「……とりあえず西側に進んでみるか」

 おそらく邸宅付近であろう地点に転移してきた俺は、王都がある方向を起点として西側に歩を進めることにした。

 同時に星々が煌めく夜空を見上げる。

 あと四、五時間で夜が明けてしまうので、少々急ぎ足で向かったほうがよさそうだな。
 邸宅の規模がどの程度か不明だが、のんびりしていると夜のうちに仕上げができなくなってしまう。

 俺は気配を完全にゼロにして、最大限の範囲で最高のスピードを出して駆け出した。

 暗闇も相まって、仮に周囲に人がいたとしても俺の姿を認識することは不可能だろう。
 手練れのSランク冒険者であれば別だが、辺りに猛者がいる気配は全く感じない。

 やがて五分ほど走り、道中にあった広い森を突っ切ると、目的の建物が目の前に現れた。

「でっかいな……あそこにチャーリーがいるのか」

 俺はポツリと呟きながらも、念のため側にある岩陰に身を隠す。
 
 目の前にはヘンダーソン公爵の邸宅が壮麗に聳え立っていた。
 建物は美しいネオゴシック様式で造られ、白い大理石とエレガントな石畳が満月の光を受けて優雅に輝いている。

 邸宅の入り口には高いアーチ型の門があり、重厚な鍵と装飾で飾り立てられている。
 門の向こうには警備として数名の騎士たちが武器を手に持ち佇んでおり、成金貴族に仕える騎士らしく質の良い鎧が月明かりに映える。

 また、門の奥に見える広大な庭園は洗練されており、美しい彫刻と花壇が設えられている。月光に照らされた薔薇やユリの花々が、夜の静寂に優雅な香りを漂わせていた。

「……」

 俺は外観からの視覚情報を大まかに把握すると、流れるようにして魔力による人間の探知を行なった。

 誰がこの邸宅のどこにいるのかくらいはこれでわかる。
 チャーリーの魔力情報がわかれば一発なのだが、生憎奴隷オークションで一回会ったっきりで気にも留めてなかったので記憶にない。
 
「……騎士の配置からして入り口はここだけか。となると……」

 邸宅の窓は閉め切られており、巨大建造物にしては珍しく裏から出入りできるような勝手口はなさそうだ。

 賢者であった俺はあまり物理戦を得意とはしなかったが、あの程度の騎士たち相手ならどうとでもなるので、隠密行動をしながら正面突破を図ることに決めた。

 そう思い立つと同時に、改めて気配の遮断を完全なものにし、岩陰から姿を出して邸宅へ向けて歩を進めていく。

 周囲には外灯が備え付けられた監視用の塔もあるので、全員に見つかることがないように孤立している騎士たちを一人ずつ狩っていく必要がある。

 少々、周囲に気を遣いながらの面倒な作業になるが、バレなければ問題ないので多少手荒になるのは許してほしい。

 まずは重厚な鍵で閉め切られた門を突破させてもらおうか。