「ん? いや、ちょっと待て。お嬢ちゃんはあの時会場で売買されていた奴隷なんだよな?」
「ええ」
途端に我に返ったアレンの問いに返事をする。
シエルが俺の奴隷という認識はゼロに近いが、事実として俺が購入した奴隷で間違いない。
「さっきは迎え入れたって言っていたが、まさかマスターはあの日の会場で起きたゴタゴタに遭遇してたってことはないよな?」
「一応、その場にはいましたよ」
俺が返事をすると同時に、隣に立つシエルがほんの僅かに肩を震わせた。わかりやすいリアクションを取るのは勘弁してほしいが、彼女は完全なる被害者なので、俺の意向を無理強いすることもできない。特に言及はせずに話を続けよう。
「……ちなみに、会場で黒髪で仮面の男は見かけなかったか?」
アレンは多少の疑いの念を俺に向けているようだ。
「見かけませんでしたね」
嘘は一切ついていない。
俺こそが仮面の男なのだから、第三者の視点から”見かける”ことなど不可能なのだ。
「そうかい」
「仮面の男を見つけたら、その時はどうするおつもりですか?」
「ん? 保護するんだよ。もしまだ王都に留まって隠れているのなら、オレが責任を持って外に逃がしてやるつもりだ。今回の一件で奴隷オークションの信頼はガタ落ちしたみたいだし、チャーリーだけじゃなくて、他の成金貴族たちにも一杯食わせることができるだろ?」
アレンは至極当然といったような表情だった。
同時にその言葉を聞いたシエルが僅かな笑みを浮かべて何かを口にしようとしていたが、俺はすぐさま横目で一瞥して言葉を制した。
アレンの考えに賛同して、真実を打ち明けようとしたのかもしれないが、それはダメだ。
この段階で打ち明けてしまうと、行動が制限されてしまう。
「……素晴らしい考えですね。私も仮面の男を発見したらすぐに報告します」
「おう。いつでもギルドに来てくれ。その時はこのコインを見せるとスムーズだぜ?」
アレンは胸元から取り出した一枚のコインを指で弾いてこちらに飛ばしてきた。
意図していなかったことだが、これでギルマスとバー以外で気軽に接触できることになったのはありがたいな。
「ありがとうございます」
俺は浅く頭を下げる。
「オレもマスターに興味があるから大丈夫だ。肉を焼いた火魔法だったり、隠しきれてねぇその強者のオーラ……いつかマスターの話も聞かせてくれよな?」
アレンは少しだけ神妙な面持ちだったが、最後には笑いかけてきた。
今はSランクパーティー『皇』に所属していた賢者だったという事実さえバレなければ何でもいい。
「ええ……その時が来たら必ず」
「よっしゃぁ! 話も済んだ事だし、オレは帰るっ!」
アレンはモヤっとした空気を振り払うように勢いよく席を立つと、懐からパンパンに膨れた麻袋を取り出した。
「お代は結構です。たくさん話も聞けましたし、今日は私の奢りということにしてください」
「いいのか?」
「ええ」
「ますますこの店が気に入った! また来るぜ! またな、マスター」
アレンは顔をほんのり赤らめながら退店した。
少々お酒に酔っているようだが、夜風をあびて外を歩けばすぐに覚めるだろう。
それくらい魔力を含有させた氷は効くのだ。
「さて……今日はもう閉めるか」
「うん。ね、ねぇ……マスター」
こうしてアレンが退店することで、今日も【ハイドアウト】は静かに閉店したのだが、シエルだけは何か言いたげな様子だった。
「どうした?」
「アレンさんに全部事情を説明したほうがいいんじゃないかな? 確かにマスターは私を助けてくれたけど、ルーナさんのバックに凄い貴族がいたら流石に……ね?」
「問題ない」
心配そうなシエルをよそに俺は即答した。
「え?」
「俺に任せろ。すぐに終わらせる」
「……あ、危ないことはやめてよ?」
シエルは困惑した様子で聞いてきた。
「もちろん」
この俺が危ない目に遭うことは断じてない。絶対にありえない。
「そこまで言うならいいけど……私にもできることってあるかな?」
「今後身につけてほしいのは、炊事洗濯家事掃除だな」
「もうっ! そういうことじゃなくて!」
上から見下ろして笑いかける俺の言葉にシエルはムッと頬を膨らませた。少々の負い目を感じているのか、どうしても手伝いたいようだ。
「冗談だ。シエルには後で手伝ってほしいことがある」
「え! なになに?」
「その前にまずは片付けと掃除を済ませるぞ」
パァッと明るい表情になっているところ悪いが、先に後片付けを済ませないといけないので、俺はアランが使用した食器類を全て回収して洗い場に置いた。
「う、うん! わかった!」
シエルは元気な返事をすると、テキパキとテンポよく皿洗いを始めたのだった。
