薄暗い階段を慎重に降りていくと、遠くにかすかな灯りが揺れているのが見えた。

「……微弱な気配が三十くらい。奥には別の気配が二つ」

 俺は地下へと続く階段を降りながらも、大まかではあるが気配を探知し、奥に広がる薄明かりを目指して進んでいった。

 きっと前者が奴隷、後者が公爵本人とチャーリーだろう。
 てっきりチャーリーが単独で暴走していて、公爵本人は無関係、何なら一人息子に暴れられている被害者かと思っていたが、そういうことでもなさそうだ。

 まあ、俺からすれば公爵家を丸ごと潰せたほうが都合が良い。
 奴隷オークションとかいう悪どい興業の勢いがなくなることによって、奴隷として扱われずに済む人々が増えるのだ。

 それなら喜んでヘンダーソン公爵家の悪事を公に晒してやろう。

「……やっと地下か」

 長い階段を降り終えた俺は、大きな広間に立っていた。
 地上のフロアと違い、階段もこの広間も光源が少なくかなり薄暗い。そもそも地上のフロアのように魔道具を光源としておらず、壁に等間隔でつけられた蝋燭の火のみが頼りだ。

 古典的な造りがより一層の怪しさを醸し出している。

 空気も澱んでいてあまり良くないし、歩くと地面の砂埃が舞って目にも悪い。もちろん太陽の光も、もちろん入ってこない。
 衛生的な面で言えばあまり宜しいとは言えない。
 これは奴隷を人間として扱っていない行動と思いの表れだろう。裁いて然るべきだ。

 俺は広間と相手側の思考についての簡易的な分析を終えると、前方に見える一枚の扉に手をかけた。

 ゆっくりと扉を開けて中に入る。

 そこには、驚きと悲しみが交錯する光景が広がってい。

「……酷いものだな」

 俺は冷たく無機質な檻の中に閉じ込められる哀れな奴隷たちを見て呟いた。

 暗闇の中に浮かび上がる鉄の檻が、無慈悲に彼らの自由を奪っている。
 その檻は薄暗い灯りによって冷酷に照らし出され、悲しみを一層際立たせていた。

 檻の中には力尽きた奴隷たちがうずくまっていた。
 彼らの目に希望は無く、生気を失ったような表情が浮かんでいる。また、疲労と絶望に肉体を支配され、重たい空気が檻の中に漂っていた。

「すまない。キミたちを苦しめた元凶はこの奥の部屋にいるのか?」

「……」

 俺は檻の中で壁に背を預けて項垂れる一人の初老に話しかけた。片膝を立てて体は脱力しているように見える。
 檻の中は真っ暗で良く見えなかったが、ここにきて暗闇に目が順応してきたとわかる。

 ここからでは表情が見えないが、待っていても返事がないのはわかった。

 俺は手元に小さな光魔法を発動させて、その檻の中だけをやんわりと照らすと、返事が返ってこない理由をすぐに理解した。
 同時に初老と同じ檻にいた別の男がこちらを見てくる。

「あんちゃん……そいつぁもう、死んでるぜ?」

「……っ……もう……そうか」

 気配の探知もまともにせずに話したおかげで気が付かなかったが、初老は既に亡くなっていた。亡骸と認識すると途端に悲しい気持ちになる。

 同時に、一人の人間が凄惨な扱いを受けて死に追いやられているという事実にむしゃくしゃする。

 改めて光魔法を右手の人差し指の先に宿しながら部屋全体を確認してみると、中には初老もいれば、若い子供たちもいた。
 皆が汚れた服を身に纏い、痛みに歪む表情を浮かべている。彼らの全身には、これまでの苦痛の賜物である傷跡があり、それは不名誉な支配の犠牲者としての悲しみを物語っていた。

「た……すけ……っ」
「ああぁぁ……死……たく……い……」

 無慈悲な支配の下で押し殺されていた皆の声にならない声が、俺の耳に響く。
 苦しい生活の中で、ただただ耐え忍ぶしかなかった日々。
 しかし、今ここに立つ俺の存在こそが、新たな希望を皆にもたらしていることが感じられる。

「やっぱり許せねぇな」

 俺は改めてヘンダーソン公爵親子への嫌悪を高めると、光魔法を握り込んだ拳の中で掻き消して、前方の扉を見据えて歩を進めた。