神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 プリメーラ公女様は侍従長の許可を取り、話を続けました。

 なにかよほどの事情があるのでしょう

「イネスは1年前、心臓に呪いをかけられました。もちろん、公国中の解呪師の方々に依頼し解呪を試みたのですが誰も解綬することがかなわず、いまではほぼ寝たきりの状態に。今回、私がフロレンシオを訪れているのもすべて偽装。この国の解呪師ではどうにもならない以上、他国の方々が集まりやすい商業都市フロレンシオに来るしかなかったのです」

「待ちな。それじゃあ、なんで俺たちのアクセサリーに目をつけた?」

「あれに一目惚れしたのは本当です。そして、運がよければそれを作った方に出会える可能性も考慮しておりました。あのアクセサリーの中に解呪をできるものはありませんでしょうか?」

「……すまねえ、〝解呪〟はねえ。どんな呪いでも防げる〝防呪〟はある。だが、既にかけられている呪いは解けねえよ」

「……そうでしたか。いえ、無理なお願いをしているのは承知でした。とある方々にも相談させていただいたのですが『解呪は専門分野ではない、命を長らえさせることはできる。しかし、それは苦しみを長く味合わせることと同義だぞ』と言われてしまい」

 ……それはお辛いでしょう。

 僕にも親や兄はいました。

 いましたが、僕のことはいないも同然に扱っていたような存在、いまどうなっているかも知りません。

 ですが、プリメーラ公女様は本当にご家族を大切になさっているご様子。

 ……助けてあげることはできますが、完全に正体がばれるんですよね。

「シント、助けてやれねえか?」

「ベニャト?」

「お前なら助けられるよな?」

「……ごめんシント、私からもお願い」

「リンもですか?」

「私は親の存在も知らない。でもプリメーラ公女様がこの妹様を大切に思っているのはわかっちゃう。ディーヴァがミンストレルを見るときとおんなじ目をしているから」

 弱りましたね。

 僕も助けたいのですが……。

「シント様は治療法をお持ちなのですね?」

「……申し訳ありません。明かせないのです」

 僕のこの一言ですべてを察したプリメーラ公女様は意を決し、部屋にいた僕たち以外の全員に命令を出しました

「わかりました。皆の者、この部屋から出て行きなさい」

「プリメーラ様!?」

「この先は私ひとりでお三方と交渉いたします。そうすれば、最悪私ひとりの命でイネスを助けていただくことが可能。皆の命を危険にさらしたくはありません」

「ですが……プリメーラ様も公女ですよ!?」

「かわいいイネスのためなのです。死が迫っている中見つけることができた最後の希望、命がけでもすがらせてください」

「……プリメーラ様。かしこまりました。皆の者、部屋の外へ行きます。プリメーラ様も無理はなさいませぬよう」

「わかっております。私になにかあってもお三方には手を出さぬよう。あなた方では到底かなわぬ相手です。イネスがまた命の危機に瀕するのはごめんですから」

「かしこまりました。それでは」

 一礼して部屋を出て行くイネスという少女の護衛の方々。

 部屋に残されたのは寝台で寝ているイネスという少女に僕とリン、ベニャト、それからプリメーラ公女様の5人だけです。

 さて、僕たちの正体はどう話しましょうか?

 そう考えていると先にプリメーラ公女様から話しかけられました。

「失礼ながら、シント様、リン様。あなた方はいずこかの神域の関係者でございますね?」

「……そこまでばれていましたか。僕たちってそんなにわかりやすいですか?」

「いえ、神域を知らぬ者には理解できないでしょう。我々の国クエスタ公国にも神域がひとつあり公王家はそことつながりがございます。おふたりの気配がそこの管理者様と守護者様のお持ちになる気配とそっくりでしたので気がついただけでございます」

「わかりました。僕はとある神域の契約者シントです」

「私は守護者のリンよ」

「俺はその神域で世話になってるドワーフのベニャトだ。隠してて済まなかったな」

「いえ。神域の関係者ともなれば、正体を知られてしまうとどのような悪人が群がってくるかしれたものではございません。それで、交渉でございます。私の命と引き換えにイネスを治療していただけないでしょうか?

 命と引き換えに、ですか。

 本当に覚悟の決まっているお方だ。

 僕たちもこうありたい。

「だめです。そのような交渉、受け入れられません」

「……そうですか」

「あなたは生きながらえ、そこのイネスという少女を守りながら暮らしなさい。僕もリンも家族に恵まれず過ごしてきた者、家族の絆というものがわかりません。ですが、あなたがそこの少女を助けたいという気持ちは痛いほど伝わってきました。僕が持っている範囲で最高の治療薬は差し上げます。もしそれでもだめでしたら……申し訳ありませんが、数日お待ちを。僕たちの神域に戻り呪いに特化した治療薬を作れないか管理者と相談してきます」

「本当でございますか!?」

「嘘はつきませんよ。あなたの誠実はとても気に入りましたから。さて、僕が持っている治療薬の中で最も回復力が強いものは……これですね。あと、この雫を……体内には振りまけませんね。飲ませてみてください。それで効果が出るかもしれません」

「この雫は一体……?」

「僕の神域にある存在の雫ですよ。昔、とある存在の穢れを打ち消したこともあります。呪いにも効果があるかもしれません」

 僕から治療薬と神樹の雫を詰めた瓶を受け取ったプリメーラ公女様は早速イネスという少女を起こし始めました。

 一刻も早く治療してあげたいのでしょう。

「かしこまりました。……イネス、起きられる?」

「……プリメーラお姉様? あれ? 体が軽い」

「そこの方々に治療していただいたの。お薬もいただいたわ。まず、このお薬を飲んでみて」

「はい。……少し苦いですが胸の苦しさが消えました」

 ……どうやら呪いは消えてくれたようです。

 神眼で見えていた胸のあたりのどす黒さも消えていますしね。

「よかった……次はこちらのお薬よ。自分で飲める?」

「大丈夫です。体は軽いし胸も痛くないし……あ、こっちの薬は爽やかで飲みやすい。それにすごく元気が出てきました!」

「よかった……シント様、もう大丈夫なんですよね!?」

 涙に潤んだ目でこちらを振り向きながら尋ねてきました。

 僕にできる答えはひとつしかありません。

「大丈夫ですよ。ただ、まだ完全に回復しきっていないかもしれないので食事や運動には気をつけてください。リンは最初の頃、無理をして大怪我をしましたから」

「……余計なことを教えないでよ、シント」

「わかりました! イネス、あなたこの先も生きていけるわよ!」

「本当ですか!? プリメーラお姉様とお別れしなくてもいいのですか!?」

「ええ! 無理をしなければ大丈夫だって! ああ、でも、あなたの侍従たちは皆、部屋の外で待ってもらっているのよね。寝間着というのが少々はしたないけれど、元気に歩けるところを見てもらいましょう!」

「はい!」

 そのあとプリメーラ公女様はイネス公女様を連れて部屋の外へ向かわれました。

 そこでは部屋の中から出て行っていた方々が勢揃いしており、無事に出てきたプリメーラ公女様と自分の足で歩いて出てきたイネス公女様に大喜びですね。

 相手が善人であるならば、人助けというのも悪くないかもしれません。
 イネス公女様の治療を終えた僕たち3人は別室へと案内されました。

 そこもまた豪華な部屋で、席へと案内されるとお茶を用意してくれます。

 僕も居心地が悪いのですが、リンもムズムズしていますしベニャトはもっと困った顔をしていますね。

 ですがプリメーラ公女様のお願いでこの部屋へと通されているのですから勝手に帰るわけにも行かないでしょうし、困ったものです。

 しばらくお茶を飲みながら時間を潰していると部屋の扉が軽く叩かれ、プリメーラ公女様とイネス公女様が入ってきました。

「皆様、お待たせいたしました。イネスの着替えに時間がかかってしまい……」

「申し訳ありません。命の恩人にごあいさつするのだと思うと、失礼な恰好ではいけないと考えまして……」

「そんなこと気にしませんよ。先ほどはあいさつできませんでしたね。シントといいます」

「リンよ。今日は……なんの立場になるのかしら? シントの護衛?」

「俺はベニャト、田舎者のドワーフだ。シントとリンのおまけだから気にしなくてもいいぞ」

「そういうわけにも参りません。シント様、リン様、ベニャト様。私の命を救っていただきありがとうございます」

「イネス、先に自己紹介でしょう?」

「あっ!? 申し訳ありません! 私はクエスタ公国第三公女イネスと申します。本当にこの度は貴重なお薬をお分けいただいたそうで……」

「気にしないでください。プリメーラ公女様があなたのことを必死で救おうとしていたので僕も薬を渡しただけですから。効かなかった場合、また新しいものを作ってくる予定でしたが元気になってくれて嬉しいです」

「ですが、私の呪いはこの国の解呪師全員が手に負えなかったものです。それを解呪なさったのですから相当高いお薬では?」

「そちらも気にしないでください。僕たちが里に戻ればいくらでも手に入るものです。呪いの解呪に使えるかどうか不安でしたがうまくいってよかった」

 本当にうまくいってよかったです。

 甘い考えかもしれませんがこんな純心な少女を死なせたくはありません。

「でも……私に支払えるお金は……」

「そちらもプリメーラ公女様から既にいただいています。イネス公女様はお気になさらずに」

「プリメーラお姉様?」

「本当よ。この方々にご恩を感じるのなら無理はせずに元気に過ごしなさい」

「そうね。あとは純粋なまま綺麗な心を濁さず育ってくれると嬉しいわ」

「そうだな。俺が口を挟む権利はないが、シントとリンが助けたことを後悔しないようにまっすぐ育ってくれや」

「はい! 必ずプリメーラお姉様のように民の見本となる立派な人間へと成長してみせます!」

「はっはっは! プリメーラ公女様も気持ちがよかったがイネス公女様も気持ちがいいな! どれ、プリメーラ公女様に渡したアクセサリーよりも格が落ちちまうがイネス公女様にもアクセサリーを贈ろう」

「え!? 命を助けていただいた上に贈り物だなんて!?」

「まあ、気にすんな。魔除けや病気退散の願いも込められただけのアクセサリーだ。できれば可能な限り身につけていてもらいたいもんだな」

 そう言ってベニャトがマジックバッグから取り出したのはミスリルのアクセサリー一式。

 それ、マインの力も感じますし確実に特別な効果もありますよね?

