神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 影の軍勢の皆さんにも定住してもらい神樹の里はますます活気を増します。

 ディーヴァの歌も大人気で幼い影の幻獣たちもよく聴きに来ていますしね。

 僕たちはミンストレルの様子をあまり見ていないのでディーヴァ経由になりますが、ミンストレルの歌の練習にも幼い影の幻獣たちはよく集まっているそうです。

 トライやオニキスに言わせれば「娯楽に飢えていたのだろう」とのことでした。

 ともかく、幼い幻獣も仲良くしてくれているようでいいことです。

 そして、大人の、力ある影の軍勢たちは僕たち神樹の里の諜報活動を手伝ってくれています。

〝王都〟の場所も知っているようで、そこから〝狩り〟の部隊が出発するとどの方面にどれだけの数がどのような装備を持って出ていったかを教えてくれました。

 これにより、僕たちは〝狩り〟の部隊の先手を打つことができるようになり、幻獣や精霊、妖精を説得して神樹の里に避難させることができるようになりました。

 ただ、避難させたあと元の住処に戻そうとすると徹底的に荒らされてしまっており、森や花畑は焼き払われ泉や湖は猛毒を流し込まれてしまっています。

 避難してくれていたみんなもこれでは元の住処を利用できないということで、とりあえず神樹の里に留まり〝王都〟の様子を見て新しい居住地を探しに行くとのことでした。

「許せないね、〝王都〟の連中! 幻獣や精霊、妖精がいないからって住処を破壊して回るだなんて!」

「リン、落ち着いて。許せないのは僕も一緒ですがそれを言い出しても始まりません」

「……そうだよね。ごめん」

『リンも落ち着いてくれたことだし今後の相談よ。トライ、オニキス、〝王都〟の様子はどうなの?』

『庶民、と言うのか? 普通の市街地で暮らしている者たちは特に変わりがなかったな』

『だが、裕福そうな家々が立ち並ぶ地域ではそうではない。俺も直接確認に行ったが、かなり色濃い怒りを露わにしていた。調べさせていた配下によると〝狩り〟の成果が出なくなってきたことが不満らしい』

「〝狩り〟の成果が出ないことが不満?」

「それってどういうこと?」

『貴族、と言うのか? 〝狩り〟の部隊にはそいつらが金を出し合っているようなのだ。我々が加わる前は〝狩り〟はうまくいっていた。それこそ〝幻獣狩り〟すらできるほどにな。だが、我ら影の軍勢が加わってからは居住地に行ってもどこもかしこももぬけの殻。『遠征費用や対抗装備を集める代金も回収できん』そうだぞ?』

『ふむ。『代金を回収』ねえ……』

『我々、影の軍勢は人の暮らしの中に潜むことも多い。『代金が回収できない』と言うことはいままで捕らえられてきた幻獣たちはどこかに売られていたのだろう』

「そんな!?」

『だから、リン、落ち着きなさい。いまは影の軍勢が集めてきてくれた情報を精査することが先決よ』

「は、はい。申し訳ありません、メイヤ様」

 リンではありませんが僕も内心では相当いらだってきています。

 幻獣や精霊、妖精たちを売り払っていたとは!

『それで、売り先はわかるの?』

『すまない。そこまではまだつかめていない』

『影の軍勢で調べられることは見聞きしたことがほとんど。証拠となるような資料を盗み出すことができれば俺が運んでこよう。だが、そんな代物を早々取り出すとは考えられないし、残しているかどうかもわからん』

『なるほど。ここで手詰まりね』

「いえ、かなり前進しましたよ。少なくとも被害は防げるようになったんですから」

「そうだね。影の軍勢のみんなが来てくれたあとは助けることができているもんね」

『この程度の役に立てないようでは影の軍勢の名が廃る』

『まったくだ。可能であれば、いままで捕まえられた者たちの行方も調べたいのだが……』

『そこは焦らずに行きましょう。このまま〝狩り〟を阻止し続ければ必ずなにかが変わるはずよ』

「それを願いましょう」

「はい、メイヤ様」

『では我々は監視に戻ろう』

『なにかわかればすぐに報告に来る』

「二匹も無理はしないでくださいね」

『当然だ。監視をしている者が捕まっては笑い話にもならん』

『安全は確保して行っている。気にするな』

 また影の中へと消え去っていった二匹を見送り、僕たち3人は頭を抱えます。

 この先、どのように戦えばいいのか……。

「メイヤ様。〝王都〟に直接乗り込むのはだめでしょうか?」

『許可できないわ。連れ去られた者たちの行方がわからない以上、〝王都〟に行っても意味がない可能性があるし、人間の兵士も多いのよ。あなた方が強くても理由がなければ許可できない』

「理由があれば許可してくださると?」

『相応の理由があればね。捕らえられたみんなが〝王都〟にいて助ける算段ができているとかなら』

「……それまではなにもできないんですね」

『リンは悔しいでしょうけど神域の守護者だって限界はあるの。それにあなた方は神域の関係者になって一年も経っていないわ。それではそこらの大魔導師や賢者、聖騎士と呼ばれる人間よりも強い程度、物量で押されてしまうと息切れしかねないもの。いまは我慢の時よ』

「リン、悔しいでしょうがいまは僕たちができることをやり続けましょう」

「……そうだね。まずはトレーニングと〝狩り〟で狙われそうになっているみんなの保護!」

『そうしなさい。影の軍勢が来てくれたことで〝王都〟との戦いも長期戦になりそうだわ。準備時間が長ければ長いほどこちらが有利になる。いまは基礎能力の向上とそれを存分に振るえるだけのトレーニング、〝狩り〟が行われる際に先回りして狙われている対象の保護よ』

「はい! そうと決まればすぐにでも! メイヤ様、失礼いたします!」

 リンは訓練設備を置いてある方へ駆け出していきました。

 ……相当鬱憤を貯め込んでいるみたいです。

『シント、あなたは大丈夫?』

「僕も〝王都〟のやり方は許せませんが……いま焦っても仕方がないこともわかっています。いつか反撃できるときに備えて準備をしておくべきですね」

『そうするべきね。ポーションなどの準備は大丈夫? もちろんリンに渡してある分も含めて』

「……少し不安になってきました。作り足します」

『わかったわ。これ、回復薬用の実よ』

「ありがとうございます、メイヤ。それでは僕もこれで」

 僕は錬金術設備が置いてある家へと歩き始めました。

 回復薬はかなりあるのですが、多くて困ることも無いでしょう。

 どうせ、時空魔法で収納しているのですから大量に保管しておかなくては。

 僕も訓練が必要ですがまずはこちらが先です。


********************


『ふたりとも一応落ち着いてくれているようでなによりね。あとは〝王都〟の出方待ちなのだけど……あまり早く動かれるとふたりの強化が間に合わない、遅すぎるとふたりの不満が爆発する。ままならないわ』
 影の軍勢の力添えにより幻獣たちへの被害が出なくなってしばらく。

 季節は秋から冬へと変わりました。

 この国は冬、雪が降るのですがそんなことはお構いなしに〝狩り〟は実施されています。

 これらの話はすでに幻獣や精霊、妖精などの間でも広まっており、影の軍勢の誰かが説明に行けば僕たちが出向かなくても神樹の里を目指すようになってくれました。

 遠い場合は僕とリンが出向いて《ディメンション・ゲート》を使い招き入れますが、近くの場合は自分たちで来る方が早いらしいです。

 あと、〝狩り〟の対象も森や草原、山、湖などだけではなく岩山や海なども狙い始めました。

 そういう場所に住んでいた皆さんにも避難して頂きましたが、やはり平原と湖しかない神樹の里では過ごしにくいらしく、僕の創造魔法で岩山や海も造り上げそこに住んでもらいます。

 田舎の森に会った辺境暮らしの僕では〝岩山〟や〝海〟をうまく再現できず、現地を何度も訪れてどのような場所かを調べながら何日もかけて造り上げたのですが、合格点はいただけましたし不満などがあればできる範囲で対応するとも伝えてあるので大丈夫でしょう。

 そんな冬の生活も2カ月目に突入したある日、〝王都〟を調べていたオニキスから信じられないような報せが届きました。

「幻獣や精霊、妖精たちを売りに出す!?」

『どうもそうらしい。時期もつかんできた。我ら影の軍勢が見張っているので多少日時が前後しても影響は出ないだろう』

「影響は出ないって……オニキス、幻獣たちはそれに従うんですか?」

『……従わされる。強制従属の首輪をはめられているのを確認してしまった。あれでは人間どもに反抗できない』

「強制従属の首輪?」

『……メイヤ様』

『そうね。ここまで来てしまったら隠し立てするのも厳しくなってくるわね』

「メイヤ?」

「メイヤ様、なにかご存じなのでしょうか?」

『強制従属の首輪はね、創造魔法で作れるのよ』

「創造魔法で……」

『逆をいうと創造魔法でしか作れない。それをはめられればいくら強い幻獣でも反抗できなくなるわ』

「創造魔法とはそこまで凶悪な魔法だったのですか?」

『それは……』

 メイヤが口ごもるなんて珍しい。

 僕は便利な物作り魔法程度にしか考えていませんでしたが、幻獣などにはそこまで危険な魔法だったとは……。

『メイヤ様、シントなら悪いようには使わんじゃろ。すべてを話しちまうのはどうじゃい』

「ヴォルケーノボム? それにほかの五大精霊のみんなも」

 声がしたほうを見ればヴォルケーノボムを初めとした五大精霊たちが勢揃いしていました。

 すべてを話すとは一体?

