シエルは元気に片手を上げながら明るく声をかける。

「ルーナさん! お久しぶりです!」

「ッ! シ、シエルさん……?」

 シエルの姿を見たルーナは露骨に驚いた表情を浮かべて動揺していた。
 瞳が大きく揺らいでいる。

 それじゃあバレバレだ。自分が悪いのだと自白したも同然である。

「私の顔に何かついてますか?」

「い、いえ! そういうわけでは……と、ところで、本日はどのようなご用件ですか?」

「あっ、そうそう。実は冒険者を辞めたからその挨拶に来たんです。色々とお世話してもらったのにすみませんでした」

 狼狽えるルーナに対して、丁寧な面持ちと口調でシエルは軽く頭を下げた。

「そ、そういうことでしたか。ところで、そちらの方は……?」

「えーっとね、この人は———」
「———初めまして。私はスニークと申します。こう見えてもシエルの所有者です。どうぞ、よろしく」

 俺はシエルの言葉を遮ると一歩前に躍り出て挨拶をした。
 すると、シエルとルーナはポカンと口を開けて固まってしまった。

「は? しょ、しょゆうしゃ……?」

「マスター! 間違ってないけど、あんまりルーナさんを困らせないでよ!」

 二人それぞれ内心思ってることはまるで違うことだろう。特にルーナは言葉をこの瞬間では理解できずに首を傾げている。

「悪い悪い。それで……ルーナさん。随分とシエルがお世話になりましたね。ええ、本当に。まだ確信には至っていませんが、私は貴女のおかげでシエルの所有者になれたんだと思います。感謝します」

「……」

 俺はルーナの目を捉えて離すことなく笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 すると、彼女は瞬時に俯き肩をすくめた。

 ビンゴだ。その態度と挙動はもう”私がやりました”と言っているようなものだ。
 全く、罪の意識があるなら最初からそんなことしなければいいのにな。

「マスター? やっぱりルーナさんと知り合いだったの?」

「いや、初対面だ……ですよね? ルーナさん?」

 何も理解していない純真無垢なシエルの問いかけに答えた俺は、俯くルーナに優しい声色で同意を求めた。
 しかし、ルーナが返事をしないので、俺は彼女の耳元に顔を近づけて口を開いた。

「……また今度顔を出すから、その時までに言い訳を考えておくんだな」

「ッ!!」

 ルーナは驚愕と恐怖が混同したように全身を震わせていた。

「さて、帰るか」

「う、うん。またね、ルーナさん」

「ええ……さようなら、シエルさん」

 いきなり踵を返した俺に驚きながらも、シエルはルーナに挨拶をして俺の後を追ってきた。
 ルーナも少しだけ視線を上げると、感情のこもっていない声色で返事をする。

「……黒幕ってのは案外一番身近にいるんだな」

 きっとルーナは何らかの手段を用いて初級冒険者パーティを手中に収めて、彼らを使ってシエルに多額の借金を背負わせたのだろう。

 俺は特に正義を執行するような善の心やそんな趣味はないのだが、やはりいざ悪行を目の前にすると不快な気分になる。シエルのためにも俺が全てを晴らしてやろう。