ウィンディたちの依頼が終わってしばらく、僕たちはようやく日常を取り戻しました。
昼食後のお茶の席でもメイヤを含めた5人でその話をしています。
『ウィンディの依頼が終わったあとは静かになったわね』
「はい、メイヤ様。ようやく、私たち本来の務めに戻れます」
「いつかまた幻獣や精霊、妖精たちが襲われたときに備えてもっと力をつけなければ」
『もうジニ国にはそんな余力はないし、国自体が崩壊寸前……いえ、既に崩壊が確定。もう〝狩り〟なんてできはしないわ。影の軍勢の調査範囲も広がって別の国を調査しているけれど〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識すら伝わっていないみたい。完全にジニ国だけで極秘裏に行われていたようね』
「そうなのでしょうか、メイヤ様。人間の世界には〝間者〟と呼ばれる者たちがいると伺っていますが」
「〝間者〟ってなに? ディーヴァ」
「わかりやすく言うと、いま影の軍勢の皆さんがやっているような調査をしたり、機密情報を盗み出したりする者たちらしいです。有能な子供などをさらう者もいると聞きましたが……」
『有能な子供、つまり創造魔法を覚えている子供をさらっていたのはジニ国の方らしいわよ? 〝対抗装備〟については各貴族が持っている知識は断片的なもので実物を盗み出しても使い方は不明瞭。〝強制隷属の首輪〟にいたっては王宮内の閉ざされた空間だけですべてを行っていたらしいから、どんな方法でも情報を盗み出せなかったのではないかって』
「ジニ国がやっていた行為は許せません。でも、すべてを国内だけで完結させていたことだけは有能でしたね」
「本当だよ。〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識が漏れ出していたら、その国も相手取らなくちゃいけなかったんだから」
「そうですね。この里の戦力ならばもう負ける心配はないでしょう。でも、友達が危ないところに行くのは嫌ですよ?」
「シントお兄ちゃんもリンお姉ちゃんも危ないことはしちゃ嫌なの!」
「これからはできる限りそうします」
「でも、幻獣や精霊、妖精たちだけではどうしようもなくなったら契約者と守護者の出番だから。見逃してね、ふたりとも」
ディーヴァとミンストレルはむくれてしまいましたが、実際ジニ国のように幻獣や五大精霊ですら手を出すことが危険な国を相手取るときは僕たちの役割です。
無理はしませんが、しっかりとした準備と対策も講じなければ。
去年の冬、〝王都〟での最終決戦のようにリンに命がけの戦いをさせるのは気が進みません。
『それで、ディーヴァとミンストレルは音楽堂で歌唱会の日だったわよね。シントとリンも聴きに行くの?』
「もちろん行きますよ」
「基本は毎回行っていましたが、たまに行けないこともありましたから……」
「ふたりにも私たちの歌を聴いていただけで本当に嬉しいです」
「うん! 嬉しい!」
『ドラゴンたちは毎回お土産として歌集を買ってくるのでしょう? あと、ヒト族の文字を読んだり話したりするための知識も渡されているとか』
「はい。私たちでは読めない文字の本も多いので……」
『そう言えば、シントとリンもその知識をもらい続けているのよね。かなりたくさんの国の言語を理解しているではないかしら?』
「どの地方にあるどの国の言葉かも一緒に知識として頭にすり込まれていますが……」
「私たちがそのような国に行くかどうか」
『里も平和になったのだし、ときどきなら数日程度外国へ出かけてきてもいいわよ? 契約者と守護者が常にいなければいけない神域なんてないわけだし、あなた方は不死身なんだから恐れるものはほとんどないし……というか、ドワーフたちの作ったオリハルコンの鎧にテイラーメイドの作った服があれば、一般的にヒト族が使っているような武器では傷ひとつ付かないのよねぇ』
「そこまで防御力が高かったんですか、この服」
『仮にも幻獣が自分の糸で作りあげた服よ。普通の木綿などに偽装されているけれど、本来はヒト族では手に入れようのない最上級のシルク。頑丈さも魔法耐性も桁外れね』