彼女には皿洗いを任せる。俺はその間に床とカウンターの掃除をしておこう。
「ええ」
途端に我に返ったアレンの問いに返事をする。
シエルが俺の奴隷という認識はゼロに近いが、事実として俺が購入した奴隷で間違いない。
「さっきは迎え入れたって言っていたが、まさかマスターはあの日の会場で起きたゴタゴタに遭遇してたってことはないよな?」
「一応、その場にはいましたよ」
俺が返事をすると同時に、隣に立つシエルがほんの僅かに肩を震わせた。わかりやすいリアクションを取るのは勘弁してほしいが、彼女は完全なる被害者なので、俺の意向を無理強いすることもできない。特に言及はせずに話を続けよう。
「……ちなみに、会場で黒髪で仮面の男は見かけなかったか?」
アレンは多少の疑いの念を俺に向けているようだ。
「見かけませんでしたね」
嘘は一切ついていない。
俺こそが仮面の男なのだから、第三者の視点から”見かける”ことなど不可能なのだ。
「そうかい」
「仮面の男を見つけたら、その時はどうするおつもりですか?」
「ん? 保護するんだよ。もしまだ王都に留まって隠れているのなら、オレが責任を持って外に逃がしてやるつもりだ。今回の一件で奴隷オークションの信頼はガタ落ちしたみたいだし、チャーリーだけじゃなくて、他の成金貴族たちにも一杯食わせることができるだろ?」
アレンは至極当然といったような表情だった。
同時にその言葉を聞いたシエルが僅かな笑みを浮かべて何かを口にしようとしていたが、俺はすぐさま横目で一瞥して言葉を制した。
アレンの考えに賛同して、真実を打ち明けようとしたのかもしれないが、それはダメだ。
この段階で打ち明けてしまうと、行動が制限されてしまう。
「……素晴らしい考えですね。私も仮面の男を発見したらすぐに報告します」
「おう。いつでもギルドに来てくれ。その時はこのコインを見せるとスムーズだぜ?」
アレンは胸元から取り出した一枚のコインを指で弾いてこちらに飛ばしてきた。
意図していなかったことだが、これでギルマスとバー以外で気軽に接触できることになったのはありがたいな。
「ありがとうございます」
俺は浅く頭を下げる。
「オレもマスターに興味があるから大丈夫だ。肉を焼いた火魔法だったり、隠しきれてねぇその強者のオーラ……いつかマスターの話も聞かせてくれよな?」
アレンは少しだけ神妙な面持ちだったが、最後には笑いかけてきた。
今はSランクパーティー『皇』に所属していた賢者だったという事実さえバレなければ何でもいい。
「ええ……その時が来たら必ず」
「よっしゃぁ! 話も済んだ事だし、オレは帰るっ!」
アレンはモヤっとした空気を振り払うように勢いよく席を立つと、懐からパンパンに膨れた麻袋を取り出した。
「お代は結構です。たくさん話も聞けましたし、今日は私の奢りということにしてください」
「いいのか?」
「ええ」
「ますますこの店が気に入った! また来るぜ! またな、マスター」
アレンは顔をほんのり赤らめながら退店した。
少々お酒に酔っているようだが、夜風をあびて外を歩けばすぐに覚めるだろう。
それくらい魔力を含有させた氷は効くのだ。
「さて……今日はもう閉めるか」
「うん。ね、ねぇ……マスター」
こうしてアレンが退店することで、今日も【ハイドアウト】は静かに閉店したのだが、シエルだけは何か言いたげな様子だった。
「どうした?」
「アレンさんに全部事情を説明したほうがいいんじゃないかな? 確かにマスターは私を助けてくれたけど、ルーナさんのバックに凄い貴族がいたら流石に……ね?」
「問題ない」
心配そうなシエルをよそに俺は即答した。
「え?」
「俺に任せろ。すぐに終わらせる」
「……あ、危ないことはやめてよ?」
シエルは困惑した様子で聞いてきた。
「もちろん」
この俺が危ない目に遭うことは断じてない。絶対にありえない。
「そこまで言うならいいけど……私にもできることってあるかな?」
「今後身につけてほしいのは、炊事洗濯家事掃除だな」
「もうっ! そういうことじゃなくて!」
上から見下ろして笑いかける俺の言葉にシエルはムッと頬を膨らませた。少々の負い目を感じているのか、どうしても手伝いたいようだ。
「冗談だ。シエルには後で手伝ってほしいことがある」
「え! なになに?」
「その前にまずは片付けと掃除を済ませるぞ」
パァッと明るい表情になっているところ悪いが、先に後片付けを済ませないといけないので、俺はアランが使用した食器類を全て回収して洗い場に置いた。
「う、うん! わかった!」
シエルは元気な返事をすると、テキパキとテンポよく皿洗いを始めたのだった。
彼女には皿洗いを任せる。俺はその間に床とカウンターの掃除をしておこう。