外界に出てお酒の材料となる植物の種や苗を買ってくる。
ドワーフたちの要望は意外でもあり、お酒が飲みたいのであれば当然でもあるなという願いでもありました。
ただ、この神樹の里のことを外界に知られるのはまずいですし、近場での買い物などできません。
そうなるとどうすればよいものか……。
リンと一緒に頭を悩ませながらの昼食です。
『その様子だと相当難題をふっかけられたようね?』
「いえ、難題というか……」
「人の街に出てお酒の材料となる植物の種や苗を買ってきたいそうなのです、メイヤ様……」
『ああ、そういうこと。そう言えば『お酒の材料となる実を作れないか』とも聞かれたわね』
「それってできないんですか、メイヤ?」
『可能不可能でいえばできるんだけど……それってドワーフたちが飲みたいようなお酒じゃなくなっちゃうのよ』
「どういう意味でしょう、メイヤ様?」
『私って神樹でしょう? その木の実って神樹の果実なわけよ。それから造るお酒ということは……神樹のお酒になっちゃうのよね……』
「……それは」
「ドワーフたちが飲みたい『お酒』ではないですよね……」
神樹のお酒はどんなものか気になりますがろくなものじゃないでしょう。
メイヤが渡すのを拒否したほどなのですから。
「それにしてもお酒ですか。ドワーフ様たちはそんなに飲みたいのですね」
「ディーヴァ、飲んだことがあるの?」
「飲んだことがあると言いますか……毎日夕食の際に飲まされていました。ブドウから作ったワインというお酒を」
「それって美味しいの?」
「……正直、私には美味しいと感じませんでした。飲まないわけにもいきませんので長年我慢して飲み続けていましたが」
『ああ、それでディーヴァの歪みが酷かったのね。お酒自体がエレメンタルエルフの存在を歪める原因になるのだけど、嫌いなものを食べたり飲んだりするのも存在を歪ませる原因になるのよ。いまは契約主がいるから平気だけど無理はするものじゃないわ』
「はい。できれば二度とお酒は飲みたくありません」
「そんなに美味しくないの? ディーヴァお姉ちゃん」
「ミンストレルの口に合うかどうかわかりませんが……飲まない方がいいですよ? メイヤ様もエレメンタルエルフには毒だとおっしゃっていますから」
「じゃあ飲まない!」
『その方がいいわね。それにしてもお酒の原材料ねぇ。この国ではもうまともに手に入らないだろうし、どうしたものかしら?』
「この国では?」
そう言えば〝王都〟を攻め滅ぼしたのですから〝国〟もあったはずですよね。
すっかり忘れていました。
「メイヤ。〝王都〟がああなったあと、〝国〟はどうなったのですか?」
『ああ、シントはその知識もないわよね。もちろんリンやディーヴァ、ミンストレルも』
「はい、メイヤ様。私は森を追われたあと人里に近づかず5年間さまよい続けていましたので」
「私もガインの森から出たことのないエレメンタルエルフですから国のことはまったく知りません。ミンストレルはもっとですね」
『影の軍勢からの情報だけど教えて上げる。まずこの一帯を治めていた国の名前だけど〝ジニ王国〟と言うわ。国土も非常に広く軍事力も強力、国力……つまり国の豊かさも非常に豊かな国だったの。ここまではいい?』
「はい。問題ありません」
『この先が〝王都〟を失ってからの話よ。〝王都〟はよく知らないけれど各領地を治めている貴族どもの社交シーズンというものだったらしいわ。そのため、有力な貴族から弱小貴族までほとんどの貴族が〝王都〟に集まっていたらしいの。そこを幻獣たちが襲い皆殺しにした結果、各地を治めていた貴族のほとんどが死んだらしいわね』
……そこまで大問題になっていましたか。
僕たちは知ったことじゃありませんが。
『あと、幻獣たちの販売会に来ていたのも有力貴族どもだったらしいわ。そいつらも影の軍勢が皆殺しにしているし、国を支配していた王家の人間たちも全員始末された。あの場にいなかった王家の幼い子供たちがいるかどうかは影の軍勢も調べなかったそうだけど、〝王城〟やその周辺を徹底的に破壊しているのだから生き残っている可能性は極めて低いわね』
「そうなんですね、メイヤ様。いい気味です」
