「あの時の私は王都に来て冒険者になったばかりで浮かれちゃってたから、人を疑うとかそんなことは考えてなかったんだよね……今思えば、怪しいところはたくさんあったかも」

「そうか」

 シエルは後悔の念を表すように眉間に皺を寄せていた。その気持ちは俺にもわかる。俺だって初めて魔法を使えた十数年前は昂って我を失っていたと思う。
 冒険者になってすぐできた仲間や、冒険者について熱心に教示してくれた受付嬢のことは疑いたくないもんな。

「……ねぇ、本当にルーナさんは悪い人なの?」

「まだ証拠はないが、善人ではなさそうだな」

 おずおずと尋ねてきたシエルに対して俺は迷いなく答えた。
 ただ、シエルを嵌めることで得られる旨みがわか、ないな。
 
 彼女が奴隷に堕ちることで得する人物は誰だ?
 それを命じている人物が真の黒幕か?

 今ここで考えても分かりそうもないな。

「シエル。これからは初対面の相手は必ず疑え。誰であろうと絶対だ。いいな?」

「う、うん……」
 
 立ち止まった俺はシエルの方に手を乗せて目を見て言葉をかけたが、彼女はいまいち理解していない様子だった。根っからの善人なのだろう。人を疑う気持ちを一切知らない優しい顔をしている。

 だが、それでは生きていけない。

「王都はシエルが思っているよりも物騒なんだ。特に冒険者なんて命知らずのバカがやる仕事だ。高い報奨金と命を天秤にかけて、誰もが死に物狂いで戦っている。おかしなやつも少なくない。人を騙して悦に浸ったり、モンスターの大群を別のパーティーにわざと押し付けたり、魔法を意図的に暴発させて無害な村を燃やし尽くそうとしたり……中には残虐な奴もいるんだ。だから、もう少し警戒心を持った方がいい。わかったか?」

「……わかった」

「悪い、説教みたいになっちまったな」
 
 少し瞳を潤ませながら返事をしたシエルを見て、俺は一つ咳払いをして彼女に謝辞を述べた。
 ついつい真面目な声色で長々と言葉を垂れてしまったな。申し訳ない。

「大丈夫。マスターが私のことを思って言ってくれてんだってことは伝わったから!」

「ふっ……そうか。それじゃあお腹も空いてきたし早く帰ろうか」

「うん!」

 元気に返事をしたシエルはサラサラの銀髪を揺らして歩き始めた。
 俺はそんな彼女を駆け足で追いかける。

 色々と話し込んでしまったが、知り得た情報もたくさんあった。
 またどこかでアレンに会えたら、ルーナのことについて聞いてみたいな。
 彼女の評判や過去の悪行について何かわかるかもしれない。場合によってはシエル以外き被害者がいる可能性も高いので、少しばかり探りを入れたいところだ。