神樹の里では常春なので気にしませんでしたが、ベニャトに付き合いフロレンシオに行くとき感じていた暑さも大分和らいできた秋の始まり。

 今日もベニャトの護衛と偽りフロレンシオへとやってきました。

 門衛の皆さんも僕たち3人のことはすっかり慣れたのか、どこかから歩きでやってくる怪しげな3人組をすんなり通してくれます。

 さて、今日はどうしましょうか……。

「おい、シント、リン。なにか欲しいものはあるか?」

「うーん、これといって」

「食事もこの間、食堂ってところで食べてみたけど……あんまり美味しくなかったし」

「お前らの感覚は里に毒されすぎてるからな。辛い目にあってきた分、この先は幸せにしてやりてえってのがみんなの願いだろうよ」

「そうでしょうか? 僕たちのお世話係も最近は料理のレパートリーを増やし始めたんですよね……」

「うん。美味しいんだけど……頼りすぎてたらだめになりそう」

「だったら今度はお前たちが料理を習ってみたらどうだ? 喜んで教えてくれるだろうぜ?」

「そうでしょうか? 仕事を増やしてしまいそうな」

「そうだよね。これ以上迷惑はかけたくないもん」

「少しぐらい世話をさせてやれ。ともかく帰ったらお前らも簡単な料理作りを習い始めてみろ。大喜びで教えてくれると思うぞ?」

「わかりました。心苦しいですがそうします」

「うん。申し訳ないけど」

 これ以上シルキーたちの仕事を増やすのは本当に申し訳ないのですが、僕たちも料理をできるようになっておくべきなのでしょうか?

 シルキーやメイヤ頼みばかりでは行けない気もしますが頼らないようになるとそれはそれで不満を持たれそうです。

 とりあえず簡単な料理だけ覚えてみることにしましょう。

「……それにしてもあのお方の服ってのはやっぱりすげぇよな。不自然にならないよう偽装してはいるが、暑くも寒くも感じねえよ」

「僕たちもですね。護衛と言うことで常に鎧の下につけていますが……汗ひとつかきません」

「うん。すごいよね、本当に」

「さすがとしか言いようがねえな。……おかげでこの街から買っていくもんがほとんどなくなっちまったのが問題なんだが」

「かなり高かった香辛料の種ですら買っちゃいましたからね」

「里では大量栽培してるもん。これ以上買う必要すらないし」

「俺たちが稼いでいる金はこの街の金。できればこの街のために使ってやりたいんだがよぉ」

「そうですね。ただ、善良な方ばかりでもないのが問題です」

「……私たちの目には悪意を持った人の方が多く見えちゃってるからね」

「そこが問題だよな。ふたりのおかげで悪人か善人かがすぐにわかるのが助かる。助かるんだが……そうなっちまうと、下手に買い物すらできねえ」

 そこなんですよね。

 悪意のある方のお店で買い物なんてしたくはありません。

 でもそうなるとベニャトの元にはお金が貯まる一方で、使い道がないんですよ。

 この国で売ってもらえる果物の苗木や種はすべて買ってしまったらしいですし、それ以外にも食べられる実がなる苗木なども売っていただけるものはすべて購入してしまいました。

 お酒の仕入れも顔を出してはいるんですが、熟成させるのに冬は越さないと無理だと言われており使い道が本当にありません。

 一体どうしたものか。

「……ヒンメルに着いちまったな。ウォルクにでもいい金の使い道がないか相談してみるか?」

「そうですね。彼なら無駄遣いにならず、よい方向にお金を使う方法も知っているかもしれません」

「だめだったらフロレンシオ行政庁で相談?」

「あそこはどうなんだろうな? でかい組織だろうし善悪ごちゃ混ぜだと思うぜ?」

「そっか。ウォルクさんや女将さんに期待だね」

「そうするか。さて、今日の商品を渡してやらねえと」

「そのあとはお金の使い道で相談ですね」

「そうなっちまうな。さて、入るか」

 いつも通り、アクセサリーショップのヒンメルに入ると普段とは違い物々しい雰囲気になっています。

 いえ、物々しいというか……奥にいる護衛の方が多い?

