木の家の中に入っても中には住人がおらずもぬけの殻。

 僕たちは誰の邪魔も受けないことをいいことに奥へ奥へと進み、唯一魔力の反応を感じる部屋の前へとたどり着きました。

「……歌姫様、ここにいてくれるといいんだけど」

「別人でないことを祈りましょう」

 歌姫様は女性らしいので部屋に押し入る訳にもいかずノックしてみることに。

 ですが、何回叩いても応答がないため意を決して扉を開けてみることにしました。

 すると、扉にも鍵はかかっておらず、中には若草色のドレスを身にまとったエルフの少女がひとり毅然とこちらを見ています。

「……想像以上に早かったですね。私のことはお好きにしてください。これ以上、村の者たちへ手を出すのはお許しを」

「なにを言っているのですか、歌姫様?」

「……あなた方は人間族の侵略軍ではないと?」

「違います! 私、リンです! 歌姫様が覚えていてくださったかは存じ上げませんが何度も歌を聴かせていただいた!」

「リン……まさか、サードエルフのリン!?」

「はい! そのリンです! 覚えていてくださったのですか!?」

「……あなたには申し訳ないことをしました。村を魔獣から救ってくれた英雄なのに、その力を恐れて村から追放するなど。それを知りながら私もそれを止めることができず……」

「その話はあとでしましょう。歌姫様でしたか。あなたはここで一体なにを?」

「あなたは? 人間族ですよね?」

「自己紹介が遅れました。リンの相棒でシントと言います。リンの説明ではあなたの側には護衛が必ずいると伺いましたが……」

「……護衛や家人はもういません。私は森を救うための生け贄になることを決めました。私の身柄と引き換えに森への侵略を止めていただきます」

「そんな……お考え直しください、歌姫様!」

「いいえ、もう決めたのです。シント様、リンを連れてあなたもすぐに脱出を」

 ……なるほど、森を守るための犠牲になる覚悟はできていると。

 リンには怒られるかもしれませんが強引な手段に出ましょう。

「では、歌姫様。僕の手勢で侵略軍を全滅させます。その代わり、あなたの身柄は僕……いえ、リンが引き取らせてください」

「え? あなたの手勢であの大勢の人間族を? 可能なのですか?」

「可能です。ただ、僕たちの存在がばれると困るんですよ。なので、侵略軍が壊滅したことを確認したあとは僕たちと一緒に来てください」

「シント……強引だよ……」

「シント様でしたね。本当に私ひとりの犠牲で森は救われますか?」

「はい。〝ただの人間〟程度では相手になりません。もしよろしければ空からご確認を」

「空から? ……わかりました。その取引に応じます。ただ、私ひとりを連れ出すというのでしたらもうひとり連れだしてもらいたい娘がいるのです」

「もうひとり?」

「リンがこの森を去る少し前に生まれたエンシェントエルフです。いまはこの屋敷のある部屋に隠していますが、くまなく捜索されては彼女も見つかってしまうでしょう。私はどう扱ってもらっても構いません。彼女だけは安全な場所で教育を施して上げてください」