『……そうね。シントなら悪いようには扱わないでしょう。よく聞きなさい』

「はい。なにか大事な話なんですね」

『ええ。〝創造魔法〟なんだけど、それはヒト族がつけた名前なのよ。聖霊の書に浮かび上がるからね。正式な名称は〝神霊魔法〟、極めれば〝聖霊〟の力の片鱗さえ扱える魔法なの』

「〝神霊魔法〟……それって昔、ホーリーフェンリルのハクガが言っていたような?」

『あれも相当長く生きているはずだから〝神霊魔法〟のことは気がついているはずよ。ここまでが前提知識。付いてくることができている?』

「はい、大丈夫です」

『では、〝神霊魔法〟でできることを説明するわ。第一に〝創造魔法〟と呼ばれているような様々な物作り。これは必要に応じてシントもやってきているのだから理解できるわよね?』

「もちろん。わかります」

『第二は〝聖霊の創造物の変換〟よ。あなたが錬金術だと考えてやっていた私の木の実を使ったポーション作り、あれは〝錬金術〟ではなく〝神霊魔法〟だったの』

「そうなんですか? ひょっとして〝錬金術〟では……」

『私の木の実から回復薬なんて作れはしないわ。あなたは何気なしにやっていたのでしょうけど、すべて〝神霊魔法〟を使っていたのよ』

 ……知らない間にすごいことをしていたんですね。

 ただの薬作りだとばかり思っていました。

『3番目、ここからが大切になってくるのだけど〝神霊魔法〟を使えば幻獣や精霊、妖精などの傷を直接回復することもできるわ。かなり魔力消耗が激しいから、私の実でできた回復薬を使った方が効率はいいのだけどね』

「……それってすごいことでは?」

『すごいことね。問題は4番目よ。〝神霊魔法〟を使えば幻獣たちの意思を無視して操れるようになるの。かなり魔力が必要になるけれど、いまのシントなら多少はできるわ』

「……それ、まずいのでは?」

『だから黙ってきたのよ。ほかにも私のような神樹などに力を与えて成長させるなどの能力もあるけれど省くわ。ともかく、〝神霊魔法〟とは幻獣や精霊、妖精にとって非常に助かるものであると同時に危険なものでもあるのよ。理解できたかしら?』

「嫌というほどに。説明しなかったのは僕がその〝強制従属の首輪〟などを作って悪用しないためですか?」

『それもあるけれど〝神霊魔法〟の存在は契約者だろうと守護者だろうと可能な限り秘密にしたかったのよ。あなたには私の生産物があるわけだし、単なる〝創造魔法〟として使ってくれていれば問題なかったのだから』

 なるほど、確かに知る必要はありませんでした。

 みんなの傷を癒すための治療薬はメイヤからもらった木の実で大量に作ってありますし、それが〝錬金術〟で作られているのか〝神霊魔法〟で作られているのかは些細な違い。

 そう考えると僕やリンが〝神霊魔法〟の存在を知る意味などありませんからね。

 ですが五大精霊たちまで出てきてその存在を明かしたのです。

 必ず意味があるはず。

 それを聞かなくては。

『とりあえず〝神霊魔法〟については理解してもらえたわね?』

「はい。理解できました」

「私もです、メイヤ様」

『ここからがさっきの〝強制従属の首輪〟に繋がってくるのだけれど……〝強制従属の首輪〟って〝神霊魔法〟による幻獣などへの強制支配能力の一部を首輪の形にして創造したものなのよ。つまり、〝王都〟には強制支配能力があるほどの〝神霊魔法〟使いがいると言うことになるわね』

「〝王都〟にそれほどの〝神霊魔法〟使いが?」

『もちろん、ヒト族が〝神霊魔法〟を知っているとは考えられない。でも、現実問題として〝強制従属の首輪〟は作られてしまっている。そこまで考えれば〝王都〟が行っている〝狩り〟の理由も見えてくるわ』

「幻獣などを支配することですか」

『そうね。でも、どうして急に今年になってから幻獣狩りまで始めたのかしら?』

『それについても調べが済んでいる』

「オニキス?」

『今年になってから幻獣に効果のある〝強制従属の首輪〟を作ることが可能な創造魔法使いが誕生したようだ。それに、金に目が眩んで対抗装備を作るエルフやドワーフも多数揃えているようだった。契約者や守護者はあまり好まないだろうが、その創造魔法使いを始末しない限り〝狩り〟は続くだろう』

「では、その創造魔法使いとやらは確実に殺さなければならないんですね?」

『ああ、そうなる。それから、〝王都〟で育てられている創造魔法使いたち。あれらも放置すれば同じような被害を生み出す存在になりかねないぞ?』

 そう言えば昔に「創造魔法を覚えた子供たちは王都で一生を過ごすことになる」とかメイヤが言ってましたよね。

 これが〝王都〟で創造魔法使いを集めていた真実……。

「ねえ、オニキス。その人たちを助けることはできない?」

『難しいな、リン。その者たちも子供の頃から〝強制従属の首輪〟を作るように教育されているのだ。放置すればいずれ同じことが繰り返される可能性がある以上、この機会に始末してしまった方がいい』

「そっか。あとは、対抗装備を作っているエルフやドワーフだね」

『俺に言わせればそれらも抹殺対象だ。幻獣や五大精霊にまで通用するような対抗装備を作れるヒト族の職人など我らからすれば害悪以外のなにものでもない。可能な範囲で始末してしまい、対抗装備に関する資料などがあればすべて廃棄する。ここまですれば、今後しばらくは安泰だろう』

「……だよね。私も神域の守護者なんだからヒト族よりの考え方は捨てなくちゃだめだよね」

『そこまでする必要もないのだが……今回ばかりは大掃除してしまうべきだろう。絶対目標は〝強制従属の首輪〟を作れる創造魔法使いの抹殺。ほかの創造魔法使いや対抗装備の生産者は可能な範囲で始末するべきと言うのが俺の考えだ』

『オニキスは物騒じゃけん。じゃが、儂も賛成じゃ。今回は〝王都〟のヒト族がやり過ぎちまっとる。幻獣や精霊を怒らせるとどうなるかを知らしめねばならん』

『私も賛成です。人殺しは好みませんが、今回ばかりは見過ごせない。場合によっては〝王都〟そのものを崩壊させることも考えるべきでしょう』

『私もその意見に賛成。関係ない人間たちを巻き込むのは気が引けるけど、ここまで来てしまったらもう無理。申し訳ないけれど嵐の中で死んでもらう』

『3人とも物騒じゃ。だが反対できぬな。ここまで幻獣や精霊、妖精に犠牲を出し、無理矢理従属させ、住処を使用できないように破壊しておる。大地の怒りも知ってもらうべき時だ』

『GIK』

『トルマリンも賛成だそうよ。あとはシントとリン、あなたたちの決断次第。それでこの神樹の里の全戦力が〝王都〟を襲撃するわ』

「……穏便に済ませる道などありませんね、メイヤ」

『私としても〝王都〟は潰すべきだと進言するわね。〝強制従属の首輪〟に〝対抗装備〟の存在は歴史から消してしまいたいもの。可能な限り、できる範囲で滅ぼすべきよ』

「わかりました。捕まっている者たちを可能な限り助けられる日を見つけ出し、その日に〝王都〟を襲います。リンも異存ありませんね?」

「もちろん! シントの護衛は守護者の私に任せてね!」

『決定ね。決行日はどれくらい先になるのかしら?』

『影の軍勢を総動員して情報を集めている。おそらく2週間ほど先だ』

『2週間、あまり余裕があるとも言い難いわ。シントやリンと契約している者たちはすぐに召喚できるけれど、そうじゃない者たちは移動に時間がかかるもの。もうすでに移動を開始してもらうべきね。協力してくれる者たちには』

『それがいい。ただし、気付かれないようにもしてもらわなければいけないがな』

『一時的にでもシントかリンと契約をしてもらう方がいいのかしら?』

『できればその方が望ましいだろう。話に応じてもらえれば一気に大軍団で〝王都〟を攻めることができる』

『そうね。シント、リン。これから避難してもらっているみんなに話を通して回るわよ。その上で一時的にでも契約を受け入れてもらえるなら契約しましょう。そして、当日〝王都〟の近辺か〝王都〟の中でみんなを召喚するの。そうすれば〝王都〟が混乱して捕まっている者たちを助けやすくなるわ。混乱に乗じてあなた方は〝強制従属の首輪〟を破壊して回りなさい。マインなら破壊用の道具も作れるわよね?』

『当然じゃ。作るのはふたり分か? 首輪は〝神霊魔法〟でできているに過ぎぬ。同じ〝神霊魔法〟の使い手であるシントならばいらぬのでは?』

『シントの魔力消費が心配よ。それに私たちが想定している以上にあちらの封印力が強かったら首輪の解除に時間がかかってしまうわ』

『わかった。破壊用の道具はふたつ……いや、予備も合わせて6つ用意しておく。儂が作っておくべきものは?』

『シントとリンが着て歩く鎧などを。フルプレートのような動きにくくなるようなものはだめ。急所だけを確実に防げる装備を用意して』

『承知した。ドワーフたちの力も借りて全力でことに備えよう。儂への望みは以上か?』

『ええ。すぐにでも取りかかり始めて』

『そうさせて頂こう。決行日までには立派な防具を仕上げてみせる。リンには新しい魔剣も用意しよう』

『そうね、リンには近接戦用の武器もあった方がいいかもね。よろしくお願いするわ』

『任された。では失礼する』

 マインがこの場を立ち去り、オニキスは再び〝王都〟へと情報収集へ向かいました。

 僕とリンはメイヤと一緒に戦える幻獣や精霊への呼びかけに。

 どの幻獣も精霊も快く応じてくれ、一時的ならばと契約も受け入れてくれました。

 あとは、僕たちの心構えと訓練のみ、失敗は許されません。

 確実に襲撃を成功させなくては。
「あれが〝王都〟ですか……」

「大きな街だね、シント」

『この国のすべてが決まる街だ。小さいはずもない』

『その通り。お前たちがメイヤと相談して里の運営を決めているのと同じように、国全体の舵取りを行っている。それが〝王都〟なのだよ』

 今日は〝王都〟襲撃決行日。

 マインたちが新しく作ってくれた鎧などを身にまとい、いよいよ決戦です。

 失敗は許されません。

「それで、捕らえられた幻獣たちはどこにいるのですか?」

『〝王城〟とかいう一番立派な建物の中だ。すでに影の軍勢を忍び込ませてある。道案内は任せろ』

「それは頼もしい。それで、みんなを召喚する場所は?」

『〝貴族街〟とかいう、立派な建物が並んでいるあたりがいいな。そこで大暴れすれば自然と城の守りも手薄になるだろう。まあ、ケルベロスだの、ガルーダだの、フェニックスだのが大暴れするんだ。俺に言わせれば貴族街とやらは壊滅するだろうな』

「そうですか……」

『心が痛むだろうが、神樹の里の契約者様と守護者様はそれくらいがちょうどいい。強大過ぎる力を持ち傲慢になってしまっては行かんからな』

「すみません、オニキス。わがままを言ってしまい」

「ごめんね、オニキス」

『気にしていない。さあ、そろそろ作戦決行の時間だ。幻獣たちも今か今かと待ち望んでいるはず。一般市民にはなるべく手を出さないように伝えてあるがどうだろうな?』

「そこは守ってもらいたいな」

『俺の契約者は優しい。実に俺好みだ。トライも先行している。行くぞ!』

「はい」

「うん」

 僕たちは再度空へと舞い上がり、魔力検知用障壁と言うものがないほど高空から〝王都〟に侵入しました。

 トライが待ち構えていたのは〝王城〟とやらがほど近い豪華な屋敷が並んでいる場所。

 どうやらここでみんなを召喚してもらいたいようです。

『来たか。ここで騒ぎを起こせば〝王城〟とやらの兵士も出てくるよりほかない。飛び出してくる幻獣たちも多種多様で対抗装備など用意しても無力。申し訳ないがこの貴族街に住む人間と〝王城〟から出てくる人間、それらには犠牲となってもらう』

