「ふーん……って、マスター詳しすぎない? もしかして元々冒険者だったり? それとも、どこかのパーティーで魔法使いをしてたとか?」

 シエルは俺の全身を上から下までじっくりと眺めると、何やら興味ありげな声色で聞いてきた。

「いや、まあ……昔ちょっとな」

 あまりの鋭さに俺は狼狽えた。
 ここで正体をバラすか? でも、実は賢者でしたって言っても信じてもらえるわけないか。
 そもそも冒険者はもう辞めたのだから、俺は平穏に暮らしていたい。

 よって、正体を打ち明ける必要は全くない。

「でも、そんなわけないよね。元々冒険者をやってた人がバーのマスターになんてなるわけないし」

 俺が誤魔化しの言葉を吐く前に、シエルはやれやれと言った様子で一人で納得してくれた。

 更に深掘りされても面倒なので、ここらで適当に話を切り上げるとしよう。
 
「……まあ、仕事については時間をかけて慣れればいい。さて、この後は明日の営業に備えて買い出しに出るが、一緒にどうだ?」

「もちろん行くよ!」

 俺の誘いに対してシエルは快い返事をした。

「わかった。じゃあまずは裏にあるお風呂にでもゆっくり浸かってくるといい。着替えは脱衣所の近くのクローゼットから適当に選んでくれ」

 俺はそれだけ言うとカウンター側の椅子に腰を下ろして息をついた。
 クローゼットの中には俺の普段着しかないが、大きくても着ることはできるだろう。

「え? お風呂なんてあるの?」

 シエルが驚くのも無理はない。お風呂なんて位の高い貴族の家にしかないのだ。
 火魔法と水魔法を用いた魔道具を利用し、心地よいシャワーを浴びることもできるし、浴槽の中に常に新鮮かつ適温のお湯を供給することもできる。

 素晴らしい発明だが、その代わりにデメリットもある。
 それは、魔道具そのものが高価すぎる点とすぐに壊れてしまう点だ。元の値段も高く、維持費も嵩む。

 まあ、魔法が得意で魔道具作成も自在にできる俺からすれば、上手く改良を重ねて最高のお風呂を作り上げることなど造作もないのだが。

「好きなんだ」

 俺は単純にお風呂が好きだった。
 心も体も清潔になれるし、ゆったりとした時間が心地良い。

「お金持ちなんだねぇ」

「まあ、否定はしない。俺はここで待ってるから早く行ってこい」

「はぁーい!」

 シエルはぱたぱたと裏の居住スペースに向かって走っていった。

「……買い物リストでも作っておくか」

 俺は魔法収納(マジックボックス)から小さなメモ用紙とペンを取り出した。

 思いつく限りの品を適当に書き記していく。
 普段の二人分の食材や店で提供するアルコールや軽食、加えてシエルの服を一式。
 
 そろそろ夕方になるので、暗くなる前には買い物を済ませたいところだ。
 王都は夜になるとより一層栄えてくるので自然と人も多くなる。パパッと済ませたい。

 シエルの準備が整い次第、今日の夜はバーを開店したいな。