「……今日はくたくただよ」

 メイヤに魔法スキルを覚えさせてもらっての魔法訓練。

 その初日1時間ちょっとで僕はすでにリン以上に魔法がうまく使えるようになっていました。

 その結果として、リンがそれを巻き返そうと必死に魔法訓練を行い、結果がこれです。

「はりきりすぎですよ、リン」

「だって、教えて1時間で負けるだなんて……」

「だからと言って何回も魔力枯渇で倒れるまで魔法を使うのはやり過ぎです。僕が側にいなかったら下手すると真夜中まで気絶していましたよ?」

「いやぁ、シントがいれば回復してもらえるかなぁって」

「まったく……」

「えへへ……」

 リンも結構お調子者ですからね。

 僕の見ていないところでは無理をしていないようですが、側では無理をするようですから。

 そのせいでメイヤから注意を受けているのですが……懲りない娘さんです。

『リン、またシントに迷惑をかけていましたね?』

「……シントが私より上手に魔法を使うのが悪いんです」

『そんなの理由にならないわよ。まったく、この子は甘えたがりなんだから』

「甘えたがり?」

『そう、甘えたがり。シントに迷惑をかけて構ってほしいのよ。そんなことしなくてもいいでしょうに』

「……そんなことないもん」

『とりあえず、夕食はリンに魔力強化の木の実はなしね』

「そんな!?」

『代わりに魔法関係のスキルを覚える木の実を食べさせてあげる。〝魔力操作〟、〝詠唱破棄〟、〝魔力継続回復〟、〝魔力消費減少〟、〝属性魔法効果上昇〟、〝回復魔法効果上昇〟、あとは教えたくなかったけど〝魔法合成〟。それといざというときに備えて〝弓術〟と〝短剣術〟。あると便利な〝鑑定〟と〝生活魔法〟も覚えてもらおうかしら』

「え? メイヤ様、そんなたくさんの魔法関係スキルを? それも〝魔法合成〟って複数の属性魔法を融合させて強力な魔法を生み出すっていう伝説のスキルですよね? そんな簡単に……」

『シントに魔法で勝ちたいならそれくらい覚えなさいな。扱いきれるようになるには必死で練習。ほかもあればシントに負けないくらいの魔術師になれるわよ』

「ありがとうございます! メイヤ様!!」

『あなたも現金ね。シントは希望するスキルがなにかある?』

「いえ、特になにも」

『じゃあ、あなたはいままで通り基礎能力強化の木の実ね。人は脆すぎて神樹の契約者を務めるにはたくさん強くなってもらわなくちゃいけないから』

「……どこまで強くするつもりなんですか?」

『幻獣と戦えるくらいよ?』

「それ、人間の国を滅ぼせますよ?」

『いざとなったらそれくらいしなさい』

 メイヤもときどき過激ですね。

 ともかく僕たちは木の実を食べ終え、スキルの効果で魔法能力が一気に冴え渡ったリンは魔法訓練をするために訓練場へと駆け出していきました。

 メイヤともども元気なリンに苦笑いするばかりです。

 あとは……リンが戻ってくる前に水浴びを済ませてしまいますか。


********************


「ふう、水浴びはひとりでしたいものです……」

 僕は自分で作り出した水浴び用の泉で汗を流しながら独り言を言います。

 リンがやってきてここでの暮らしに慣れてからというもの、彼女は毎日僕と一緒に水浴びをするようになりました。

 それも互いに分かれて水浴びをするのではなく、リンは常に僕とくっついて水浴びを行うため、彼女の肌の感触や温もりが直に伝わってきてしまいドキドキします。

 それにしても、どうしてリンは毎日僕と一緒に水浴びをするのでしょうか?

「あー! いないと思ったらもう水浴びしてる!! 私の訓練が終わるまで待ってくれてもいいじゃないですか!!」

 大声を上げながらやってきたのはもちろんリンです。

 泉のほとりまでやってくると勢いよく服を脱ぎ始め、全裸になると泉に入り後ろから僕に体を預け始めました。

「ふぅ……今日も一日の終わりにシントの香りと温かさに触れられる。心地いいなぁ」

「リン……寝るときだって僕に抱きついているじゃないですか。なにも水浴びの時まで一緒じゃなくても」

「水浴びも一緒じゃなくちゃ嫌なんです! 少しでも長く一緒にいないと……」

「リン?」

 彼女は体を僕に預けたまま強く抱きしめてきました。

 一体なにがあったのでしょう?

「リン、なにがありましたか?」

「……メイヤ様の話を信じるなら私って長命種なんだよね? それもエルフ以上の」

「そうらしいですね。それが?」

「シントは人間だよね?」

「もちろん。なにかありましたか?」

「……と言うことは、長く生きても60年とかだよね。私、きっと300年とか400年生きちゃうのに」

「……そうなってしまいますね」

「それ、嫌なの。シントは初めてできたお友達。なのに、私よりもずっと早くいなくなっちゃう。そうしたら、私はまた独りぼっち。きっと、また笑い方を忘れて暮らしていかなくちゃいけなくなっちゃう」

