俺は静寂に包まれる長い廊下で、魔法使いの爺さんと対峙していた。

 爺さんは気色の悪い笑みを浮かべながらこちらをジロジロと観察している。

「……もう一度聞くが、チャーリーはどこだ?」

 これは最後の通告だ。
 素直に教えてくれるのなら別に力で解決するような真似はしない。

「同じことを何度聞かれても答えるわけがないでしょうに」

「そうか。じゃあ……止む無しだな」

 俺は一つ指を鳴らすと、俺と爺さんを囲うようにして狭い範囲で魔力を展開させた。
 これは音の漏れを防ぐためのものになるが、あまり広範囲には展開できないので局所的な使い方になる。
 また、完璧に音を防ぐことはできず、あくまでもちょっとした音を軽減する程度になる。

 ちなみにこの魔法に名前はない。完全オリジナルで、野営の時に練習してたら勝手に覚えていたものである。

 まあ、今はそんなことはどうでもいいか。

「実力行使とやらでやれるものならやってみなさいな」

 爺さんは不愉快な表情の中に確かな余裕を含ませているが、そんな余裕は脆く儚く崩れ去ることになるぞ。

「……」

 俺は大きく深呼吸をしてから前方に歩を進め始めた。
 向こうから仕掛けさせるか。公爵家に仕える魔法使いがどの程度の実力なのか少しは気になるしな。

「真っ向からのんびりと歩いてくるとは、何を考えているのやら……死にたいのであればそう言えばすぐに殺してあげるのに」

「あんたが得意な魔法ってやつを俺に見せてくれよ」

 高らかに笑う爺さんに対して、俺は歩を進めながらも言葉で挑発した。
 こんな安い挑発に乗ってくるのかと思いもしたが、俺の言葉を聞いた爺さんの顔つきを見る限りそんな心配は杞憂だったらしい。

「いいでしょう。最強の闇魔法をとくとご覧あれ!」

 爺さんは眉間に皺を寄せて長い杖を構えると、バッとこのフロアの光源を全て消して、すぐさま早口でぶつぶつと詠唱を始めた。

 同時に爺さんの周囲には黒い魔力が漂っていき、ものの数秒で爺さんの背後には数本の黒い長剣が浮かび上がる。
 鋭利に尖る切先の狙う先は俺の心臓部。

 闇魔法か。
 光が少なく、闇を吸収できるような影のある場所でしか使えないため汎用性は極めて低いが、深夜帯のこの暗さを踏まえれば強力なものとなる。

「———闇を斬り裂く一太刀の刃よ。我が身を犠牲に奴の身を穿て……闇夜乃暗黒斬鉄剣《やみよのあんこくざんてつけん》! この剣は狙いとなる獲物を何度でも追尾できる優れもの! 地獄を味わうといい!」

 爺さんは何やら得意げな様子で闇魔法を放つと、背後に浮かび上がる全ての長剣を射出した。

 風を切るようにして突き進む闇を纏いし数本の長剣は、俺の心臓部を目掛けて直前的に突き進む。

 距離にして残り三メートルといったところだ。

「追尾性能付きってことは、魔法を放ったあんたが頭の中で軌道をイメージしながら操作してるってことだろ? その程度の魔力なら集中力も必要だろうし魔力の消費量もバカにならないだろうな」

 俺は直撃する直前でサイドにステップを踏み、迫り来る長剣を回避した。
 空振りに終わった長剣は後方で急停止すると、どこか歪な動きをして再びこちらに切先を向ける。

 軌道と動きからして敵の魔力を探知して、やはり自動的に追尾するというものではなさそうだ。

「だまらっしゃい! 魔力の消費などせずにすぐに殺してやるわい!」

 俺の予想が全て的中していたのか、爺さんは悔しそうに歯を食いしばっていた。

 まあ、中々に面白い魔法ではあるが、はっきり言って臨機応変さが欠落しているので使い勝手はいまいちだな。

「こういう閉所でそんな不便な魔法を使うなよ」

「ぐぅっ……! 背後がガラ空きだわい!」

 爺さんは長い杖を振り下ろすと、後方から俺の全身を目掛けて長剣を操作した。

 気配でわかる。長剣の動きは確かに遅くはないが、こんな程度ならかつて仲間だった『皇』の面々の攻撃の方が断然速い。

「甘い」

 建物の中という観点から見ればこの廊下は広いが、庭園や外の開けた草原に比べるとあまりにも狭い。
 図星を突かれて自暴自棄になっているようだが、公爵家に代々仕えてきた魔法使いとしては些か実力不足と言える。

魔法吸収(マジック・ドレイン)

 俺は瞬間的に両腕を広げて全身に魔力を纏って魔法を展開した。
 どこか温和な雰囲気を感じさせる魔力が全身を包み込む。

「死ねぇぇっ!!」

 爺さんは俺が何をしたのか気がついていないのか、威勢の良い掛け声と共に放たれた長剣のスピードを高めていった。

 やがて、俺に直撃……などするはずもなく、俺の背中に向けて放たれた全ての長剣は、ぐにゃりと歪む空間の中に吸い込まれていった。

 まるで元々そんなものなど無かったかのように。

「……これで終わりか?」

「なっ!? なぁぁにぃぃっ!?」

 無傷の俺を見た爺さんはギョッと目が飛び出すほど驚愕していた。
 まさか魔力吸収(マジック・ドレイン)を知らなかったのか?
 初歩的な魔法とは言わないが、公爵家に仕えるレベルの魔法使いなら、使用は無理でも認識くらいはしていると踏んでいたのだが……。

「あんたの魔力は全て吸収させてもらった。無論、何の糧にもならない邪気まみれの不味い魔力だったがな」

 俺は眉を顰めて言った。

 魔力にも”味”がある。
 火魔法であれば情熱的な口当たりだし、水魔法ならつるんとした味わいだったりする。もちろん、個人の性格や魔力に込められた感情にも左右されるので一概には言えないが、爺さんの闇魔法は普通に不味かった。
 憎悪が滲み出ていたし、苦くて体内に取り入れたくない味わいだ。

「そ、そんなのおかしいわい! 魔力吸収(マジック・ドレイン)は伝説の魔法! 現存する魔法使いで使えるのは極々一部のみ! なぜ若造が易々と使用している!?」

「俺がその極一部だからだ。さて、あんたには閉所での戦い方をレクチャーしてやる。情報を聞き出すのはその後だ。覚悟しろよ?」

 驚きながらも後退る爺さんに俺はにっこりと微笑みかけた。

 面倒だと思っていたこの依頼も、今は久しぶりの戦闘ということで楽しんでしまっている。
 余裕綽々な雑魚狩りのようになってしまっているが、俺は悪くないので気にしない。