「……わかりました。覚悟はすでに決めてあります」

『……無理はするなよ、シント。すべての責は幻獣たちが負う。お前はとリンは混乱に乗じて〝王城〟内へと侵入、五大精霊たちを召喚し更に混乱を巻き起こしながら幻獣たちの解放をすればいいだけなのだからな』

「そうばかりも言ってられませんよ。この作戦を決めたのは僕たちです。僕たちにだって責任はあります」

『……頑固な契約者だ。だが、だからこそ我ら影の軍勢も力を貸したくなる。オニキス、準備はいいな?』

『いつでも』

『リンは?』

「もちろんです」

『では作戦決行だ。シント、リン、契約幻獣たちの召喚を』

「はい」

「わかりました」

 ここからは一方的な蹂躙の始まりでした。

 伝説にしか聞かない幻獣たとが大挙として〝貴族街〟とやらの中に大量出現し、家々を破壊して回るのですから。

 今回召喚した者の中には竜種に近い者たちも含まれ、手の施しようがありません。

 瞬く間に〝貴族街〟と言う場所は炎とがれきの山になり、それを鎮めるために〝王城〟から大量の兵士が飛び出してきました。

 ここがチャンスですね。

 僕たち4人はそれぞれの方法で〝王城〟内へと侵入し、移動途中で気付かれないように五大精霊たちをバラバラに召喚していきます。

 五大精霊たちも持てる力のすべてを発揮して兵士たちとの戦闘に入りました。

 ですが、さすがは五大精霊、近くにいる人間はおろか遠くにいる人間たちもその力によって倒していきます。

 ヴォルケーノボムは業炎で、アクエリア氷の槍や水の檻、氷柱の雨などで、ウィンディは風の刃と激しい竜巻で、マインは整理出す岩による圧殺と岩の槍による串刺しで、トルマリンは稲妻による攻撃で。

 それぞれの属性に見合った攻撃方法で攻めながら場所を移動し、敵兵をどんどんなぎ払っていきます。

『さすがは五大精霊たち。〝対抗装備〟という装備などという身を守る盾がなければ人間ごときひとたまりもないか』

『我らは我らの行く先に向かうぞ。出遅れては話にならぬ』

「そうですね。先へ急ぎましょう」

『残りの手勢は?』

「ペガサスと、ユニコーン、グリフォン、ガルム、ホーリーフェンリルです」

『それだけいれば十分。急ぐか』

 トライとオニキスに案内された最初の場所はエルフやドワーフたちがなにかの武器や防具を作り続けているところ。

 ここが〝対抗装備〟を作っている場所なのでしょう。

『こうやつらの始末は影の軍勢が務める。少しばかり残忍な手段になってしまうが大丈夫か?』

「その程度で立ち止まれません。僕はなにを?」

『創造魔法でこの部屋の中にあるものすべてを綺麗さっぱり消してもらいたい。ここにあるのが〝対抗装備〟に関する知識のほとんどだ』

「ほとんど。ほかにもあるんですね?」

『似たような場所がほかに数カ所あることが確認されている。そちらもお願いできるか?』

「わかりました。引き受けます」

『契約者の了解も得られた。始めるぞ、オニキス』

『わかった。見たくないのであれば目をつむり耳を塞げ』

「そんなやわな覚悟でここに立ってはいません」

「はい。どんな危険からもお守りするのが私の役目ですから」

『わかった。始めるぞ』

 影の軍勢であるトライとオニキスが影に潜っていくと、この場にいた全員の影からいくつもの触手が伸び働いていたエルフやドワーフたちを圧殺していきました。

 なるほど、こういうことですか。

『始末は終わった。この者たちの死体も含めて創造魔法で消せるか?』

「試してみます。〝創造魔法〟発動」

 僕の放った創造魔法は部屋の一部すら切り取り部屋の中にあった資料や死体、すべてを跡形もなく消し去りました。

 やり過ぎですかね?

『想像以上に強力な魔法だが都合がいいな、オニキスよ』

『消し漏れがでるより遙かにマシだ。この部屋には隠し部屋もない。次の部屋に向かうぞ』

 こうして僕たちは全部で5部屋を潰して回りました。

 トライとオニキスによればこれで〝対抗装備〟の研究は大分遅れるとのこと。

 王城の中にある別の場所や、各貴族が持っている資料もあるがそこまでつぶりしている暇はないとのことでした。

 次はいよいよ本命、幻獣などの解放になります。

 なりますが……邪魔な兵士などがたくさん待ち構えていますね。

『これは困った。これでは我々も手の施しようがない』

『しかもあの鎧は汎用製のあるものとはいえ、〝対抗装備〟だ。影で圧殺しようとしても時間がかかってしまう。五大精霊ならば一瞬で終わるが、いまから呼び戻してもなにかあると宣言するようなもの。どうしたものか』

「ほかの幻獣たちを突撃させるのは?」

『そちらも対抗装備のせいでうまくいかないな。手間だが……五大精霊の誰かを呼び戻して見張りの兵士たちを全滅させてもらう方が早いか?』

「ちょっとコンタクトを取ってみます」

 五大精霊たちに最近使えるようになった念話で話しかけてみましたが、どの精霊たちも「いま集まって来ている兵士どもの処理で手一杯。いきなりいなくなれば怪しまれてしまう」という回答でした。

 さて、この状況、どうしたものか……。

『五大精霊たちも動けないか。手詰まりだな』

『仕方があるまい。幻獣たちは売りに出されると聞いた。申し訳ないがそのときまで待つのだ。それよりほかない』

「悔しいですが……そのときに見張りが少なくなるのを祈りましょう」

「うん。見張りが数なくなったら私たちの出番だね」

『お前たちの魔剣や魔弓ならば〝対抗装備〟など意味を持たないからな。物量で押されないことだけを気をつければ問題ない』

『影の軍勢も守りにつけるが……どれほどの意味を持つかわからぬ。攻撃するときは残りの幻獣たちも使え』

「アドバイス、ありがとうございます」

「うん。気をつけるよ」

『それでは我々は別行動を取らせてもらう』

『この国に集められている創造魔法使いも始末せねばならないからな。……子供も含まれている以上、お前たちでは荷が重いだろう?』

「……申し訳ありません。汚れ仕事を押しつけるようで」

「私たちじゃできそうにないもんね」

『気にするな。適材適所だ』

『この国を根底から覆す以上、仕方のないこと。いざとなればこの〝王城〟も破壊せよ』

 この〝王城〟を破壊ですか……。

 五大精霊たちならできる気がしますが、やってしまっていいのでしょうか?

「難しいことを考えるのはあとだよ。いまは目の前にいるみんなを助けることを考えないと」

「そうでしたね。トライとオニキスも気をつけて」

『創造魔法使いであろうと遅れは取らぬ』

『すでに配下の影の軍勢が位置も特定している。あとは手を下すだけだ』

「……そうでしたか。よろしくお願いします」

『任せておけ。ではな』

『そちらも無理はするな』

 消え去っていったトライとオニキスを見送り、僕たちは自分たちの出番を待ちます。

 目の前に囚われているみんながいるのに助けられないというのがじれったい……。

 早くチャンスが巡ってきてくれますように。
 僕とリンが幻獣などの閉じ込められた檻を見張るようになってしばらく、ようやく檻を動かし始めました。

「あ、檻が移動を始めたよ」

「まだですよ。護衛の兵士は山ほど残っています」

 僕たちはそのまま檻と一緒に移動を開始、たどり着いたのは……どこかの地下にある空間でしょうか?

 幻獣などが入った檻はその奥のスペースに並べられ、先ほどよりも少ない兵士が守りについています。

 そして、それを見つめるように段差になった半円状の……見物席というものでしょうか?

 そこには豪華な身なりをした人間たちが大勢集まっていました。

 そして、最上段にある席には更に豪華な身なりをした男女が数名。

 ここは一体?

「さあさあ、お待たせいたしました! 幻獣や精霊、妖精たちの販売会を始めたいと思います!」

 この近くに立っていた男がそんな宣言をしました。

 やはりここは幻獣たちを売りさばく場所でしたか。

「司会は私、創造魔法使い『トマージュ』が担当させて頂きます! 下等な幻獣どもの首には〝強制従属の首輪〟がはまっておりますのでお買い上げ頂いた皆様に逆らうことはできません! 観賞用に使うなり気晴らしにもてあそぶなりご自由にどうぞ!」

 トマージュとか言う男の宣言にリンが怒りを貯め込んでいくのがわかりますがいまは堪えさせます。

 影の軍勢たちが動き始めたら僕たちも行動開始なのですから。

「さて、まずは商品番号1番! マンティコアからです!」

 マンティコア……外で暴れ狂っていますが、あのような危険な幻獣まで捕まえていましたか。

「さて、このマンティコアを捕まえるには大変苦労いたしました! なので、金額もミスリル貨100枚からのスタートとさせていただきます!」

〝ミスリル貨〟と言うのが里暮らしの僕たちにはわかりませんがそろそろ行動を始めてもいいでしょう。

 僕は右手を掲げ振り下ろします。

 それと同時に影の軍勢たちが行動を開始、この会場全体が薄暗いためその闇に便乗して様々な方法で豪華な身なりを整えた人間たちを始末していきました。

「な、なんですか、これは!? 一体なんの騒ぎです!?」

 慌てて衛兵たちが駆け出し事態を鎮圧させようと動き始めましたが、そちらの方が都合のいい。

 僕とリンが持っていた魔剣で衛兵たちを真っ二つにして走り出しました。

「な、なんだ!? なにが起こってる!?」

「トマージュ様、創造魔法を! このステージにも賊が侵入しておりま……」

 とりあえずなにかを言い出しそうだった男の首もはね、増援でやってきた衛兵たちも魔剣でまとめて命を刈り取ります。

 ……昔は血の臭いだけでも体調を崩していたのに、いまでは自分から相手を殺しても気にしなくなるとは。

 成長したのか、感覚が麻痺してしまったのか、わかりませんね。

 増援の兵士が出てこなくなったタイミングで檻を創造魔法ですべて消し去り、〝強制従属の首輪〟をマインからもらったナイフで切り落としていきます。

 首輪を失った幻獣や精霊たちは力を取り戻し、その本来の凶暴さを発揮して周囲にいる者たちを攻撃し始めました。

 豪華な身なりをした者たちはそれによってほぼ皆殺しにされ、最も高いところにいたより豪華な身なりをした人間たちも影の軍勢によって逃げ場を塞がれているようです。

 ただ、あの場には対抗装備を持った兵士たちがいて完全に制圧できていない様子。

 僕は残っていた幻獣たちも呼び出して増援に向かわせました。

「……幻獣を召喚だと!? やはり侵入者か! 姿を現せ!」

 今更のようにトマージュと呼ばれていた男が創造魔法を使い僕とリンの鎧にかかっていた透明化の効果をかき消しました。

 それによって僕たちの姿も露わになったわけですが……すでに勝敗は決していますし大差ないでしょう。

「なんだお前たちは! どこから入り込んだ!?」

「幻獣たちの檻が運び込まれるとき、一緒に入ってきましたよ」

「その前から幻獣たちと一緒にいたけどね! 本当に腹が立つわ!!」

「そんな時からいただと! 嘘をつくな! 私の創造魔法を欺くなど……」

「創造魔法、使っていなかったじゃないですか」

「私たちが幻獣のみんなを召喚して始めて使ったものね」

「うるさい、うるさい、うるさい! 名を名乗れ!」

 この男、意味がわかっているのでしょうか?