「リン……いまのあなたなら人間の街でも暮らせますよ? 大きな街に行けばエルフでも人間の街で暮らしているんですよね? 魔力暴走封印もしてあるんです。なら……」

「それも嫌。私はシントと過ごすこの神樹の里を離れたくない。シントがいなくなっても私はずっとここで暮らして死んでいくの。もうそう決めた」

「リン」

「ごめんなさい。私、わがまま言ってる。長生きできないシントを困らせることはよく理解しているの。でも、我慢できない。だから、少しでも長くその温もりと匂いを感じさせて。シントがいなくなっても忘れないで済むように。そして、できればシントの子供も授かりたい。その……子供をどうやって授かればいいかは知らないんだけど」

 リン、そこまで思い詰めていたんですね。

 確かに僕はあと50年もすれば死んでしまうでしょう。

 そうなればリンはまた独りになってしまいます。

 その寂しさは村の中にいても厄介者でしかなかった僕にもよくわかります。

 でも……。

「リン。僕がいなくなったらあなたはここを出て行きなさい」

「シント?」

「あなたが残ってくれるなら嬉しいです。でも、あなたが独り寂しく死んでいくのは僕も嫌なんです。だから、僕が死んでしまったあと……何年かは残っても構いませんがお別れが済んだら出て行ってください。そして、外の世界でも笑って暮らせるように」

「ここに残るのは許してもらえないの?」

「あなたが僕と別れるのが寂しいように、僕もあなたが独り寂しく暮らすのを想像するのは嫌なんです。まだ短い付き合いですがあなたは悪い人ではありません。外の世界でも楽しくやっていけますよ」

「……私はそれでもここに残りたい。メイヤ様がお許しくださるならシントの次の契約者になって」

「それも嬉しい話ですが……僕は村で迫害を受けながら育ち、メイヤと出会ってようやく他人の温もりを思い出したんです。リンは僕がいなくなったあとの寂しさに耐えられますか?」

「耐える。耐えきってみせる!」

「……わかりました。僕が寿命で死んだあとのことはメイヤとも相談しておきます。あと、子供の件ですが」

 さて、ここが困ります。

 子供ってどうやって授かればいいのでしょう?

 大人の男女がいなければいけないくらいは知っていますが……その先はまったく。

『子作りの仕方なら教えますよ?』

「メイヤ!?」

「メイヤ様!? いつから!?」

『ここが私の神域であることをお忘れなく。子供の件は後回しです。まずはシントの寿命について話しましょうか』

「僕の寿命?」

『ええ、シントの寿命です。シントですが、もうすでに不老不死ですよ。私が最初に食べさせた果実の中に不老不死になるための果実も混ぜておきましたから』

 いや、混ぜておきましたからって……。

 そんな簡単に人を不老不死にしないでください!

『まあ、不老不死の果実を食べさせたのはただの保険です。そもそも神域の契約者は根本的に不老不死で病気にすら罹りません。何百年経ってもシントはそのまま、老いもしませんし健康そのものです』

「それ、なんのために不老不死の果実を食べさせたんです?」

『だから、念のためですって。ああ、それと、神域の契約者と神域の守護者は念じれば自分の神域に転移できます。どこかに閉じ込められてもすぐに帰ってくることができますよ』

「それは便利ですね。ですが、そうなると今度はリンが僕よりも先に寿命で死んでしまうのですが?」

『そうですね。サードエルフだろうと寿命はあります。リン、いままでの話は本気ですか?』

「いままでの話?」

『シントがいなくなってもここに残り続け、私が許すならここの管理者になろうという話です。聞いての通り、そんな必要はないのですけどね』

「もちろん本気です! その……必要、なくなっちゃいましたけど」

『では、もうしばらく様子を見てからになりますがあなたを神樹の里の守護者に推薦してもいいですよ? そうすればあなたも不老不死です。念のため不老不死の果実は食べてもらいますけど』

「本当ですか!?」

『はい。思う存分、シントと過ごすことができるようになります。守護者に推薦しても決めるのはシントですから嫌われないようにね?』

「はい!」

『うん、いい返事です。守護者に推薦できるだけの強さを早く身につけなさい。それから、子供を作る方法は……いずれまた時期を見て教えてあげますね。ふたりとも知らないようですし、出会ってすぐでは早いでしょう。子供を産むというのは勢いで行ってはいけないことです。母親はいろいろと大変になりますが頑張りなさい』

「はい! よろしくお願いいたします、メイヤ様!!」

『よろしい。では、ごゆっくり水浴びを。お互い寿命の心配はなくなったのですから、焦らず距離を縮めなさいな』

 それだけ言ってメイヤは姿を消しました。

 そうですか、僕だけではなくリンも不老不死にするつもりですか。

「やったね、シント! これで、ずっとずーっと一緒にいられるよ!」

「そうですね。でも、リンは後悔しないんですか?」

「後悔なんてしない! あ、でもお願いはあるかも!」

「なんです? 聞けるお願いならできる範囲でかなえてあげますけど」

「水浴びは毎日一緒にしよう! それで、お互いに体を洗い合うの! だめ?」

「……リンは恥ずかしくないんですか?」

「なんで?」

「……まあ、リンがいいなら」

「やった! じゃあ、私から体を洗ってあげる!」

 こうして僕はリンからくまなく体を洗われることに。

 そして、僕もリンの体を全身洗ってあげることとなりました。

 リンは髪を洗ってももらうのが特別好きなようで、髪を洗われると毎回嬉しそうな、かといってこそばゆいような顔をして笑っています。

 そんな彼女の笑顔からは悲しげな光は一切感じられず、本当に寿命の話が解決してよかったですね。