そこまでの代物だったとは。
やはり〝王都〟で戦った第一位創造魔法使いは相当などと言うレベルじゃない大魔法使いだったんですね。
『これからはどうするの? ディーヴァとミンストレルの歌唱会まで少し時間があるけれど』
「僕たちは風車の様子でも見てきましょうか」
「そうだね。無理に回して壊されていないか心配だもん」
「私とミンストレルは音楽堂で発声練習です。やはり皆様にはいい歌を聴いていただきたいので」
「頑張る!」
『シントとリンは出遅れないようにね。今日は私も音楽堂に行くわ。それじゃあ、またあとで』
この場は解散となり、僕とリンは宣言通り風車小屋の様子を見に行きました。
そこでは風関係の者たちに混じって空を飛べる妖精たちもはしゃぎ回っています。
ウィンディから聞いた話だと、回っている羽根にぶつからないように間をすり抜けるのが楽しいのだとか。
巨大風車はあまり早く回りませんし、それで楽しめているならいいでしょう。
その後、ほどよい時間になったら音楽堂まで移動します。
音楽堂では僕やリン、メイヤが座る専用席に近くなってしまった3階の小部屋へ。
3階にはもっと大きな席が用意されていますが、体の大きな者たちは入れないため比較的体が小さな者たちが利用しています。
その中に一角だけ区切られた小部屋があるのですが……ここ、僕とリン、それからメイヤ以外は誰も使わないらしいんですよ。
ドラゴンたちも1階でしか歌を聴かないのだとか。
ともかく、その部屋に入ると既にメイヤがいました。
『ああ、来たのね。シント、リン』
「メイヤより遅くなりましたか」
「お待たせいたしました」
『気にしないでちょうだい。この音楽堂で歌が始まる前の雰囲気というのも好きなのだから』
「そうなんですね。ところで、メイヤ。この席って僕たち3人以外誰も使っていないそうですがいいのでしょうか?」
『いいのではないかしら? 里のみんなとしても聖霊である私が側にいると緊張するでしょうし、契約者と守護者のあなた方が特別席を使う分には気にしないでしょう。この音楽堂を造ったのだってシントなのだから』
「そういうものですかね?」
『そういうものよ』
いまいち納得できませんがそういうことと割り切りましょう。
3人で席に座りディーヴァとミンストレルの登場を待つとやがて照明が落ち、ふたりがやってきました。
そのあと次々披露される曲も多彩なものになってきており、レパートリーが増えたんだなと感じます。
やがて最後の一曲となるわけですが……。
「やっぱり王都決戦の歌なんですね」
「これだけは毎回だけど恥ずかしくなっちゃう」
『仕方がないわよ。みんなが一番聴きたがっている歌がこれだもの。あなた方は諦めなさい』
「諦めます」
「仕方がないよね」
僕たちは最後の歌も聴き終え、聴衆たちが帰り終わったあとにディーヴァとミンストレルの控え室に移動、ふたりの疲労が取れるのを待ってから夕食のために神樹の元へと向かいます。
『それにしても戦いが終わったのが冬の終わり。いまは夏が終わって秋が始まる頃、早いものね』
「そうですね。僕はちょっと忙しかったですが……」
『少しくらいは諦めなさいな。みんなそれぞれに要望や不満があったということなのだから』
「そうですね。去年の春にはなにもなかった神樹の里も賑やかになりました」
『ええ。さすがにこれ以上はあまり働かせないように言うけれど、またなにか要望が出たらよろしくね?』
「わかりました。契約者としてできる範囲のことはします」
「……守護者として無理をしないかも見張ります」
『それくらいがちょうどいいわ。秋からはなにが始まるのかしら?』
「平和が脅かされないといいのですが」
「はい。この里のみんながのんびり暮らしていけるようにしていきましょう」
「そうですね。リンではありませんが私にできることは歌うくらいです。それでもお役に立てるのなら」
「私もたくさん歌う!」
『みんないい子たちで助かるわ。さて、もうすぐ神樹ね。夕食にしましょうか』
神樹の里は常春でも外界の季節は移り変わってもうすぐ秋。