 この場で名前を聞いたところで意味などないことに……。

 僕もリンも、より高出力の創造魔法で身を守られているのですが……。

「まあ、あなたの最期です名乗っておきましょうか。僕はある里の契約者、シントです」

「私は守護者のリンよ。すぐにお別れするけどよろしくね?」

「くっくっく! 名を名乗ったな! 行け、〝強制従属の首輪〟よ! あの者たちを捕らえよ!」

 ああ、やっぱりそれですか。

 事前にメイヤから話を聞いていましたけども本当に使ってくるとは。

 ……それにしても〝強制従属の首輪〟にしては魔力が薄すぎるような?

 ともかく、僕たちにあたった〝強制従属の首輪〟……の出来損ないのようなものはより強い創造魔法によって守られている僕たちに触れた瞬間、崩れ落ちました。

 無様ですね。

「なんだと!? 私の〝強制従属の首輪〟が通じない!? 精霊だって従えられるのに!!」

「精霊? 幻獣は?」

「幻獣は別のお方の担当だ! それにしてもどこかの里の田舎者が私をコケにするなど100年早いわ! お前の里の広さなど雀の涙程度だろう! 私が国王様から頂いた領地では私が創造したトメィトがトメィト畑で毎日たくさん収穫されている! それはそのまま食べてもよし! 飲み物にしてもよし! パンの材料にしてもよしなのだ! その収益金はお前の里の収益などとは桁外れに大きいぞ!」

「……ねえ、シント。この男は一体なにを言い出したの?」

「……さあ? とりあえず、そろそろ退場してもらいましょうか」

「そうだね。私が魔弓で頭を吹き飛ばしてもいい?」

「……どうせなら腹を吹き飛ばしましょう。死ぬまでもがき苦しんでもらうように」

「わかったよ。それじゃあ、始めるね」

 リンは保管庫からマインの新しく作った弓を取り出してトメィトと自慢していたトマージュとかいう男に向けました。

 ですが、トマージュはまったく怯んでいませんね?

「ふん! 魔弓だかなんだか知らないが私の創造魔法の防壁を破れると思うな、小娘!」

「試せばわかるわよ!」

 リンが放った魔弓の一射。

 それだけでトマージュの腹には大きな穴が開き大量の血がこぼれ落ちました。

「え? 私の創造魔法が通用しない? それに傷の回復もできないだなんて?」

「創造魔法では大怪我の回復は無理ですよ。そのまま死になさい。愚か者」

「そんな……私はこの国第二位の創造魔法使いだぞ? 私が失われればこの国の損失に……」

「知ったこっちゃないわね。幻獣たちをもてあそんだ罪、その身で償いなさい」

「嫌だ、私が死ねば私のトメィト畑はどうなる? 私の収益金は?」

「……知らないわよ」

「私のトメィト……」

 その言葉を最期にトメィト……じゃなかったトマージュは動かなくなりました。

 トメィトってそんなに大事だったのでしょうかね?
 トマージュだかトメィトだか知りませんがこの男の死体も炎で焼き払い、あとは各所で戦っている幻獣たちと合流して退散です。

 そう考えていたそのとき、僕とリンに向けて2本の首輪が飛んできました。

 その力はなかなか強いものでしたが僕の創造魔法に比べればはるかに劣るもの。

 僕とリンに触れた時点で崩れ落ちます。

「……ふむ。トマージュが殺されただけのことはある。私より強い創造魔法使いがいるとは想像もしなかった」

 暗がりから出てきたのは30代前半程度の男。

 無気味な表情を浮かべ僕たちを見ています。

「お前は誰だ!」

「名乗ってもいいだろう。私はウィシク、この国……いや、元この国の第一位創造魔法使いだ」

「元この国?」

「お前たちが解き放った幻獣たちによって貴族も貴賓席にいた王族たちも皆殺されたよ。こうなってしまっては国の舵取りなどできはしないだろう。この国は内乱状態に陥るはず。国としての体裁など保てるものか」

「それは失礼を」

「心にもない詫びだな。まあ、いい。創造魔法使いだった見習いたちが皆殺しにされていたのもお前たちの仕業か?」

 ……やはりトライとオニキスは創造魔法使いを皆殺しにしましたか。

 覚悟していたとはいえ、気分が重くなります。

「その表情、命じたわけではないようだがお前たちの仕業のようだな。〝強制従属の首輪〟などという危険物を量産させないためにもその芽は潰しておきたいというのが幻獣たちの本音だろう」

「そうなってしまいますね。その方々は後ほど聖魔法で浄化いたしましょう」

「そうしてもらえると助かる。生きて私の前から姿を消せればの話になってしまうが」

「……やっぱり戦いに来たのね!」

「ここまで国を乱されたのだ。最後の奉公くらいはせねば。どちらか一方でも〝強制従属の首輪〟で操れれば共倒れを狙えたが甘くはなかったようだ」

「そんなミス、するわけないでしょうが!」

「そうだろうな。それにしても〝創造魔法〟が扱えるのに〝魔剣術〟まで扱える。お前たちは何者だ?」

「それに答える義理はありませんよ。この問答は時間稼ぎですか?」

「そのような考えもない。確かに魔力を貯め込んでいるのは事実だがお互い様だろう? 単純に戦いを始める前に疑問を聞いておきたかったのだ。殺してしまっては疑問を聞くこともできないからな」

「私たちを殺せるだなんて相当な自信があるようね?」

「無論あるとも。先ほども言ったが私は最上位の創造魔法使いだ。その程度ができなくてどうするというのだ?」

 この男の自信は本物のようです。

 僕たちは神域の契約者と管理者のため不老不死ではありますが、油断していると痛い目にあうでしょう。

 特にリンはかなり頭に血が上っています。

 戦いが始まる前に注意しておくべきですね。

「リン、一度冷静におなりなさい。僕たちでも手こずる相手のようです。怒りに身を任せて単調な動きになればそれこそ相手の狙い通りでしょう」

「う……ごめん」

「そちらの少年は理性的だな。いいコンビだ。話に乗るはずもないが念のためのスカウトだ。私とともに幻獣たちを支配するつもりはないか? 本気になればこの国どころか近隣諸国一帯を支配下に収めることができるぞ?」

「お断りです。断られることがわかっているのに聞かないでください」

「それもそうか。これでも本気だったのだが」

「そもそも、そのような方法で国を支配してもすぐに支配体制が崩れてしまうのでは?」

「それを見るのが面白いのだよ。恐怖支配とそれが崩れたときの戦乱。実に滑稽ではないか」

「……とりあえず、あなたとは一生わかり合えそうにないことはわかりました」

「だろうな。トマージュも私の考えは理解できないと散々抜かしていた。別に理解してもらいたい訳ではないのだがな」

 それならば、無駄にスカウトなどしないでいただきたいのですが……。

 この男にはそれすら無駄な話なんでしょうね。

「そちらの少女もスカウトしたいが無駄だろう。さて、魔力も貯まってきた。そろそろ戦いを始めたいがよろしいか?」

「望むところよ!」

「構いませんよ。ああ、幻獣たちは使わないであげます」

「いい判断だ。幻獣たちを使っても私が〝強制従属の首輪〟で従えるだけだからな。では、行かせてもらう!」

 ウィシクが気合いを入れて魔力を解き放つと僕たちに向けて何本もの石の槍が飛んできました。

 リンはそれをすべて受け止めるつもりだったようですが、嫌な予感がした僕はリンの腕を引っ張り上げて空へと脱出します。

 そして、嫌な予感は的中しており、リンの足をかすめた岩の槍はマインの作った鎧を砕いていました。

「マインの鎧が!?」

「リン、これからは攻撃すべてを回避してください。あの男の攻撃力は半端なものではありません」

「う、うん。わかった」

「ほう。空も飛べるか。では、こちらはどうかな!」

 僕たちの頭上に現れたのは何本もの氷柱の槍。

 僕とリンは炎の壁を張りそのすべてを消し去ります。

「ふむ。防御力も素晴らしいな。だが、いつまで耐えられるかな!?」

 今度は炎の矢が幾本も軌道を変えつつ迫ってきました。

 僕たちはそれらを飛び回りながら回避しますが、矢は僕たちのあとをついて回り水の玉で一本一本消していくのがやっとです。

 この男、本当に手強い!

「この! 私の魔弓を防げるものなら防いでみなさい!」

 リンはウィシクの攻撃が収まったのを見計らい魔弓でウィシクを狙い撃ちにしました。

 ですが、ウィシクは回避しようともせず、リンの放った矢は届く前に消え去ります。

「なんで!?」

「創造魔法で作った障壁だ。なかなか強い魔弓だが……トマージュはこの程度も守れないほど力が弱かったのか。無様だな」

「では、この剣はどうです!?」

 僕は魔剣を取り出し斬りかかりますが結果は同じ。

 見えない壁に阻まれて剣を止められてしまいました。

 その上、おそらくは風の弾丸でしょうが反撃を受けてしまい、ブレストプレートに大きな亀裂が入ってしまいましたよ!?

