プリメーラ公女様の馬車に同乗することとなり、連れて来られたのは非常に上品なホテルでした。

 ……田舎者の僕たちには無縁な場所なんですが、ここでなにをすればいいのでしょうか?

「着きました。皆様、どうぞお降りください」

「あ、ああ。降りろといわれりゃ降りるが……ここでなにをしろと?」

「それは……申し訳ありません。いまは話せないのです」

「妹様にお目にかかればよろしいのですよね? ここでよろしいのですか?」

「はい。先触れは出しておきましたので止められることもございません。どうぞ、ホテル内に」

「……どうするの、シント?」

「怪しさ抜群なんだが……どうすりゃいい?」

「お招きになっているのですから行きましょう。いざとなったら、ふたりのことは守ってあげますから」

「それ、私の役目」

「俺はそんなに強くねえから守られる立場だなぁ」

 プリメーラ公女様の案内に従い奥へ奥へと進んでいきます。

 段々警備が厳重になっていっているのがわかりますが、公女様の案内ということで意識は常にこちらに向けていても動こうとはしません。

 個人個人も強そうですし、質のいい人たちを揃えていますね。

 僕たち3人は公女様に案内されるまま、最上階にある一室へたどり着きました。

 扉の豪華さもほかの部屋とは段違いですし、警備にあたっている方々もとても強そうです。

 ここに一体なにがあるのでしょう?

「プリメーラ公女様、何用ですか?」

「イネスの容態を確認に来ました。場合によってはそれを治すこともかなうかもしれません」

「な……本当ですか!?」

「それほどのお客人です。通しても構いませんね?」

「かしこまりました。見れば装備も最高品質のものばかり。なにか隠しているものがあるのでしょう。どうぞお通りください」

「皆様、許可は下りました。部屋の中へ入りましょう」

「……その前に質問していい?」

「なんでしょうか?」

「どうしてそこの人たちは私たちの装備を見抜けたわけ?」

「ああ、そのことですか。この者たちは私の妹、イネス直属の近衛騎士。ものの本質を見抜く力も優れております。もちろん、おふたりが本気でかかってくれば勝てないことも」

「……そうなんですか?」

「はい。数秒間は時間を稼いで見せますがそこが限界でしょう」

「ですが、この命、イネス様のために使うと決めた身。例え数秒であってもイネス様が逃げおおせる時間を稼げるのであれば惜しくはありません」

 ……この方たちの言葉に偽りはありません。

 僕たちもそのイネスという方に会いたくなってきました。

「お話は以上でよろしいでしょうか?」

「ええ、時間を使ってしまい申し訳ありません」

「はい。興味本位で聞いて悪かったわ」

「……こいつらの覚悟、いいなぁ。何の障害もなくなればミスリル合金の装備程度は渡してやりてえんだが」

「それはまた次の機会にでも。いまはイネスを」

「わかりました。ご案内を」

「ええ。プリメーラです、ドアを開けなさい」

 公女様がドアをノックして宣言するとドアが内側から開かれ……紺色の服を身にまとった女性がいました。

 彼女は?

「プリメーラ公女様、いかがなさいましたか?」

「イネスの治療ができる可能性があります。この方々ならイネスの診断と治療を行っていただけるかもしれません。通しても構いませんね?」

「……恐ろしく上物の鎧に衣服。偽装してありますが、どこで入手されたのでしょう?」

 この方まで僕たちの装備や服を見抜くとは……。

 クエスタ公国とはジニ国とは大違いですね。

「あなたまで僕たちの装備を見抜きますか」

「悪いけど出本は明かせないわ。私たちの隠れ里で入手できる素材だとだけ告げておくけど」

「かしこまりました。不躾な質問、お許しを。イネス様は寝台でお休みです。いまは侍従長がお側においでです。事情は私から話しますか?」

「いえ。私の口から直接話します。案内だけ」

「はい。こちらに」

 紺色の服を着た女性に案内されて部屋の中に入れば、部屋の外にいた兵士と同じ装備をした方々や紺色の服の女性と同じ服装の方々が数名います。

 ここは一体?

