プリメーラ公女様は侍従長の許可を取り、話を続けました。

 なにかよほどの事情があるのでしょう

「イネスは1年前、心臓に呪いをかけられました。もちろん、公国中の解呪師の方々に依頼し解呪を試みたのですが誰も解綬することがかなわず、いまではほぼ寝たきりの状態に。今回、私がフロレンシオを訪れているのもすべて偽装。この国の解呪師ではどうにもならない以上、他国の方々が集まりやすい商業都市フロレンシオに来るしかなかったのです」

「待ちな。それじゃあ、なんで俺たちのアクセサリーに目をつけた?」

「あれに一目惚れしたのは本当です。そして、運がよければそれを作った方に出会える可能性も考慮しておりました。あのアクセサリーの中に解呪をできるものはありませんでしょうか?」

「……すまねえ、〝解呪〟はねえ。どんな呪いでも防げる〝防呪〟はある。だが、既にかけられている呪いは解けねえよ」

「……そうでしたか。いえ、無理なお願いをしているのは承知でした。とある方々にも相談させていただいたのですが『解呪は専門分野ではない、命を長らえさせることはできる。しかし、それは苦しみを長く味合わせることと同義だぞ』と言われてしまい」

 ……それはお辛いでしょう。

 僕にも親や兄はいました。

 いましたが、僕のことはいないも同然に扱っていたような存在、いまどうなっているかも知りません。

 ですが、プリメーラ公女様は本当にご家族を大切になさっているご様子。

 ……助けてあげることはできますが、完全に正体がばれるんですよね。

「シント、助けてやれねえか?」

「ベニャト?」

「お前なら助けられるよな?」

「……ごめんシント、私からもお願い」

「リンもですか?」

「私は親の存在も知らない。でもプリメーラ公女様がこの妹様を大切に思っているのはわかっちゃう。ディーヴァがミンストレルを見るときとおんなじ目をしているから」

 弱りましたね。

 僕も助けたいのですが……。

「シント様は治療法をお持ちなのですね?」

「……申し訳ありません。明かせないのです」

 僕のこの一言ですべてを察したプリメーラ公女様は意を決し、部屋にいた僕たち以外の全員に命令を出しました

「わかりました。皆の者、この部屋から出て行きなさい」

「プリメーラ様!?」

「この先は私ひとりでお三方と交渉いたします。そうすれば、最悪私ひとりの命でイネスを助けていただくことが可能。皆の命を危険にさらしたくはありません」

「ですが……プリメーラ様も公女ですよ!?」

「かわいいイネスのためなのです。死が迫っている中見つけることができた最後の希望、命がけでもすがらせてください」

「……プリメーラ様。かしこまりました。皆の者、部屋の外へ行きます。プリメーラ様も無理はなさいませぬよう」

「わかっております。私になにかあってもお三方には手を出さぬよう。あなた方では到底かなわぬ相手です。イネスがまた命の危機に瀕するのはごめんですから」

「かしこまりました。それでは」

 一礼して部屋を出て行くイネスという少女の護衛の方々。

 部屋に残されたのは寝台で寝ているイネスという少女に僕とリン、ベニャト、それからプリメーラ公女様の5人だけです。

 さて、僕たちの正体はどう話しましょうか?

 そう考えていると先にプリメーラ公女様から話しかけられました。

「失礼ながら、シント様、リン様。あなた方はいずこかの神域の関係者でございますね?」

「……そこまでばれていましたか。僕たちってそんなにわかりやすいですか?」

「いえ、神域を知らぬ者には理解できないでしょう。我々の国クエスタ公国にも神域がひとつあり公王家はそことつながりがございます。おふたりの気配がそこの管理者様と守護者様のお持ちになる気配とそっくりでしたので気がついただけでございます」

「わかりました。僕はとある神域の契約者シントです」

「私は守護者のリンよ」

「俺はその神域で世話になってるドワーフのベニャトだ。隠してて済まなかったな」

「いえ。神域の関係者ともなれば、正体を知られてしまうとどのような悪人が群がってくるかしれたものではございません。それで、交渉でございます。私の命と引き換えにイネスを治療していただけないでしょうか?

 命と引き換えに、ですか。

 本当に覚悟の決まっているお方だ。

 僕たちもこうありたい。

「だめです。そのような交渉、受け入れられません」

「……そうですか」

「あなたは生きながらえ、そこのイネスという少女を守りながら暮らしなさい。僕もリンも家族に恵まれず過ごしてきた者、家族の絆というものがわかりません。ですが、あなたがそこの少女を助けたいという気持ちは痛いほど伝わってきました。僕が持っている範囲で最高の治療薬は差し上げます。もしそれでもだめでしたら……申し訳ありませんが、数日お待ちを。僕たちの神域に戻り呪いに特化した治療薬を作れないか管理者と相談してきます」

「本当でございますか!?」

「嘘はつきませんよ。あなたの誠実はとても気に入りましたから。さて、僕が持っている治療薬の中で最も回復力が強いものは……これですね。あと、この雫を……体内には振りまけませんね。飲ませてみてください。それで効果が出るかもしれません」

「この雫は一体……?」

「僕の神域にある存在の雫ですよ。昔、とある存在の穢れを打ち消したこともあります。呪いにも効果があるかもしれません」

 僕から治療薬と神樹の雫を詰めた瓶を受け取ったプリメーラ公女様は早速イネスという少女を起こし始めました。

 一刻も早く治療してあげたいのでしょう。

「かしこまりました。……イネス、起きられる?」

「……プリメーラお姉様? あれ? 体が軽い」

「そこの方々に治療していただいたの。お薬もいただいたわ。まず、このお薬を飲んでみて」

「はい。……少し苦いですが胸の苦しさが消えました」

 ……どうやら呪いは消えてくれたようです。

 神眼で見えていた胸のあたりのどす黒さも消えていますしね。

「よかった……次はこちらのお薬よ。自分で飲める?」

「大丈夫です。体は軽いし胸も痛くないし……あ、こっちの薬は爽やかで飲みやすい。それにすごく元気が出てきました!」

「よかった……シント様、もう大丈夫なんですよね!?」

 涙に潤んだ目でこちらを振り向きながら尋ねてきました。

 僕にできる答えはひとつしかありません。

「大丈夫ですよ。ただ、まだ完全に回復しきっていないかもしれないので食事や運動には気をつけてください。リンは最初の頃、無理をして大怪我をしましたから」

「……余計なことを教えないでよ、シント」

「わかりました! イネス、あなたこの先も生きていけるわよ!」

「本当ですか!? プリメーラお姉様とお別れしなくてもいいのですか!?」

「ええ! 無理をしなければ大丈夫だって! ああ、でも、あなたの侍従たちは皆、部屋の外で待ってもらっているのよね。寝間着というのが少々はしたないけれど、元気に歩けるところを見てもらいましょう!」

「はい!」

 そのあとプリメーラ公女様はイネス公女様を連れて部屋の外へ向かわれました。

 そこでは部屋の中から出て行っていた方々が勢揃いしており、無事に出てきたプリメーラ公女様と自分の足で歩いて出てきたイネス公女様に大喜びですね。

 相手が善人であるならば、人助けというのも悪くないかもしれません。