「シント!?」

「僕はまだ大丈夫です! ですが、魔剣による攻撃すら効かないとは……」

「いやいや、素晴らしい名剣だ。私でなければ切り裂かれていただろう。私を切るには不十分だったようだが」

「この……がはっ!?」

「リン!? くっ!?」

「そちらの少女は直撃したようだが少年は盾で防ぐか。だがその盾も何回防げるかな?」

 見ればリンはブレストプレートを破壊されて大怪我を負いポーションを飲んでいますし、僕の盾にも大きな亀裂が入っています。

 おそらくは見えない風の槍を撃ち込まれたのでしょう。

「さて、次だ」

 ウィシクの宣言通り、今度は電撃が僕たちに迫ってきます。

 僕もリンもぎりぎりでかわしましたが……このままではまずいですね。

 なにか対抗策を考えないと。

「とりあえず手の内はすべて見せたな。では、ここからは複合で行かせてもらおうか」

「まだ、余裕があるの!?」

「本当に早く倒す手段を見つけなければ負けてしまいますね!」

 ウィシクの宣言通り岩の針や氷のつぶて、炎の渦、風の刃、電撃の壁などが次々と僕たちふたりを攻め立てます。

 リンも盾を取り出しかわしきれない攻撃は防いでいますが、その盾もすぐに亀裂まみれになってしまいあと数回使えば砕け落ちるでしょう。

 その間も魔剣ではなく各種魔法を使った攻撃を繰り出しますが、ウィシクはすべて涼しい顔で受け流していました。

 僕たちの攻撃などかわす理由さえないと言った様子です。

 各属性の上位魔法ですら受け止められてしまうのだから始末に負えない。

 一体どのようにすればウィシクの守りを削れるのか……。

「ほれほれ、少年少女。早くせねば死んでしまうぞ?」

「わかっているわよ!」

「次の手段……最終手段ですが仕方がありませんね!」

 僕はウィシクの足元からせり出す岩の槍を放ちました。

 土魔法ではなく創造魔法を使って。

「ッ!?」

「えっ!?」

「今回はかわした!?」

 いままではどんな魔法を使っても涼しい顔をして受け止めるだけだったウィシクが今回は明確に自分から回避しました。

 これはひょっとして……。

「行きますよ!」

 僕は炎の槍を創造魔法で作って放ちます。

 すると、ウィシクはそれも身をひねり回避。

 なるほど、そういうことでしたか。

「シント、なにがどうなっているの?」

「ウィシクの防壁は〝創造魔法〟でないと破れないんですよ。だから、ほかの攻撃では一切歯が立たなかったんです。魔剣だろうと魔法だろうとね」

「……そこまで読み取られてしまったか。では、ここから先は遠慮無用! 今度こそ殺してくれる!」

 ウィシクの宣言通り攻撃が激しくなりましたが、僕も創造魔法の防壁を張ることでそれらを耐えることができるようになりました。

 ただ、一発一発を受け止めるだけでも魔力を大量に消費するために魔力回復用のポーションを大量消費することになりましたが作り置きは大量にあるので問題ありません。

 追加で作っておいて本当によかった。

「くっ……創造魔法の防壁で防がれることが知られてしまうと、そう易々と攻撃が通じる相手ではなくなるか!」

「魔力は大量に消費していますけどね!」

「ほざけ! 私の創造魔法をそれだけしのいでおいて魔力が尽きぬなど人外にも程がある! お主、何者だ!?」

「それに答える必要はありません。こちらからも攻めさせていただきます!」

 僕は創造魔法で可能な限りの魔法を生み出しウィシクを攻め立てました。

 ウィシクもすべてを回避することはかなわず、何発かは受け止めることになってしまい、攻撃の手数も段々と減っていっています。

 魔力回復用のポーションと思われる液体を飲み始めているあたり、かなり厳しくなってきているのでしょう。

 ここが勝負の決め所ですね!

「はぁぁぁぁ!!」

「懲りずに魔剣での攻撃か! 魔力が減っているとはいえどその程度、耐えてみせるぞ!」

 僕はその手に剣を持ちウィシクに斬りかかります。

 ウィシクは防壁を厚く張ったようですが、その防壁と僕の剣は拮抗。

 やがて防壁を切り裂いてウィシクの左腕を切り飛ばすことに成功しました。

 ……致命傷にはほど遠かったですね。

 ウィシクは僕の追撃を避けるためか大きく間合いを取り1本のポーションを飲み干しました。

 すると、切り落としたはずの左腕が生えてきて……欠損回復用のポーションまで待っていたんですね。

「なぜだ!? なぜ、私の防壁を魔剣で切り裂ける!?」

「秘密ですよ。さあ、ここからは近接戦闘の時間です。僕もあまり得意ではありませんが……リンにも手伝ってもらいましょうか」

「呼んだ?」

「呼びました。このダガーを使って戦ってください」

「このダガー……わかった!」

 僕の作りだした武器は単純、〝創造魔法で生み出した魔剣そっくりな武器〟です。

 見た目は魔剣とうり二つに作りましたからウィシクも油断して回避してくれませんでした。

 リンに渡したダガーも創造魔法で魔剣そっくりに作り出したダガー。

 僕たちふたりがかりで接近戦を挑めばウィシクの防壁もすぐに消えてなくなるでしょう。

「なんだ……なんなのだ、お前たちは!?」

「幻獣や精霊、妖精たちを助けにきた田舎者ふたりですよ」

「そうそう。悪いけど、〝強制従属の首輪〟なんて危険物を作れる創造魔法使いを生かしておくことはできないの。逃がさないから死になさい!」

「くっ……こんなところで死んでたまるか!!」

 ウィシクは出入り口に向かい逃げだそうとしましたが、出入り口の前に大量の魔力を使って分厚い鉄の壁を作ってしまいました。

 もちろん、反対側の出口にも。

 魔力消費が大きかったので魔力回復用のポーションを飲む必要がでましたが、大した問題ではないでしょう。

「おのれ……このような壁、すぐにでも!?」

「大量の魔力を使って作った壁です。破壊するにも大量の魔力を必要とするのでは?」

「こんな小僧がここまでの創造魔法使いだと……?」

「国一番の創造魔法使いだからと言って慢心しすぎましたね。大人しく死んでください」

「まだだ! まだ私は諦めないぞ!!」

 ウィシクは最後のあがきとばかりに攻撃魔法を連発してきます。

 ですが、先ほどまでと違い込められている力は微々たるもの。

 わざわざかわさずに障壁で防ぐだけでも魔力の消耗をほとんど感じません。

 やがて、ウィジクの元までたどり着いた僕らふたりはそれぞれの武器による攻撃を開始、ウィジクの障壁をどんどん削り取っていきます。

 ウィジクも最後のあがきとばかりに魔力回復用のポーションを続けて飲みほしていますが、どうやら障壁が削れて行くスピードの方が早い様子。

 障壁が消え去ると僕の剣はウィシクの胸を深く切り裂き、リンのダガーはウィシクの腹に深々と突き刺さりました。

 これで決着ですね。

 回復用のポーションが残っていたとしても僕は何本でも創造魔法で剣を生み出すことができるのですから。

「馬鹿な……こんな子供たちに私が殺される? 私の国の野望は……ここで終わりなのか?」

「幻獣や精霊、妖精たちをもてあそんだ罰です。その命、尽き果てるまで後悔しなさい」

「そうね。あなたに救いなんて与えはしない。あなたの死体は闇魔法で消し去ってあげる。その存在すら残さないほどにね」

「……これが、私の終わり……この30年近くを創造魔法の研究だけに費やしてきた私の終わりなのか?」

「誰にも手を出さなかったのであれば生を全うできたでしょう。怒らせた相手がまずかった。ただそれだけです」

「幻獣どもなど……人間に支配されるだけの……」

 その言葉を最後にウィシクは事切れました。

 リンは宣言通り闇魔法の炎でウィシクの亡骸を取り込み、塵すら残さずその存在をこの世界から抹消しましたね。

 このような存在を残しておきたくないのは僕も一緒なので止めませんでしたが。

『お疲れ様だ。契約者、守護者』

『すまないな、俺たちが戦いに割って入れば足手まといにしかならなかった』

「トライ、オニキス。無事だったのですね?」

『無論だ。この国にいた創造魔法使いの始末もすんでいる。……お前たちは喜ばないだろうがな』

『許せ。〝強制従属の首輪〟の知識はすべて断っておきたかった』

「……仕方のないことだったと諦めます。それよりも亡骸はどうしてありますか?」

『申し訳ないがそのままだ。どうするのだ?』

「僕とリンが行って聖魔法の炎で送り出してあげます。……勝手なのは承知していますが」

「うん。身勝手に殺しておいて、最後だけ弔うだなんて傲慢だけど」

『いや、それでもよかろう。この広間にいる愚か者どもはカエンに焼かせていいか?』

「お願いします。幻獣たちの売買に関与しようとした愚か者ども、わざわざ僕たちが弔う意味もない」

『ではカエンに伝えてくる。場合によってはこの部屋そのものが焼け落ちるだろうが、幻獣たちは避難させるから安心してくれ』

「頼みました。オニキス、創造魔法使いたちの亡骸まで道案内をお願いします」

『心得た。ふたりとも付いてこい』

 オニキスに案内された部屋では子供から年配の方まで100人以上が死んでいました。

 僕とリンは手分けしてその方々すべてを聖魔法で浄化して焼き払っていきます。

 すべての作業が終わったのは夕方になってから。

〝貴族街〟とやらで暴れていたみんなもすでにすべての家々を壊し尽くし焼き払い、がれきと焼け落ちた灰の広がる土地へと変えていました。

〝王城〟を守っていたという兵士たちも全滅し、残されたのは僕とリン、幻獣、精霊、妖精たちのみです。

 僕とリンは転移で帰還することように言われましたがほかのみんなはそれぞれやることが残っているそうです。

 特に今回捕らえられていた者たちを故郷に送り返すための護衛を務めてくれるのだとか。

 僕たちではそんなことはできないですし、ヒト族である以上怖がられてしまう恐れがあります。

 みんなの優しさに甘えて僕とリンは帰るとしましょう。

 それにしても、長かった〝王都〟との戦いもこれで終わりなんですね。

 助けられる範囲だけでも助けられてよかった。
〝王都〟での決戦から一カ月ほどが過ぎました。

 影の軍勢には念のため各地で監視を続けてもらっていますが、あれ以来〝狩り〟が行われることもなくなり神樹の里では平和な日々が続いています。

 ただひとつの問題を除いて。

「~~~♪」

「ディーヴァの歌唱会は今日も人気だね……」

「はい。たくさんの住民が集まっています……」

 そう、囚われていた幻獣や精霊、妖精たちのほとんどが神樹の里へと移住を希望してきたのです。

 各自、自分が暮らしていた場所に一度は戻ったものの、人間たちの〝狩り〟によって住むことができない環境にされてしまっていることが多く、また、多くの仲間を失った場所に住むことがつらい者もいてそういった方々はすべて神樹の里へ招き入れました。