「……え? 青みがかった銀? まさか、純ミスリル?」

「ほう。さすが公女様、目利きもできるか」

「こんな高級品いただけません! 私は公女ですが三番目! それなのに……」

「気にすんなって。お前の姉さんにはもっといいアクセサリーを渡してある。プリメーラ公女様、あのアクセサリー見せてやんな」

「そうですね。イネス、私が受け取ったのはこのアクセサリーよ」

 プリメーラ公女様がイネス公女様に見せたのは唯一身につけていた指輪です。

 ほかのアクセサリーは服との相性なども考えなければいけないそうなので今日は身につけられないと。

「この指輪、くすんだ金色……でも金じゃない……オリハルコン? でも、純オリハルコンならもっと輝くはず……オリハルコンの合金? 混ぜたのは……ミスリルでしょうか? わずかに銀色と青色の輝きが混じっています」

「……へえ、本当に目利きのできる公女様だ。そう、そいつは俺と里の仲間たちが純オリハルコンと純ミスリルを合金にして作った指輪。そいつを一目で見抜けるだなんてふたりともたいしたものだぜ?」

「お褒めいただき光栄です、ベニャト様。……でも、少しだけずるいことをしてしまいました」

「ずるいこと?」

「……私、神眼持ちなのです。それで、人の悪意などが見抜けてしまい普段はそれを隠してきたのですが今回は使ってしまいました」

「ん? そんなことか。気にするな、神眼だろうとなんだろうと与えられたものは間違った道じゃなく正しく有効活用するのなら問題ないぞ。むしろ、神眼を使った程度でそいつを見抜けるんだから褒めてやるよ。神眼持ちだろうとなんだろうと基礎知識がなければ素材はわからん。つまり、オリハルコンやミスリルの知識があるからこそ答えられたんだ。そっちを誇りな」

「ありがとうございます、ベニャト様。この力を授けられて以降すべてが見通せるようになってしまい、第三公女という立場にありながら貴族との付き合いも避けるようになってしまっていて……」

 なるほど、人の悪意を見抜けるせいで偉い者には近寄りたくなくなりましたか。

 それも国の偉い人にとっては大変なことなんでしょうね。

「まあ、とにかくそのアクセサリーはイネス公女様のもんだ。大事にしてやってくれ。職人として作品を大切に扱われることほど嬉しいことはねえからよ」

「わかりました。ありがたく身につけさせていただきます」

「そうしてくんな」

 ベニャトの話も終わったようです。

 ところで、僕たちはなにをすればいいのでしょうか?

「ありがとうございます、ベニャト様。イネスにまで魔除けや病気退散の願いの願いが込められたアクセサリーをいただいてしまい」

「気にするなって。それで、話は終わりか?」

「いえ、皆様に尋ねたいことがありまして」

「僕たちに尋ねたいこと、ですか?」

「……解呪を行うと反動があると伺っています。今回の場合、どうなるのでしょう?」

 困りましたね。

 全開使ったのはリュウセイの傷の治療の時、つまりは〝名もなきモノ〟の穢れを消すときです。

 呪いの場合どうなるかはわかりません。

 正直に答えましょう。

「申し訳ありません。使った薬が特別製なのでなんとも。穢れの類いに効果がある薬なのは確認していたのですが、呪いに対してはどの程度の効果があるのかわからず」

「……それを聞いて安心いたしました」

「安心? 不安になったのではなく?」

「その……呪いをかけた主は公王家全員が把握しているのです。あれだけの呪いが扱え、王宮の中で守られていたイネスに直接呪いをかけられる者などひとりしかいませんので……」

「その方は?」

「……申し訳ありません、答えられないのです。イネスの恩人に対して無礼なのは承知しておりますが。お許しを」

「いえ、気にしません。気にしませんが……なぜ、イネス公女様が?」

「神眼持ちだからだと考えております。いまの公王家は男子がふたり、女子が3名、計5名の子供がいますがまだ誰も立太子、つまり次の後継者に決まっておりません。この先、国の舵取りを考えればイネスが神眼を活用し、善良な人材を使い導いていくのが最善なのですが……」

 なるほど、それを快く考えていないものが王宮という場所にいると。

 なんとかしてあげたいですが、僕たちは行きずりの人間。

 できるのは自衛のための道具を渡してあげることくらいですね……。
 呪いの話が終わったあとは5人でお茶を飲みながら楽しく話をしました。

 特にイネス公女様が家族のことを嬉しそうに話してくれるあたり、家族の絆が強いのでしょう。

 ……なんだか、少しだけうらやましいです。

「……どうかしましたか? シント様もリン様も少し悲しげな顔をしています」

 ああ、いけない。

 イネス公女様も神眼持ちでした。

 すぐに考えがばれてしまいますね。

 嘘をついてもばれてしまいますし、素直に白状しましょうか。

「僕とリンは迫害を受けて育ってきたのです。そのため、家族の絆というものを知らず……」

「うん。私なんて両親の顔すら知らないからうらやましいなって」

「あっ、その……ごめんなさい」

「気にしないでください、イネス公女様。いまは僕たちも里に帰ればたくさんの仲間がいますから」

「血の繋がった家族じゃないけど家族みたいなものよ。みんなね」

「そうでしたか。……でも、話題は選ばなくちゃいけませんね」

「もう一度言いますが気にしないでください。僕たちも家族の絆というものに興味はありましたから」

「うん。親も知らない私だけど、話を聞いているだけで嬉しそうだなって感じちゃうもん」

「……よかったです。命の恩人に不快な思いをさせないで」

 イネス公女様は気に病んでしまったようですが、僕は本当に気にしていません。

 リンだってそうでしょう。

 ほんの少しだけ、うらやましいと感じていただけです。

「そう言えばそろそろお昼ですね。皆様、お食事はどうなさいますか?」

「大丈夫です、プリメーラ公女様。僕たちは自分たちで用意してありますから」

「そうね。というか、この街の料理って私たちの口には合わなくって……」

「俺たちの里じゃ野菜か魚しかないんだよ。テーブルマナーを気にしなくていい肉料理をこの間頼んだんだが……臭み消しなのかやたらと香草の味がきつくてよ。里の連中に頼んで昼食も用意してもらうことにしたんだ。大きめのパンにゆでたり焼いたりした野菜を挟んだものと果物だけだがな」

「そうでしたか。ですがテーブルマナーは覚えておいても損はありませんよ? 勉強だと考え一緒にお食事はいかがでしょう」

「はい。私ももっとお話したいです」

「どうします、ふたりとも?」

「誘われちゃ、ね?」

「本当に田舎者だから基本からになっちまうが……公女様たちに教えてもらっていいものなのか?」

「気にしませんよ。では、私たちも含め5名分の昼食を用意していただきましょう」

 そのあとは本当にプリメーラ公女様直々にテーブルマナーを教えていただきました。

 いろいろと細かいところがあり大変でしたし使う機会があるのかは疑問ですが、確かに覚えておいても損はないでしょう。

 またなにかの縁でプリメーラ公女様やイネス公女様にお目にかかることがあるかもしれませんし。

「皆様、初めてにしてはお上手でした。あとはこれを練習していただければ完璧になるのですが……使う機会があまりないでしょうね」

「せっかく教えていただいたのですが……そうなります」

「私たちの里じゃそもそも〝肉料理〟っていうものがないもんね」

「魚だって頼めばある程度手に入るだろうが滅多に食わねぇ。野菜と果物ばかりの生活だがそれで飽きないからなぁ……」

「そうなんですか? 皆様の持っていらした昼食というものに興味が出てまいりました」

「こら、イネス!」

「構いませんよ。ですが、僕も詳しくはないのですが地位のある方がそのまま食べるのはまずいのでは?」

「毒味役もおりますが皆様のことは疑いません。イネス、神眼も使っていますね?」

「え? 皆様を神眼で疑ってしまうのは……」

「だめですよ、イネス公女様。神眼は常に使うくらい慎重でないと」

「うん。私たちみたいな田舎者がこの街でうまくやっていけているのもそのおかげだからね」

「ひょっとしてシント様もリン様も……」

「はい。神眼持ちです」

「でも、神眼に頼り過ぎちゃだめよ? あと私たちが神眼持ちなのは内緒ね?」

「はい!」

 うん、イネス公女様は元気ないい子です。

 神眼は悪用すれば危険なものらしいですが、イネス公女様なら悪用しないでしょう。

「それで、昼食を分けてやる件はどうする? さすがに全部食べさせるのは食べすぎになっちまうと思うんだが」

「興味があるようですし少しずつだけでも食べていただきましょう。果物は元々そこまで多く持ち込んでいませんし」

「それもそうだな。というわけで、こいつが俺たちの昼食予定だったパンと果物だ。パンは多いだろうから切ってもらってくれ」

「わかりました。誰か、このパンを……一口サイズに切ってください」

 プリメーラ公女様はほかの方にベニャトが出したパンを切り分けてもらい、イネス公女様と一緒に口の中に運びました。

 すると、おふたりはとても驚いた表情を見せましたね。

「すごいです! お野菜なのに苦みがほとんどなくて甘い!」

「それにとってもみずみずしい……これが〝里〟の力……」

「そうなってしまいます。果物の方もどうぞ。甘くて美味しいですよ?」

「では失礼して……こちらもとっても甘いです!」

「本当に。うまさが凝縮されてできた果物ですね……これでは、私たちの国の食材でも口に合わないでしょう」

「そういうわけでもないのですが……肉料理はちょっと」

「普段食べないせいもあるのか独特の臭みがねぇ……」

「俺らドワーフ仲間も昔はたまに狩りをして鹿やイノシシを食ってたんだが、こいつらの里に行ってからこの野菜と果物を食べるようになって肉なんてどうでもよくなってなぁ」

「なるほど、パンもそれ自体に香りがついていて柔らかく美味しいです。これに慣れてしまっては香草で臭みを消した肉料理は厳しいでしょうね」

 うーん、僕たち贅沢をしすぎているのでしょうか?