『リンも言うわね。そうしたことが国中に知れ渡り、各地で起こったのが次の領地を支配するのかが誰になるのかという争い。それによって各地で多数の戦死者が出たし麦畑を初めとした畑なども酷く荒れてしまった。そうなると、今年の収穫は去年よりもはるかに少なくなることが予想できるし食糧難になるのは当たり前の結果。支配者が決まった領地は食料を別の領地から奪うための戦を始めて更に戦死者と食料の消費、畑の荒廃を招いたわ』
「……人間とはそこまで愚かなのですね」
『まだ終わりじゃないわよ? そうした争いで領地が増えたり減ったりしたけど、今度は〝誰が次の王様になるか〟で戦争を始めたわ。その戦争はいまでも続いていて、食糧供給を支えていた農村部からも働き盛りの男たちが兵士として連れ出されているみたい』
……愚かを通り越してなんと言えばいいのか。
とりあえずメイヤの話を最後まで聞きましょう。
『残された女子供や老人たちだけじゃ畑の維持はできないから更に食糧不足になることは間違いなし。元々国力が豊かだったし別の国から食料を買うつもりなのかもしれないけれど、そんな落ち目の国に安く食料なんて売るはずもないし〝国王〟が決まっていなければその交渉だってできないのが人間の国のはずよ。つまり、この国には未来がないの。幻獣や精霊、妖精へと安易に手を出した報いね』
「そうですか。関係ない人々には残酷な結果ですが諦めて頂きましょう」
「そうだね。自分たちが悪いわけじゃないのはわかるけど、手を出した相手が悪かったのよ」
「はい。人間には申し訳ありませんが愚かな指導者たちが招いた末路です」
『みんな中途半端に救いの手を差し伸べようとしない子たちで助かるわ。この国の連中からは間違ってもこの神域を見つけられないようにしてある。ヒト族の移住者は来ないから安心して』
「ヒト族ですか。そう言えばガインの森を含めたエルフの森ってどうなっているんですか?」
『半分近くは焼失したそうよ。人口も半分以下になったところが多いそうだし、新しい居住地を見つけるのも苦労するんじゃないかしら? 聞いた話ではエルフってほかの森のエルフに対しては排他的な態度を取るらしいし、必死で生き延びる道を模索しているんじゃない?』
「そっちもいい気味です。メイヤ様、ほかの亜人種はどうなっていますでしょうか?」
『ドワーフ族は連れ去られた者たちも自分たちの居住地に戻っていったらしいわ。自分たちの居住地を持つドワーフって人間と交流を持つことはあっても自給自足が基本だから大きな影響はないはずよ。獣人族は今回の騒動とはほぼ無縁だったから食料問題を除けばあまり困らないみたい。そっちは頑張ってもらいたいものね』
亜人たちにも多かれ少なかれ影響は出ているんですね。
大きな国だったみたいですし、仕方のないことなのでしょうか。
『以上がこの国における各地や各種族の現状。もう〝狩り〟なんてするだけの余力はないわね。来年、生きているかどうかすら怪しいもの』
「そうですか。では、とりあえず幻獣などは安泰ですね」
『そっちの心配はなくなったわ。神樹の里に遊びに来たがっている子や移住希望の子はたくさんいるけどね』
「あはは……そっちはメイヤに任せてもいいですか?」
『いいわよ。聖霊の決定に幻獣や精霊、妖精が逆らえるはずがないもの。さて、そうなってくるとドワーフたちの要望をこの国でかなえるのは不可能なのよ。理解できた?』
「嫌というほどに。この国ではもうお酒すら貴重品でしょうね」
『そうでしょうね。そして、ドワーフの名工が作ったアクセサリーだろうと買い取る余力なんてもうない。以上を踏まえて、ドワーフたちの望みをかなえるためには他国まで行く必要があるわ』
「え? 私たちが外に出ていってもいいのですか、メイヤ様?」
『まあ、ドワーフたちの不満がたまるのもいけないからね。ドワーフたちなら大陸共通貨を多少は持っているだろうし、いくつか離れた国で農作物やその種、苗などが活発に取引されているところを探してもらいましょう。ウィンディたちに頼むから一週間ほど待つように伝えてきて』
「わかりました。食後に伝えてきます」
『そうして上げて頂戴。それでは昼食よ。ミンストレルは難しい話ばかりでお腹が減ったでしょう? たくさん食べてね』
「ありがとう! メイヤ様!」
食後にベニャトへとこの話を伝えに行くと「一週間でも1カ月でも待つ!」と叫んでいました。