 更に問題となっているのが……。

「~~~♪」

「ミンストレルも楽しそうに歌っているよね」

「あちらは幼い者たちが多いですけどね」

 はい、幼い幻獣や精霊、妖精たちもたくさん移住してきたことです。

 こちらは元々神樹の里にいた幻獣や精霊たちが四方八方手を尽くして親を探して歩いたのですが、親らしき者たちは見つからずおそらく〝狩り〟のときに殺されてしまったと言うのが全員の一致した見解です。

 この子供たちは一旦神樹の里で引き取り、親らしき者たちが戻ってきた時に返してあげるように手配していますが……望みは薄いでしょう。

 それ以上に神樹の里に慣れ始めている子供たちが外界へ出ていくことを望むかどうか。

 恐ろしい思いをしてきたのですから可能な限りその恐怖を忘れさせてあげないと。

「それにしてもいまの神樹の里ってどれくらい広いんだろう?」

「さあ? 僕とリンの魔力量に比例して広がっているそうですが、岩山や海だけでなく普通の山々を作ることもできましたし相当広がっているのでは?」

「海だってかなり広いもんね。マーメイドのみんなはときどきお魚を持ってきてくれるけど、あれってどこから持ち込んでいるんだろう?」

「それもわかりませんね。この前聞いてみましたが海の中に泳いでいるそうですよ。あと、僕はよく知りませんが宝石の原料になる珊瑚や宝石の一種である真珠も手に入るそうです。リン、ほしいですか? あと、ドワーフたちもたくさん宝石を持っていてアクセサリーがほしいなら好きなものを作ってくれるそうですが」

「んー、いらない。そんなものがあっても戦いの邪魔にしかなりそうもないし、アクセサリーとかよくわからないもの」

「そうですか。ちなみに、アクセサリーには魔力効率を上げたり身体能力を高めたりする魔法を込めることもできるそうですが……」

「それならほしい。シントを守る手段が増えるならいくらでももらう!」

「いくらでもはだめだそうですよ。指輪が左右の手にひとつずつ、ブレスレットがひとつ、ネックレスがひとつ、耳飾りがひとつまでしか魔法のアクセサリーは身につけても効果を発揮しないそうです」

「そうなんだ。でも、指輪と耳飾りはなんとなく想像できるけど、ブレスレットとネックレスってなに?」

「ブレスレットは腕にはめるアクセサリー、ネックレスは首飾りらしいです」

「そっか。昼食を食べたらマインのところに行って発注してみよう」

「それがよさそうですね。……ああ、ディーヴァとミンストレルの歌唱会も終わったようです」

「本当だ。みんな思い思いに散っていくね」

「最近だと早めに来て場所取りをしている者たちもいるそうですよ?」

「そこまで人気になっちゃったんだ」

「そのようです」

 そのあともリンとおしゃべりをしながらディーヴァとミンストレルが合流するのを待ちます。

 やってきたふたりはどこか恐縮した様子ですね。

「お待たせしました。シント様、リン。最近は待たせることが多くなってしまい申し訳ありません」

「ごめんなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「気にしていません。それにしても、ふたりの歌唱会は大混雑ですね」

「うん。みんなぎっしりなんだもの」

「はい。聴きに来てくれるのは嬉しいのですが、後ろの方にいる方はあまり声が届いていないらしく」

「私もなの。みんなには喜んでもらいたいなぁ」

「ではそこもマインに相談してみますか。昼食後、マインへと魔法効果のあるアクセサリーをお願いしに行くところだったんですよ」

「そうだね。五大精霊のマイン様ならなにかいい解決手段を知っているかも」

「……気軽に五大精霊様を使ってもいいのでしょうか?」

「いいと思いますよ。ヴォルケーノボムとトルマリンは僕たちとの手合わせしか暇つぶしがないとまで言い出していますから」

「〝王都〟との戦いが終わっちゃったからね。みんな張り詰めていた空気が抜けきらないんだよ」

「そういうことでしたらご一緒させていただきます」

「うん。一緒に行く!」

「では、メイヤのところに行きましょう。昼食の準備は整っているはずですから」

 合流した僕たち4人は神樹で待っているメイヤの元へ。

 今日も美味しい果実を食べながらアクセサリーの話をしてみました。

『いいのじゃないかしら。〝王都〟の一件ではシントとリンでさえ魔力不足、回復力不足が露わになってしまったわけだし、毎日の食事以外でも強化できるならするべきよ』

「やっぱりそうですか。ちなみに〝王都〟へ行く前に作っておくべきだったのですかね?」

『結果論だけ見ると作っておくべきだったわ。でも、〝王都〟にあれだけ強い魔法使いがいるだなんて想定していなかったもの。反省して次に備えましょう。みんな次はもうないと考えているけど』

 そう言えば、あの後〝王都〟がどうなったのか聞いていませんね。

 ミンストレルがいる場で聞くべきではないでしょうし、マインにアクセサリーをお願いしている間、こっそりと聞き出してみるべきでしょうか?

『それにしても、ミンストレルもよく食べるようになってくれて安心したわ。ここに来たばかりの頃は痩せ細っていて食事もあまり食べられなかったもの』

「だって、メイヤ様の果物って美味しい!」

「申し訳ありません。森では役職を与えられていない時点でのエレメンタルエルフはあまり食事なども与えられないのが一般的だったのです。本当にメイヤ様には感謝しております」

『木の実を生み出すことくらい神樹にとっては造作もないことよ。喜んで食べてくれるのならいくらでも作り出すわ。私の木の実はいくら食べても太らないから安心なさい』

「……それではひとつお願いが」

『なに? できる範囲でなら要望に応えてあげるわよ?』

「歌を遠くまで聞こえるようにする実というのは作れませんか? もっと多くの方々に聴いてもらいたいのです」

『ふむ。不可能ではないけれど、それだったら風魔法の《ファーボイス》を使った方が早いわ。風魔法を覚えられる木の実をいま作ってあげるからそれを食べて《ファーボイス》の練習をしなさいな。ミンストレルも覚えたい?』

「覚えたい!」

『じゃあ、ふたり分ね。はい、どうぞ』

「ありがとうございます。わがままを聞きとどけてくださり」

『気にしない気にしない。あなたの歌はみんなの癒しになっているのだし、少しでも多くの者たちに聴いてもらいたいのが私の本音でもあるわ』

「では遠慮なく頂きます」

 こうして昼食も無事に終了。

 ディーヴァとミンストレルを連れてマインたちの鉱山へ。

 そこでは相変わらずドワーフたちがせっせと鉱石を掘り出したり、掘り出した鉱石からいろいろな道具を作り出したりしていました。

 僕たちの鎧や魔剣も定期的に更新されているんですよね。

 物作りへの執念って恐ろしい。

『ん? 契約者に守護者か。それにディーヴァとミンストレルも一緒とは。何用じゃ?』

「魔法のアクセサリーをお願いに来ました。作れますか?」

『喜んで作らせてもらおう! どのような効果を望む!?』

 マインが勢いよく迫ってきました。

 ……物作りへの執念って恐ろしい。

「ええと、僕とリンには魔力上昇と魔力回復力上昇、負傷回復力上昇のアクセサリーを。ディーヴァとミンストレルは……」

「歌声を遠くまで響かせることができるようなアクセサリーをお願いしたいのですが、可能でしょうか?」

『どれも可能じゃ。そうじゃな、ディーヴァとミンストレルのアクセサリーは二日もあればできるじゃろ。契約者と守護者のアクセサリーは一週間待て』

「それくらいでしたら喜んで。でも、無理はしませんよね?」

『この程度、無理のうちにも入らん。デザインにも凝らせてもらうから安心しろ。テイラーメイドにも負けぬアクセサリーを仕上げてみせよう!』

 それはそれで怖いのですが……まあ、デザインとかはよくわかりませんしお任せしましょうか。

 あちらの方が専門家ですし。

 依頼が終わったので鉱山から出ようとするとウィンディが飛んできました。

 鉱山内にやってくるとは意外ですね?

『契約者、守護者、ごきげんよう。ディーヴァとミンストレルが《ファーボイス》を覚えたいと聞いてやってきたのだけれど』

「はい。少しでも多くの方に歌を聴いていただきたいのです」

『それなら私が練習に付き合ってあげる。私は風の精霊、風魔法は専門家よ』

「よろしいのでしょうか、五大精霊様直々のご指導など……」

『私がいいと言っているのだから気にせずにいらっしゃいな。ミンストレルも一緒にね?』

「はい!」

『では行きましょう。契約者、守護者、またね』

「シント様、リン。今日はこれで失礼します」

「ばいばい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「魔法の練習、頑張ってください」

「ディーヴァもミンストレルも頑張ってね!」

 ウィンディはふたりを連れて行ってしまいました。

 マインもアクセサリー作りを始めていますし……アクエリアに〝王都〟の結果を聞きに行きましょう。

 アクエリア、湖にいてくれるといいんですが。

 僕とリンはアクエリアなど水の関係者が住む湖へとやってきました。

「アクエリア、いますか?」

『はい。契約者、守護者、今日はどうされました?』

「もう1カ月ほど経ってしまいましたが、僕たちが帰ったあと〝王都〟はどうなったのか聞きたくて」

『なるほど。みんな、誰かが報告しただろうと考えて誰も報告していなかったのですね。承知いたしました。お伝えします』

 ……みんな、誰かが報告したと考えていたんですか。

 多分、メイヤあたりが報告したと考えていたのでしょうが、この1カ月はメイヤと一緒にいる間はミンストレルも一緒だったので物騒な話をできませんでしたからね。

『まず〝王都〟ですが、〝王城〟を私たち五大精霊の力で完全にガレキの山にしました。中に残されていた書類などもヴォルケーノボムやトルマリンが念入りに焼き払っていたのであそこにあった技術資料はすべて消失させることができたでしょう』

「お城まで破壊したんだ……」

『五大精霊の怒りを買うとどうなるかを知らしめないといけませんでしたので。そのあと、幻獣たちが〝王都〟を脱出するための道を何本か作りました』

「道、ですか?」

『邪魔な壁があったのでそれらを破壊して回りました。すべては破壊していませんが何本か大きな幻獣たちでも通れるだけの道は作らせていただいております』

「……さすがですね」

『あと……〝貴族街〟でしたか。あそこは幻獣たちが暴れ回ったのでほぼなにも残っていませんでしたが、私たち五大精霊で更に〝整地〟いたしました。私が水ですべてを洗い流し、ヴォルケーノボムがそのあと焼き払い、ウィンディが竜巻で大地を削り、マインが大地を隆起させたり陥没させたりし、トルマリンが雷の雨で一体の岩を砕いて回っております。人間どもではあの場所を再利用することなどできないでしょう』