 メイヤには散々甘やかされている自覚があるのですが……。

「プリメーラお姉様、この方々の里にあるお野菜や果物を輸入できませんか?」

「イネス、無理を言ってはいけません。あなたも食べたいのでしょうが、この方々の里は遠くにあるのです。今回はマジックバッグを使っているからこそ食べられるもの。今回だけと考え我慢なさい」

「……申し訳ありません、わがままを言いました」

「僕たちは気にしていませんよ。ただ、この野菜が流入してしまうのはまずいのでは?」

「そうですね。クエスタ公国は農業国です。その国が自分たちの国以上に品質の高い農作物を仕入れていると知られては面目が立たないでしょう」

「そうですよね。私たちの国でもこれを目指さないと!」

「ええ、応援しかできませんが頑張ってください」

「大変だと思うけど頑張ってね」

 こうして昼食も終わり午後の時間も5人で話をすることに。

 イネス公女様が出してきた話題は彼女の治療費についての話題でした。

「あの、プリメーラお姉様。私の治療費は高かったのではないでしょうか?」

「ああ、ええと……」

「神眼使い相手に嘘は通じませんよ、プリメーラ公女様。僕たちがプリメーラ公女様に要求したのはイネス公女様のことを大切にしてもらうことです」

「プリメーラお姉様が私のことを?」

「はい。プリメーラ公女様はあなたの治療費としてとても大きなものを用意してくださろうとしました。ですが、それをいただくよりは姉妹仲良く過ごしていただく方が僕としては嬉しいですから。リンもベニャトも反対しませんでしたし、それでいいのです」

「……嘘はありませんでした。プリメーラお姉様、本当にそれだけで私を治療していただけたのですか?」

「ええ、そうよ。私があなたを大切にすること、それが治療の条件。あなたが間違った方向に行こうとすれば私が容赦なく道を正すわ。だから、あなたは正しい道を歩んでね」

「……ありがとうございます。私たちの命を高く評価してくださり」

「気にしないでください。……それにお金はもらっても使い道がないのですよ」

「使い道がない?」

「私たちってベニャトが売っているアクセサリーでそれなりに稼いじゃっているんだけど……使い道がいまのところないのよね」

「ああ。俺たちの里じゃ街の金なんて必要ない。最初の頃こそいろいろ買いそろえていたがいまじゃそれも必要なくなってきた。ウォルクの店で買い取ってもらっているアクセサリーの代金が相当貯まってきててな……いい使い道を知らねえか?」

 僕たちのその言葉に信じられないという表情を浮かべたふたりですが……プリメーラ公女様は僕たちの正体も知っていますし、お金の必要性がないこともわかるのでしょう。

 意を決したように確認してきました。

「そのお金、私たちの国で使っていただけるのでしょうか?」

「そうしたいです。元々このお金はアクセサリーショップ、ヒンメルのウォルクさんからいただいているもの。この街や国にお返ししたいというのが本音ですから」

「それに私たちってほかの国に行かないのよね」

「それ以上にこの街以外にも行かねぇ。なにか案があるのか、プリメーラ公女様?」

「あります。ありますが……個人のお金で解決してもよろしいかどうか」

「なんでしょう。話だけでも聞かせてください」

「では……皆様は〝孤児院〟という場所をご存じですか?」

「〝孤児院〟……すみませんが知りませんね」

「俺は聞いたことがある。人の街で親がいなくなった子供を大人になるまで預かる場所だったな」

「ベニャト様の言う通りです。孤児院にも国の政策としてお金を配布しております。ですが、街や孤児の多さに比べてしまうと足りていないのが現状。私たちもなんとかしたいのですが、国政に絡むことになってしまうのでなかなか手を出せず……」

「ふむ。いいんじゃねえか? シント、リン」

「そうですね。親がいない子供のためならいい使い道でしょう」

「うん。私も親がいなかったし苦しい生活だった。でも、身勝手で一時的なことだとしても助けてあげられるなら助けたいな」

「よかった……これで、この街の状況も少しは改善できます」

「え? この街はそんなに状況がよくないのですか?」

「……正直よくありません。外国から訪れる者も多く、その中にはこの街に子供を置き去りにする者もいるのです。この街の行政庁もそのような者たちには目を光らせていますし、孤児院には国だけではなく行政庁からもお金が出ています。それでも足りないのが現状でして」

「わかりました。僕たちにできることであればできる範囲でお手伝いいたします」

「そうだね。ベニャトもいい?」

「俺たちが作ったアクセサリーで喜ぶ子供が増えるなら本望だ。なにがしてほしいんだ、プリメーラ公女様よ?」

「これから冬になります。子供たちに冬用の衣服と毛布を可能なだけ買い与えてはいただけませんか?」

「そんなことか。構わないぜ。持ち金で俺たちが使う分を除いたあとはすべてそっちに回してやる」

「それがいいね」

「ええ、いいでしょう。ほかに望みはありますか?」

「……厚かましいお願いですが、食料を買うお金が残っていれば食料も配布していただきたいです。多くの孤児たちは十分な量の食事ができていないと聞きますので」

 食事、食事ですか……。

 神樹の里の生産能力をフル活用すればいくらでも用意できますが、メイヤの許可がいりますね。

 これは少し待っていただきましょう。

「食事については少しお待ちください。出所を明かさずときどき来るだけ、という条件でいいのならば可能かもしれません。里長の許可が出ればの話になりますが」

「私たちの一存じゃ決められないもんね」

「そういうことだ。衣服と毛布は手の届く範囲でなんとかする。食料については俺たちが里に帰ってから里長と交渉。ただ、俺も人里のルールには詳しくないが勝手にこういう真似をするのはまずいんだろう? どうすりゃいい?」

「そこの交渉は私……いえ、イネスに任せます。私も補佐いたしますのでお任せください」

 予定外ですがお金の使い道は決定ですね。

 あとはイネス公女様とプリメーラ公女様に交渉をお願いしましょう。
 イネス公女様たちに連れられ僕たちもフロレンシオ行政庁へと向かいます。

 行政庁には既に連絡が行っていたようで、行政庁の長官という方が出迎えに出ていました。

「プリメーラ公女様、そちらにいらっしゃいますのは……?」

「妹のイネスです。今日の用件はイネスが行政府へ提案を行うと連絡していたはずですが?」

「い、いえ。確かにそう連絡は受けておりましたが、イネス公女様はご病気で床に伏せっていらっしゃったのでは……」

「それなら治りました。あなたの役目はイネスの案内です。イネス、ごあいさつを」

「クエスタ公国第三公女イネスです。今日は孤児院の運営について話があって参りました」

「……孤児院の運営ですか」

「やましいことがおありですか?」

「い、いえ! そのようなことは! ただ、やはり……」

「私にできる範囲の提案です。ただの第三公女の提案、あまり気にしないでください」

「は、はあ……」

「ともかく、孤児院の運営に携わっている部署へ案内を。詳しい話はそこで適切な人員を見いだしてから決めます」

「わかりました。ご期待に添えるかわかりませんが、どうぞこちらに」

「はい。では、参りましょう」

 公女様たちの後に続き僕たちもフロレンシオ行政庁へと入ります。

 そこで案内されたのは行政庁3階奥にある一室、かけられている看板にも〝孤児院運営部〟と書かれていました。

 目的地はここで間違いないでしょう。

 長官がその部屋に入っていくと、長官と一緒に中年のおじさんが出てきましたが……この方はだめですね。

 完全に醜い黒の気配を出しています。

「お待たせいたしました。私が孤児院運営部の部長……」

「あなたではだめです」

「は?」

「プリメーラお姉様。今回の旅には監査のできる文官などはいるでしょうか?」

「いますよ。イネス、なにがしたいの?」

「この部署の会計監査を。不正な会計が行われている気がします」

「そう。護衛兵、聞いたわね。文官たちをすぐに呼び集めてきなさい。そして、すぐにこの部署の会計監査を行うように。ああ、この部署の皆さんはイネスが認めた方以外仕事の手を止めて壁際に離れていてください。不正の証拠を消されては困りますからね」

「な!? プリメーラ公女様、イネス公女様のお言葉だけで不正があると!?」

「では伺いますが不正はないと?」

「当然です!」

「イネス?」

「嘘です。これで確信が持てました」

「は?」

「私は神眼持ち。嘘をつけばすぐにばれます。護衛兵、この男の身柄を押さえておきなさい」

 イネス公女様の命令で護衛兵が部長と名乗ろうとした男の身柄を取り押さえ、入れ替わるようにイネス公女様を初めとした僕たちが室内へと入っていきます。

 中にいた方々は突然起こった騒動に唖然としていますが……中には怯えている方もいますね?