「わかりました。リュウセイ、問題ないですね?」

「オゥ!」

 リュウセイの確認も出ましたし、少なくとも歌姫様は問題ないでしょう。

 そのあとは隠していた娘という子供も見つけ出しリュウセイのチェックでも問題がなかったため一緒に外へ。

 すると、シエロとシエルの前で数十人の人間が転がされていました。

 ……すでに死んでますね。

『遅かったな。侵入者どもは排除したが問題ないか?』

「助かりました。シエロ、空に舞います。歌姫様たちはリンと一緒にシエルの方へ」

「は、はい。幻獣ペガサス様に乗れるとは……シント様は一体?」

「僕の拠点に帰ったら事情を説明します。いまは空へと脱出が優先です」

「わかりました。リン、手数をおかけいたしますが……」

「歌姫様に昔救われた恩を考えればこれくらいどうってことはありません。しっかりつかまっていてくださいね」

 僕たちは歌姫様の家から空へと駆け出しました。

 するとそこではすでに木々の火は消し止められており、炎は人間たちの侵略軍を焼き払うだけ。

 そこに大量の吹き上げる水や竜巻、地面からせり出す岩の槍に瞬く雷光と、まったくもって容赦のない蹂躙が繰り広げられています。

 その中をユニコーンが駆け回り、グリフォンが空から襲いかかり、ガルムが噛みつき、鳳凰が炎をまき散らしながら襲いかかる。

 侵略軍は瓦解寸前ですが後方にはすでに五大精霊たちが待ち構えておりひとりたりとも逃がす気はないようです。

 その光景を見て唖然としているのは歌姫様ですね。

「シント様、これは……」

「みんな僕が契約している精霊や幻獣たちです。対抗装備もない人間の軍勢がかなうはずもありませんよ」

「……そうですね。私は幸運でした。森のみんなを救っていただけて。その……リンには申し訳ないのですが」

「私は歌姫様をお救いでき、一緒に来ていただけるだけで十分です。このまま人間の軍勢が壊滅するまで見届けますか?」

「わがままな願いですがそうさせていただけますでしょうか? 森の皆との別れを言えないのはすでに覚悟できていました。安全が確保できただけでも確認しておきたいのです。……今回は」

「歌姫様、これで終わりではないとおわかりなのですね……」

「……おそらく、私の身を差し出しても侵略は止まらなかったでしょう。そして、今回お守りいただいてもいずれまた侵略軍は来るはず。ガインの森に未来はありません」

「歌姫様……」

「申し訳ありません。私とこの娘だけが生き延びるような選択をしてしまったことがたまらなく……」

「ごめんなさい、歌姫様。私たちの拠点も無制限に誰でも招けるわけじゃないんです。特にあいつらのような強欲な連中は」

「わかっております。これでも私はかなり長生きしていますから。最初は謙虚で質素だった皆もどんどん傲慢で不遜になっていきました。そして、サードエルフなどというエルフがエルフを兵器として扱うようになる始末。声をあげることができず歌うことしかできなかった私に言う資格がないのは十分承知です。でも……この森に未来などなかったのでしょう」

「……シント?」

「だめですよ、リン。今回だけ特別です。今回以降、また襲われたらエルフの方々だけでどうにかしていただかないと」

「……そうだよね。私の目的だって歌姫様を救うことであって森を救うことじゃないものね」

「森を救うためだったら誰も手を貸してはくれませんよ。あなたの受けた仕打ちはみんな知っているはずです。そのような者たちがいる場所を助けるのだって本来は嫌なはず。今回だけ、歌姫様の願いがあるからこその救援です」

 リンや歌姫様には厳しいですがこれが現実です。

 ふたりには見えていないでしょうから黙っていますが、混戦になっていた場所ではエルフも巻き込んで攻撃が行われていました。

 精霊たちも幻獣たちも『人間の軍勢を壊滅させること』が目的であって『エルフに被害を出さないこと』は目的ではありませんからね。

 戦況は刻々と変化し、僕たちが到着したときは昼前だったのですが、夕暮れ時となったいまでは侵略軍は数えるほどしか生き残っていません。

 それらも五大精霊たちによって念入りに駆除されていきますから……もう帰っても大丈夫でしょう。

「歌姫様、もうここを後にしてもよろしいですか?」

「……はい。今回は森をお救いありがとうございました、シント様」

「いえ。確か馬などに乗っていればその生物ごと拠点に帰還できるのでしたね。リュウセイ、あなたもシエロに乗りなさい。ほかのみんなはあちらに帰ってから召喚します」

「ワォゥ!」

 こうして僕たちは神樹の里へと帰還しました。

 ほかの精霊や幻獣のみんなも帰ってすぐに呼び戻しましたし……残りはエルフが片付けてくれることを祈りましょう。