「……そこまでやる必要ってあったの?」

『守護者、五大精霊にまで手を出したんですよ。そのくらいの反撃は覚悟していただかねば』

「状況はわかりました。それ以外の人間たちは?」

『私たちに手向かってきたもの以外は無視しています。今後あの街が機能するかまでは我々の知るところではありません』

「……それもそうですね。ほかに変わったことは?」

『報告すべきは以上でしょうか。影の軍勢は〝対抗装備〟の残りがないか調べ回っていますし、そういったものがあれば私たち五大精霊が出向いて破壊して参ります。これ以上、契約者と守護者の手を煩わすことはありません』

「僕も人間なのですから力を貸したいのですが……」

『だめです。本来であれば契約者や守護者は神域に残り状況を管理するのが務め。事態が急を要していた上に私たちだけでは対抗できなかったからこそ、おふたりにも動いてもらっていたのです。これからはのんびりとこの神域で暮らしてください』

「……わかりました。ですが、なにかあればいつでも相談してください。できる限りの力になります」

「はい。五大精霊様のお力は信じておりますが私たちで力になることがあるのであればなんなりと」

『ありがとう。でも、基本は動かないでくださいね』

 アクエリアに念を押されましたが、僕とリンの出番はこれ以上ないそうです。

 もちろんなにかあったときに備えて訓練はかかしませんが、出番はないかもしれませんね。

 そのあともいろいろな場所を巡って不満や改善点がないかを聞いて周り、すぐに対応できるものはその場で解決、その場で対応できそうにないものは五大精霊やメイヤに相談して対応すると告げました。

 そうこうしているうちに夕食時間となり夕食も食べ終え、あとは温泉で疲れを取って寝るだけ。

 今日は少し遅めの時間に温泉に入り、夜空の星を眺めます。

「綺麗だね、シント」

「そうですね。ようやくゆっくりする時間ができました」

「うん。これからはどうするの?」

「訓練はしますが……五大精霊やメイヤが神域外に出ることをあまり許してくれないでしょう。のんびり神樹の里で暮らしましょうか」

「賛成。シントと一緒にいられる時間が増えて嬉しいなぁ」

「僕もリンとのんびりできる時間が増えて嬉しいですよ」

「お互い嬉しいね」

「ええ、お互いに」

 ときどきは夜空を見ながらの温泉もいいものです。

 途中でリンが眠りそうになり始めたので起こしてベッドへと連れて行きましたがこういう生活も悪くありません。

 この先は戦乱が起こりませんように。
 神樹の里の周りで積もっていた雪も溶け、本格的な春がやってきました。

 神樹の里自体は常春な気候なので季節の移り変わりなど感じないのですが、やはり春になると嬉しい物です。

「ディーヴァの歌唱会も段々聴衆が増えていっているよねー」

「《ファーボイス》とアクセサリーのおかげでかなり遠くまで歌声が聞けるようになったおかげです。大型の幻獣などは後ろの方で見ていますからいまでは座席の取り合いもないそうですよ」

「そう言えば、ディーヴァの歌を聴くためだけに神樹の里に来ている幻獣や精霊、妖精がいるって聞いたけど?」

「いますね。どこかからディーヴァの噂を聞きつけて集まって来たようです。ただ、この神樹の里は招かれていなければ幻獣たちでも入れないのが原則。そういった者たちには一時的に入る許可を出して歌を聴き終わったら帰ってもらうようにしています」

「それ、ちゃんと言うことを聞いているの?」

「破ったら二度と里に入れないともメイヤが言いつけていますからね。みんな、きちんとルールを守って聴いていってくれていますよ」

「そっか。そう言えば、湖や海で新しい歌を覚えるときにも聴衆がいるって聞いたけど……」

「そっちも本当のようです。まだ不慣れであっても新しい歌をいち早く聴きたいと」

「こう言っては悪いけど私たちとあんまり変わらないのかも」

「怒りを買わない限りは温厚ですからね。みんな、この2カ月ほどですっかり落ち着いてくれたのでしょう」

「まだ働いている影の軍勢には申し訳ないけどね」

「影の軍勢だって交代で休みを取ってディーヴァやミンストレルの歌を聴きに来ています。最前列に居座りたいから影に潜っているだけで」

「それならいいか」

「〝対抗装備〟の破壊も進んでいますし、いまでは五大精霊が街を襲ってくることを恐れて自分たちから〝対抗装備〟とその技術書を街の外に捨てていてくれるそうです。助かりますね」

「うん。やっぱり、あまり誰かが死ぬのは気持ちいいことじゃないからね。甘い考えなのは理解しているけれど」

「そうですね。〝王都〟では仕方のないこととは言え大勢の方を殺してしまいました。次は誰にもそんなことはさせたくありません」

 僕たちがそんなことを話している間にもディーヴァの歌唱会は終わったようです。

 今回も聴衆は思い思いの方へと散っていき……結界の外を目指して進んで行くのは神域外から来てくれていた聴衆の方でしょうか。

 ミンストレルの歌も終わったようで、一緒に駆け寄ってきます。

「いつもお待たせして申し訳ありません。《ファーボイス》と魔法のアクセサリーのおかげで遠くまで声が聞こえるようになり、更に喉の調子が良くなるとつい歌が……」

「うん。みんな楽しそうに聞いてくれるから私も嬉しくなっちゃう!」

「気にしていませんよ。僕たちのところまでふたりの歌は届いていますし」

「うん! ふたりともとってもいい声だったよ!」

「ありがとうございます。幻獣様などからもたくさん新しい歌を教えていただきレパートリーを増やしているのですが、飽きられないかが心配で」

「私はお歌の練習中だからディーヴァ様みたいにたくさんの歌は歌えないの。でも、みんなそれでも喜んでくれるもん!」

「それはよかった。それでは昼食に行きましょうか」

「はい。参りましょう」

「うん!」

 いまだにこの4人で食事は取るようにしています。

 メイヤとしては「4人一緒に来ればお互いに体調チェックができていいでしょう?」と言うことらしいのですが、神樹の里で神樹の実を食べている僕たちが体調を崩すなどあり得るのでしょうか?

 ともかく、今日も美味しい昼食です。

 木の実の味も毎回変わっていますし、味の種類も増えていっている気がしますが……聞くのは野暮でしょう。

 食事が終わったら、最近メイヤがはまりだしたお茶を出してもらい、ゆっくりとした時間を5人で過ごします。

『それにしてもディーヴァとミンストレルの歌は大好評ね。結構順番待ちが発生しているのよ?』

「そうなのですか、メイヤ様。できればたくさんの方々に聴いていただきたいのですが……」

『いろいろと手は打ってあるけれどそれでも聞ける聴衆の数って限られるからどうしてもね。ミンストレルは小さな妖精や幼い幻獣や精霊、その親たちから人気ね』

「うん! 私もみんなから喜んでもらえて嬉しい!」

『そう考えると……シント、ふたりのために歌唱用の音楽堂を創造魔法で作ってあげなさいな』

「音楽堂ですか?」

『ええ。そこで歌えば声が響き渡るようになってよりたくさんの聴衆に声が届くようになるの。毎日、暇をしているのだから創造魔法の練習だと思って作ってあげなさい』

「構いませんよ。ただ、それがどのような形をしているかがわからないと」

『そこに詳しい者たちは明日招き入れるわ。その指示に従って音楽堂を建てなさいな。ディーヴァとミンストレルに相応しい立派な物をね』

「わかりました。頑張ります」

『頑張ってちょうだい。……ところで話は変わるけれど、神樹の里ができてからそろそろ1年なのよね。つまり私とシントが出会ってから丸1年が経過する訳よ』

「そう言えば僕が生まれ故郷の村を追放されたのって1年前でしたっけ。この1年間はいろいろ忙しくてそんなことすっかり忘れていました」

『シントのいた村の話、影の軍勢が調べてあるけれど聞きたい?』

「もうあの村とは何の関係もないのでどうでもいいのですが、影の軍勢の皆さんがわざわざ調べてくださったのです。聞きましょう」

『なんでも廃村になっていたそうよ。それも作物の放置具合から考えて夏にはいなくなったのだろうって』

「夏ですか。僕を追い出したのが春の始まりの頃なのにずいぶんと早い」

『そこで暮らしていた人々の行方までは知らないけれど、調べてもらう?』

「どうでもいいです。あそこには両親と兄もいましたが僕が役立たずだとわかると家にも入れず、食事も満足にくれなかったような連中ですから。興味がないとはいいませんが影の軍勢の皆さんの手を煩わす程の問題でもありません」

