時は流れて夜になり、【ハイドアウト】は今日もひっそりと開店していた。

 ただ、今のところお客さんが一人も来ていないこともあって、俺は合間を見ながらシエルに仕事を教えていた。

「……んー、グラスを磨くのもコツがいるんだね」

「一般的なワイングラスやショットグラス、大小サイズの異なるジョッキ……これに加えて、それぞれ材質も違ったりするから意外に大変かもな……大丈夫そうか?」

 初歩的だが奥が深く、それでいて最も単調かつ大切な作業であるグラス磨きだが、シエルは少々苦手なようだ。

「うん! 早く覚えられるように頑張るね!」

 シエルは真白い布でグラスを磨きながらも快活な笑みを浮かべた。

「もう割るなよ?」

「あの時はわざとじゃないからね!?」

 ふざけてからかった俺の言葉を聞いたシエルは、バッとこちらに視線を移して睨みつけてきた。

「冗談だ」

「もう……」

 呆れたようにシエルが息を吐いたのとほぼ同時のことだった。

 古風な加工を施した店の出入り口扉が勢いよく開かれる。
 現れたのは素面(しらふ)に見えるのに、少しばかりテンションの高い若い男だった。

 ちょうど聞きたいことがあったからナイスタイミングだ。

「いらっしゃいませ。アレン様」

 少し前から接近していることを気配で察知していた俺は、間髪入れずに来客に頭を下げる。
 今回はシエルは隅に移動せずに俺の横で待機している。

「マスター、前は悪かったな。ちょっとくだらない会食の用があったのを忘れてたんだわ」

 つまらなさそうな口調で挨拶をしてからカウンター席に腰を下ろしたのは、王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしているアレンだった。
 チャラけた風貌と雰囲気であるが、饒舌で頭の回るタイプだと思う。

「いえいえ。またいらしてくれると思っておりましたので心配は無用です。それで、本日はいかがなさいますか?」

「そうだなぁ……今日の仕事はもう終わったし、かなり重ための料理とか頼めるか? メニューは任せる」

「かしこまりました。嫌いなものやアレルギーはございますか?」

 この質問を忘れると事故に繋がり、相手からの信頼を損ねてしまう危険性が高いので、しっかりとヒヤリングする必要がある。

「特にないが、パワフルで腹持ちのいい料理だと嬉しいな。魚より肉って気分な。それと、酒は前回と同じやつで頼む」

「気に入ってくれたのですね」

「まあな。料理にも期待してるぜ?」

 アレンは慣れた様子でキザなウインクをすると、カウンターに両肘を乗せて指を組み、自身の口元に持っていった。
 偉そうな雰囲気をビシビシ醸し出しているが、実際立場的に偉い人なのでどこか様になっている。

「お任せください」

 一つ微笑みを返した俺は、まずは前回と同様にウイスキーの炭酸割りを作り、彼の前に差し出した。
 それから小さい声でお礼を言うアレンの顔を一瞥すると、すぐさまカウンター下に設置された冷蔵庫の中を確認した。

 膝を曲げてしゃがみこみ思考する。

 パワフルで腹持ちの良い料理で、気分的には魚よりも肉。
 いちいち迷うことはない。
 さて、アレを出すか。