「ん? なんだ、あいつら?」

「え? ああ、ベニャト様、いいところに!」

「おう、姉ちゃん。なにがあった?」

「ベニャト様のアクセサリー一式、買いたいという方が現れまして……」

「いままでもそういう連中は大勢いたんだろう? ウォルクが全員追い払ったって聞くが?」

「今回はお相手の格が違うんです! この国の第二公女様がお見えでして……」

「ふうん。で、いくらで買い取りたいって?」

「……値段がつけられなくて困っているそうです」

「なに?」

「買い取りたいと申し出ているのですが、あまりにも価値が高すぎて指輪ひとつ買うことすら自分で動かせるすべてのお金を使っても無理だとおっしゃっており……」

「じゃあ、なんでここにいるんだよ?」

「……未練があるそうです。この街に滞在できる間、眺めるだけでも構わないので目に焼き付けたいと」

「ほう。面白そうな嬢ちゃんじゃねえか。シント、リン、お願いできるか?」

「わかりました」

「任せておいて」

「じゃあ、〝交渉〟だな」

 僕たち3人は奥へと進み困った顔をしていたウォルクさんに声をかけました。

 すると、ウォルクさんも本当に困ったような声で僕たちに話しかけてきます。

「ベニャト様、お越しくださいましたか。こう言ってはなんですが、非常にタイミングがよかった……」

「気にすんな、ウォルク。お前には普段なにかと世話になっている。で、俺らの作品を買いたいっていうのはどいつだ?」

「……あちらの奥で真剣にあのアクセサリーを見つめておられる方でございます。ベニャト様方も説得してくださいませんか?」

「〝説得〟はしねぇ。〝交渉〟だ」

「〝交渉〟?」

「ああ。あれにどれくらいの価値を見いだしているのか。それを見極める」

「……わかりました、第二公女様にベニャト様をご紹介します」

「頼んだ。あとのことは任せろ」

 ウォルクさんは豪華なドレスを着た女性の元へ行くとなにかを話しかけて女性とともに戻ってきました。

 この方が第二公女様ですか、神眼で見る限り善良な方のようです。

 さて、あとはこのあとの〝交渉〟次第でしょうね。

「初めまして、ベニャト様。私、クエスタ公国第二公女、プリメーラと申します」

「あ、ああ。俺はベニャト。言葉遣いが無礼なのは許してくれ。田舎者のドワーフなんで高貴な人間との話し方は知らねえんだ」

「そのような些細なことは気にいたしません。後ろのお二方は?」

「僕はシント。ベニャトの護衛役ですよ」

「私はリン。同じく護衛役よ」

「……そうですか。いまはそういうことにしておきましょう。それで、申し訳ないのですがベニャト様。あれらのアクセサリーはベニャト様と里のドワーフたちの合作と聞きました。私の一存で動かせるお金はミスリル貨2800枚が限界。それで指輪だけでも譲っていただけないでしょうか?」

「……なんでそんなに欲しがる? あれは単なるくすんだ」

「オリハルコンとミスリルの合金。それもオリハルコンの方が比率は上ですよね? それも恐ろしく純度の高いオリハルコンとミスリルを合金にしなければあのような色は出せません。失礼ながら、〝護衛役〟と名乗ったおふたりの装備もオリハルコン製。そちらは純オリハルコンでしょう。おそらく、おふたりはベニャト様の護衛ではなくベニャト様がおふたりの付き添いなのでは?」

「……そこまで見抜くか。たいした公女様だ。そう、シント〝様〟とリン〝様〟は俺が里の外に出るため近くまで送迎してくれているんだ。街の中では護衛役もしてくれているが、本来の立場は真逆。恐れ入ったよ」

「いえ、そういったところも見抜けなければ貴族社会では生き残っていけませんので。それで、指輪なのですが……」

「シント、リン。問題ないか?」

「ベニャトがいいというのなら」

「問題ないと思うわよ?」

「え? なんのお話でしょう?」

「プリメーラ公女様だったか。そのアクセサリー、いま時点をもってすべてあんたのものだ」

「え? 私はただ指輪ひとつでもお譲りいただければと」

「ほとんどの連中は宝石の方に目が眩むだろうが、あんたは宝石じゃなく土台の素材を言い当てた。その上で、単なるくすんだ金色の土台じゃなくオリハルコンとミスリルの合金製だと見抜きやがったんだ。そして、俺とシントたちの関係性まで見抜き、偽装を施してあるシントとリンの装備の素材まで言い当てた。審美眼は俺の認めるもんだ。お代は……そうだな、そいつの見張りに経費を支払ってくれていたウォルクに経費分だけ支払ってやってくれ。俺たちは一切受け取らねぇ」

「し、しかし……これだけのアクセサリーを無料で譲っていただくなど……」

「そう思うなら可能な限りいつでも身につけてくれ。ティアラは普通のアクセサリーだがほかは違う。あるお方にかけていただいた毒の無効化や呪いの無効化などの守護効果が付いている。あんたほどの人間、老衰以外で死なせるのは俺としてあまりにも惜しい」

「……かしこまりました。ドワーフの匠がその信念をかけて作ってくださった逸品たち。丁重に扱わせていただきます。ですが、いただくだけでは気が収まりません。なにか欲しいものはございませんでしょうか?」

「欲しいもの……そうだ、ウォルクに新しい店を用意してやってくれねえか?」

「ベニャト様!?」

「ウォルク、お前、昔に俺の作ったミスリルのアクセサリーも売れるようになれって言われてるだろう? この店で売りに出したら大変なことになるんじゃねえのか?」

「いや、確かにそうなのですが……」

「なるほど、そういうことでしたか。それでしたら、私がお店を買い信頼できる者を2号店の店長として派遣いたしましょう」

「プリメーラ公女様!?」

「これだけの匠が作ったミスリルのアクセサリーですからね。見本を見せていただけますか?」

「ああ、いいぜ。こいつだ」

 ベニャトはマジックバッグからいくつかのミスリルアクセサリーを取り出してプリメーラ公女様にお渡ししました。

 公女様はそれをひとつひとつじっくりと見定めて溜息をこぼします。

「……本当にドワーフの匠です。文句の打ち所がない超一流の品ばかり。これを取り扱えるようになればフロレンシオも更に商業都市として熱を帯びるでしょう。本音を言えば公都で店を構えていただきたいのですが」

「悪いがそいつは無理だ。ウォルクが気に入っているからアクセサリーを売っているんだからな」

「そうでしょうね。アクセサリーはお返しいたします。……あの、大変失礼ながら皆様、このあとはなにか用事がありますでしょうか?」

「ん? ウォルクにアクセサリーを渡したら特に急ぎの用事はないが」

「それでしたら妹に会っていただけませんか? どうか、助けると思って」

 助けると思って?

 それもまたおかしな話ですが……予定はありませんしプリメーラ公女様に従いましょう。