「侍従長、プリメーラ公女様をお連れしました」

 僕たちを案内してくれた女性は、ほかの女性たちよりも更に深い紺色の服を着た女性に話しかけました。

 年齢的には……さほど歳をとっていらっしゃらないようですが、彼女が一番偉いのでしょうか?

「プリメーラ公女様が? ……ああ、これはプリメーラ公女様、気がつかずにお許しを」

「気にしておりません。それよりもこの方々にイネスの診察をしていただきたいの。侍従長、許可を」

「その方々? 恐ろしく上物の衣服や装備に身を固めていますが……何者ですか?」

「私は想像がついています。だからこそ、あなた方にはお話できません」

「……かしこまりました。診察とはまずなにを?」

「そうですね……皆様の中でもっとも医術や回復魔法に詳しい方はどなたでしょう?」

「ああ、それなら僕です。回復魔法で治療すればいいのですか?」

「……治療ではなく〝診察〟をお願いいたします。回復魔法で治療できた試しがないので」

 回復魔法で治療できない。

 そうなると……。

「(リン。命魔法を使ってもいいでしょうか?)」

「(そもそもシントって回復魔法を覚えているの?)」

「(それもそうですね)」

 よく考えたら僕は〝回復魔法〟を覚えていません。

 上位互換になる〝命魔法〟を先に覚えさせられたのですから、必要ないと判断されていましたね。

「プリメーラ公女様。これから使う魔法のこと、内密にしていただけるのでしたら診察と治療を試してみたいと思います」

「……やはりそうでしたか。皆もいまの言葉、聞きましたね? 今日これから起こることは決して口外することのないように!」

 プリメーラ公女様の命令でこの部屋にいた方々全員が承諾の返事を返してくれました。

 僕としてはばれても気にしないのですが、メイヤやリンは絶対気にしますからね。

 軽々しく使わないようにしましょう。

「侍従長、場所を譲ってください」

「かしこまりました。このままではイネス様の命はいくばくもありません。旅のお方であろうともすがれるものにはすがりたいのが私の本心でもございます」

「シント様、よろしくお願いします」

 侍従長という方が場所を譲ってくれたおかげでイネスという少女にも触れられるようになりました。

 ただ、神眼で見ている限りどうにも嫌な予感がしてなりません。

 どうせ命魔法だとはばれますし、全開で行きましょうか。

「それでは失礼して。行きますよ?」

「お願いいたします。〝命魔法〟でも治癒ができなければ望みがありません」

「プリメーラ公女様? 一体なにを?」

「この方々の出自はそういうお方だということです」

 ……これ、僕たちが神域の関係者だと見抜かれていますね。

 どうするべきか対処に困りますが……いまは目の前の命を助けることが先決です。

 僕は魔力を集めイネスという少女に全力の命魔法を流し込みます。

 体の各所にあった痛みなどはこれで取れてくれるでしょう。

 でも、これは……。

「……新緑の輝きを放つ回復魔法。やはり〝命魔法〟の使い手でしたか」

「ばれているのであれば話しましょう。確かに僕は命魔法の使い手です。そして、可能な限り治療を施しました。ただ……」

「……やはり完治はできなかったのですね?」

「胸の奥にある血が集まる場所に強烈な違和感を覚えました。そこに命魔法をどれだけ流し込んでも治癒ができません。一体これは?」

「それ以外の場所は治癒できましたか?」

「はい。全身が相当ボロボロでしたが完治したはずです。ただ……」

「胸の奥にある血の集まる場所は〝心臓〟と申します。どのような生物にとっても全身に血を巡らせるため、絶対に必要でもっとも大切な場所。そこの治療ができませんでしたか」

「申し訳ありません。なにか別の力によってはじかれてしまうのです」

「その力は〝呪い〟です。侍従長、こうなってしまえばすべてをお話しいたしましょう」

「……はい。心臓以外を治療いただけたのでしたら少しでも寿命が延びたかもしれません」

 心臓以外を治療した結果、寿命が少しでも延びた?

 一体、このイネスという少女はどれほどの状態なんでしょうか。