瞬間転移(テレポート)をした俺は、月明かりのみが照らす薄暗い部屋の中を見回した。

 久しぶりに来たな。

 ここは王都の冒険者ギルドの最上階に位置する執務室だ。
 簡単に言うならギルドマスターの仕事部屋である。

 俺は冒険者として活動していた時、何度かギルドから直々に緊急クエストの依頼を受けるためにこの場に呼ばれたことがある。

 部屋の装飾などはあれから特に変わっていなさそうだ。
 少しだけ懐かしい気持ちになるが、アレンがギルマスに着任してから一度も召集されたことはないので実に数年ぶりである。

「待たせたな」

 そんなことを考えながらも、俺はデスクを挟んで窓際に佇むアレンに声をかけた。
 際立って声色を変えることはしないが、普段よりも少しだけ厳格な雰囲気を醸し出すことを意識する。

「っ……いつの間に!?」

「急に襲われて時間を食ってしまったのに、わざわざ受付嬢の案内で階段を上がってここに来るのも面倒だったから、こちらから参上させてもらった」

 俺はギョッとして驚くアレンの姿を見据えた。

「……そ、そうか……ところで、先ほど相手をしてもらった二人は元々腕試しとして用意していたんだが、まさか一介のバーのマスターがあんたみたいな指名手配犯と知人だとは思わなかった。上から見させてもらっていたが、素晴らしい戦いだった。正直言って余裕だったのだろう?」

 アレンは窓越しに見える月光を背景にこちらに体を向けると、僅かな笑みを浮かべながら賛辞を送ってきた。
 案内してくれた受付嬢と同じく、俺の身なりを見て例の奴隷オークションの人物だとわかったのだろう。

「ああ。あの程度では全く相手にならないな」

「ふははっ! おいおい、あれでも彼らはBランク冒険者で将来有望と称される逸材なんだぜ? でもまあ、それくらい強いヤツじゃないと、これから受けてもらう依頼は遂行できねぇな」

 アレンは気持ちよく鼻で笑うと、最後にはニヤリと口角を上げた。
 
 その言葉を聞いた俺はあくまでも初見のフリをして彼に相槌を打つ。

「生憎時間が惜しいんだ。依頼とやらを早く教えてくれると助かる」

「おっ、やる気に満ちてるねぇ。だが、その前にまずは報酬の前払いだ。要望も聞いてなかったし、とりあえず金にしておいたが良かったか?」

「問題ない」

「んじゃ、これを受け取れ」

 アレンは大きなデスクの上に、足元から取り出した麻袋をドンっと投げ置いた。

「……」

 俺はおもむろに近寄ると、すぐさま麻袋を魔法収納(アイテムボックス)の中に収めた。
 中身の確認はしていないが、多分百万ゼニーくらいだと思う。

「転移魔法に加えて収納魔法か……まあ、受け取ったってことはもうキャンセルは効かねえってことだ。んじゃ、依頼の説明を始めさせてもらうぜ。あんたには———公爵家の第一子息である、チャーリー・ヘンダーソンを懲らしめてほしい」

 アレンは窓際に視線を向けると、綺麗な丸い月を見ながら言った。

 さぞ神妙な面持ちで依頼内容を打ち明けてくれたのだろうが、俺からすれば全て把握済みの事項だ。

 特にリアクションをするつもりもないし、依頼内容に相違がないことが分かった時点で、とっとと詳しい説明を聞かせてもらおう。

「懲らしめるとは一体何をすればいい?」

「恥ずかしい話なんだが、うちの受付嬢が無知な初級冒険者を陥れていたみたいでな。そのバックにチャーリー・ヘンダーソンがいるってわけだ。だから、あんたにはヤツの悪事を白日の元に晒してほしいんだ」

「長年その悪事はバレてなかったのだとしたら、おそらく見かけに反してヤツは用意周到なタイプだ。もしくは権力を利用して揉み消しているか……どちらにせよ、忍び込んだところで詳細な記録は残っていないだろうな」

 俺は抽象的で的を得ないアレンの言葉に疑問をぶつけた。
 きっと彼はそんな偽善的な勧善懲悪の為に動いたわけではない。
 もっと理由があるはずだ。ギルマスとして、アレンが望んでいる本当の理由が。
 
「……ヤツは奴隷をこよなく愛していて、奴隷という存在そのものに目がないんだ。だから、囚われている奴隷達の存在こそが悪事の証明となる。奴隷達の中には昔初級冒険者だったルーキーが多くいるはずなんだ。そいつらを救ってやらねぇと、オレはギルマス以前に一人の人間として失格だ……っ……」

 アレンは悔しそうにデスクを強く拳で叩いた。

「……やっと本音を聞けた」

 これがアレンの本音か。
 彼はギルマスとしての立場以上に、人間的な一面をより大切にしている。
 囚われた初級冒険者のことを何よりも想い、ルーナが犯してきた悪事を知るや否や、こうして素早く行動に移してくれた。
 並の人間であれば、多方面からの権力に屈して何もしようとはしなかっただろう。