「疲れたよぉぉぉぉぉーーーーーー!!」

 アレンが退店してから数時間後、シエルはベッドに勢いよく倒れ込むと、頬を緩めて柔らかな感触に酔いしれていた。

 もう既に日を跨ぎそうな時間になっているので疲れも溜まるだろう。

「……もう眠たいか?」

「うん……でも、私にできることがあるって言ってくれたから、眠いけどまだ頑張るね」

 俺の問いかけに、シエルは欠伸を噛み殺しながら答えた。目がしょぼしょぼしているように見えるし、相当眠気が襲ってきているようだ。
 
「そうか。じゃあ早速始めるからこっちに来てくれ」

「はーい」
 
 シエルはのそのそとベッドから抜け出すと、ゆったりとした足取りでこちらにやってきた。
 俺は部屋隅に置かれた横長の大きなソファに腰を下ろしており、彼女は一人分の間を開けて隣に座った。

「これからやるのは、シエルの記憶を紙に写す魔法だ。魔紙写(まししゃ)と言った方がわかりやすいか?」

「まししゃ?」

 シエルはまるで言葉を覚えたての幼子のような言い方をした。

「魔紙写だ。俺はこれからシエルの魔力と同期を図って、シエルが頭に思い浮かべた記憶をこの紙に写し出す」

 俺はより詳しい説明をすると、魔法収納(アイテムボックス)から適当な一枚の白紙を取り出した。

「えーっと……まししゃをやるのはわかったけど、私は何を思い浮かべればいいの?」

「自分自身を騙した三人の初級冒険者の顔だ。記憶に新しいだろ?」

「あっー! そういうことなら任せて! 何週間も一緒に過ごしたから顔は忘れてないよ!」

 シエルは補足の説明でようやく完全に理解することができたようだ。
 鼻息を荒くして張り切っている。

「それじゃあ、髪の色や長さ、瞳の色や大きさ、輪郭や首から下の容姿、ひいては服装まで、できるだけ鮮明に思い浮かべてくれ」

 俺は要点をざっと述べながらも、シエルの銀色の頭に右の手のひらを乗せた。
 少しだけ湿っている。先ほど、一通りの後片付けと作業を終えてお風呂に入ったからだろう。
 
「……もういい?」

「頼む」

 俺は瞳を閉じて唇に力を入れるシエルに合図を送った。
 そして、すぐさま魔力の同期を図り、左手で持つ白紙に視線を注ぎ込む。
 魔紙写は相手の記憶を自分の記憶として取り入れることで、それを鮮明に紙に写し出す魔法だ。かなりの集中力と魔力の消費が必要になるが、俺からすれば容易い作業である。

「……三人組の男性で……多分、こんな感じ……届いてる?」

「ああ。徐々に浮かび上がってきてるから続けてくれ」

 シエルが頭の中で鮮明に思い描いていくにつれて、俺が注視する白紙には薄らと人間の顔や全体像が現れていく。

 それから、しばしの沈黙が続くこと数分。

 覚えている記憶の全てを思い描き終えたシエルは、大きなため息を吐いて脱力した。

「ふぅぅぅ……なんか少しだけ疲れちゃった」

「お疲れ。さて、早速で悪いがこれを見てくれ」

「……え? す、すごい……! すごいよ! この三人だよ! 私のことを騙したのは!」

 俺が手渡した紙を確認したシエルは、紙を指差して興奮していた。
 騙されたという事実から、相手の顔は鮮明に覚えていたようだ。
 これなら捜索もしやすくなる。

「それにしても、見た目だけなら全員優しそうに見えるんだな」

 三人組の男の表情やルックスはどこをとっても温和だった。
 特にそれ以外に特徴はないのだが、だからこそ悪人には見えない。普通の見た目だからこそ人を騙すのに打ってつけなのだろう。

「うん。愛想も良くて、よく笑う人たちだったよ? 今思えば全部嘘だったんだろうけど、初対面であんなに話が合っちゃったら見破るのも難しいと思う」

「だよな……わかった。後は俺に任せてくれ」

 純情なシエルだからこそ狙われて騙されたのかと勝手に思っていたが、そういうことでもないようだ。
 次なる被害者が現れる前に早い段階で懲らしめておこう。

「任せろってどうするの?」

「まだ決めてないが、アレンに相談してみる」

 相談なんかする予定は今のところない。
 こんなものは単独行動で何とでもなる案件だからだ。

 嘘をついたのはシエルに心配をかけさせないために過ぎない。

「それなら安心だね。マスターって魔法は得意みたいだけど、戦いとかってしたことないよね?」

「あるぞ。昔、少しだけ冒険者みたいなことをしてたからな」

「えっ!? どのくらい強いの?」

 どのくらいと言われても……ドラゴンを氷漬けにしたり、幾つもの首を持つヒドラを業火で丸焼きにしたり、巨大ゴーレムを重力魔法で沈めたり……戦闘経験は多彩だと思うが、ここも適当に誤魔化しておくか。

「ぼちぼちだな。王都の冒険者に比べたら全然だったが、この三人組くらいなら多分勝てると思うぞ。だから安心してくれ。無茶はしない」

「わかったよ。マスターがそういうなら、奴隷である私が口出しするわけにもいかないもんね」

 シエルは意思を決めたのか、何度か首肯してから右手の親指を立てて笑った。
 奴隷どうこうについては気にしてないので言及してほしくないのだが、ここで触れると話が長くなりそうなのでやめておこう。

「ああ。任せてくれ。それより、もう眠たいんじゃないか? 今日は色々とあったし、早く休んで疲れを取るといい」

「うん。実はさっきからすっごく眠たいんだよね……おやすみ……」

 シエルはふらふらと覚束ない足取りでベッドへ向かうと、そのまま力無く倒れ込んで寝息を立てた。
 
 そりゃあ眠いはずだ。だって、こっそりと微弱な睡眠魔法をかけて徐々に眠気に誘われるように仕向けていたのだから。

「さて、行くか」

 立ち上がった俺はタキシードの上から黒色のローブを羽織り、居住スペースを後にした。

 アレンはルーナがほぼ毎日歓楽街に行っている噂があると話していた。ちょうどこの時間は歓楽街が一番栄えている頃だし、まずは向かって彼女を探してみるとしよう。

 この紙に描かれた三人の男の姿を見せて動揺した時には、全てを洗いざらい吐いてもらおう。
 ギルドで話した時にわかったが、ルーナは些か感情が表に出やすいタイプだった。きっと芋づる式に方がつくと思う。