正直、こんなのは序の口だ。

 問題はここからだ。

 もう一人がこちらに近付いてきてしまうと、対向していた仲間がいないことに気がついてしまう。
 故に俺が先にやるべきことは残りの騎士たちの一斉排除ではなく、向かいから歩いてくる騎士の意識を他所へ逸らすことだ。

 増援を呼ばれたら面倒なので、この段階では誰にも俺の姿を見られてはいけない。

「……これでいいか。ほら、敵襲《えさ》だぞ」

 考えている暇はないので、俺は足元に転がっていた小石を手に取って対向へと投擲した。

 宙に放物線を描いて飛ばされた小石は、数秒後に地面に到達する。

「ん?」

 ドッ……っと、小さな衝撃音が聞こえると同時に、対向にいる騎士は音源元へと視線を移してそちらへと歩いていった。
 特に仲間とのコミュニケーションは取らないらしい。好都合だ。
 
 しかし、こんな小細工では、そんなに時間は稼げない。
 対向の騎士だけが気がつくような絶妙な位置に投擲はしたが、おそらく三十秒程度で戻ってきてしまうだろう。

 とっとと入り口にいる二人を片付けなければならない。

「……気を抜きすぎだ」

 俺は闇に紛れて瞬時に駆け出すと、次は邸宅の壁面に沿うようにして入り口の辺りへ向かう。

 既に近くに俺が迫ってきているというのに、二人の騎士はこちらに気がつく様子がない。
 まあ、俺は完全に気配を遮断しているし、向こうも油断しきっているから当然か。

 であれば、お構いなしに仕留めてしまおう。

 俺は二人の騎士の前に躍り出ると、瞬時に魔力を練り上げて魔法を放つ。

「……眠れ」

 俺は彼らがこちらを認識する前にごく小さい範囲の睡眠魔法を展開した。

 すると、彼らは先ほどの騎士とは違い何の声も出すことなくヘロヘロと眠りの世界に堕ちていったので、俺は二人の体を同時に支えて、適当な物陰に寝かしつけた。

「ふぅ……さて、後は楽勝だな」

 俺は一つ息を吐いて呟いた。

 時間的にもそろそろ戻ってくる頃だ。

「おかしいなぁ……確かに音が聞こえたんだがなぁ、気のせいか?」

 俺の予想通り、小石に釣られていた一人の騎士は首を傾げながら戻ってきたが、その時点で俺は既に彼の背後に到達していた。

 気のせいじゃないから、安心して気絶してもらって構わない。

「———ぐぅぅっ……あ……ぁぁ……」

 俺が背後から首を腕で締め付けると、彼は僅か一秒足らずでぶらんと全身を脱力させた。

 よし。ラスト一人は……まだ寝てやがるぞ。呑気なもんだな。これでよく公爵家の警備が務まるな。

 俺は未だに隅で直立を続ける騎士の前に向かって、鎧を指先で突いて声をかける。

「おい」

「んぁ? てめぇは……」

「喋るな」

 仕事をサボっていた癖に一丁前にドスの効いた声を出したので、俺は更に上から被せるようにして猛烈な殺気を飛ばした。

「っ……ぁ……?!」

 すると、つい先ほどまで居眠りをこいていた騎士は、全身をブルリと震わせえ膝から崩れ落ちた。
 
 もしかしたら漏らしているかもしれない。
 鎧の中で漏らすのは気持ち悪いこと間違いなしだ。

 少し悪いことをしたな。

「……まあ、いいか」

 俺は役目を果たすために段階を踏んだだけに過ぎない。
 庭園の制圧を終えたことだし、とっとと邸宅の中に忍び込むとしよう。

 それにしても久しぶりに物理的な制圧を試みたが、案外上手くいくものだな。
 相手が相手だし負ける道理はなかったが、想像以上のテンポ感と出来の良さだった。

 公爵家に高度な魔法使いがいることを懸念して、あえて大規模な睡眠魔法やその他魔法の使用は控えたのは正解だったな。