「実はね———」

 小柄な銀髪の少女——シエルは儚げな表情でここに来た経緯を口にした。

 何でも最近、王都で冒険者として活動し始めたのだが、初めて入ったパーティーの男たちに騙されて、多額の借金を背負わされてしまったらしい。

 理不尽な目に遭ったせいなのか、日の当たるところにいると周囲の視線に晒されて嫌な気持ちになるらしく、ジメジメとした路地裏に入ったところで、ここに辿り着いたそうだ。

 そして、ここからが大事なところで、何と背負わされた借金の返済期限は明日。
 このままだと奴隷堕ちが濃厚なようで、今にも死んでしまいそうなほど絶望的な表情をしていた。

「———そうですか」

「……マスターならどうする?」

 ただのバーのマスターに聞いても解決しないことは分かっているはずなのに、シエルは弱々しい声色で言葉を紡いだ。

「そうですね……失礼ですが、借金の額はどのくらいですか?」

 駆け出しの冒険者ということなので、そんなに大きい額ではないはずだ。

「……一千万ゼニー。私、もうダメかも」

 シエルは空笑いを浮かべながら答えた。
 
 一千万ゼニーか……。
 Sランク適正のクエストを十回こなせば稼げる額だが、駆け出しとなると死に物狂いになっても短期間での返済は絶対に不可能だ。
 俺ならとっくに絶望しているに違いない。
 四人暮らしの一般的な家庭が五年は楽に暮らせる額である。

 ただ、そんな借金をチャラに出来る方法が一つだけある。

「ご存じかどうか分かりませんが、奴隷に堕ちれば借金はゼロになりますよ。明後日は半年に一度の奴隷オークションの日なので、その際に誰かに買ってもらえば、合法的に借金は無くなります」

 奴隷堕ちすれば、借金の支払い義務は奴隷から奴隷を購入した主に移るのだ。
 借金そのものが消えるわけではないが、本人の支払い義務がなくなる。

 まあ、主から借金と同程度の働きを言い渡されて潰された奴隷も中にはいるが、それは稀有な例だ。
 基本的に負債まみれの奴隷を買うやつなんて飛び抜けた金持ちしかいないので、借金は実質チャラになると言える。

「……え? そ、それなら、またやり直せるかも! あ……っ、でも、私みたいな女を買うのなんて……」

 シエルは一瞬だけ希望に含んだ表情になったが、最悪の場合を想定したのか、すぐに俯いてしまった。

 おそらく、女をモノとしか見ていない悪徳な貴族に買われることでも想像したのだろう。

 ただ……。

「お気持ちはお察しいたしますが、そうとも限りません」

「どういうこと?」

「ただの屋敷のお手伝いとして雇われる可能性もありますよ? それこそ、財があれば一般人でも奴隷を買うことは可能ですから」

 奴隷は金さえあれば買うことができる。
 それこそ、俺のような貴族ではない一般人でさえ。

「……そんな小さい可能性に賭けられないよ!」
 
 シエルはジュースを一気に煽ると、やるせない憤りを露わにした。瞳には涙が溜まり、相当追い詰められていることがわかる。

「話は変わりますが、お客様は接客の経験はありますか?」

「……いきなりだね。家の手伝いくらいならあるよ」

「ふむ。では、これからも冒険者として活動していく気概はありますか?」

 元のパーティーメンバーから派手に騙されても尚、冒険者として活動を続ける気概があれば、今後も一人で生きていけるだろう。

「……わからない。でも、また同じことをされたらって思うと難しいかも……」

 暫しの沈黙の後に、シエルは重たい口を開いた。

「辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません」

 聞きたかったことを聞けたので、俺は無礼を働いたお詫びとして頭を下げる。

「いいの。私の話を聞いてくれたのはマスターだけだったから……それで、お代は———」

「———結構です。御無礼を働いたお詫びとして、今回は私の奢りです。お客様の御武運をお祈りしております」

 シエルはのっそりと席を立ち、肩下げのカバンに手を伸ばしたが、俺は首を横に振って断った。
 今後のことを考えれば安いものだ。

「ありがと。バイバイ、マスター。またどこかで会えたらいいね……」

 シエルはふらついた足取りで店を後にした。

「お気をつけて。またどこかで……」

 ぱたりと扉が閉まる。
 同時に俺は考えた。

「ふぅ……明日と明後日は休みにするか」

 一つ息を吐き、空になったグラスを洗い場に置いた。

 明後日は半年に一度の王都の名物行事———奴隷オークションがあるので、開店二日目にして店を休みにすることにした。

 奥の金庫から金をたんまり持っていくとしよう。彼女を購入することができれば、店の看板娘として雇えるので、ゲスイ貴族に競り負けるわけにはいかない