孤児院の厨房に入ると既に料理の準備が始まっていました。

 でも、まだ準備だけで食材などには手をつけていないみたいですね。

 シルキーたちならあれらの食材を活かす使い道も知っているでしょうし、傷まないうちに消費する方法も教えられるでしょう。

 今後野菜料理が中心になってしまうのは……子供たちに不満が出るかもしれませんが我慢してもらうしかないですね。

「ん? ミケ院長。それに、この前果物をくれたお姉さんたち。今日はどうしたんだ?」

「あら、あなたも料理をするのね。偉いわ」

「ここじゃ当たり前さ。少ない材料から少しでも腹が膨れる食事を作らなくちゃならないんだからな」

「そう。今日はね、あなた方に食材を届けにきたの」

「食材? 量は?」

「マジックバッグに詰めてきたから毎日3食きちんと食べて半月分と少しね。ただ、私たちの里では野菜しか収穫できないの。肉やお魚がほしかったら孤児院のお金で買ってちょうだい」

「……本当かよ?」

「本当よ? ちょっと特殊な食材も混じっているから私たちの里から連れてきた人が調理方法も教えてあげる。どうかしら?」

「まあ、食材をくれるって言うなら。料理も素人が嵩増しばかりして食べさせていただけだしな」

「じゃあ、遠慮なく。みんな、食事の準備を。元々この院の食材は傷んでだめになっているもの以外は捨てちゃだめよ。それらも活かして調理しなさい。あと、指導はわかりやすく丁寧にね?」

「わかりました」

「お任せください」

「それではお願いね。イネス公女様とプリメーラ公女様はどうなさいますか?」

「お邪魔にならない場所で見学を」

「はい。里の料理というものにも興味があります」

「では私たちと一緒に端の方で見ていましょう。私はもちろんシントやリンも料理はできません……というか、彼女たちがすべてを終わらせてしまい調理をやらせようとしないため簡単な料理しかできませんので」

