……」

「このドレス……私たちでも服に着られている感覚か……」

「諦めてください。テイラーメイドがはりきりすぎた結果ですので」

「うん。私たちの服も見た目はごまかされているけど全部同じ素材だし、靴なんてもっと言えない素材だから」

「靴……やっぱり靴も特別製なんですね?」

「恐ろしく履き心地がよく滑らない靴をご用意いただきました。素材を教えていただけないのですが……」

「イネス公女様もプリメーラ公女様も聞かない方がいいです」

「そうだね。聞いたら履けなくなっちゃうかも」

「……気持ちの悪いモンスターや魔獣の素材とかですか?」

「……覚悟を決めますので教えてください」

「……ドラゴンの革だそうです」

「私たちもあとから知ったんだけど、底はドラゴンの鱗なんだって……」

「……聞いたことを後悔しました」

「……かかとの高くなっている部分がなにからできているのか、予想できてしまうのが怖いですわ」

 恐ろしく上物の靴の話は置いておき、護衛の皆さんに渡す装備の話を始めましょう。

 この様子ですとドレスだってろくでもない服になっているはずですから。

「とりあえず、ドワーフたちに作ってもらった護衛の方々に配る装備を支給していただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「はい、構いません。といいますか、これ以上服や靴の話はしたくないです……」

「それでは……どうやって渡していきましょう?」

「そうですね……そこのあなた、騎士たちを集めてきてください。馬鎧も取り替えますので急ぐように」

「はっ!」

 護衛の方がひとり出ていき、外にいた騎士の皆さんを連れて戻ってきました。

 うん、人数も合っていますね。

 少々多めに渡されていましたが出番はなさそうです。

「皆のもの、シント様とリン様の里より皆の装備をいただけることとなりました。今回の旅はそれを身につけ旅に出ます。いまから渡しますので急いで着替えなさい」

「かしこまりました。その装備は?」

「いまから並べていきます。少しお待ちを」

 僕とリンは手分けをして護衛の皆さんの前に鎧兜や剣、盾などの装備を並べていきます。

 盾の紋章については事前にイネス公女様とプリメーラ公女様に許可を取りつけさせていただきました。

 その装備を見た皆さんは……一様に驚いていますね。

「これは……プリメーラ公女様、イネス公女様。本当にこの装備をいただけると?」

「はい。私たちを守るための護衛役を強化するのに惜しまず手を貸してくださいました。シント様とリン様に感謝しなさい」

「は、はい。しかし、この銀色……青みがかった銀と言うことは間違いなくミスリル。この兜、まるで帽子のように軽い」

「兜だけじゃないぞ。鎧や鎖鎧も服のように軽い。それでいて非常に頑丈な音がしている」

「盾だってそうだ。横から見れば3枚もの重層構造になっているのに重さがほとんどない。シント殿でしたね。このような装備、本当にいただいても?」

「はい。イネス公女様とプリメーラ公女様を守るためですから。里のみんなが協力して作りあげた装備です。存分にお使いください」

「それではありがたく使わせていただきます。剣が2本あるのは?」

「馬の上で使うための剣と馬から下りたときに使うための剣だって。馬に乗っているときは短い剣だと相手に届きにくいだろうし、馬から下りると長すぎる剣は扱いにくいだろうから2本ずつ用意したらしいわよ。そっちも好きに使ってね」

「ありがとうございます。私たちは早速装備を変えてきます」

「よろしい。それから、装備の変更が終わったら戻ってきてください。馬鎧も作っていただいています。せっかくのご支援、無駄にしないように」

「はっ!」

 護衛の方々が散り散りになって装備を交換に行き、残された僕たちは……最後の打ち合わせでしょうか?

「さて、イネス公女様、プリメーラ公女様。おふたりの番兵を潜ませさせますね」

「番兵ですか?」

「はい。いいですよ」

 僕の合図で僕の影の中から黒い獣がふたつ飛び出し、イネス公女様とプリメーラ公女様の影の中に潜り混みました。

 これでひとまずは安全でしょう。

「シント様、いまのは?」

「〝影の軍勢〟と呼ばれる幻獣や精霊の一種です。潜伏能力と護衛能力に長けた者がふたりの影の中から常に身を守ります。余り出番はあってほしくないですが最後の砦ですね」

「そこまでお気遣いいただきありがとうございます」

「ふたりに死なれちゃ困るからね。あともう1匹も呼んであげなくちゃ」

「そうでしたね。リュウセイ、出番ですよ」

「オゥ!」

「これは……狼?」

「ホーリーフェンリルの子供、リュウセイです。僕の里では一番古株の幻獣ですよ。普段、目に見える護衛として側に置いておきましょう」

「わかりました。ですが、騎士たちにはどう伝えましょう……」

「軽く模擬戦でもやらせましょうか。僕たちとも訓練をしますし、手加減を間違えて怪我をさせるなんて真似はしませんよ」

「……それで納得してもらえるといいのですが」

 実際、戻ってきた護衛の方々にも驚かれリュウセイの能力を疑われましたが、リュウセイと護衛5人で勝負をしてもらった結果、新しい装備があってもリュウセイの方が強いとわかりおふたりの馬車内で危険に備えてもらうこととなりました。

 同時に、新しい鎧が軽いだけではなく恐ろしく頑丈で動きやすいものだということもわかっていただけたようで嬉しいです。

 また、新しい馬鎧も渡すとそれも非常に頑丈かつ軽いことに驚かれ、大急ぎで出発準備が整えられていきました。

 軽い鎧に替えられた馬たちも元気が出てきたようですし、これなら大丈夫でしょう。

 やがて出発の準備が終わるといよいよ公王邸別館を出ました。

 最初3日間は宿場町という宿のある小さい規模の町で過ごせるそうですが、4日目は野宿となってしまうとのこと。

 警戒すべきはここだとも教えられましたし、暗殺などないに越したことはないのですが気を抜かずに護衛をさせていただきましょう。