「……」

「無言で見つめてどうした? もしかして怖気付いたとか冷めたことは言わないでくれよ? あの奴隷たちは大切な実験台だが、君もその一人になるのだよ」

 何やら喋りかけてきているが俺の耳には全くその言葉が入ってこない。

 俺が今興味があるのは目の前のモンスターだけだ。
 強さはAランクモンスター上位ってところか。相性にもよるがSランク冒険者が単騎で討伐可能な範囲だ。加えて、筋肉のつきかたと魔力量からして、攻撃方法は物理と魔法のハイブリッドだろう。
 弱点は脳天だ。胴体はドラゴンの鱗が邪魔になる。

 まあ、こんな程度なら正直苦労するレベルではない。
 
「瞬殺だな」

「数秒後の自分の未来を予見したか?」
「パパ、早くやっちゃおうよ!」

疾風龍虎(ドラグーンタイガー)よ! やってしまえ!」

「——————~~~っっっ!!」
 
 公爵の合図に合わせて、ヤツは声にならない甲高い雄叫びを上げると、太くしなやかな四足で地面を踏みしめて駆け出した。
 ギロリと瞳を細めると共に、口元の牙を剥き出しにして俺への殺意を高めていく。

 距離からして、ここへ到達するまでの猶予は数秒もない。

 しかし、俺からすればそれだけの時間があればどうでもなる。

「消えることのない黒い炎で派手に燃えてみるか?」

 俺は瞬間的に指先に魔力を集約させると、一瞬の間を置くこともなくパチンと指を弾いた。

 刹那。疾風龍虎(ドラグーンタイガー)の全身に漆黒の業火が宿った。

 自身の体の範囲を超えて燃え盛る漆黒の炎は、たちまち辺りにも広がっていく。

 肉が焼け焦げる臭いがする。合成獣(キメラ)なだけあって食用肉とは違う不快な香りだ。
 
「ァァァァァァ……ァァァァァァ———」

 ヤツは顔を歪めて苦痛の叫びを轟かせ、無様にもコロコロと転がり、跳ねるようにして暴れているが、漆黒の業火が消えることはない。
 それらは対象の全てを灰にし、更にその灰までもを燃やし尽くす。

 対象が完全に消滅するまで漆黒の業火は継続する。

「……動かなくなり、命が絶えようとも、その肉体がある限り消えることはない。お前たちも体験してみるか?」

 俺はやがてはぴくりとも動かなくなった合成獣(キメラ)だった肉塊を見て呟いた。
 そして、プルプルと抱き合いながら震える二人に目をやる。

「っ……あ、あぁぁぁ……ば、ばばば、ばけものめ! 貴様は一体何者だ!」

「俺は通りすがりの賢者だ。今は小さなバーのマスターだがな」

 俺はそれだけ言うと地下から邸宅の全てを覆い尽くすほどの魔力を展開させた。
 同時に悪夢誘引(ナイトメアスリープ)を発動させて、辺り一帯全ての人間を強制的に眠りの世界に誘った。

「……やっぱり、これが一番手っ取り早いか」

 戦闘における妙なワクワク感から無駄な忍び込みを決行してしまったが、どう考えても魔力を武器に全員の戦力を奪った方が早かった。

 まあ、結果論だ。最終的には解決できたし良しとする。