 イネス公女様も目をつけているようですし、あの方も不正に関与しているのでしょう。

「イネス。不正者の処理は文官に任せなさい。お客人もいるのです、先に今回の依頼の担当者を決めましょう」

「はい、プリメーラお姉様。ええと……そこのあなたがいいですね」

 イネス公女様が指名したのは若い女性。

 僕たちの神眼でもかなり綺麗な色をしていますし問題ないでしょう。

「え!? 私、でございますか!?」

「はい、あなたです。問題ありませんよね?」

「え、ええと。私は入庁してまだ3年の……」

「今回の依頼はたいして難しいことではありません。少しお店の紹介と資材の確保をお手伝いいただくだけですので」

「で、ですが……」

「公女命令はあまり使いたくないのですが……公女命令です。従いなさい」

「は、はい!」

 イネス公女様とプリメーラ公女様はその職員を伴い、会議室を一部屋用意していただきました。

 入口には護衛兵を立たせて誰も入れないようにし、部屋の中にいるのはイネス公女様にプリメーラ公女様、僕たち3人とフロレンシオ行政庁長官、それから孤児院運営部の女性のみです。

 今回の話はイネス公女様のとりまとめですし、彼女の手腕に期待しましょう。

「さて、ご存じでしょうが私はクエスタ公国第三公女イネス。あなたの名は?」

「は、はい。シェーンと申します」

「では、シェーンさん。今回の話は私からの提案という形をとらせていただきますが、実際にはそちらにいるシント様たちからの提案になります」

「そちらにいる方々の?」

「はい。僕はシントと言います。今回の提案者になりますね。ただ、この街の……といいますか、この国の者ではないので縁のあったイネス公女様の名前を借りることになりました」

「あ、あの、それと孤児院運営部に何のつながりが?」

「孤児院の運営にはお金がかかるそうですね。国や行政庁から出ているお金でも足りないほどの」

「……はい。私は務め初めてまだ3年ですが孤児の多さに対して予算はまったく足りていません。特にこれから冬になっていくと寒さから風邪を引いたりする子供たちが増えてしまいます。そうなると治療費もかかってしまってどんどん悪循環に」

「この街の孤児院についてはプリメーラ公女様からおおよそ聞いてきました。その上で提案です。僕たちがお金を出しますのでその範囲で子供たちに冬服や毛布を買い与えてください。どうでしょうか?」

「その、ありがたいお話ですが……孤児の多さを考えると多少の金額では……」

「ベニャト、お金を出してもらえますか?」

「おうよ。シェーンって言ったな、嬢ちゃん。金貨やミスリル貨、大銀貨ってのも混じった金を出しちまうが構わないか?」

「え、あ、はい。構いません。3年間だけとはいえ行政庁の仕事をしてきました。お金の管理も多少はできます」

「そうか。とりあえずいま言った3種類だけ取り出す。ほかにも銀貨がかなりあるが、そっちも必要なら教えてくれ。ウォルクに聞いても細かい金になるそうだからな」

「あ、あの。銀貨でもそれなりのお金なんですが……」

「ん? そうなのか? まあ、数が多すぎるから後回しだ。いま言った3種類だけで俺たちの要望が通るかどうかだけ判断してくれや」

 ベニャトはマジックバッグから大量のミスリル貨や金貨、大銀貨を取り出しました。

 シェーンさんと長官さんはそれを見て顔が引きつってますね。

「あ、あの。これだけのお金、どこから……」

「ああ。ヒンメルって言うアクセサリーショップのオーナー、ウォルクへ定期的に俺たちの作ったアクセサリーを売ってるんだよ。最初は金や銀のアクセサリーしか取り扱えないだなんて想像してなかったから少量だった。でも、いまじゃかなりの数が売れているようでな。半月に一度売りに来ているんだが、それでも毎回品切れを起こしてるそうなんだよ」

「ヒンメルの金や銀のアクセサリー……あなたが作っていたんですか!?」

「おうよ。俺と里の仲間のドワーフで作ってるぜ。ただ、ウォルクに買ってもらうアクセサリーの金額に比べてこの街で買っていくものがなくなってきてなぁ。それだけの金が貯まっちまったんだよ。俺たちの里じゃ人里の金なんてほとんど使わないし、この国から巻き上げちまっている金だ。この国に返すのが筋だろう?」

「で、ですが、個人からこれほどの寄付を受け取るわけには……」

 ああ、やっぱりそうですか。

 ここから先はイネス公女様に頑張っていただきましょう。

「はい、私たちもそれが問題になると考えてシント様たちとともに参りました」

「イネス公女様?」

「実際の寄付者はシント様たち3名です。ですが、名目上は私から街への寄付としてください。これなら問題になりませんよね?」

「え、ええと……長官?」

「は、はい。イネス公女様からの寄付でしたら問題になりません。ですが、シント様……でしたか? あなた方はそれでよろしいのですかな?」

「問題ありませんよ。これでも僕たちが使う分は残してありますから」

「そういうことだ。それで、シェーン嬢ちゃん。これだけあれば孤児どもに冬服や毛布の配布はできるか?」

「は、はい! 可能です! ああ、でも、本当によろしいのですか?」

「構わないって言ってるだろう。こっから先はイネス公女様に任せる」

「ありがとうございます。それではこのお金、名目上は私からの寄付として取り扱ってください。それから、このあとの時間は空けられますか?」

「え、はい。可能です」

「では、服や毛布を確保して回ります。孤児の数を把握していますか?」

「ええと……申し訳ありません、孤児院運営部にある記録を見ないと」

「では、その記録だけ持ち出しを許可いたします。あなたは私たちとともに服や毛布の確保です」

「はい!」

 これで懸念点はなくなりましたね。

 監査が入った結果までは知りません。

 犯した罪は償ってもらいましょう。
 僕たち一行にシェーンさんを加えた馬車は、彼女が教えてくれた各種指定事業者を回って行きます。

 ですが……。

「ここもだめですね。認可を取り消してください」

「あ、あの……」

「わ、私どもの店になにか落ち度でも……」

「落ち度がないのでしたら明日も乗り切れるはずですよ?」

「明日……でございますか?」

「ええ、明日をお楽しみに」

 それだけ告げるとイネス公女様は馬車へと戻り、僕たちもさっさとイネス公女様たちとは別の馬車に戻ります。

 遅れてシェーンさんも戻りますが、なにがだめなのかさっぱりわかっていない様子ですね。

「あ、あの。イネス公女様は一体なにを見て判断を?」

「ああ、人の気配と嘘がないかの確認ですよ」

「人の気配と嘘がないかの確認?」

「神眼持ちは邪悪な心を持っているかどうか一目でわかります。その上でひとつふたつ質問をして嘘があればそれで終わり。それ以上、話す価値はないのでしょう」

「で、ですが……指定事業者の半分はもう回ったのに1カ所も買い物をしていないなんて……」

「それだけ不正に関わっている連中が多かったってことよ。諦めなさい」

「この分じゃ、イネス公女様は全滅させるんじゃねえか?」

「そんな……」

「次も考えなければなりませんね」

 とはいえ、次というのもなかなか……。

 結局、本当にすべての指定事業者で購入を断り、次の段階へとコマを進めるときになりました。

「シェーンさん、この街で信用できそうなお店は知りませんか?」

「その……申し訳ありません。指定事業者は少なくとも今の部長になったあと、ずっと変わったことがないらしく」

「それで、不正の温床ですか。嘆かわしい」

「申し訳ありません……」

「いえ、あなたを責めているわけではありません。でも、どうしましょう。プリメーラお姉様、なにかお考えはないでしょうか?」

「私もこの街のことはあまり詳しくありません。シント様方で信用できそうなお店はご存じありませんか?」

 信用できそうな店……。

 うーん、服や毛布を買えるようなお店は心当たりが……。

 ああ、でも、あの人なら顔が広そうです。

「お店は知りませんが善良なお店を知っていそうな方には心当たりがあります。それでよろしいですか?」

「それでも構いません。ご案内いただけますか?」

「ええ。ただ、行くのは種苗店ですから多少のご無礼は多めに見てください」

「気にしません。参りましょう」

 公女様たちの馬車の馭者席に乗り道を教えながらやってきたのは1店の種苗店。

 さて、店主は今日いらっしゃいますでしょうか?

「女将さん、いらっしゃいますか?」

「ああ、いるよ。久しぶりだね、シント、リン、ベニャト。秋野菜の種苗を買っていくかい?」

「それはまた後日。今日はとある方々のご案内です」

「とある方々? ……その馬車の紋章は公王家の紋章」

「始めまして、第二公女プリメーラと申します」

「初めまして第三公女イネスです。失礼ですがあなたのお名前は?」

「ん、ああ。女将で十分さ。ところで、イネス様。あんた、病で寝込んでたんじゃなかったのかい? 元気になって出歩けているのはシントたちのせいだね?」

「え、いや、その」

「まあ、深くは追求しないさ。ババアの戯れ言だとでも考えとくれ。それで、今日は何のご用でしょうか?」

 女将さんはイネス公女様に話しかけますが、イネス公女様は完全に女将さんの雰囲気に飲まれてしまっています。

 大丈夫でしょうか?

「あ、はい。孤児院に配布する冬用の衣服や毛布の確保をしたいのですが……」

「ああ、なるほど。いまの指定事業者どもは部長と結託して中抜きを行い、品質の悪いものを高く売りつける連中ばかりだからね」

「……やはりそうだったのですか?」

「その様子だと薄々気がついていたようだね。理由は聞かないでおいてやるが表情や言葉に出さないように気をつけな。それじゃ、本題に戻ろうか。孤児院の衣服と毛布ってことは数も大量、質もそれなりが望ましいだろう?」

「はい。それが望ましいのですが、そのように都合のいいお店は……」

「あるから地図を持ってきてやる。ただ、今日一日で全員分揃うかどうかは怪しいから足りなかったら発注をかけてもらって早めに納品してもらいな」

「え? そんなお店がどこに……」

「下町にもお店はそれなりにあるんだよ。ともかくちょっと待ってな」

 女将さんは店の奥に引っ込んでいくと、地図を持って出てきました。

 その地図には何カ所も丸がつけられています。

「こいつが古着屋と毛布を取り扱っている店の地図だ。どっちか片方しか取り扱っていない店も多いし大店から納品を断られた二流品が主だが孤児院で使う分には十分だろうよ」

「女将さん。二流品とは?」

「ん? 仕立て直してもいまいち綺麗にならなかった服や毛布として端のほうにほつれがあったりとかそう言う品だよ。綺麗な服じゃないのは我慢してもらうしかないけど、毛布のほつれは自分たちで直せるだろう? その程度の手間で安く大量に品物が手に入るんだ。有効活用しな」

「ありがとうございます。助かります」

「こっちとしても助かるよ。下町のそういう店じゃやっぱり売り上げも少ないからね。今回はそっちで我慢しておくれ。……それと、シントたちも手出しするのは今回だけにしておきなよ?」

「……僕たちの差し金だと言うことまでばれていましたか」

「公女様とは言え、ひとつの街で特別大きな福祉事業をしちまえばほかの街で不満が出るからね。行きずりのあんたらの名前が使えなかったことは理解している。だだ、今回は〝イネス様がこの街で薬を手に入れることができた感謝の証〟って名目にしな。そうすりゃ、ほかの街からの不満も少しは出ないだろうさ」

