「凄いうるさいというか騒がしいけど、何かあったのかな?」

 晴れ渡る空の下。シエルは眩い太陽の光に目を細めつつも、普段よりも騒がしい王都全体の雰囲気に驚いているようだった。

「これを見てみろ」

「何これ……新聞?」

 俺はローブの懐から新聞を取り出してシエルに手渡した。
 絶対に聞かれると思って持参していたのだ。

「読んでみろ。きっと驚くぞ?」

「……え? えーーーー!? なにこれぇー!?」

 騒がしい辺りの人々に負けないような声で驚愕するシエルは、穴が開きそうなほど新聞を凝視していた。

「誰かがルーナたちを裁いたらしい」

「そ、そうなんだ……アレンさんがやったのかな?」

「わからない」

「……少し複雑な気持ちだけど、ちゃんと捕まってよかったね」

「そうだな」

 驚くシエルに対して俺は平然と無難に言葉を選んで返していく。
 受付嬢が初級冒険者を騙して、奴隷堕ちさせて大金を巻き上げていたなんてとんでもない悪行だ。
 アレンはよくそれらを隠さずに公表するに至ったな。ギルマスともなれば周囲の権威や自身の評判、地位に関わるゴシップだろうに、やはりバーで話した感じもそうだが正しい心を持っているのだろう。

 後は頼む。俺は静かに暮らしたいんだ。

 そんなこんなで適当に話しながらも街を歩いていると、数メートル先に見覚えのある男の姿があった。

「あっ、アレンさんだ!」

 シエルは大きな声でビシッと指を差した。
 アレンは悩ましげな顔つきで複数人の男たちと会話をしていたが、こちらに気がつくとおもむろに手を上げながら近づいてきた。

「ん? おお、マスターとお嬢ちゃんじゃねぇか。こんなところで何してんだ?」

「今日は買い出しに来たんです。それにしてもルーナさんが捕まったって聞きましたけど、誰が捕まえたんですか?」

 シエルは素直すぎる性格が故に何も隠すことなく直球で質問をぶつけた。
 こういう胆力は凄いと思う。見た目は若い兄ちゃんではあるが、一応相手はギルマスだっていうのに、対等に接するのは才能だ。

「それがわからねぇんだよ。ギルドの最上階にオレの執務室があるんだが、そこに縄で縛り付けられたルーナと三人組の男たちがいて、側にはメモがあったんだ」

「メモ、ですか?」

「黒幕の名前が書いてたよ。匿名でな。おかけでルーナへの尋問もあっさり済んだんだが、その黒幕ってのが厄介なんだ」

 アレンはシエルが関係者であることを知っているからか、特に包み隠すことなく堂々と明かしてくれた。
 
 俺としては全て把握済みどころか自分でやったことなので特にリアクションはしない。
 アレンの前ではバーのマスターを演じる必要があるため、科目に厳かな面持ちでじっと会話を聞き耳を立てるだけだ。

「黒幕って……誰なんですか?」

「……単独で正義を振り翳すことはできるが、正直言ってギルマスやってるオレが手を出せる相手じゃねぇんだよ。たくさんの冒険者の今後を考えるとあまり揉めたくない相手だな」

 シエルの質問に対してアレンは顔を歪めながら答えた。
 苦虫を噛み潰したような表情で、やるせない気持ちになっていることが一目でわかる。

「アレンさんが手を出せないって……そんなに黒幕って凄い人なんですね」

 シエルは腕を組んでうんうんと頷いていた。

 確かに、公爵家の一人息子であるチャーリーを裁くために、ギルマスがたった一人で何かをするのは難しいだろう。
 
 となると、黒幕の正体をあえて新聞に書き込まなかったのは、ルーナと三人組の男たちの証言だけでは信憑性に欠けるからか? それともチャーリーへの宣戦布告か? 危機感を与える作戦かもしれないな。

 どのみち確かな証拠がない以上は堂々と公表して逆恨みを買って、冒険者ギルドに圧力をかけられたら経済的にも逼迫することになるだろうし、その選択は間違いではないな。

 ベストな判断は冒険者ギルドが全く無関係な外部の人間を雇って、チャーリーの悪事を暴かせることだな。
 
「きっと正体を知ったら腰を抜かすぜ? だから、今はフリーの情報屋とか密偵を探してるんだ。金を積めば動いてくれそうな奴に頼んで、何とか黒幕の悪事を白日の元に晒すつもりだ。じゃねぇと、今後も被害者が出ちまうからな。朝っぱらから大量に新聞を刷って記事にして、王都中を駆けずり回ってヘトヘトだぜ……」

 アレンは俺と全く同じ思考だったが、この様子だと依頼を頼めそうな人は見つかっていないらしい。
 依頼をするにしても、公爵家への諜報をしてくれと言って素直に頷く奴は滅多にいないと思う。

 そもそもチャーリーが黒幕なのだと事前に明かすのは禁忌だろうし、結果的に依頼の説明も曖昧になってしまい、情報が不透明だからこうなるのも当然だ。