『わかった。私たちが出会って1年ということはリンがやってきてからももうすぐ1年なのよね』

「……その節は大変ご迷惑を」

『気にしていないってば。あなたもこの里の守護者になったのだからその名にふさわしい活躍をしてみなさい』

「はい! ありがとうございます、メイヤ様!」

『大変よろしい。1周年記念のお祝いとかもしたいけれど、幻獣たちが集まってお祭り騒ぎになるからやめておきましょう』

「それがいいですね。やめておきましょう」

『あと細かい問題もあるけど、それはまた後回しね。今日話して明日解決することでもないし。みんなは午後からどうするの?』

「僕とリンは里の見回りを。ついでになにかすぐに応じられる要望がないかも聞いて周りに」

「はい。そうさせていただきます」

「私とミンストレルは海に行きマーメイド様たちから海の歌を習いに行かせていただきます。もっともっと歌の種類を増やしたいので」

「うん! みんなにたくさんのお歌を聴いてほしい!」

『わかったわ。4人とも気をつけてね』

「はい。それにしても平和でのんびり過ごせるようになったものですね。神樹の里は」

『……移住希望者も多いのだけどね』

「それって受け入れられますか?」

『受け入れることは可能だけれど……引っ切りなしに来るから保留』

「それは大変です。メイヤの判断に任せます」

『そうしてちょうだい。それじゃあ、夕食の時間には戻ってきなさいね』

「はい。それではまた」

 本当に神樹の里も平和になりました。

 あとは暮らしているみんなが不自由なく過ごせる体制を整えることができれば完璧ですね。

 それを目指して頑張るとしましょう。
 ディーヴァとミンストレル用の音楽堂を建てることになった翌日、僕の前には巨大な3匹のドラゴンが鎮座していました。

 ちなみにリンは別の場所で訓練をしてもらっています。

 僕は数日こちらにかかりきりでしょうから。

『音楽堂を建てたいというのは君か?』

「はい。ドラゴン様方にわざわざ……」

『ドラゴンでいい。神域の契約者ともなれば我々などよりも上位の存在だ』

『それにしてもディーヴァ、いい子ね。こっそり一般聴衆に紛れ込んで歌を聴かせてもらったけれどあの子のためなら音楽堂を建てたくなるわ』

「ありがとうございます。それで、僕は田舎者。〝音楽堂〟という施設をまったく知らないのですが……」

『そのために我々が来た。お前は安心して創造魔法で物作りに励め』

『ただ、音楽堂とは細かい作りなのだよ。数日はかかるだろう。覚悟しておいてもらいたい』

「わかりました。それで、どのような大きさのものを用意すれば?」

『まずは……そうね。このお花畑の外に野外ステージを作りましょう』

「野外ステージ?」

 それも聞いたことがないのですが……どういう施設なのかドラゴンたちの説明を待ちましょう。

『歌を歌う者たちが外で歌うための……まあ、高い場所だ。それだけでも少しは声が届く範囲が変わってくる』

『花畑はアルラウネの管轄と聞くのでいくら踏み荒らしてもすぐに元通りだろうが気持ちのいいものではない。ステージの上だけを花で飾り付けてもらおう』

「わかりました。どのような建物を建てれば?」

『イメージを送るわ。その通りに建ててみて。小さすぎても大きすぎてもだめだから、そのときはやり直しね』

「はい。……イメージも伝わってきました。始めます」

 ええと、左右に上り下りするための階段があって後ろは石材製の半円をした壁があって……第一段階はこのようなところでしょうか。

『ふむ。形としてはできているな』

『形だけだな。華が足りない』

『わかっていて作ったのでしょうけれど、もっと美しくしなくちゃだめよ?』

「具体的にはどのようにすればいいでしょう?」

『全面の目に見える部分はすべてレンガ風にするといい。それだけで見栄えがかなりよくなる』

『あとは後ろの石材だな。ただの石よりは……白い石などを使った方がみやすいだろう』

『あとは簡単なものでいいから魔力式の照明器具を足元と天井につけて。そうすればディーヴァの表情なども見やすくなるわ』

 結構細かい指示ですね。

 でも、これくらいでへこたれてもいられません。

 ディーヴァのためです、頑張りましょう!


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『ふむ。これならば合格だ』

『確かに。見栄えも素晴らしいし、装飾も凝っている』

『途中でドワーフにも来てもらった甲斐があったわ』

「……ありがとうございます。ドワーフの皆さんもお疲れ様でした」

「……なんの。ディーヴァの歌は儂らも楽しみにしとる」

「……しかし、疲れた」

 野外ステージというのを作り続けて20数回目。

 ようやく『形は』合格点をいただけました。

 ただそれだけでは『華が足りない』と言うことで彫刻などもほしいと言われたのですが、僕はまったくもってそちらは素人。

 それを告げると、この神域にはドワーフも住んでいるだろうと言う話になりドワーフの方々数名にも手伝っていただき彫刻を彫っていただくことに。

 ここでもドラゴンの細かい注文が爆発して気に食わない点があるとやり直し。

 僕が創造魔法で柱や壁を元に戻してから再度彫り始めていただきました。

 さすがにドワーフの皆さんは美的センスもあったのか、10回くらいで合格をいただけましたが、それでも疲れ切ってしまっているようです。

 本当にご苦労様でした……。

『さて、ディーヴァとやらの屋外ステージはできたな。次はミンストレルという幼子の屋外ステージだ』

「え?」

『ミンストレルも歌うのであろう? ディーヴァばかりがこのような立派なステージを持っていては不満が出るだろうよ』

『そうね。まだ見習いであっても扱いは対等にするべきだわ』

 これから、ミンストレル用の屋外ステージも……。

 ドワーフの皆さんも諦めたような表情をしていますしどうしましょうか?

「とりあえず、ミンストレルのステージも作ります。仕上げの彫刻は明日でも構いませんか?」

『ふむ。ドワーフたちも疲れているようだ。それでもよかろう』

『疲れていてはいい作品もできないものね』

『では離れた場所に移動だ。それが終わったらアルラウネを呼んでこのステージを花で装飾してもらうぞ』

「……はい」

 ミンストレルのステージも数十回のダメ出しを受けてようやく完成しました。

 こちらの彫刻は子供らしくかわいらしい妖精や花のデザインをモチーフにしたものがいいだろうというのがドラゴンたちの案です。

 花の飾り付けはどちらのステージでも行うので、先にミンストレル用のステージをローズマリーに飾りつけてもらいましたが、ここでも細かい注文がいろいろ出て彼女も疲れた表情を浮かべていました。

 あと、僕の方はステージの前にある平野部分になだらかな傾斜をステージ部分が中心となるように半円状へと盛り上げていくように指示を受けましたよ。

 こうすることでより歌が聴きやすくなるそうです。

 同じようにディーヴァのステージでも飾り付けと地盤変化を行いましたが、ローズマリーも僕も疲労困憊でした。

 明日はミンストレルのステージに彫刻を施すだけで終わり、明後日から音楽堂作りになるのだそうですが……どれくらいかかるんでしょう。

 いまの時点からドッと疲れが出てきました。

 実際、リンと一緒に温泉に入っていたときに彼女に相当甘えていたみたいで……リンは喜んでいましたが恥ずかしいです。

 ともかく、明日は野外ステージとやらの効果を確認しに行かねば。


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「うわー! すごいね! こんなに離れていてもディーヴァの歌が聞こえるよ!」

「野外ステージを作った甲斐がありました……」

「……相当大変だったんだね?」

「魔力回復用のポーションを数本飲まなければいけない程度には」

「……頑張って」

「今日はミンストレルのステージを仕上げるだけですが……明後日以降の〝音楽堂〟作りが恐ろしいです」

「夜はたっぷり私に甘えていいからね?」

「……それも恥ずかしいですがそうします」

 ミンストレルのステージに施した彫刻も10数回のダメ出しを受けて完成。

 とてもかわいらしい仕上がりにはなりましたが……ドラゴンって細かいです。
 ミンストレルの屋外ステージが完成した翌日、いよいよ〝音楽堂〟を作り始めます。

 作り始めるのですが……そのとき見本として渡された素材がちょっと。

「……本当にこれを使って〝音楽堂〟を作るのですか?」

『当然だ。あれほどの歌姫たちが使う音楽堂、見栄えもよくなければ』

「ちなみにこの鉱石。僕の神眼ではクリスタルと出ているのですが……」

『クリスタルよ?』

「どこから持ってきたのですか?」

『私たちのねぐらの側にいいクリスタルが産出できる場所があったのだ。そこから特に透明度の高いものを用意してきた』

「これで〝音楽堂〟を作れと?」

『外観はな。完成したあとは我々が強固な結界魔法を施す。我らでさえ傷つけることが不可能なほどの結界だ。傷ひとつ付かないぞ』

「それはありがたいのですが……これで送られてきたイメージ通りの外観を作るのですよね? 1回作るだけでも魔力枯渇を起こすのですが……」

『魔力回復用のポーションは山ほど持っていると聞くわ。頑張りなさい』

「……はい」

 このクリスタル、神眼で調べた限りかなり特別製なんですよね。

 これ自体、魔力親和度が異常に高く、普通のクリスタルなんかよりもはるかに強固。

 これを創造魔法で複製して送られてきただけの大ホールを作るとは……。

 ともかく嘆いてばかりもいられません。

 始めましょう。

 今日一日でできれば運がよかったと考えて……。


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『ふむ。大分形にはなってきているのだが、まだまだ甘いな』

『そうだな。可能な限り外観は整えたい』

『大型の幻獣なども出入りするんだもの、初めはしっかり整えないとね』

 ……やっぱり初日ではだめでしたか。

 ええ、わかっていましたとも。

 こうなることくらい。

『もう日が暮れる。続きは明日だな』

『そうしよう。ではな、契約者』

『明日も頑張りましょう』

「……はい」

 僕は夕食を食べ終え、温泉に入っているときと寝るときはリンに甘えきり、毎朝になると朝食と昼食以外は〝音楽堂〟作りを続けます。

 そんな日々が5日間、つまり一週間続いた頃、ようやくドラゴン達から合格が出ました。

『これならばよかろう』

『内部で混み合うこともないはずだ』

『ご苦労様。第一段階は終了ね』

「……第一段階?」

『扉もなしに放置するのか?』

『幻獣や精霊相手といえども見栄えが悪いぞ』

『魔力を通したら自動で開閉する仕組みのドアを作るわ。同じクリスタル製でね』

「……ああ、入口のところに妙な隙間があったのはそう言う意味ですか」

『そういうことだ。外箱には結界魔法を施した。これで誰も傷つけられない』

『さあ、扉作りだぞ。気を抜くな』

『妖精たちでも開閉できるような微弱な魔力にも反応しなくちゃだめよ?』

「……はい」

 この魔力開閉式の扉、調整がなかなか難しい。

 少しでも強くしようとすると精霊クラスの魔力でなければ開かないようになってしまい、弱くしすぎると近くを妖精が飛んだだけでも開くようになってしまう。

 結局、この扉の調整にも一週間かけ、ここまで2週間かけた計算です。

 リンは僕が毎日甘えてくれることに上機嫌ですが……僕は疲れ切っていますよ?

 そして、翌日は更に面倒なことを依頼されました。

『外箱はできた。出入り口の扉もできた。あとは内部の遮熱処理だな』

「遮熱処理?」

『この神樹の里では常春なのだろうが日差しを受け続ければ室内の温度はぐんぐん上がって行く。そうならないために外部からの熱をある程度通さないための遮熱処理が必要なのだ』

『そうね。音楽堂本体は木製だもの。魔法仕掛けの空調設備や結界魔法もつけるけれど、不快な場所はない方がいいに決まっているわ』

「あなた方だけで施す、と言う選択肢はないんですね……」

『我々がいなくなったあとの管理は基本お前の仕事だ。音楽堂の掃除にはシルキーを使えばいいがそれ以外の管理は自力でできるようにせよ』

「……はい。わかりました」

 遮熱処理の魔法はそこまで難しいものでもなく、3日で終わりました。

 終わりましたが……確かに〝音楽堂〟の内部は暑かったです。

 汗だくになりながらの作業は想像以上に体力を消耗していたようで、リンには「温泉に入りながら寝ていたよ?」とまで言われる始末。

 汗は綺麗さっぱり流せるのですが、とにかく疲れています。

 寝るときのリンの匂いが心地いい……。