「助言までいただき感謝します」

「気にしないどくれ。孫を近々持つ身として若い者へのお節介さ。さあ、さっさとその地図の場所を周りな。下町巡りだから想像以上に時間がかかるよ」

「はい。ありがとうございました」

「ああ、じゃあね。シントたちも秋野菜の準備はできてるから近々買いにきておくれ」

 それだけ言い残して店の中に戻って行く女将さん。

 公女様たちの馭者は女将さんの地図を確認し、最適なルートを割り出すのに必死です。

 何せ、本当に下町巡り。

 馬車が通れるか怪しい細い道も多いですからね

 やがて道の選定が決まったのか地図を持って馭者席に戻ると、僕たちもそれぞれの馬車に戻り出発です。

 そして女将さんの教えてくれた1件目のお店に来たのですが……。

「これが……二級品の古着?」

「ん? そのバッジ、行政庁のやつだろう? ここに置いてあるのは全部大きな通りの古着屋で買い取ってもらえなかった古着ばかりだよ」

「え、でも……いままで孤児院に渡していた服よりも質がいい……」

「ああ、孤児院運営部の人間か。あそこの室長は腐ってやがる。業者と癒着してぎりぎり服になっている程度の古着を高値で買い取って差額を自分の懐に収めてやがるんだよ。下町の古着屋界隈じゃ有名な話さ」

「……私、そんなことも知らなかったんだ」

「気にすんな。それで、孤児院運営部の人間がこんな下町の古着屋まで来てどうするんだ?」

「ああ、それなら私が説明いたします」

「あんたは?」

「クエスタ公国第三公女イネスと申します。今回、とある理由からこの街の孤児院に寄付をすることになりました。それで、指定事業者となっている古着屋や雑貨屋を見て回ったんですが……」

「へえ、第三公女様は目利きもできるか」

「はい。店主が信用ならない人間でしたのですべてお断りしてきました」

「そりゃあいい。それで、こんな下町にある古着屋まで来た目的は?」

「種苗店の女将という方からのご推薦です。このお店ならいい古着が手に入るだろうと」

「……なるほど、女将からの推薦か。この時期で古着っていうことは冬物だな? あまり並べていないが店の裏に在庫としてもう仕入れてある。見ていくかい?」

「ええ、喜んで」

「じゃあ、ついてきな。そんで、お眼鏡にかなったら全部買い取ってくれても構わないぜ。割引もする」

「買い取るのは構いませんが割引には応じられません。あなたにはあなたの生活があるでしょう?」

「孤児院のガキどもに配るんだろう? 俺らもなんとかしたかったんだがなにもできなくて歯がゆい思いをしていたんだよ。折れちゃもらえないか?」

「だめです。もしその気があるなら春物を仕入れに来たときも買えるようにしてください」

「その程度でいいなら喜んで。……これが、うちで仕入れた冬物の古着だ。古めかしいデザインのもんが多いが寒さ対策は万全だぜ?」

「……確かに温かそうですね。シェーンさん、いかがです?」

「はい! これなら子供たちも喜んで受け入れてくれます!」

「ならよかった。古着の搬送用に荷馬車とかはあるのかい?」

「……ああ、申し訳ありません。用意していませんでした」

「じゃあ、こいつらは売らずにとっておく。代金も売るときに引き換えだ。文句はないよな?」

「店主さんがそれでいいのでしたら」

「俺は一向に構わんしその方が助かる。このほかにも店を回るんだろう? 女将さんの名前を最初にだしな。あの人にはいろんな連中が大なり小なり世話になってる。その女将さんの推薦で街の孤児院のために自分たちの仕入れた品が売れるんなら喜んで売ると思うぜ」

「では今回の買い物、女将さんの名前を活用させていただきましょう」

「そうしてくれ。じゃあ、なるべく早いうちに服は引き取りに来てくれよ。冬になっちまってガキどもが凍えてからじゃ遅いからよ」

「明日には荷馬車を用意して受け取りに参ります」

「ああ、待ってるぜ」

 その後のお店でも最初はいぶかしがられましたが、女将さんの名前を出すと納得されてお店の商品をすべて見せてくれました。

 すべての店を回っても足りなかったら問屋から確保すると言ってくれた店も多く、シェーンさんは涙ぐんでましたね。

 ……それにしても、あの女将さんって何者でしょう?
 その日、確保できた冬服は人数分に届かなかったそうです。

 そちらは各古着屋に発注して替えの分も含め各古着屋に均等となるよう発注したようでした。

 利益が集中するのはよくないらしいですからね。

 毛布は人数分確保できたため、明日受け取りにいきそのまま配るらしいです。

 そしてそのとき僕たちも一緒に来るよう頼まれたのですが……困りましたね。

「え? シント様たちは今日中に帰らなければいけないのですか?」

 イネス公女様には申し訳ないのですがその通りなんですよね。

「はい。元々、日帰りの約束でしたから」

「ごめんね。勝手に予定を変えるといろんな仲間に心配をかけちゃうの」

「結果は見届けてやりてえんだがよ……こればっかりは俺たちの一存じゃどうにもな……」

 はい、シエロとシエルも待っていますし、もう夕暮れ時。

 いい加減、街の外に出なければ飛び込んでくるかもしれません。

 再三、念話で無事を伝えているのですが、やはりヒト族の街というのが不安なのでしょう。

「イネス、あまり無理を言わないように。シント様方もいろいろと都合が終わりなのですから」

「……わかりました。プリメーラお姉様」

 事情を知っているプリメーラ公女様のおかげでことなきを得たようです。

 あとは帰るだけ……。

「でも、また明日来ることができるようなら来てください! 街門のところに使いを出しておきます!」

「イネス……」

 イネス公女様も諦めの悪い……いえ、自分だけでは心細いのかもしれません。

 できるかどうかわかりませんが答えておきましょうか。

「来ることができるかどうかは本当にわかりませんよ?」

「うん。里長の判断になっちゃうから」

「俺は……許されるかなぁ? ただの職人で通してるから」

「でも、待っています! 皆さんに立派な姿を見てもらいたいんです!」

 なるほど、自分も頑張ればできるところも見てほしいと。

 帰ったらメイヤに相談ですね。

「本当に来られるかわかりませんからね?」

「だめだったら私たちの代わりにしっかりお仕事をしてよ?」

「頑張りな。今日一日しっかり仕事をしてみせたんだからよ」

「はい!」

 元気になったイネス公女様に見送られ、ホテルを出て街の外へ。

 透明化したあとはペガサスのシエロとシエルに乗って神樹の里まで戻りました。

 既に日が落ちてますのでディーヴァとミンストレルは夕食を済ませ、家に戻っているようですね。

『お帰り。今日はなかなかの大冒険だったみたいね』

「そうなります。意外なところで人助けの旅になってしまいました」

「問題だったでしょうか、メイヤ様?」

「悪いつもりはなかったんだが……ヒト族を助けたことで幻獣様たちの反感を買ったりしねえか?」

『それなら心配ないわ。姿を消してあなた方を見ていたウィンディから逐次報告が来ていたもの。みんな〝ジニの者たちを助けることは許せないが他国の幼子まで憎むことはできない〟って意見で一致しているわよ。できることなら自分たちが助けに行ってあげていって言い出している者たちもいるわ』

「助けに行きたい?」

『シルキーやニンフたちよ。彼女たちは人型だし、完全な人間に化ける事だってできるわ。子供たちが苦しんでいると聞いてなにかできることはないかって私のところに聞きに来る程よ』

「それは……いいことなのでしょうか?」

『神域のことがばれるのはまずいけれど、そうでなければ可能な範囲で助けてあげてもいいのではないかしら? 明日もお呼ばれしているのでしょう? 私の分体……力と意識、姿だけを共有している分け身とニンフ、シルキーの代表者1名ずつを連れて行ってみなさい。それで、あの街の子供たちが本当に助ける価値があるのか見極めましょう』

「ありがとう、メイヤ」

「助かります、メイヤ様」

「俺も同行していいのでしょうか、メイヤ様?」

『ベニャトも来なさい。あなたがいた方が話は早そうだわ』

「では遠慮なく。あの街の孤児がどうなっているのか心配でよ」

『ジニの民には〝幻獣たちに手を出した愚かな国の末期〟として滅びてもらわなければいけないけれど、それ以外の国だったら問題ないはずよ。みんな受け入れているしね』

「では明朝、みんなを連れて出発ですね」

『そうしましょう。あなた方も夕食を済ませて温泉につかったら早く寝なさい』

「そうさせていただきます、メイヤ様」

 翌日、メイヤと完全な人間に化けたシルキーとニンフの代表者を連れてフロレンシオに向かいます。

 そこの門の前ではプリメーラ公女様とイネス公女様の護衛隊の装備に身を固めた方がおふたり待っていてくれました。

 話が早く済みそうですね。

「おお、シント様方。本当に来てくれたのですね! 後ろの女性3名は?」

「シントが住む里の里長メイヤです」

 今回はメイヤも人に化けるためいつもの脳に響き渡るような声ではなく普通の声で話しています。

 同じようにシルキーやニンフも人の言葉で話しかけ、入街の許可を求めました。

「そうですか。シント様の里長様とそのお仲間が直々に……さすがに私たちの一存では決めかねますのでプリメーラ公女様とイネス公女様に確認を取って参ります。街の外でお待たせするのは申し訳ありませんが……」