ドワーフの情熱ってすごい。
ドワーフたちの要望は意外でもあり、お酒が飲みたいのであれば当然でもあるなという願いでもありました。
ただ、この神樹の里のことを外界に知られるのはまずいですし、近場での買い物などできません。
そうなるとどうすればよいものか……。
リンと一緒に頭を悩ませながらの昼食です。
『その様子だと相当難題をふっかけられたようね?』
「いえ、難題というか……」
「人の街に出てお酒の材料となる植物の種や苗を買ってきたいそうなのです、メイヤ様……」
『ああ、そういうこと。そう言えば『お酒の材料となる実を作れないか』とも聞かれたわね』
「それってできないんですか、メイヤ?」
『可能不可能でいえばできるんだけど……それってドワーフたちが飲みたいようなお酒じゃなくなっちゃうのよ』
「どういう意味でしょう、メイヤ様?」
『私って神樹でしょう? その木の実って神樹の果実なわけよ。それから造るお酒ということは……神樹のお酒になっちゃうのよね……』
「……それは」
「ドワーフたちが飲みたい『お酒』ではないですよね……」
神樹のお酒はどんなものか気になりますがろくなものじゃないでしょう。
メイヤが渡すのを拒否したほどなのですから。
「それにしてもお酒ですか。ドワーフ様たちはそんなに飲みたいのですね」
「ディーヴァ、飲んだことがあるの?」
「飲んだことがあると言いますか……毎日夕食の際に飲まされていました。ブドウから作ったワインというお酒を」
「それって美味しいの?」
「……正直、私には美味しいと感じませんでした。飲まないわけにもいきませんので長年我慢して飲み続けていましたが」
『ああ、それでディーヴァの歪みが酷かったのね。お酒自体がエレメンタルエルフの存在を歪める原因になるのだけど、嫌いなものを食べたり飲んだりするのも存在を歪ませる原因になるのよ。いまは契約主がいるから平気だけど無理はするものじゃないわ』
「はい。できれば二度とお酒は飲みたくありません」
「そんなに美味しくないの? ディーヴァお姉ちゃん」
「ミンストレルの口に合うかどうかわかりませんが……飲まない方がいいですよ? メイヤ様もエレメンタルエルフには毒だとおっしゃっていますから」
「じゃあ飲まない!」
『その方がいいわね。それにしてもお酒の原材料ねぇ。この国ではもうまともに手に入らないだろうし、どうしたものかしら?』
「この国では?」
そう言えば〝王都〟を攻め滅ぼしたのですから〝国〟もあったはずですよね。
すっかり忘れていました。
「メイヤ。〝王都〟がああなったあと、〝国〟はどうなったのですか?」
『ああ、シントはその知識もないわよね。もちろんリンやディーヴァ、ミンストレルも』
「はい、メイヤ様。私は森を追われたあと人里に近づかず5年間さまよい続けていましたので」
「私もガインの森から出たことのないエレメンタルエルフですから国のことはまったく知りません。ミンストレルはもっとですね」
『影の軍勢からの情報だけど教えて上げる。まずこの一帯を治めていた国の名前だけど〝ジニ王国〟と言うわ。国土も非常に広く軍事力も強力、国力……つまり国の豊かさも非常に豊かな国だったの。ここまではいい?』
「はい。問題ありません」
『この先が〝王都〟を失ってからの話よ。〝王都〟はよく知らないけれど各領地を治めている貴族どもの社交シーズンというものだったらしいわ。そのため、有力な貴族から弱小貴族までほとんどの貴族が〝王都〟に集まっていたらしいの。そこを幻獣たちが襲い皆殺しにした結果、各地を治めていた貴族のほとんどが死んだらしいわね』
……そこまで大問題になっていましたか。
僕たちは知ったことじゃありませんが。
『あと、幻獣たちの販売会に来ていたのも有力貴族どもだったらしいわ。そいつらも影の軍勢が皆殺しにしているし、国を支配していた王家の人間たちも全員始末された。あの場にいなかった王家の幼い子供たちがいるかどうかは影の軍勢も調べなかったそうだけど、〝王城〟やその周辺を徹底的に破壊しているのだから生き残っている可能性は極めて低いわね』
「そうなんですね、メイヤ様。いい気味です」
