「……申し訳ありませんが、呪眼の治療薬などは作れませんでしょうか?」

 公王陛下の口から出たのは治療薬の話でした。

 はて〝呪眼〟とはなんでしょう?

「メイヤ、〝呪眼〟とは?」

『シントもリンも知らないわよね。見ただけで相手に呪いをかけられるスキルよ。神眼よりも劣るけれどそれでも厄介なことには変わらないわ。国によってはこのスキルを授かった者はすぐさま処刑されたり独房に入れられたり両目を潰されたりすると聞いたのだけれど』

「そんな危険なスキルもあるのですね、メイヤ様」

『危険なだけでそれ以上の使い道のないスキルとも言えるわ。それで、なぜそのような物騒な治療薬がほしいの?』

 確かにそうですよね。

 呪眼というスキルが危険なものであれば

「……私の第一子がこのスキルを持ってしまっているのです。使わぬようにと再三言い聞かせて育ててきているのですが」

『その様子だと意味がないみたいね』

「……面目ない」

『でも、イネスの呪いの正体もわかったわ。呪眼の呪いね。それも相当強力な』

「……はい。イネスの呪いは姉のサニからかけられた呪眼の呪いにございます」

『呪眼の呪い、それも強力な呪いともなれば命魔法すら効かなくなる。効くとすれば私の浄化の雫を使うしかないでしょう』

「やはりそうなりますか」

『でも、おかしな話ね? 呪眼は神眼よりも劣るスキル。神眼持ちに呪眼は効かないはずだけれど……』

「そこも私の教育の至らなさです。イネスは悪意や嘘をすぐに見抜けてしまうことを恐れ、神眼を授かってすぐに使わなくなってしまいました。そこに目をつけたサニが呪眼の呪いをフル活用しイネスを呪い殺そうとしたのです」

『なるほど。では、これからはそういうことが起こらないようしっかり指導しなさい。確か姉のプリメーラがイネスの補助をすることを条件に治療したのよね? 神眼頼りにすべてを見抜くことはあなた方のような人間ではよくないのでしょうけれど、それを恐れて使わないなど愚かなことよ』

 メイヤの言葉にうなずくのはプリメーラ公女様です。

 彼女にはその覚悟をしていただいていますからね。

「はい、今後はそのようなことが二度と起こらないようしっかり導いてみせます」

「申し訳ありません、プリメーラお姉様。よろしくお願いいたします」

「気にしないで。私の望みでもあるんだから」

『それではイネスという少女は解決ね。となるとそれ以外の家族が狙われる危険性を考慮しなければだめかしら』

 メイヤの確認に答えてくださるのは公王陛下ですね。

 表情が沈んだままということはあまりいい話ではないのでしょう。

「重ね重ね申し訳ありませんがそうなります。サニは権力欲にとりつかれ、貴族どもを侍らせ次代の公王を求めております。年齢的にも一番上、誰も立太子させることなく私が死ねば貴族どもの後押しによりサニが次代の公王になるでしょう」

『なるほど。そのような者がこの国を治めるとなれば国は乱れそうね。そうなれば私は手を引くわ。この国にあるという神域も手を貸す理由を失うでしょう。立太子……ということは次の公王を指名することよね? 候補は決めていないの?』

「いえ、サニ以外の公王家全員がイネスを立太子させることで一致しております」

「お父様!?」

 イネス公女様が驚いていますが、完全に予想外の発言だったのでしょう。

 公王様とプリメーラ公女様は平然としているため、既に話し合いを持った結果なのでしょうが。

「お前が神眼を得たときからお前の兄たちもプリメーラもお前に次代の公王を譲ることを決めたのだ。本来であればすぐにでもイネスの立太子を宣言し、公太女教育を始める予定だったのですが……」

『そこでサニという女の邪魔が入った……という訳ね』

「まったくもってお恥ずかしながら。イネスとプリメーラはもうしばらく様子見の療養としてフロレンシオに留まらせることができます。ですが、私は一週間も経たぬ間に帰らねばなりません。私と息子たちの分だけでも構いませんので治療薬をどうかお恵みください」

『シント、どう思う? 私の実から治療薬を作れるのはあなたなのだけれど』

「僕ですか? まあ、僕ですよね。僕から言わせれば治療薬の用意では意味を持たないでしょう。何度治療してもそのたびに呪いをかけ直してくるはずです。世間知らずの僕からの意見として言わせてもらえれば、そんな危険人物は始末してしまった方がいい」

「……やはりそうなってしまうか。この国にある神域の契約者様と守護者様からも『一刻も早く始末せよ』と言われているのだ。だが、呪いの目を持っていたとしても私の娘。どうしても踏ん切りがつかぬ」

 公王陛下はお優しいお方のようです。

 お優しいお方のようですが、それだけでいいのでしょうか?

 実際、家族を殺そうとまでしたのですから。

「お父様、無礼を承知で言います。サニお姉様はお父様が戻り次第、毒杯を飲ませるべきです。イネスにこれだけの仕打ちをしておいて生かしておくなど私が許せません。お兄様たちもそうでしょう」

「……わかっている。わかっているのだよ」

『ふう。オリヴァー公王、あなたは為政者として優しすぎるわ。それでは致命的なミスを犯すわよ? もう既に犯しかけたみたいだけど』

「申し訳ありません、管理者様」

『悪人よりまだいいのだけれど……さすがに不安すぎるわ。仕方がないから私の木の実をあげる。プリメーラとイネスも含め、そのサニという女以外全員に食べさせなさい』

「管理者様の木の実でございますか?」

『ええ。効果は〝呪い反射〟よ。他人を呪おうとすれば、その倍以上の苦しみが呪いをかけようとしたものに降りかかる。そういう木の実を作ってあげたわ。あなた方3人は今ここで。残りの公王家の人数は?』

「息子がふたりです」

『ではその子供たち分の木の実も用意する。それで手を打ちなさい。シントに解呪薬を作らせてもいいけれど何個あれば足りるのかわかったものではないわ』

「過分なお恵み、感謝いたします」

『そう感じるなら、そのサニという娘の処遇を早く決めることね。木の実は一口サイズのものを用意したわ。これならその息子たちに渡しても怪しまれず、すぐに食べてもらえるでしょう』

「わかりました。プリメーラ、イネス、私たちも食べるぞ」

「はい、お父様」

「わかりました、お父様」

 3人がメイヤの作った木の実を食べ……イネス公女様以外から黒い気配が飛び去りました。

 これは一体?

『どうやら、あなた方も既に呪われていたようね。いつでも始末できるように』

「……そのようですな」

「お父様、これでもまだサニお姉様を生かしておくのですか?」

「……考えさせてくれ」

 公王様も自分の身内となると決断力が鈍るのでしょうか。

 僕もリンとの間に子供ができたらどうなるのでしょう?

 そもそも子供をどうすれば授かることができるのか知りませんが……。