「お気になさらず。私たちは田舎の里暮らしで立ち仕事にも慣れていますから」

「本当に申し訳ありません。すぐに戻って参ります。それでは」

 護衛隊の方は馬に乗り、街の中へと駆け出していきました。

 取り残された僕たちはというと……一緒についてきたエアリアルから報告を受けています。

『メイヤ様、契約者、守護者。プリメーラ公女という方とイネス公女という方はひとりの女性と一緒に毛布を荷馬車に積み回っております』

『へえ、こんな朝から。シントたちが見込んだだけあってしっかりとした権力者だわ』

『はい。ああ、門から来たと思われる人間が合流いたしました。その知らせを聞き、慌てて馬車の中へと戻って行きましたね。馬車は……そちらに向かっているようです』

『あら。仕事の邪魔をしてしまったかしら』

『かもしれません。もう少し遅く着いても大丈夫だったかと』

『着いてしまったものは仕方がないわ。失礼のないようにごあいさついたしましょう』

『メイヤ様がヒト族に詫びるのですか?』

『聖霊だって不手際があればヒト族に謝らなければならないのよ。それで、どのくらいで着きそう?』

『あと、2カ所ほど小道を曲がったところで大通りに入ります。豪華な馬車なのでそれで見分けがつくかと』

『わかったわ。エアリアルたちは引き続きフロレンシオの観察を続けてちょうだい。どんな街かを見定めるためにね』

『かしこまりました、メイヤ様』

 エアリアルからの報告を受けて少し、確かにプリメーラ公女様とイネス公女様の馬車が大通りへと入ってきました。

 そのまま街門までやってきて、僕たち一行の前で止まりふたりが降りてきます。

「お待たせいたしました。まさか、シント様の里長まで出向いてくださるだなんて……」

「正直驚きました。シント様、里長様はなぜ?」

「ああ、それは私の方から説明するわ。私は隠れ里の里長、メイヤ。昨日はシントたちがいろいろしたようだけど迷惑はかけなかった?」

「ご迷惑だなんて!」

「落ち着きなさい、イネス。ご迷惑など受けておりません。むしろ、こちらがお詫びと感謝をお伝えせねばならない立場でございます」

「そう。私はシントに渡してあった薬をシントの意思で使っただけだからお詫びを受ける理由も感謝される理由もないわ。それに、お金だって元を正せばベニャトの稼いだお金だから気にしていない。むしろ、そのお金で半日走り回せてしまったこちらが詫びるべきね。申し訳なかったわ」

「いえ、あのお金でたくさんの孤児が助かります!」

「ならいいのだけど。それで今日伺った用件なのだけれど、私たちも孤児院を訪れる際に同行して構わないかしら? 場合によっては隠れ里ではあるけれどいろいろ協力できるかも」

「よろしいのですか?」

「構わないですよ、イネス公女様。孤児たちが善良であるならば助けてあげたいのが私たちの願いです」

「……本当です。よろしくお願いいたします」

「ふふ。イネス公女様、そんな言葉を漏らしては自分が神眼持ちと言いふらして歩いているものですよ? 真実かどうかは心の内だけにとどめておきなさい」

「え!? あ、はい」

「では参りましょうか。ああ、でも私たち、全員歩きなのよね……」

「それでしたらご心配なく。いま、皆様の馬車もご用意させていただいています」

「助かるわ。準備ができたら出発しましょうね」

 メイヤや妖精たちを連れての孤児院訪問。

 子供たちってどのような感じなのでしょうか?
 僕たちが乗る馬車も到着し、毛布集めも終わったと言うことでひとつ目の孤児院へと向かいました。

 途中から同乗することになったシェーンさんの話によると、この街の孤児院は全部で14カ所もあり人数もそれに応じただけの数がいるそうです。

 その話を聞いてメイヤやニンフ、シルキーたちは顔をしかめましたね。

 やはりこの街の規模と比較してもこの数が多すぎるということなのでしょう。

 ともかく最初の孤児院に向かうとそこで、ひとりの女性が待っていました。

 先に馬車を降りたシェーンさんの話によると、その方がこの孤児院の院長らしいです。

 神眼で見た限りでも善良な方のようですし問題ありませんね。

「初めまして、公女様方。私はこの子自院の院長ミケと申します」

「私はクエスタ公国第三公女イネス。今回の孤児院支援の立案者です」

「はて、立案者?」

「名目上は私からの支援ですが実際に資金を出してくださったのはあちらにいるシント様方です。彼らは国外の人間で個人。かなり大規模な支援となるため私が名目上の支援者となりました」

「あ、あの、イネス公女様。そのようなことを堂々と宣言されては……」

「嘘を述べて私の功績とする理由はありません。それで、この孤児院の人数は何人でしょう?」

「は、はい。定員丁度の50人です。この街では……」

「孤児院の運営状況も孤児院運営部のシェーンから聞きました。昨日、孤児院運営部に査察を入れ、孤児院の運営に回さねばならなかった資金を着服していた者たちも捕らえてあります。彼らと癒着して資金をかすめ取り悪質な品しか渡さなかった商人たちも今日査察が入っています。この先は多少ですが運営状況が改善できますよ」

「本当でございますか!?」

「本当です。そして、それとは別にシント様たちからの支援として冬用の毛布と服数着を各孤児院の子供全員に配ることが可能となりました。毛布には多少ほつれがありますが直せますか?」

「多少のほつれくらいでしたらいくらでも! 子供たちにも服を修繕するための裁縫は習わせております!」

「それはよかった。毛布はどこに運び込めば?」

「そうですね……一度1階の食堂に運んでいただけますでしょうか? そこからは子供たち自身で自分たちの寝床まで運ばせます」

「わかりました。聞きましたね、50名分の毛布を食堂まで運びなさい」

 イネス公女様は指示を出し、護衛兵の中で数人が毛布を運び始めました。

 その光景を見て、庭を駆け回っていた子供たちも不思議そうにこちらを見つめています。

「院長、子供たち全員を食堂へ集めていただけますか? 毛布と冬服についての話をしなければなりません」

「はい! すぐに!」

 院長が建物の中に戻っていくと別の方が外に出てきて子供たちを集め始めました。

 それにあわせてイネス公女様とプリメーラ公女様は僕たちにも食堂に来るよう指示を出され、自分たちもまた食堂へと入っていきます。

 そして、50人の子供たち全員が揃ったところでイネス公女様が今回の支援について説明を始めました。

「……というわけで、今年の冬は暖かく過ごせるからね? 服のサイズはいろいろ集めているけれどデザインまではどうにもできないの。そこだけは許してね?」

「本当に暖かい服で過ごせるの?」

「ええ。街の古着屋さんたちに声をかけてみんなの服を着替え分も含めて数着分ずつ集めていただいているわ」

「そこの毛布ももらっていいの?」

「もちろん。今日からこの毛布はあなたたちのものよ。ただ、端の方にほつれがあるから直してから使ってね」

「そんなの気にしない! ありがとう、お姉ちゃん!」

「どういたしまして。シント様方からはなにかありますか?」

 僕たちからですか……僕はないのですが。

 そう考えていたらメイヤが動き始めました。

 なにをするつもりでしょう?

「あなたたちとってもいい子ね。お姉さんからも少しだけどプレゼントをあげるわ」

「プレゼント?」

「ええ。甘い果物よ。人数分あるから取りに来て。ただし、ひとり1個ね?」

「うん!」

 メイヤのその宣言に子供たちがメイヤに群がり始めました。

 メイヤは腰のバッグから取り出しているように見せかけていますが……その場で作り出していますね?

 神樹の木の実を与えてどうするつもりでしょう?

 メイヤのことですし悪いようにはなるはずもないですが……あれ?

 背の高い子供たちは取りに来ていませんね。

 背の高さから言って僕とほぼ同年代でしょうか?

「あら? あなたたちは食べないの?」

「俺たちはいい。俺たちの分もそいつらに分け与えてくれないか?」

「それは困るわね。みんなに1個ずつ分けるって約束だもの。あなた方が受け取って食べなくてもこの子たちにあげるのは1個だけよ」

「……じゃあ、俺たちが受け取ってそいつらに食わせるのは?」

「それもだめ。ちゃんとあなた方が食べなさい」

「でもな……イネス公女様の説明だとほかの孤児院も回るんだろう? 途中でその果物がなくなっちまったら……」

「大丈夫よ。このバッグはマジックバッグだもの。果物はたくさん詰めてきてあるわ。だからあなた方も食べなさい。年長者にねだるのはよくないけれど、あなた方はまだ子供の範囲でしょう? それなら大人の言葉に甘えなさいな」

「……わかった。1個だけなんだよな」

「ええ、1個だけよ。申し訳ないけれどそれで我慢してね」

「ああ……うまいな、この果物」

「私の里、特別製の果物だからね。風邪とか病気にかかりにくくなるおまじないも込めてあるわ」

「……なるほど。それで俺たち年長者にも食えってことか。俺たちが病気になって年下連中にうつしても悪いからな。ありがとう、おまじない程度でも助かるよ」

「どういたしまして。年長者なら小さい子供たちのお手本となるよう、しっかりしたところを見せてあげなさい」

「もちろん。果物なんて年に1回差し入れで食べさせてもらえるかどうかの貴重品だからな。こいつらに配ってくれて感謝する」

「気にしないで。年上のお節介だもの」

「そうしておくよ。おい、果物を食べ終わったやつから毛布を自分のベッドまで運ぶぞ! 重たいやつは俺たちが運んでやるから気にせず言え!」

 もらった果物を食べ終わった子供たちは早速毛布を運び始めました。

 運ぶのが大変そうな子供たちは年長者がしっかり補助をしてあげています。

 ここの孤児院は大丈夫そうですね。

 最後はイネス公女様が院長にあいさつをするようです。

「それでは院長。子供たちの服集めが終わり次第、また訪れます。それまでの間、子供たちをよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ冬用の毛布だけでなく貴重な果物まで分けてくださり……」

 おや、メイヤにまで飛び火しましたか。

「あら、私の里では普通の果物ですから。子供たちも喜んでくれたようですし、本当によかったです」

「果物なんて本当に年1回でも食べさせてあげることができれば贅沢な品物です。本当にありがとうございました」

「いえいえ。ところで、イネス公女様。孤児院の会計監査は行わないのですか?」

「……問題はないと信じたいですが行いましょう。その上で無駄な支出がないか確認を。適切な予算配分ができるようになれば、院長を初めとした孤児院関係者や子供たちの生活が楽になるかもしれません」

