泣き疲れてしまったのか、シエルはカウンターに突っ伏して安らかな表情で眠ってしまった。
 器用に椅子に座り、すやすやと夢の中へ旅立っていた。

 バーは閉店中だが流石にこのままにして置けないので、俺は慎重に彼女のことを抱えて、裏の居住スペースに運び込む。
 そして、高級なふかふかベッドに寝かしつける。
 ここでの寝泊まりは数回しかしていないので、かなり綺麗で新品に近い。
 
 今後はシエルの部屋も用意しないといけないな。
 男なら相部屋で寝泊まりしてもよかったのだが、彼女はまだまだうら若き乙女である。さすがに同じ部屋で、同じベッドで、同じ空間で、常に同じ時間を過ごすわけにはいかない。
 
 幸い、土地と建物は案外広く、裏には空きスペースも確保しているので、そこを増設して部屋にしてしまおう。
 ジメジメとした裏路地のおかげかかなり安かったので、ついつい広めに買ってしまったが、ここにきて役に立った。

「さて、寝ている隙に、この胸糞アイテムを外すか」

 俺はシエルの首元に目をやり、一つ息を吐いた。

 奴隷の首輪というアイテムは実に厄介な代物だ。
 つけられた者は所有者の言葉に操られてしまう。故に高価で希少なのだ。

 一般的な奴隷には装着しないのだが、シエルのようなレアケースには装着する場合がある。

「……どうやって外すんだっけな」

 ベッドの脇にしゃがみ込んだ俺は、奴隷の首輪を間近で見ながら呟いた。
 何年か前にどこかの奴隷を救って外してあげたことがあった気がする。
 
 あの時救ったのも、今のシエルくらいの歳の少女だったか。
 髪は対照的に金髪で高貴な雰囲気を醸し出していたので、もしかするとどこかの貴族だったかもしれない。

「えーーーっと……」

 確か、首輪の表面にちょっとしたざらつきがあって……ざらつきを目印に裏側に指を入れれば、ほんの僅かな切れ込みがあったはずだ。

 それを軽く手前側に引けば外れる……はずだ。

「よし……解錠完了だ」

 かしゃっと音を立てて首輪は外れた。
 俺はシエルの首を少しだけ持ち上げて、奴隷の首輪を回収した。
 こんなものは必要ない。闇魔法で亜空間に入れて処分するか。

暗黒深淵(ブラックホール)

 俺は空中に直径五十センチほどの真黒い闇を生成すると、その中に奴隷の首輪を放り投げた。

 この魔法は容量無限の亜空間を生み出し、中に入れた物を処分できる魔法だ。
 闇の中から特定の対象を選択して、引き摺り込むことも可能で、これまでにも数多くのモンスターを亡き者にしてきた。

 肉体丸ごと亜空間で無に還してしまうので、モンスターの部位等を手に入れられないのが欠点だ。

「さて、シエルが起きたら飯にするか。開店はまた明日からだな」

 俺はシエルが安らかに眠っている姿を確認し、昼食の準備に取り掛かるのだった。