中学三年生のバレンタイン。

「佑くん」

 放課後の教室。クラスメイトの秋月彩良(あきづきさら)さんが声かけてきた。成績はクラスで一番。僕が二番。

「はい。佑くんに」

 ショートカットにパッチリした目が、ニッコリ僕に笑いかける。手の平には二十センチくらいの箱にピンクの包装紙がかかってる。

「ありがとう。嬉しいな」

 心からお礼を伝えた。

「気にしない。それより日曜でいいよね。ふたりとも高蔵高校に推薦決まったし……」

 ふたりでレジャーランドに行く約束してた。

「OK」
「だけど佑くん」

 秋月さんが苦笑い。

「電車の切符くらい、自分で買えるようになってね」
 
 僕は恥ずかしくて下を向く。

「ごめんなさい。僕、大丈夫だから」

 家に帰ったら宅急便が来ていた。ゆかりからだった。母が僕の部屋に運んでおいてくれた。
 ずいぶん大きな宅急便の箱を開けたら、赤い包装紙に包まれた一メートル四方の箱。
 バレンタインのチョコレートだ。ゆかり、約束通り送ってきたんだ。すぐにバレンタインの箱を開けてみる。
 アレレ? チョコだと思ったのに……。
 チョコがない??? 大きな箱の中には白い封筒。中には便箋が三枚。

 <木戸君。

 お元気ですか? 葛城ゆかりの母親です。高校受験はどうですか?
 ごめんなさい。勉強の邪魔をすることになると思います。
 ゆかりはね。

 『木戸君の受験の邪魔しちゃいけない。高校が決まった三月末くらいに連絡して』

 そう言い残してました。
 でもゆかりが残していたバレンタインの箱。ゆかりは最後の最後まで、約束通り木戸君に、手作りのバレンタインのチョコレートケーキを贈るつもりだったんです。
 ゆかりとの約束を破って、やっぱり木戸君に教えることにしました。
 驚かないでください。ゆかりは二月六日に亡くなりました。
 小さいときにかかった病気が再発したのです。もともと夏休みは、定期的に病院で検査していました。引っ越したのは、いままで定期的に通っていた専門の病院に入院するためです。引っ越してからは、中学校には通ってません。
 ゆかりは木戸君を心配させたくないって、病気のことだけは話しませんでした>

 手紙には、ゆかりの症状が十月頃から悪化し、手紙も書けないほど衰弱したことが詳しく書かれていた。「夏休みに遊びに来るように」と書かなかった理由が分かった。

 <本当は二年のときだって体の調子は悪かった。でも木戸君の前ではかっこつけてた。手紙書くのだってつらかったけど、パソコンを使って一生懸命書いてたの。
 木戸君に手作りのチョコケーキ贈ると言ってたけれど、とうとうかないませんでした。でもせめて、ゆかりの心だけは受け取ってほしい。
 わがままで乱暴で木戸君に迷惑ばかりかけたと思っています。イヤだったことは私も分かっています。
 それでもでもゆかりが、どんなに木戸君のこと大切に思っていたかだけは知って欲しいと思います。それから葬式は家族葬で済ませました……>

 僕は、ベッドの上に横になった。やっぱり涙が出てきた。イヤな思い出だけだと思ってた。
 でもゆかりが天国に行ってしまったら、楽しい思い出しか残らなかった。ゆかりがいるから、自分では何も心配せずにレジャーランドだって、どこへでも行けたんだ。
 スマホの番号を変更したこと。lineをブロックしたこと。手紙に返事を書かなかったこと。
 自分がイヤになるくらい後悔していた。ゆかりは僕にlineを送って欲しかった。返事を送って欲しかったんだ。
 僕が送っていれば、元気になれたんだろうか?
 それがムリでも、心がもっと安らかでいられたんだろうか?
 だけどゆかりだって悪いんだよ。ちゃんと教えてくれないんだもの。
 胸が詰まったまま、ベッドに横になっててた。
 母が部屋に入ってきた。郵便局からの小包だという。さっきと同じくらいの大きな箱。中にはピンクの包装紙に包んだ一メートル四方の箱。
 箱の中には三段のチョコレートケーキ。テレビやネットで取り上げられてる有名な「シブヤ堂」という洋菓子店のケーキ。
 差出人は、

 <葛城ゆかり>