「是非そうしていただければ。私たちもお金の使い方は長年の経験と勘頼みですので」

「では文官たちの手が空き次第、孤児院の会計検査もしてもらいましょう。文官たちなら適切なお金の使い方も心得ているはずです」

「何卒よろしくお願いいたします」

 最初の孤児院はこれで終了。

 そのあとの孤児院でも定員一杯のところが多く、空きがあっても数名程度。

 孤児院関係者で邪な心を持っている方が見当たらなかったのは救いですが、これではお金が足りないでしょう。

 最後の方の孤児院でようやく10人以上の空きがある程の混み具合なんですから。

「シェーンさんと言ったかしら。この街の孤児院は毎年このような状況なの?」

 メイヤが馬車に同乗している孤児院運営部のシェーンさんに現状を聞きましたが、彼女は悔しそうに言葉を紡ぎます。

「……恥ずかしながら。私が知っている3年間ではずっとこの状況です。不正会計の問題が消えた以上、多少の余裕は出るでしょうが孤児の数は600人近くいます。どこまで救えるかどうか」

「どうしてここまで孤児が多いのかしら? シントたちからは国外からこの街に来て子供を捨てていく者がいるとは聞いたけれど。それでも多すぎやしない?」

「行商や隊商、その護衛などに出て帰ってこない親が多いんです。どこかで死んだのかそれとも子供を捨てて別の街に定住したのか。それを調べる方法がない以上、私たちにできるのは孤児となった子供が浮浪児へなる前に孤児院で保護するだけなんです」

「……なるほど。親が身勝手なのか、死んでしまったのかもわからない。だから、子供が飢えたり犯罪者になったりする前に引き取っていると」

「そうなります。それが限界なんです」

 シェーンさんも苦しそうです。

 話が終わったことを確認したメイヤはシルキーとニンフの代表者に確認を取り始めました。

「……どう思う?」

「私は手伝いたいです、メイヤ様」

「私もです」

 シルキーとニンフの代表者は賛成ですか。

 彼女たちは僕やリンにも優しいですからね。

 自分たちを害しようとしたわけではないのに貧しく暮らしている子供たちを見捨てられないのでしょう。

「シント、リン、ベニャト。あなたたちの意見は?」

「賛成です」

「助けてあげられるなら」

「少しでも手助けしてやりてえな」

「じゃあ、決まりね」

「え、なにを?」

 シェーンさんを置き去りに僕たちの間ではあることが決定いたしました。

 今回もイネス公女様かプリメーラ公女様のお名前を借りなければいけませんが……子供たちのため、説得してみせましょう。
 プリメーラ公女様とイネス公女様が今日の結果を報告するためフロレンシオ行政庁に立ち寄ったとき、僕たちも話があるので立ち会ってほしいと伝えさせていただきました。

 シントやメイヤ個人ではなく〝里〟として話があると。

 僕たちの正体を知っているプリメーラ公女様はとても驚いていますね。

 人の街のこと、それも他国の街のことに神域が関係しようとしてきているのですから。

 イネス公女様は僕たちのことを知らないので理解ができていないでしょうが、それが普通で当たり前、このまま黙っています。

「イネス公女様。本日は孤児院の視察と毛布の配布をしていただき……」

「たいした話ではありません、長官。それ以前に孤児院運営部で起きていた大きな不祥事、あちらの責任はどうお考えで?」

「はっ……それについては……」

「答えられませんか。年下だと考え甘く見ているのなら容赦しませんよ?」

「い、いえ! 私の報酬より今後数年かけてあの者たちが着服していた金額を孤児院運営部に補填いたします!」

「そうですか。それで手打ちとしましょう。では、愚か者たちの処遇は?」

「部長については私財没収と市民証剥奪の上で街から永久追放。それ以外に着服していた者どもについては着服金額に応じた罰金を科し、支払えなければ街で強制労働を行わせる考えです」

「……お姉様、この処分は適当なのでしょうか?」

「イネスではまだ判断が難しいでしょうね。では、私が補佐として。部長の処分は国外追放としなさい。いい見せしめです。着服者たちで支払えない者は1年以内に返還できなければ国が買い取ります。国の犯罪者として無期限の強制労働といたしましょう」

「そ、それは……」

「それから、孤児院運営部への補填。それも3年以内に完結させなさい。無論、あなたの年給を上げることは禁じます。あなたの身柄は国の監視下とさせていただきますので御覚悟を」

「は、はい……」

「それから申し訳ありませんが、フロレンシオ行政庁すべての部署に国の会計監査を入れさせていただきましょう。不正があれば同様の処分を国として執行いたします。そして、国からの監査が入ることを漏洩した場合も国外追放。長官もシェーンもいいですね?」

「は、はい!」

「わかりました!」

 さすがはプリメーラ公女様、お厳しいお方です。

 これでフロレンシオの街が少しでも住みやすくなればいいのですが。

「それで、孤児院運営部の次の部長は誰が?」

「その……申し訳ありません、プリメーラ公女様。さすがに1日では……」

「そうですか。それではシェーン。しばらくの間はあなたが代行なさい」

「私がですか!?」

「孤児院運営部でイネスが真っ先に問題ないと判断したのはあなたです。ほかの部員には私からの命令として部長代行を務めさせることを告げましょう。いかがです? 孤児院の運営管理を改善するにはもってこいのポストですよ?」

「そ、そうですが……私は入庁3年の……」

「イネスが選んだ人材です。私もイネスもイネスの療養のためにしばらくはこの街を離れません。その間、毎日様子を見に来て差し上げましょう。本当に優秀な人材であればそのまま部長の椅子はあなたに差し上げます。孤児院の子供たちのためです。いいですね?」

「子供たちのため……はい! できる限りやってみせます!」

 プリメーラ公女様は人をその気にさせるのもお上手です。

 シェーンさんはこれから大変でしょうが、がんばてもらいたいものですね。

「よろしい。イネス、もう少しだけ補佐として代行してもいいかしら?」

「構いません、プリメーラお姉様。やはり私では処罰や登用は経験不足でした」

「そこも含めて勉強しなさい。さて、先ほどメイヤ様よりある支援の話をいただきました。この話は知るものが少なければ少ないほど都合がいいもの。長官、あなたはこの場から立ち去りなさい。残りはシェーン孤児院運営部部長代理と話を詰めます」

「は、はい……」

 力なく長官さんは出て行きましたが諦めていただきましょう。

 本当にここからの話は知る人が少ないほど都合のいい話なんですから。

「……さて、邪魔者も退席しましたし話の続きです。メイヤ様を始めシント様たちはとある隠れ里の住人です。そこから孤児院へ支援の話を持ち出してくださいました」

「支援のお話……ですか?」

「はい。ここから先の話はメイヤ様から。あと、私たちの代表はイネスに戻します。いいですね、イネス」

「はい、プリメーラお姉様。メイヤ様、孤児院への支援とはなんでしょうか?」

「ああ、それね。私たちの里から定期的に食料をすべての孤児院に分けてあげようと思って。もっとも、私たちの里で採れるものは野菜と果物だけなんだけれど」

 メイヤのその発言に驚いているのはイネス公女様とシェーンさん。

 600人いる孤児に食料を支援しようだなんて夢物語ですよね、普通は。

 僕たちのことを知っているプリメーラ公女様は平然としていらっしゃいますが。

「あ、あの。すべての孤児院って600人規模ですよ? それだけの食料を集められる、それも定期的に?」

「ええ、野菜と果物だけならその規模の食料を定期的に持ってきてあげる。条件はひとつ、私たちの里のことを漏らさずにイネス公女様かプリメーラ公女様からの支援だと偽り続けて」

「メイヤ様! そんな功績をいただくわけには参りません!」

 イネス公女様が慌てていますがメイヤは平然としています。

 この程度想定済みですからね。

「そう? あなたが少し迷惑を受けるだけでこの街の子供たちが救われるのよ? 悪い取引ではないと思うのだけど」

「でも、そんなことしてもいつかはばれて……」

「この国って冬でも野菜が収穫できるわよね? その種を分けてちょうだい。そうすれば、春夏秋冬すべての季節に合わせた野菜のみを持ってきてあげる。果物は……旬のものだけになるから、かわいそうだけど食べられない時期は我慢してもらいましょう」

「ええと、種の用意はできます。できますが、いまから育てても……」

 今度はシェーンさんですか。

 確かに理屈上は間に合いませんよね、理屈上は。

「間に合わせるわよ。そういう隠れ里だもの、私の里は」

「……本当にそれで子供たちが助かるんですね?」

「少なくとも定期的に食事を作りに来てあげる。食材も野菜だけなら残して行ってあげるわ。あとは、孤児院運営部だったかしら? そこと各孤児院の手腕次第よ」

「……わかりました。孤児院運営部として、その話受けさせてください」

「いいわ。あとは……この場合、イネス公女様になるのかしら。私たちの隠れ蓑になり続けてもらえる?」

「……はい、引き受けます。ただ、私からもひとつお願いが」

「聞けるお願いと聞けないお願いがあるけれど……なに?」

「この国のほかの街にある孤児院にも食料を分けていただけませんか? この街だけでやってしまうと怪しまれてしまいます」

「……なるほど。確かにそれもそうよね。供給できる量に限りはあるけれどそれでもいいなら。この街以外は1カ月3000人分を限度にしましょう。私たちの里にはマジックバッグを作れる職人もいるから運ぶときの重さや腐敗なんかは気にしなくても平気よ。ただ、悪人には渡さないことが条件だけれど」

「そちらは私が責任を持って見定めます。わがままを聞いていただきありがとうございました」

「こちらこそ。これからは子供たちを守るため、仲良くやっていきましょう?」

「ありがとうございます、メイヤ様」

「ありがとうございます、メイヤさん、皆さん」

 このあとの打ち合わせで最初の支援は半月後と決まりました。

 メイヤがこっそり教えてくれた話では、既に野良仕事のできる仲間たちが畑を作り野菜を育てる準備を始めているそうです。

 あと、半月後にはプリメーラ公女様とイネス公女様のお父様、つまり公王陛下もこの街に来ているはずらしいとのこと。

 メイヤもごあいさつしたいと言い出し始め……これ、絶対聖霊ってばれますよね?

 プリメーラ公女様も神域の関係者に知り合いがいるって言ってましたし。
 プリメーラ公女様とイネス公女様のふたりと分かれて半月が経ちました。

 里では大量の秋野菜が生産され、3600人あまりどころか6000人分くらいの野菜が、それもそれぞれ半月分以上準備されています。

 メイヤはこれをどうしたいのでしょうね?