 そうしてシルキーやニンフたちによる料理指導が始まりました。

 里から様々な調味料も持ち込んでいるようで、院の調理係は料理方法を覚えるのに必死ですね。

 あと、あれは……。

「姉ちゃん、鍋の中に入れたその草みたいなのはなんだ?」

「コンブという海に生えている草よ。それを天日干しにしてあるの。スープを煮るときに入れると海の自然な塩味が広がって美味しいわ」

「それは食えないのか?」

「食べられるけれど……煮込んで柔らかくしても噛みちぎりにくいから好みが分かれるわね。味も独特だし」

「じゃあ、鍋で煮終わったら細かく刻んで鍋に戻す。子供たちには好き嫌いをさせないのが鉄則だからな」

「わかった。でもお野菜もたくさん入れるけれど大丈夫?」

「野菜をこんだけ使える贅沢なスープだ。喜んで食うだろうぜ」

「……そう、いい子たちね」

「もちろんだ。でも、本当に半月分も入っているのかよ?」

「入っているわ。この程度の消費なら半月以上大丈夫よ」

「それも信じられないが……今日は果物ももらえるんだよな。子供たちが贅沢を覚えないか怖いぜ」

「贅沢を覚えられると困るけれど半月に一度の楽しみはあってもいいでしょ? 果物が採れる季節だけでも」

「それもそうだな。……野菜もそろそろ煮終わったか?」

「そうね。味見してみる?」

「ああ。……野菜なのに苦みがほとんどなくて甘い?」

「ふふ。これなら小さな子供たちも大丈夫でしょう?」

「ああ、大丈夫そうだ。さて、コンブとやらも細かく刻んで鍋に入れるか」

「ええ、そうしましょう」

 僕たちの里の文化も受け入れてもらえたようでなによりです。

 あと、昼食を並べられたときの子供たちも大歓声で迎え入れてくれました。

 野菜ばかりとは言え、たくさんの具が入ったスープに生野菜のサラダなど普段は食べられないのでしょうからね。

 あと、院には窯がなかったためパンを焼けませんでしたが、代わりにパンと同じ製法で作った生地を底の浅い鍋で両面焼いたものも子供たちは大満足で食べていました。

 試食と言うことで同じものを食べたイネス公女様とプリメーラ公女様も驚いていましたからね。

 食後は果物も食べてお腹いっぱいになった子供たち。

 空腹感が満たされて眠くなったのか、年少者たちは寝室の方へ向かったようです。

 困ったことはそのあとに起こりましたが。

「……しばらくこの街に残って孤児院で料理を教えたい?」

「はい、メイヤ様。どうかお許し願えませんか?」

「……どうする、シント」

「うーん、僕としては許可してあげたいですが……どれくらい留まるつもりですか?」

「その……できれば次の食料配布まで。食事事情を改善してあげたいのです」

「本当に困ったわ。里長としてどう判断するべきなのか」

「僕としては許可してもいいと思うのですが……寝る場所が問題ですよね?」

「ああ、それが問題よね。どうしましょう」

 彼女たちはシルキーやニンフなので睡眠など必要ありません。

 ただ、人間に化けてもらっている以上は眠ってもらわないと……。

「そういうことでしたら私が力をお貸しします」

「イネス公女様?」

「私が彼女たちの宿を手配しましょう。それで問題ないですよね?」

「ええと、里長としては問題がなくなりますが……へたをするとこの先様子を見に行く孤児院すべてで同じことを願われますよ?」

「これだけの食料をいただいたことに比べれば小さな問題です。それに料理の様子も見学させていただきましたが、本当に無駄なく食材を使い切っていました。前回皆様がこの街を訪れたあと、各孤児院の会計監査を行い無駄な支出も可能な限り減らせるよう手配してあります。そうすれば季節にもよりますが多少の肉料理も出せるでしょう。彼女たちのお世話は私たちに任せてください」

「……ではお言葉に甘えて。あなた方もほしい食材があればいまのうちに手配してもらって調理方法を教えておきなさい」

 メイヤとイネス公女様の間での交渉は終わったようです。

 そして、ほしい食材と聞いて真っ先に手を挙げたのはシルキーですね。

「それでは。少量で構いませんので干し肉をいただけますでしょうか?」

「干し肉を? 普通のお肉ではなく?」

 シルキーの要望に対しイネス公女様も混乱しています。

 というか、なぜ干し肉を?

「普通の肉料理では50人分だとやはりひとりあたりの量が微量になってしまいます。ですが、干し肉なら少し多めでも安く手に入りますよね?」

「ええ、まあ。携帯食ですから。でも、硬いですし子供たちには味が濃すぎますよ?」

「干し肉をそのまま食べさせるのではありません。スープに混ぜ込ませて味をしみ出させるのです。そうすればスープに味がつき美味しくなります。味が溶け出した干し肉も軟らかくなりますし、細かくちぎってスープの具材としましょう」

「……なるほど。そういう調理方法もあるのですね」

「あとは……長時間煮込めるのであればいろいろな味を取り出せるのですが孤児院では難しいですよね」

「かまどの燃料が問題となってしまうでしょう。予算が改善されていくと言ってもやはりあまり大きな金額にはなりません。少ない金額だけで食事を楽しめる方法だけを教えてあげていただけますか?」

「わかりました。里では肉類が手に入らないのでシント様とリン様に振る舞えない分、ここの子供たちにしっかりと教えます!」

「……里に帰るとき、今回の報酬としてシント様とリン様が食べる分のお肉も分けてあげます。それで手を打ってください」

「やったぁ! これで、おふたりにもいろいろな食事を楽しんでいただける!」

「シント様、リン様、彼女たちからも愛されていますね」

「愛されているのはわかっているのですが……」

「あまりにも厚遇されているのがちょっと複雑……」

 そしてそのあと、すべての孤児院を回ってみましたが、やはりどの孤児院でもシルキーやニンフたちがしばらく料理指導のために残りたいと言いだし、まとめてイネス公女様が面倒を見てくださることに。

 途中で合流した孤児院運営部のシェーンさんも子供たちがお腹いっぱい食べられて満足したように寝ていったところを見てとても喜んでいました。

 メイヤも嬉しそうな表情をしていましたし、これが正解だったのでしょう。