家に帰ってしばらくするとチャイムが鳴った。毎年恒例、ゆかりからのチョコレートケーキに違いない。
 玄関に出ると、郵便配達の人が紙袋を持っていた。昨年までとは違って、今年はあんまり大きくない。
 差出人は昨年までと同じ。

「簡易書留です。すみませんが印鑑をお願いできますか?」

 配達員が帰ってから部屋で紙包みを開けてみる。十センチ四方の小さな箱。金色の包装紙に銀のリボン。包装紙をはずすと白い箱。箱を開けたら……。

 チョコだと思っていた。けれどもそこにチョコはなかった。

 大きなダイヤモンドの指輪が入ってた。

 僕、宝石のことなんか、よく分からない。でも高い値段だと思う。宝石店の鑑定書まで入っていた。
 「ミソノジュエリー」。ネットでも名前を見かける有名店だ。
 すぐ「ミソノジュエリー」に電話してみた。
 
「葛城ゆかりさんから三年前に予約を受けました。本日、渡すようにしてほしいということでした。料金も受け取っております」

 ゆかりと最後に会ったときの言葉を思い出す。

「どうせ、うちしか相手いないんだし、結婚してあげる。高校出たらすぐでもいい……」

 ゆかりのお母さんから聞いたこと。

「仲のいい看護士さんに付き添ってもらって院内の郵便局に行っていた。そこで支払いの手続きしたみたい。調べてみたら、ゆうちょの通帳、ほとんど残高がなかった……」

 チョコレートの代金くらいなら、お母さんに頼めばやってもらえる。でも高額な指輪の代金なら、いくらなんでも反対されるだろう。だから自分で支払いの手続きしたんだ。

 ダイヤの指輪が僕の方を見て、キラキラと光っている。
 光の中に、ゆかりの顔が浮かんだ。あいつがよく見せた表情。ニーッって意地悪く笑って、上から目線で僕のことを見ている。
 あわてて箱にフタをする。思わず大声で叫んでいた。

「勝手に決めないでよ! 嬉しくなんかないから」

 いつだってそうだった。勝手に予定決めて僕を従わせた。僕の都合なんておかまいなし。
 僕の手、引っ張って駅に行って、券売機で切符を二枚買って僕に握らせた。
 
「勝手に考えて! 勝手に決めて! 勝手に僕を引っ張ってく! ゆかりは三年前に死んだんだろう。生きてる僕の予定なんか……」

 僕は指輪の箱をにらみつけていた。 

「生きてる僕の予定なんか、勝手につくらないでくれ!」