斬撃波は、やり方を頭の中で理解し何度も試して慣れてしまえば特段難しい技ではない。
 そもそも斬撃波は文字通り斬撃の波動を放つ技だ。
 理屈としては簡単で、単に魔力を剣に宿してそれを弾き飛ばすだけだ。

 しかし、斬撃波は威力が高く、おまけに使い勝手が良いせいか、主に常習者となるAランク以上の冒険者はそれを誰かに教えようとはしない。
 競争が激しい冒険者同士で師弟関係を築くことは滅多になく、皆が互いを敵として認識し切磋琢磨に励んでいるのだ。

 故に斬撃波は限られた人間のみが発動可能な唯一無二の一撃として考えられてきたというわけだ。

「しっかり見とけよ?」

 俺は逆手に持つダガーに僅かな魔力を集約させた。

 魔力は小さなダガーに膜を張るように覆っていくと、目視可能な真白い光を帯び始めていく。

「まずは魔力をダガーに込める。次に魔力を切り離して斬撃として放つ必要があるんだが、これは手元の感覚で大丈夫だ」

 一番最初の魔力を物に纏わせる作業が最も苦労する部分なので、それさえクリアできれば魔力を放つこと自体は容易である。
 魔法が少し扱える人間なら、双方躓くことはないだろう。

「……ば、バカな……!? どうして貴様のような何でもない男が……」

 大剣使いの男はたじろいで困惑していたが、まだ本題の斬撃波は完成していない。

「後は最後に放つだけだ。受け止めろよ? ほら!」

 俺は男に適当な注意を促すと同時に、ダガーを軽く振るって小さな斬撃の波動を放った。

「っ!?」

 男は即座に大剣を構えたが、力の一割も出していない斬撃波なのでそんなに心配する必要はない。

 現に、のろのろと直線的に男に向かって進む真白い斬撃波は、数秒経ってやっと着弾しようかという位置だった。

 やがて、男の眼前まで斬撃波が差し迫ったが、男は大剣の太い身幅を生かしてあっさりと防御した。

「これが……斬撃、波?」

「少しでも魔法が使えるなら試してみるといい。ちょうどそこで氷漬けになってる少年と魔法の練習でもしたらどうだ?」

「……随分と上からものを言ってくれるな」

 男は自身の大剣と氷漬けにされている少年を交互に見ながら呟いた。
 どこか不快感とやるせない感情がトーンの低い声になって現れている。

 悔しさを感じるのは、まだまだ成長する見込みがあるということだ。少年とともに力をつけてほしい。

「事実だからな……っと、まあ、レッスンはこの辺にして、そろそろちょうど良い頃合いだし、決着をつけてもいいか」

 俺はダガーを放り投げて一つ息を吐いた。

 時間が惜しいのにアレンにはそれなりのアピールが必要なので、こうして彼らに長々と付き合ってしまったな。

「ふんっ、確かに斬撃波は見事だったが、その程度の威力ではこの重厚な鎧を打ち砕くことは不可能!」

「……」

 胸を張って鎧の重厚さをアピールしているが、別に鎧を打ち砕いて倒す必要は全くない。
 無論、魔法で胸を貫き瞬時に命を刈り取ることも可能だが、そんな残酷な真似をするつもりはない。

「さあ、今度は貴様からかかってこい!」

「ちょっと痺れるぞ?」

 俺は威勢の良い男に言葉を返さずに、地を駆け抜けた。
 一瞬のモーションすら見せなかったので、もう懐に忍び込んでいるというのに男は俺が動いたことすら認識していない。

 重厚な鎧に頼りすぎたが故の油断と慢心だろう。

 大切にしている装備だろうし壊すのは忍びないので、しっかりと鎧越しに直接的なダメージを与えてやろう。

雷鳴掌底(スタン・ボルト)
 
 俺は男の腹部の辺りに右の掌をそっと添えるようにして密着させると、同時に雷魔法を発動させた。

 刹那。部屋の中はコンマ数秒程度の短い時間だけ眩い光に支配されたが、それは束の間のことだった。

「鎧越しに攻撃を喰らうなんて初めての経験だろ?」

「ぁ……がっ……」

 俺が鎧から掌を離して呟くと、男は声にならない声をあげて力無く倒れ伏した。
 鎧からは焦げたような煙が上がり、表面にはバチバチと小さなイカズチが見える。

 一人は氷漬け、もう一人は雷で気絶。

 相手のウィークポイントを突きつつも勝利を収めた結果だ。

 さて、部屋の外に受付嬢が待ってる気配も感じないし、アレンは未だ最上階にいるようだ。

 待つのも億劫なのでこちらから向かうとしよう。

瞬間転移(テレポート)