今年はいまのところ平和ですが、今後もこのまま平和であってほしいものです。
昼食後のお茶の席でもメイヤを含めた5人でその話をしています。
『ウィンディの依頼が終わったあとは静かになったわね』
「はい、メイヤ様。ようやく、私たち本来の務めに戻れます」
「いつかまた幻獣や精霊、妖精たちが襲われたときに備えてもっと力をつけなければ」
『もうジニ国にはそんな余力はないし、国自体が崩壊寸前……いえ、既に崩壊が確定。もう〝狩り〟なんてできはしないわ。影の軍勢の調査範囲も広がって別の国を調査しているけれど〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識すら伝わっていないみたい。完全にジニ国だけで極秘裏に行われていたようね』
「そうなのでしょうか、メイヤ様。人間の世界には〝間者〟と呼ばれる者たちがいると伺っていますが」
「〝間者〟ってなに? ディーヴァ」
「わかりやすく言うと、いま影の軍勢の皆さんがやっているような調査をしたり、機密情報を盗み出したりする者たちらしいです。有能な子供などをさらう者もいると聞きましたが……」
『有能な子供、つまり創造魔法を覚えている子供をさらっていたのはジニ国の方らしいわよ? 〝対抗装備〟については各貴族が持っている知識は断片的なもので実物を盗み出しても使い方は不明瞭。〝強制隷属の首輪〟にいたっては王宮内の閉ざされた空間だけですべてを行っていたらしいから、どんな方法でも情報を盗み出せなかったのではないかって』
「ジニ国がやっていた行為は許せません。でも、すべてを国内だけで完結させていたことだけは有能でしたね」
「本当だよ。〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識が漏れ出していたら、その国も相手取らなくちゃいけなかったんだから」
「そうですね。この里の戦力ならばもう負ける心配はないでしょう。でも、友達が危ないところに行くのは嫌ですよ?」
「シントお兄ちゃんもリンお姉ちゃんも危ないことはしちゃ嫌なの!」
「これからはできる限りそうします」
「でも、幻獣や精霊、妖精たちだけではどうしようもなくなったら契約者と守護者の出番だから。見逃してね、ふたりとも」
ディーヴァとミンストレルはむくれてしまいましたが、実際ジニ国のように幻獣や五大精霊ですら手を出すことが危険な国を相手取るときは僕たちの役割です。
無理はしませんが、しっかりとした準備と対策も講じなければ。
去年の冬、〝王都〟での最終決戦のようにリンに命がけの戦いをさせるのは気が進みません。
『それで、ディーヴァとミンストレルは音楽堂で歌唱会の日だったわよね。シントとリンも聴きに行くの?』
「もちろん行きますよ」
「基本は毎回行っていましたが、たまに行けないこともありましたから……」
「ふたりにも私たちの歌を聴いていただけで本当に嬉しいです」
「うん! 嬉しい!」
『ドラゴンたちは毎回お土産として歌集を買ってくるのでしょう? あと、ヒト族の文字を読んだり話したりするための知識も渡されているとか』
「はい。私たちでは読めない文字の本も多いので……」
『そう言えば、シントとリンもその知識をもらい続けているのよね。かなりたくさんの国の言語を理解しているではないかしら?』
「どの地方にあるどの国の言葉かも一緒に知識として頭にすり込まれていますが……」
「私たちがそのような国に行くかどうか」
『里も平和になったのだし、ときどきなら数日程度外国へ出かけてきてもいいわよ? 契約者と守護者が常にいなければいけない神域なんてないわけだし、あなた方は不死身なんだから恐れるものはほとんどないし……というか、ドワーフたちの作ったオリハルコンの鎧にテイラーメイドの作った服があれば、一般的にヒト族が使っているような武器では傷ひとつ付かないのよねぇ』
「そこまで防御力が高かったんですか、この服」
『仮にも幻獣が自分の糸で作りあげた服よ。普通の木綿などに偽装されているけれど、本来はヒト族では手に入れようのない最上級のシルク。頑丈さも魔法耐性も桁外れね』
そこまでの代物だったとは。
