「……歓楽街なんて久しぶりにきたな」
 
 煌びやかで眩い街並みを見ていると、思わず意識が覚醒してしまう。

 確か、どっかの国の王女かなんかが拉致されたとかで、だいぶ昔にここに来た記憶がある。あっさりと解放したのであまり覚えていないが……。

 それにしても、やはりここは特殊だな。

 男女が欲を満たすためのお店が無数に建ち並んでおり、老若男女を問わず様々な種族の人々が行き交っている。

 正直言って、あまり好きな場所ではない。
 いや、むしろ嫌いだ。

「はぁぁぁぁ」
 
 思わずため息を吐くと同時に、背後から何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

「ねぇーえ、お兄さぁん……あたしと遊んでいかない? 最高に気持ち良くて忘れられない夜にしてあげるよ?」

 俺の首に腕を回しながら話しかけてきたのは、これでもかと言わんばかりに肌を露出している女性だった。
 女性は俺の背中に胸を押し付けると、耳元に口を近づけて甘い声色で言葉を囁く。

 香水がキツイ。味覚と嗅覚がおかしくなりそうだ。
 人通りが多い通りに突っ立っていると、こうして話しかけられてしまうが、俺の返答は決まっていた。

「結構だ」

 俺は一瞥してから女性を払いのけた。
 すると、女性は途端に不愉快な顔つきになる。

「なによ! つまんない男ね! 金もなさそうだし弱そうだし! あたしもアンタなんかに興味ないわよ!」
 
 女性は先ほどまでの猫撫で声から一転して、強気で粗暴な口調で言い放つと、一方的に文句を垂れて立ち去っていった。

 勝手な性格だな。

 まあ、側から見れば、俺は歓楽街に遊びに来た若い男なのだろう。
 
 妖艶な女は道行く男を体で誘惑し、自身が勤めるお店へと巧みに誘い込む。
 紳士風の男は甘い言葉で道行くを誑かし、怪しげな裏路地へと連れていく。

 夜の世界は恐ろしい。お酒の単価も高く、席代まで取られるので、頑張って稼いだお金が一瞬にして消えてしまう。
 需要と供給がマッチしているので、当事者である彼らには何も言うつもりはないが、一途に冒険者をしていた俺からすれば完全なる別世界だった。

「……ルーナを探すか」

 辺りに立ち込める悶々とした独特の夜の香りに鼻をやられながらも、俺は目的の人物の姿を探すことにした。

 あまりにもお店が多いので分かりにくいが、ルーナの気配と魔力はギルドで話した時に記憶している。
 じっくりと気配と魔力を探知すればすぐに見つけられるはずだ。

「……」

 俺は大きな通りから外れて薄暗い路地裏に入り込むと、外界との感覚を断ち切って魔力探知に意識を集中させた。

 あまりにも広い歓楽街の中には無数の魔力が立ち込めている。
 その中からルーナを見つけるためには、まずは俺の魔力を歓楽街の全てに張り巡らせる必要がある。

 王都の一角を牛耳る広い歓楽街であろうと、俺の魔力を使って余裕で覆い尽くすことができる。
 
 そして、そこに張り巡らせた魔力の中は俺のテリトリーとなる。
 おおよそであるが、魔力を元にして人数や、その者の強さなどが瞬時にわかるのだ。

 中々に優れた力だが、意識を集中させる作業がかなり厳しいので、戦闘中などは使えない。

「……あー、いた。一人っぽいな」

 魔力探知を始めてから数分。
 俺はルーナの居場所をあっさりと突き止めた。
 こことは真反対の位置にいるらしい。
 そこにどんな建物があって、今何をしているのかについては全くわからないが、誰かと一緒にいるわけではなさそうだ。

瞬間転移(テレポート)

 俺は辺りに人影がないことを確認してから転移魔法を発動させた。

 とっとと接触を図って話を聞くとしよう。

 魔紙写で写し出したこれを見せつければ一発だろう。