 マインはそれぞれを詰め込むためのマジックバッグを喜々として大量生産してましたし、なにがなんだか。

 それでいて、僕とリン、ディーヴァ、ミンストレルにはほとんど野良仕事を手伝わせてくれないのですから大概です。

 僕たちそんなに邪魔ですか?

 いや、彼らの栽培や収穫方法を見ているとヒト族の僕たちでは邪魔なのが理解できてしまうんですが……。

『さて、大量の野菜とフロレンシオの孤児院に配る程度の果物は持ったし、フロレンシオに向かいましょうか』

「構いませんが……今回はシルキーやニンフたちがほぼ総動員ですか?」

『彼女たちもやっぱり罪を犯していない子供は見捨てられないのよ。里長として各孤児院での料理係として連れて行くから問題ないでしょう』

「目立ちますよ? メイヤ様……」

『少しくらい気にしない。みんなもシントやリンと契約を結んだ訳だしあちらに着いたら見えない場所で召喚してあげて。透明化したまま召喚に応じるくらい朝飯前だから』

「わかりました。ベニャト、アクセサリーの準備は?」

「できてるぜ。ミスリルのアクセサリーも用意したが……そっちは状況次第だな」

「では参りましょうか」

『ええ、私もすぐに分体を用意するわ』

 こうして半月ぶりにフロレンシオへと向かい、人目につかないところでシルキーやニンフたちを召喚、ぞろぞろとフロレンシオへと歩いて行きます。

 フロレンシオの前では……おや?

 いつもの護衛兵の方より立派な身なりをした方がいらっしゃいました。

 装備がこの街の衛兵とはまったく違いますし、どこの方でしょう?

「……ん? あなた方がシント殿とメイヤ様か?」

「ええ、私が里長のメイヤ。あなたは?」

「国王陛下の命であなた方のお迎えに来ていたのだが……ずいぶんと数が多いな」

「ごめんなさい。この街の様子を聞いて孤児院で料理をしたがっていた住民たちを連れてきてしまったの。問題だったかしら?」

「出自は保証できると?」

「もちろん。みんな私の里の住民よ」

「わかった。だが、そうなると用意した馬車では乗り切れないな……この人数だと乗合馬車で空いているものをいくつか借りてくることになってしまうがよろしいか?」

「それでも構わないでしょう? みんな」

 異口同音に返事を返すシルキーやニンフたち。

 彼女たちなら歩いて行くだけでも問題ありませんからね。

 人型の妖精ですから人間よりも強いですし。

「わかった。私の仲間に馬車の手配をお願いする。メイヤ様とシント様一行は先にあちらの馬車で公王陛下に会っていただきたい」

「会う、なの? 拝謁とかではなく?」

「陛下の指示だ。大量の食料を供給してくださる方々に対して拝謁せよと命令を出すのは好まないと」

「……理解したわ。シント、リン、ベニャト。構わないわよね?」

「もちろんです」

「メイヤ様の仰せのままに」

「俺も構わないぜ」

 この国の公王様は誠実なお方のようです。

 メイヤがなんの憤りも感じずに了承すると言うことは実際に会って確かめたいのでしょう。

 僕たちの言葉を聞いた兵士さんは豪華な馬車に僕たちを乗せて以前来たときの豪華なホテル……ではなく、更に立派な建物の中へと案内してくださいました。

 そして、その奥へ奥へと案内してくださり、同じく立派な身なりをした兵士さんが守る部屋へと案内してくださいました。

「近衛騎士ヴィン、お客人を連れて到着した。迎え入れる準備はできているか?」

 ああ、こう言う兵士の方を〝騎士〟と呼ぶのですね。

 失礼のないように覚えておきましょう。

「はい。既に公王様、第二公女様、第三公女様、全員が貴賓室にてお待ちです!」

「なに? 公王様たちが先に入って待っておられるのか?」

「はい。その……我々にもその理解ができず。中も近衛騎士はおろか侍従もメイドも誰ひとりとして入っておりません」

「どういうことだ?」

「今回の客のことはそれだけ内密にしたい相手だ、とだけ告げられました」

「……それほどの賓客だったのか。失礼いたしました。とんだご無礼を」

「気にしないわ。私たちなんてただの田舎にある隠れ里の住民だもの。ここまで厚遇していただけるなんてそれだけで感謝するわ」

「ありがとうございます。それでは、貴賓室の中へ」

 僕たちは近衛騎士の方々に通されて部屋の中へ。

 そこでは威厳のある男性とプリメーラ公女様、イネス公女様が待っていらっしゃいました。

 この方が公王様なのでしょう。

「お待たせいたしました。私……」

「いや、名乗りは私の方からさせていただこう。私の名前はオリヴァー = クエスタ。この国の公王を務めている」

「公王様が先に名乗ってもよろしいのですか? 私も人里の……」

「堅い話は抜きにして腹を割って……いえ、ご無礼を承知でお願いいたします。〝管理者〟として話をしてくださいますか?」

『そう。私の正体はやはりばれているのね』

「あれ? メイヤ様の声が頭の中に響くような……」

「イネス、あなたは黙って話を伺いなさい。この交渉が決裂すれば我が国の孤児たちへの支援はなかったことにされるわ」

「は、はい!」

『そう。この国の王族は神域とつながりがあるとシントとリン経由で聞いていたけれど嘘じゃないみたいね』

「この国にある海、そこの海底にひとつ神域がございます。我ら公王家は王にのみその存在を口伝で伝え続けて参りました。プリメーラが知っているのはあちらの契約者と守護者がプリメーラのことを気に入り、神域へと案内してくださったためです」

『わかったわ。私はとある場所にある神域の管理人、メイヤ。シントはその契約者でリンは守護者よ。最初にこの街へ来た理由はベニャトたちドワーフがお酒を飲みたいと言いだしたから。お酒の原料となる作物の種などを買いそろえさせるために来たの』

「それだけだったのですか?」

『元を正せばそれだけ。……ここまでの話でわかるでしょうが、私の権能は大地の活性化と植物の育成。私はまだ若いから知らない作物を作ることはできないけれど、この街でいろいろな作物の種を買わせてもらったわ。それのおかげで、かなりの量の野菜や果樹を育てられるようになったわね。感謝しているわ』

「いえ、神域のお役に立てたのでしたら光栄です。それで、今回の孤児院に対する支援は本当におこなっていただけるのでしょうか?」

『あなたを見てますます気に入ったわ。プリメーラとイネスもだけれど、あなたも間違った方向に私の作った作物は使わないでしょう。子供たちを助けるためならいくらでも用意してあげる。元々の約束より多い6000人分を用意してきたけれど足りる?』

「ろ、6000人分……それは1日の消費量ですか?」

『そんな半端な真似はしないわ。この街の孤児院に配るのは計画的に使って半月と少しだけれど、ほかの街の分は1カ月分を用意してある。これからも定期的に配りに来るけれど、それで足りる?』

「もちろんです! 少々多いですが、各村の飢饉対策などに備えさせていただいてもいいでしょうか?」

『そうね……シント、村ってそんなに貧しいものなの?』

「ええ。作物が多く収穫できなかった時は次の年の収穫まで切り詰めた生活を強いられることになります。……まあ、僕はあまり関係なく生かされるだけだったのですが」

『では、飢饉対策に備えてもいいわ。公王家がきっちり管理してくれるならね』

「それは責任を持って。対価はなにを支払えばよろしいでしょう?」

『神域が人に恵みを与えるとき、対価を求めるなんて恥以外の何ものでもないのだけれど……各種野菜や果物、穀物などの種や苗木を小袋ひとつずつでいいから分けてもらえる? そうすれば季節ごとに持ち込める作物の種類も増やせるし、私たちもシントとリンにいろいろ食べさせられて大満足なのよ』

「失礼ながら契約者様と守護者様にいろいろ食べさせられるとは?」

『それね……話しても構わない? ふたりとも』

「メイヤがいいと感じるなら」

「いまは幸せですから」

『では話すわ。シントはとある国の辺境にある村で役立たずの厄介者として最低限の食料しか与えられず育ってきた身。しかも成人と同時に食料を一切持たされず村を追い出されたみたいね』

「その年格好で成人……まさか、ジニ国」

『ああ、そこからもばれてしまうわよね。私はジニ国にある神域よ。リンはエルフの森で〝サードエルフ〟と呼ばれる兵器として赤子の頃から育てられた身。そして、兵器として魔獣を討ち滅ぼしたあとは強力すぎる魔力を恐れたエルフたちから魔力封印の枷をつけられて森を追い出された子よ』

「そんな……酷い」

『ふたりとも、いまはのほほんと幻獣や精霊、妖精たちに囲まれて過ごしているけれどそういう壮絶な過去があるの。私の神域にいるシルキーたちは私の作る木の実以外にも様々な野菜などを味わってもらいたいのよね。あと、そういう過去を持つから、ふたりとも悪人にはすごく敏感。このふたりが身構えずに接しているあなた方だからこそ私が自身の目で確かめて見ようと考えたという訳よ』

「そうでございましたか。神域の契約者様に守護者様、管理者様に認められるとは光栄な。……話は変わりますがジニはお助けにならないのですか? あの国の貴族から食糧支援の要請が我らの国まで来ているのですが」

『あの国には滅んでもらうの。詳細は話さないけど幻獣や精霊、妖精たちの怒りを買ってしまった。無辜の民が巻き込まれて死ぬのは心が痛むけれど、ジニという国にいる民には一切手助けしない。それが私とシント、リン、それにそのほかの住民たち総員一致の見解。諜報が得意な者たちに調べてもらっているけれど、食糧難に苦しんでいるくせに〝次の王〟を決めるための戦争を止めない愚か者に手を貸す理由はないわ』

「そうですか。では、我々も支援をしないことにいたしましょう。支援しても国の民ではなく戦争に使われそうだ」

『それが賢明ね。会談はこれで終わりかしら?』

「いえ、もう少しだけお話したいことが」

 公王陛下にはまだお話したいことがあるようです。

 お人柄は気に入りましたし、無理な要求でもなければ聞きとどけてあげたいですね。