『リンも言うわね。そうしたことが国中に知れ渡り、各地で起こったのが次の領地を支配するのかが誰になるのかという争い。それによって各地で多数の戦死者が出たし麦畑を初めとした畑なども酷く荒れてしまった。そうなると、今年の収穫は去年よりもはるかに少なくなることが予想できるし食糧難になるのは当たり前の結果。支配者が決まった領地は食料を別の領地から奪うための戦を始めて更に戦死者と食料の消費、畑の荒廃を招いたわ』
「……人間とはそこまで愚かなのですね」
『まだ終わりじゃないわよ? そうした争いで領地が増えたり減ったりしたけど、今度は〝誰が次の王様になるか〟で戦争を始めたわ。その戦争はいまでも続いていて、食糧供給を支えていた農村部からも働き盛りの男たちが兵士として連れ出されているみたい』
……愚かを通り越してなんと言えばいいのか。
とりあえずメイヤの話を最後まで聞きましょう。
『残された女子供や老人たちだけじゃ畑の維持はできないから更に食糧不足になることは間違いなし。元々国力が豊かだったし別の国から食料を買うつもりなのかもしれないけれど、そんな落ち目の国に安く食料なんて売るはずもないし〝国王〟が決まっていなければその交渉だってできないのが人間の国のはずよ。つまり、この国には未来がないの。幻獣や精霊、妖精へと安易に手を出した報いね』
「そうですか。関係ない人々には残酷な結果ですが諦めて頂きましょう」
「そうだね。自分たちが悪いわけじゃないのはわかるけど、手を出した相手が悪かったのよ」
「はい。人間には申し訳ありませんが愚かな指導者たちが招いた末路です」
『みんな中途半端に救いの手を差し伸べようとしない子たちで助かるわ。この国の連中からは間違ってもこの神域を見つけられないようにしてある。ヒト族の移住者は来ないから安心して』
「ヒト族ですか。そう言えばガインの森を含めたエルフの森ってどうなっているんですか?」
『半分近くは焼失したそうよ。人口も半分以下になったところが多いそうだし、新しい居住地を見つけるのも苦労するんじゃないかしら? 聞いた話ではエルフってほかの森のエルフに対しては排他的な態度を取るらしいし、必死で生き延びる道を模索しているんじゃない?』
「そっちもいい気味です。メイヤ様、ほかの亜人種はどうなっていますでしょうか?」
『ドワーフ族は連れ去られた者たちも自分たちの居住地に戻っていったらしいわ。自分たちの居住地を持つドワーフって人間と交流を持つことはあっても自給自足が基本だから大きな影響はないはずよ。獣人族は今回の騒動とはほぼ無縁だったから食料問題を除けばあまり困らないみたい。そっちは頑張ってもらいたいものね』
亜人たちにも多かれ少なかれ影響は出ているんですね。
大きな国だったみたいですし、仕方のないことなのでしょうか。
『以上がこの国における各地や各種族の現状。もう〝狩り〟なんてするだけの余力はないわね。来年、生きているかどうかすら怪しいもの』
「そうですか。では、とりあえず幻獣などは安泰ですね」
『そっちの心配はなくなったわ。神樹の里に遊びに来たがっている子や移住希望の子はたくさんいるけどね』
「あはは……そっちはメイヤに任せてもいいですか?」
『いいわよ。聖霊の決定に幻獣や精霊、妖精が逆らえるはずがないもの。さて、そうなってくるとドワーフたちの要望をこの国でかなえるのは不可能なのよ。理解できた?』
「嫌というほどに。この国ではもうお酒すら貴重品でしょうね」
『そうでしょうね。そして、ドワーフの名工が作ったアクセサリーだろうと買い取る余力なんてもうない。以上を踏まえて、ドワーフたちの望みをかなえるためには他国まで行く必要があるわ』
「え? 私たちが外に出ていってもいいのですか、メイヤ様?」
『まあ、ドワーフたちの不満がたまるのもいけないからね。ドワーフたちなら大陸共通貨を多少は持っているだろうし、いくつか離れた国で農作物やその種、苗などが活発に取引されているところを探してもらいましょう。ウィンディたちに頼むから一週間ほど待つように伝えてきて』
「わかりました。食後に伝えてきます」
『そうして上げて頂戴。それでは昼食よ。ミンストレルは難しい話ばかりでお腹が減ったでしょう? たくさん食べてね』
「ありがとう! メイヤ様!」
食後にベニャトへとこの話を伝えに行くと「一週間でも1カ月でも待つ!」と叫んでいました。
ドワーフの情熱ってすごい。