イネス公女様の治療を終えた僕たち3人は別室へと案内されました。

 そこもまた豪華な部屋で、席へと案内されるとお茶を用意してくれます。

 僕も居心地が悪いのですが、リンもムズムズしていますしベニャトはもっと困った顔をしていますね。

 ですがプリメーラ公女様のお願いでこの部屋へと通されているのですから勝手に帰るわけにも行かないでしょうし、困ったものです。

 しばらくお茶を飲みながら時間を潰していると部屋の扉が軽く叩かれ、プリメーラ公女様とイネス公女様が入ってきました。

「皆様、お待たせいたしました。イネスの着替えに時間がかかってしまい……」

「申し訳ありません。命の恩人にごあいさつするのだと思うと、失礼な恰好ではいけないと考えまして……」

「そんなこと気にしませんよ。先ほどはあいさつできませんでしたね。シントといいます」

「リンよ。今日は……なんの立場になるのかしら? シントの護衛?」

「俺はベニャト、田舎者のドワーフだ。シントとリンのおまけだから気にしなくてもいいぞ」

「そういうわけにも参りません。シント様、リン様、ベニャト様。私の命を救っていただきありがとうございます」

「イネス、先に自己紹介でしょう?」

「あっ!? 申し訳ありません! 私はクエスタ公国第三公女イネスと申します。本当にこの度は貴重なお薬をお分けいただいたそうで……」

「気にしないでください。プリメーラ公女様があなたのことを必死で救おうとしていたので僕も薬を渡しただけですから。効かなかった場合、また新しいものを作ってくる予定でしたが元気になってくれて嬉しいです」

「ですが、私の呪いはこの国の解呪師全員が手に負えなかったものです。それを解呪なさったのですから相当高いお薬では?」

「そちらも気にしないでください。僕たちが里に戻ればいくらでも手に入るものです。呪いの解呪に使えるかどうか不安でしたがうまくいってよかった」

 本当にうまくいってよかったです。

 甘い考えかもしれませんがこんな純心な少女を死なせたくはありません。

「でも……私に支払えるお金は……」

「そちらもプリメーラ公女様から既にいただいています。イネス公女様はお気になさらずに」

「プリメーラお姉様?」

「本当よ。この方々にご恩を感じるのなら無理はせずに元気に過ごしなさい」

「そうね。あとは純粋なまま綺麗な心を濁さず育ってくれると嬉しいわ」

「そうだな。俺が口を挟む権利はないが、シントとリンが助けたことを後悔しないようにまっすぐ育ってくれや」

「はい! 必ずプリメーラお姉様のように民の見本となる立派な人間へと成長してみせます!」

「はっはっは! プリメーラ公女様も気持ちがよかったがイネス公女様も気持ちがいいな! どれ、プリメーラ公女様に渡したアクセサリーよりも格が落ちちまうがイネス公女様にもアクセサリーを贈ろう」

「え!? 命を助けていただいた上に贈り物だなんて!?」

「まあ、気にすんな。魔除けや病気退散の願いも込められただけのアクセサリーだ。できれば可能な限り身につけていてもらいたいもんだな」

 そう言ってベニャトがマジックバッグから取り出したのはミスリルのアクセサリー一式。

 それ、マインの力も感じますし確実に特別な効果もありますよね?

「……え? 青みがかった銀? まさか、純ミスリル?」

「ほう。さすが公女様、目利きもできるか」

「こんな高級品いただけません! 私は公女ですが三番目! それなのに……」

「気にすんなって。お前の姉さんにはもっといいアクセサリーを渡してある。プリメーラ公女様、あのアクセサリー見せてやんな」

「そうですね。イネス、私が受け取ったのはこのアクセサリーよ」

 プリメーラ公女様がイネス公女様に見せたのは唯一身につけていた指輪です。

 ほかのアクセサリーは服との相性なども考えなければいけないそうなので今日は身につけられないと。

「この指輪、くすんだ金色……でも金じゃない……オリハルコン? でも、純オリハルコンならもっと輝くはず……オリハルコンの合金? 混ぜたのは……ミスリルでしょうか? わずかに銀色と青色の輝きが混じっています」

「……へえ、本当に目利きのできる公女様だ。そう、そいつは俺と里の仲間たちが純オリハルコンと純ミスリルを合金にして作った指輪。そいつを一目で見抜けるだなんてふたりともたいしたものだぜ?」

「お褒めいただき光栄です、ベニャト様。……でも、少しだけずるいことをしてしまいました」

「ずるいこと?」

「……私、神眼持ちなのです。それで、人の悪意などが見抜けてしまい普段はそれを隠してきたのですが今回は使ってしまいました」

「ん? そんなことか。気にするな、神眼だろうとなんだろうと与えられたものは間違った道じゃなく正しく有効活用するのなら問題ないぞ。むしろ、神眼を使った程度でそいつを見抜けるんだから褒めてやるよ。神眼持ちだろうとなんだろうと基礎知識がなければ素材はわからん。つまり、オリハルコンやミスリルの知識があるからこそ答えられたんだ。そっちを誇りな」

「ありがとうございます、ベニャト様。この力を授けられて以降すべてが見通せるようになってしまい、第三公女という立場にありながら貴族との付き合いも避けるようになってしまっていて……」

 なるほど、人の悪意を見抜けるせいで偉い者には近寄りたくなくなりましたか。

 それも国の偉い人にとっては大変なことなんでしょうね。

「まあ、とにかくそのアクセサリーはイネス公女様のもんだ。大事にしてやってくれ。職人として作品を大切に扱われることほど嬉しいことはねえからよ」

「わかりました。ありがたく身につけさせていただきます」

「そうしてくんな」

 ベニャトの話も終わったようです。

 ところで、僕たちはなにをすればいいのでしょうか?

「ありがとうございます、ベニャト様。イネスにまで魔除けや病気退散の願いの願いが込められたアクセサリーをいただいてしまい」

「気にするなって。それで、話は終わりか?」

「いえ、皆様に尋ねたいことがありまして」

「僕たちに尋ねたいこと、ですか?」

「……解呪を行うと反動があると伺っています。今回の場合、どうなるのでしょう?」

 困りましたね。

 全開使ったのはリュウセイの傷の治療の時、つまりは〝名もなきモノ〟の穢れを消すときです。

 呪いの場合どうなるかはわかりません。

 正直に答えましょう。

「申し訳ありません。使った薬が特別製なのでなんとも。穢れの類いに効果がある薬なのは確認していたのですが、呪いに対してはどの程度の効果があるのかわからず」

「……それを聞いて安心いたしました」

「安心? 不安になったのではなく?」

「その……呪いをかけた主は公王家全員が把握しているのです。あれだけの呪いが扱え、王宮の中で守られていたイネスに直接呪いをかけられる者などひとりしかいませんので……」

「その方は?」

「……申し訳ありません、答えられないのです。イネスの恩人に対して無礼なのは承知しておりますが。お許しを」

「いえ、気にしません。気にしませんが……なぜ、イネス公女様が?」

「神眼持ちだからだと考えております。いまの公王家は男子がふたり、女子が3名、計5名の子供がいますがまだ誰も立太子、つまり次の後継者に決まっておりません。この先、国の舵取りを考えればイネスが神眼を活用し、善良な人材を使い導いていくのが最善なのですが……」

 なるほど、それを快く考えていないものが王宮という場所にいると。

 なんとかしてあげたいですが、僕たちは行きずりの人間。

 できるのは自衛のための道具を渡してあげることくらいですね……。