やはり〝王都〟で戦った第一位創造魔法使いは相当などと言うレベルじゃない大魔法使いだったんですね。
『これからはどうするの? ディーヴァとミンストレルの歌唱会まで少し時間があるけれど』
「僕たちは風車の様子でも見てきましょうか」
「そうだね。無理に回して壊されていないか心配だもん」
「私とミンストレルは音楽堂で発声練習です。やはり皆様にはいい歌を聴いていただきたいので」
「頑張る!」
『シントとリンは出遅れないようにね。今日は私も音楽堂に行くわ。それじゃあ、またあとで』
この場は解散となり、僕とリンは宣言通り風車小屋の様子を見に行きました。
そこでは風関係の者たちに混じって空を飛べる妖精たちもはしゃぎ回っています。
ウィンディから聞いた話だと、回っている羽根にぶつからないように間をすり抜けるのが楽しいのだとか。
巨大風車はあまり早く回りませんし、それで楽しめているならいいでしょう。
その後、ほどよい時間になったら音楽堂まで移動します。
音楽堂では僕やリン、メイヤが座る専用席に近くなってしまった3階の小部屋へ。
3階にはもっと大きな席が用意されていますが、体の大きな者たちは入れないため比較的体が小さな者たちが利用しています。
その中に一角だけ区切られた小部屋があるのですが……ここ、僕とリン、それからメイヤ以外は誰も使わないらしいんですよ。
ドラゴンたちも1階でしか歌を聴かないのだとか。
ともかく、その部屋に入ると既にメイヤがいました。
『ああ、来たのね。シント、リン』
「メイヤより遅くなりましたか」
「お待たせいたしました」
『気にしないでちょうだい。この音楽堂で歌が始まる前の雰囲気というのも好きなのだから』
「そうなんですね。ところで、メイヤ。この席って僕たち3人以外誰も使っていないそうですがいいのでしょうか?」
『いいのではないかしら? 里のみんなとしても聖霊である私が側にいると緊張するでしょうし、契約者と守護者のあなた方が特別席を使う分には気にしないでしょう。この音楽堂を造ったのだってシントなのだから』
「そういうものですかね?」
『そういうものよ』
いまいち納得できませんがそういうことと割り切りましょう。
3人で席に座りディーヴァとミンストレルの登場を待つとやがて照明が落ち、ふたりがやってきました。
そのあと次々披露される曲も多彩なものになってきており、レパートリーが増えたんだなと感じます。
やがて最後の一曲となるわけですが……。
「やっぱり王都決戦の歌なんですね」
「これだけは毎回だけど恥ずかしくなっちゃう」
『仕方がないわよ。みんなが一番聴きたがっている歌がこれだもの。あなた方は諦めなさい』
「諦めます」
「仕方がないよね」
僕たちは最後の歌も聴き終え、聴衆たちが帰り終わったあとにディーヴァとミンストレルの控え室に移動、ふたりの疲労が取れるのを待ってから夕食のために神樹の元へと向かいます。
『それにしても戦いが終わったのが冬の終わり。いまは夏が終わって秋が始まる頃、早いものね』
「そうですね。僕はちょっと忙しかったですが……」
『少しくらいは諦めなさいな。みんなそれぞれに要望や不満があったということなのだから』
「そうですね。去年の春にはなにもなかった神樹の里も賑やかになりました」
『ええ。さすがにこれ以上はあまり働かせないように言うけれど、またなにか要望が出たらよろしくね?』
「わかりました。契約者としてできる範囲のことはします」
「……守護者として無理をしないかも見張ります」
『それくらいがちょうどいいわ。秋からはなにが始まるのかしら?』
「平和が脅かされないといいのですが」
「はい。この里のみんながのんびり暮らしていけるようにしていきましょう」
「そうですね。リンではありませんが私にできることは歌うくらいです。それでもお役に立てるのなら」
「私もたくさん歌う!」
『みんないい子たちで助かるわ。さて、もうすぐ神樹ね。夕食にしましょうか』
神樹の里は常春でも外界の季節は移り変わってもうすぐ秋。
今年はいまのところ平和ですが、今後もこのまま平和であってほしいものです。